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第21話 アルカナ

「ええっと……意味わかった、二人とも?」


アベルは皇女殿下と先生に聞いてみたが、二人とも無言で首を横に振った。


「フッ、理解出来たらイカれているよ。アクセルとルシフェルは無二の親友だ。

二人は同じ目標のために協力し、かけがえのない絆と友情を獲得している」


「そいつはよかったな」


「ルシフェルの望みを果たしてあげるために、アクセル君は涙ぐましい努力を怠らない。

すべては"息子が父を超えられる"と証明するために。父殺しのため、神殺しのためだ。

だから"被造物"でありながら、"創造者"である父親を殺してみせたアクセルを、ルシフェルはいたく気に入っているんだよ」


「ちょっと待て。その理屈だと……?」


「どうやら理解したようだね、アベル君」


「俺って、アベルって言うのか?」


「おっと、口が滑ったか。まあいい、いずれ知ることだろう。それで?」


「ああ。アクセルは無二の親友であるルシフェルを殺さなければいけない、そういうことか」


「ご名答。"被造物"が"創造主"を倒せると証明しなければならないのだ。

ルシフェルにとってこれ以上満足のいく死はあるまい。満足な死を望むとは、まるで人間のようじゃないか?

滅びは来るよ。必ず来る。この世の神である、他ならないルシフェルがそれを望んでいるのだから。

アクセルが勝っても負けても、必ずこの世は滅びるだろう」


「バカな!」


さっきまで黙ってはいたが、とうとう先生が吠えた。


「私はアクセルを止めなければ。それが生み出した者の責任じゃ。悪魔などに邪魔はさせん!」


この夢を見ているビビたち一同は記憶の悪魔の言葉に思わず耳を疑って聞き返したくなった。

これまで、何やら悪者のように言われていた小僧の双子の兄であるアクセルが、まるで世界の救世主でもあるかのような言い回しなのだから。

本人にその気があるかはすこぶる怪しいが、確かに、気まぐれでこの世を滅ぼすことが出来る絶対者である"悪魔の中の悪魔"を倒そうとしているのは間違いのないことのようである。


「もちろんルシフェルは君らの邪魔などしないだろう。

君らに止められるようでは、アクセルもたかが知れているのだからね。

だが気を付けたまえよ。"孤独の悪魔"をも封印する力を持った彼のことだ。君らでは到底――」


「それでもやるのじゃ。関係ない。しかし……アベル?」


「はい、この方はアベル先生なんです。私をかばって負傷を……!

でも生き返ってくれてよかったです。私、心配しました!」


「おお、悪かったな。無事でよかった。で、医者じゃなかったら俺は弁護士とかか?」


「教師ですよ、私の!」


「ちょっと待て、貴様まさか……?」


記憶の悪魔は、内心ガッツポーズをしていた。先生が自力でアベルのことを思い出したようだからである。

先生に息子の記憶を返してやったらさぞ悲しみ、後悔し、面白いことになりそうなのに変な自分ルールのプライドにこだわったせいで、せっかくのチャンスをふいにしそうだったのだ。

