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第3話 夢 その2

「あー、変な夢だった。こういう時はあそこだな」

小僧は占いを信じるたちではないが、夢占いも知り合いの占い師がやっているのだ。

ちなみに先生はいつも朝がとても遅いので、隣の部屋でどうしているか、など普段から気にしないようにしている。

小僧が早朝七時頃に向かったのは占い師がいつも店を構えている通りだ。


「閑古鳥が鳴いてるな」


といきなり失礼なことを言いながら占い師が通りに置いている水晶玉を飾ったテーブルについた小僧。

その占い師は若い女性で、素性は不明だがとにかく先生が仲良くしているので小僧も気安く接している相手である。


「開口一番失礼な。まだ店を開けていないだけだ」


「そいつは失敬。でな、実は相談があるんだけど」


「どこまで失礼な奴だ。私の占いはタダで見てやるほど安くないぞ」


「いいじゃないか。どうせインチキのくせに。

知ってるんだぞ……ヘンな壺を買わせることがあるらしいじゃないか」


それならインチキ占い師のところに相談しにくるな、という正論をぶつけそうになった占い師。

だがここはぐっと飲みこんだ。正論を飲み込めるのが人生経験のある大人というものである。

正論は、間違った者を殴るのには使えるが、知り合い相手には極力使わないほうがよい武器なのだと知っているのである。


「言ってることがムチャクチャだが……まあいいだろう。相談って?」


女占い師が小僧との間に水晶玉を挟んで向かい合わせに座り、話を進めていくと、小僧はもちろん今朝見た夢を話し始めた。


「俺、夢でアベルっていう人間になっててさぁ。

それで、アクセルとかいう奴が兄弟で……そのアクセルの顔が俺そっくりなんだ」


「ふむ……なるほどなるほど」


「もしかして俺の本当の名前はアクセルなのか。うーむ……この夢は何だと思う、セルフィ?」


「なんだと思うも何も……その夢は基本的に事実に基づいていることのはずだ」


「なにっ」


「いいか。アクセルとアベルの兄弟はそれぞれ母と父の名前からとられたのだ。

母イザベルの名前にアベルが含まれているということは分かるな。

アクセルも父、マクスウェルからとられた名前だそうだ」


「そうなのか。セルフィとは知り合い?」


「アベルはお前のことだ小僧。まさか……今の今まで知らなかったとでも?」


「えっ」


「えっ」


二人は顔を見合わせながら、向かい合わせで椅子に座ってしばしフリーズした。

先にフリーズから復帰したのは占い師のセルフィの方だった。


「ふーむ。先生の教育方針ということだな」


「どういうことだよ?」


「アベル、お前記憶喪失になって先生に拾われて一緒に行動している……ということになっているはずだが、そうだな?」


「そうだけど。自分の名前も知らない。アベルだなんて。

でもセルフィが気になることを言ったから……アベルの名前は母親から、だって?」


「先生の名前は知っているな?」


「……イザベルだ」


「先生はお前の実の母親だ。何らかの事情でお前にはっきりとは名乗り出られないのかもしれない。

ところで確認するのだが小僧、お前……その、あれだ」


「なんだ?」


セルフィは自分より少し背の高い小僧の顔を上目遣いで見つめながら体をもじもじとゆすり、恥ずかしそうにしている。

いかにも占い師っぽい黒くて薄いひらひらとした生地で体を包み、裾は地面に触れんばかりに伸びている。

それが水晶の乗ったテーブルのクロスと擦れあって、かすかな衣擦れの音を立てていた。

その意味するところは小僧には不明だった。


「すごく言いにくい事なんだがその……確認したいことがあってだな」


「うん」


「まさかお前たち男女の関係が……?」


「ぷふっ。まさかそれで実の母親と言い出せなかったかもって?