ところが先生は自力で思い出すことに成功。すぐさま、地面に膝から崩れ落ちた。


「守れなかった、またしても……?」


「そうだよ。ようやく思い出したか。そういえばさっき面白いことを言っていたね。

たしか、長いこと生きていると思い出は重荷になるとか……?」


「黙れっ!」


「アクセルを倒すための力だ。私は望むなら今後も喜んで力を貸すよ?」


「この悪魔め……!」


「おっと、その発言にはツッコミどころが多すぎるがまあいいとしよう。

さてアベル君、これは私の主義ではないが、ここはひとつ、きみの聞きたいことを話してあげよう。

こちらの女性は君の母親、イザベル・オクセンシェルナだ」


「母親か……到底そうは見えない若々しさだな?」


「不老不死に近い体なのだ。今から数百年も前のことだ。かつて"孤独を司る悪魔"と呼ばれた者がいてね」


「それがさっきから言ってるアクセルの父親か?」


「うむ。こいつはジレンマを抱えた悪魔でね。世界中の人を孤独にしてやるべくして存在しているのだ。

ところが、人間の数が減ると、孤独を抱えた人間が減るわけで、そうなると自分の力が減るだろう。

人間にとって孤独は最も恐れるものの一つで、それゆえ彼の力も強かったが、矛盾だらけの存在でもあったのだ」


「なんか難しい話だな……?」


「重要なのは、彼自身が人間と関わってみようという気になったことだな。

もっとも、彼が関わったのは見ての通り、そこにいる人間の血が一滴も入っていない夜を生きる魔族なのだが」


「俺の母は魔族なのか?」


「うむ。二人の間には子供は出来なかったが、二人で"試験管の中の人"を作った。最初にできたのはアクセルだった。

孤独の悪魔が、よりによって人の数を増やすだなんてね。無論、次に出来たのは君というわけだ。

いいか、私は記憶の悪魔だ。君を生き返らせたのは、ここにいる二人の願いだが――」


「……だが?」


「私は君に、苦悩と煩悶を期待する。

なぜこのようなことを私の口から説明するのかといえば、それはもはや、今言ったことはすべて私の腹の中に入ってしまっているということなのだ」


「ど、どういうことだ。全くわからん!」


「単純な話さ。私の力を貸す代わりに美しい記憶、楽しい記憶、それらを食うという契約を彼女と結んでいるためなのでね。

彼女にとっての美しい記憶は、大事な順から私がもらっているので、もう誰もそのことを思い出せないのだ」


「バカな……思い出がなければ人は生きていけない。生きた証は、生きる目的だって、思い出を作ることだろう!?」


「私は人間じゃないので聞かれても困るのだがね。そう思うのだったら君もこれから"記憶を積み重ねる"がいい。

それこそが私にとっての力だ。特に長く生きればそれだけ悲しみも深かろう」


「小僧、私のことは先生と呼べ」


「なんだって、えっと、お母さま?」


「聞こえなかったのか。私のことは先生と呼べと言ったのじゃ。

お前はアクセルの弟として、奴を倒す宿命にある。これからはそのための技術を私がもう一度一から教える。

忘れてしまっているようじゃからな。ここにはもう居られまい」


「ていうかここ、どこだよ。この子はだぁれ?」


「あ、私はその、シロルといいまして、あの、帝国の皇女でして、先生の生徒です!」


「ふぅん、そう。学生なの。ここにはいられないってのはわかったが、辺りに倒れている人もいる……心配だな」


アベルの言う通り確かに人はそこかしこに倒れている。だが、救命の余地がある者はいなかった。

何しろこの中では最も強かったであろうアベルも命を落としていたのだから。


「アクセルの襲撃でこうなったのじゃ。

理由は不明じゃが……とにかくお前が弱いからこうなったのじゃぞ!」


「ええっ、俺が怒られる流れなのこれ!?」


「当たり前じゃ。お前が弱いから、こうなったのじゃ。

確かに記憶の悪魔の言う通り、私だけの力ではもはやアクセルを止められないのかもしれぬ。

ならばお前が強くなり、ともにアクセルを倒すしかないのじゃ」


「そうそう、それだよ。そういう言葉が聞きたかった!」


「何喜んでんだよ記憶の悪魔!」


記憶の悪魔は忍び笑いをしながら機嫌よくこう答えた。


「ククク……いや、いくら私が悪魔でも、今の言葉がどれだけ愛情に溢れてるかくらいはわかるのでね」


「どこがだよ?」


「まあいずれわかるさ。孤独の悪魔と私は実のところ本質的には似ている立場なのだ。

己の存在にそもそも矛盾を抱えている。

今はただ、君たち二人がかつてのような愛情を取り戻すことを期待しよう」


アベルはなんと答えていいかわからないので適当に相槌を打っておいた。


「ありがとう……ございます……?」


「その記憶がやがて反転することになるだろう。タロットの正位置と逆位置のようにね。

すべては表裏一体。快楽や幸せは、結局のところ苦しみの一部でもあるということなのだ」


「哲学者や思想家のようなことを言う悪魔だな。俺がそんな難しい話わかると思うか?」


「少し饒舌になってしまったかな。悪いね。

それではごきげんよう。用が済んだのにずいぶん長居してしまったようだね」


と言って、記憶の悪魔は消えて、先生、アベル、皇女殿下の三人は死体転がる夜の草原に取り残された。

たがいに数メートル離れていても顔立ちがはっきりわかるほど明るい。

この周りの明かりはすべて戦いの余波で建造物に着火した火炎である。

アクセルが何を目的に宮殿を襲ったのかは今をもってしても全く不明だが、この時点からおおよそ十年前からこの宮殿で死神騎士団の団長をしていた。

それまではむしろ、逆に自分が帝国にあだなす魔法使いやその一味を弟とともに、数多く葬ってきたものである。