まさか、ないない。セルフィは心配性だなぁ」


小僧はふと、先生はそんなことを知り合いに疑われるなんてどんだけ信用がないのだ、と思った。


「それならいいのだが。ホッとしたぞ。まあとにかくだ。話を整理しておこう。

お前はある事件がきっかけで、昔の記憶を失ったのだ。

元の名はアベル。それ以降先生はお前と片時も離れずに一緒にいるようだな」


「そうらしいな」


「そしてお前は過去の記憶が蘇ったか何かしたのか……夢で過去の記憶でもみたのだろう。

そのことを何も教えていないのは、先生にも何か考えがあるのだろう。

私もこれ以上は余計なことを言わないほうがよさそうだ」


「先生とセルフィってどんな関係なんだ?」


「先生は私の恩人とでも言っておこう。

お前が忘れてるだけで私もお前や先生たちと昔……いや、その話は長くなるな。

私は今はこうして街の頼れる占い師をしてるが」


「インチキ占い師だろ」


「インチキは余計だ。しかしあれだな。私は占い師なのに、相談しにきたお前に全く占ってないな」


「おっ。じゃあせっかくだし何か占ってもらおうかな。今日の運勢は?」


「ふふ……少し待て」


微笑みながら水晶玉に手を当て、ほんの数秒で顔を上げたセルフィはさらなる笑顔でこう言ったのだった。


「ふふっ、今日の運勢は大吉。探し物が見つかる日でしょう……ラッキーカラーは黒だ」


「それなら、いつも黒い服を着てる先生がいるから大丈夫そうだな」


「そうするといいだろう」


「わかった。その探し物を占って見つけてほしかったが」


「タダなんだからゼイタク言うな!」


「ああ。ありがとな。ところでセルフィって何歳?」


「女に年齢の話は禁句だ」


「いや……そうじゃなくて、結構俺たち、気安く話してるけど、年上だったら失礼かなと」


「安心しろ。お前より年上の者などそうはいない……お前の兄のアクセルと母親の先生くらいのものだろう」


「そういえば俺の父親は?」


「マクスウェルという名だと聞いている。

不老不死の息子たちがいて、同じく不老長寿の妻と結婚しているくらいだからな。

どのみち父親もただ者ではないだろう。

ただ、私も先生からは"アクセルの名は父親のマクスウェルからとった"ということしか聞いていない」


「兄弟や父親にも会ってみたいもんだなぁ」


「なんたって今日は大吉だからな、会えるかもしれないな」


「わかった。ありがとな。じゃっ、俺はこれで」


その後宿に戻ったところ、受付のところに兵士がいて、既に起きていた先生がこれと話しているところだった。


「どうした小僧。朝帰りか?」


「先生より早起きしただけだ。その兵隊さんは一体?」


と聞くと兵士は振り返り、ひとつ敬礼したあと小僧に事務的な態度で言った。


「お前にも指令を伝える。貴様らただちに城館へ出頭せよ。殿下がお待ちである」


「おっと、処刑なら勘弁だぜ。じゃあ先生、行くか」


「うむ。しかしおぬし、我々が信用できるか、確認はせずともよいのか?」


「問題ない。来い」


「じゃろうな。あの方は強い」


小僧は兵士たちに連れられ、この大きな目抜き通りを歩いている間に先生に自分の昔のことを聞いた。


「実は今朝早起きしてセルフィに占ってもらったんだよね……そしたら今日はラッキーな日だって」


「よかったのう」


「探し物が見つかると言っていた。遺体の事かな」


「かもしれんのう」


「先生、ぶっちゃけ遺体を集めるとどうなるんだ。願いでも叶えてくれるのか?」


「遺体について知りたいのか。遺体は悪魔の遺体じゃ。悪魔は死んでも死なん」


「なんだそりゃ」


「正確には、名前を知っている者に祓われるとこの世から消滅するのじゃ。

じゃから、悪魔は絶対に自らの素性を明かさぬ」


「先生は遺体の悪魔のことは知っているのか?」


「悪魔について色々説明してやってもよいが……」


「聞きたい聞きたい!」


「では話してやろう。ただし手短にするぞ。

悪魔は己の全情報が記載された魔導書、グリモアというのを持っておる」


「それどこにあるの?」


「当然遺体の悪魔のグリモアなら私が所有している。

くだんの女性も同じように他の悪魔のグリモアを多数所有している。

今から会いに行く女性のことじゃ」


「へえ、女性なのか。

しかも今から城館で会うってことはエラい人だろう。お姫様かなぁ……?」


「グリモアがある限り悪魔は不死。グリモア自体も魔力を帯びた不滅の存在じゃ。

ただし、悪魔はグリモアに触れることが出来ず、人間にこれを守ってもらう必要があるのじゃ」


「どうして。悪魔もグリモアも両方不滅なんだろ?」


「それは悪魔の真の名前を知った人間がグリモアを持つことで悪魔を祓うことが可能となるからじゃ。

グリモア自体にも、悪魔の真の名前が記載されているのじゃがな。

じゃから、グリモアの所有者は悪魔と契約を交わす。その間お互いに傷つけることは出来ない」


悪魔はグリモアを持った人間と契約を行うことで生きている。

その間はお互いに傷つけることができないと呪術的契約により確約された状態で。


だから人間と契約している悪魔は何があっても絶対に祓えないというそれなりに無敵の存在だ。

グリモアの所有者ですら契約中は悪魔を祓うことは出来ない。

ただし逆に、人間が契約中は悪魔に殺されることもない、ともいえる。


契約している人間が死ぬなどした場合は新たに契約しなおす必要がある。

その対価として、悪魔は人間が求めれば力を貸してあげることも厭わない。

悪魔は人間とは桁違いの圧倒的能力を持つ次元の違う存在だが、意外と立場は対等なのだった。


ちなみに、グリモアの所有者で、かつ悪魔との契約をしてないという人間であれば悪魔を祓うことが可能である。

ただし、それをやった人間は過去に一人しかいない。

それをやってしまった人間は、これを感知した祓われれたのとは別の悪魔がどこからともなく大群で飛んできて即座に報復で殺された。

悪魔に仲間意識はないが、見せしめとしてやらないと、同じことをする人間がもっと出るかもしれないから。


悪魔を殺すメリットは人間側にはないと言ってよく、契約しているうちは悪魔が力を分けてくれるので、その一件以降、悪魔を祓った魔法使いは存在しない。


「先生はグリモアを持ってるって言ってたけど……契約をしているのか?」


「悪魔は遺体となっているので契約は一時白紙じゃ。私の力は自前のものしかない。

言っておくがあれじゃぞ。悪魔と契約した全盛期の私はそれはもう目を疑う強さだったんじゃぞ」


「はいはい、先生が強いことは一度も疑ったことねーよ」


先生は少し黙っていたが、まだ悪魔について説明する気があるので、改めて歩きながら兵士たちに聞かれるのも構わず話を続ける。


「悪魔は、それが"司るもの"への人間の負の感情。

つまり憎悪、嫌悪、恐怖が大きければ大きいほど強くなる」


「じゃあさ、"悪魔の悪魔"とかもいるの?」


「それが"魔王"じゃ。魔王は悪魔をより人間に恐れさせるために努力しておる。

それと小僧にはこの旅の重要な核となる情報を教えよう」


「核となる情報だって?」


「この遺体は封印されておる。それと契約する私。

遺体は封印され、集めた者が封印を解ける。

そして、私の持っているグリモア……わかるな。悪魔復活を狙う者は多い。

奴らは遺体を奪うだけでなく私を殺してグリモアを奪わねばならんのじゃ」


「そんな危ないグリモアなんて魔導書、捨てちゃえば?」


「グリモアの"破棄"とみなされる行動は、全て契約の反故とみなされる。

呪術的契約を悪魔と結んだ私が、グリモアを怒らせたらどうなるか、想像つかないわけではあるまい?」


「……そいつから離れられないってことか?」


「その通りじゃ。グリモアを怒らせれば私は死ぬ。わかったな。

これは私個人のための旅なのじゃ。お前が付き合う義理はない」


「今更そりゃないだろ。何年一緒にいると思ってるんだ。

地獄までだって付き合うぜ。俺は過去の記憶がないんだし、とりあえず生きる目的があるっていうのはいいことだ」


「しょうがない男じゃ。ま、あの方もお前のそんなところに惚れたのかもしれんがな」


「えっ。もしかしていまから会いに行く女性って俺に惚れてんの!?」


「うむ。そうじゃ」


さっきまでシリアスな空気の中、先生との絆を確かめ合っていた小僧の顔がパァッと華やいだ。

小僧は、"童貞"だ。仮に卒業を昔していたとしても、そんな記憶は一切ない。

つまりセカンドバージン状態ということである。


「うわあどんな子だろう。お姫様だから可愛いんだろうなぁ。いいニオイもしてさ」


「ずいぶん想像が膨らんでいるようだな。姫というのは確かにそうだが」


「先生は女だからわからないだろうが、俺も男だ。先生と二人旅ですげー気を使ってたんだぜ」


「うむ。そろそろじゃな」



※ここで本編終了。イラストを描くのが趣味なので、先生のイラストでもおいておこうと思います。

AIとか使った方がイラストもキレイなんでしょうし、なんなら、小説の文章やストーリーのほうもAIの助けを借りてる人もいることでしょう。

自分はローテク人間なのですみません。一枚目はふつう。二枚目はほんの少しだけエッチです。もちろん全年齢ですよ。まず一枚目。

挿絵(By みてみん)


次、二枚目。

挿絵(By みてみん)

それではまた。

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