「アクセルについてもう少し教えてくれないか、先生。親子なんだろ?」


「それがその――」


言いにくそうに目を伏せて、先生は返事をした。


「私もわからぬのじゃ。百年以上も会っておらぬ」


「なにっ」


「子供のころのことなら話せるが、あまり参考にならぬからな。

むしろつい最近まではお前と一緒に死神騎士団をしていたと聞いておる。

このお嬢さんは、お前が死神騎士団……つまりこの宮殿を守る騎士団の候補生としてお前が教育しておったのじゃろうな小僧」


「そういう感じだな……たぶんおそらく」


「はい! アクセル様がまさかこんなことをするなんて……目的は一体?」


「悪いがこいつは借りていくぞ、お嬢様。この小僧の能力は見ての通りじゃ。

お主は先生と呼んでおるが、そこまでの価値はない。無能をさらし、無様に敗北しておる」


「そんなことは……」


「ない、と言えるわけがあるまい。今回の全滅により、死神騎士団の再編には相当な時間がかかるじゃろう。

私も動きやすくなった。実のところ指名手配されておったのでな。もっともそれはアクセルも同じことじゃが」


と言って先生が踵を返したところ、それに無言でアベルもついていこうとするので、一応さっきまでの話は全部聞いていた皇女は反射的に引き留めた。


「あ、もう行っちゃうんですか先生!?」


「話は聞いてたろ。俺は行かないと。君の人生に、俺はもう必要ない」


「そんなことはありません、私、まだ教えてもらわないといけないことが山ほど。

今日だって先生にかばってもらえなかったらあのまま闇の魔法使いたちにやられて……!」


暫時、アベル先生は何を言うべきか迷ってあいまいなニュアンスのほほえみを浮かべていたが、やがて皇女に顔を背けながらこう言った。


「何も……何一つ覚えちゃいないんだ。でも確かなのは、俺は先生についていくべきだってことだ」


「まって……」


なお、この時点で、先生はビビや周りの人間に過去の記憶を見せるのをやめて現実に引き戻した。

ここは帝国の西方にある有力な地方都市で、それを治める地方総督のための大きな城館の広い中庭だ。

そこにいるのは二十二年後の皇女殿下と、その時の流れを一切感じさせない二人の人ならざる者。

そして、今まで見ていた夢の時点では生まれてすらいない一人の少年だけだった。


全員の頭が処理落ちを起こしていて絶句している中、先生が一番最初に口を開いた。


「これが二十二年前の出来事じゃ。私もアクセルが当時、何を狙っていたのかは知らぬ。

じゃが、おそらくはヤツが死神騎士団に入ったこと自体、宮殿にあった何かを奪うことが目的と考えられるのう」


「まあ、そんなとこだろうな。俺はこの時のことは記憶があまりはっきりしないが、やはりあの時の少女だったのか、皇女殿下」


「あれから二十年あまり、私の肩代わりをして記憶の悪魔と記憶を取引したこともあったからのう。

忘れたことすら忘れてしまっていたのじゃろう」


「あの……お兄さんは今はどうなんですか?」


「どうって、なんのことだビビ?」


「だからですね、今でも先生と行動を共にして、アクセルさんを倒そうと思ってるんですか?」


「それは今も変わっちゃいない。過去がどうだろうと。俺がなんであろうと」


「それは!」


と声を張り上げ、ビビは強い語気で言った。


「それは今も自分が人形だからって、そう思ってるんですか!?」


「俺がなんであろうと、大した意味はない。人形だろうと、人間だろうと。

先生は独りだ。俺がそばにいてやらなくちゃならないんだ」


「それはやっぱり愛してるからですか?」


「恥ずかしいことを言わせるなよ。まあ、大切に思っているのは認めるけど。

記憶を見てみんなわかったろ。俺は先生のために存在している人形だ。

まだ信じていないのか。だったら見せてやるよ」


といって、小僧は自分の着ている服の袖をまくって腕を見せた。

もしかするとあまり日常生活で見る機会がない人もいるかもしれないので、一応、補足として説明しておこう。

成人男性の腕は、よほどの巨漢デブでもない限り、かなりくっきりと太い静脈が見て取れるものである。

特に手の甲などには青緑色をした山脈のような隆起が見られるのが常だが、彼の手の甲にも手首にも、血管らしきものは全く認められなかった。


さらに驚いたのは次の段になってからのことで、思わずビビはたじろいで声を出してしまった。


「うっ、何する気ですか!」


小僧はどこかから短剣を取り出した。むろん戦闘用ではない。

ナイフを振るより拍手を一つ打ったほうが小僧の場合早いし、効果も高いのであるが、これを携帯しているのは主に料理のためである。

そして、これの切っ先を昼前の太陽を反射させながら腕に突き立てた。


ガリッ、という岩石か何かを固いもので削ったような音がしてナイフが肌の上を目にもとまらぬ速度で滑り、腕には傷一つなかったのだった。


「見ての通りだ。俺は銃で撃たれても死ぬことはない。

俺が"動きを止める魔法"を使うのは、この体で戦うと相手のほうが危険だからだ」


「いつの間に……二十二年前までは確かにあなたの体は……!」


「俺はそもそも人間として生まれたわけじゃなかったんだ。

この体は二十二年間に、先生に改造を受けただけの話だ」


「なんで!」


「これでも俺は結構気に入ってるんだぜ。

先生に大切に思われてるからこそ、こういう過剰な防衛機能がついてるわけだろ?」


「そうじゃな。小僧、お前にはもう二度と二十二年前のようなことがあってはならぬ。

私はもう二度とお前のそばを離れないと決めたのじゃからな」


「ああ。俺も先生のそばを離れるつもりはない。ここが俺の居場所だ。

実のところアクセルにも親父の遺体集めにも興味はない」


一応振り返っておくが、先生が集めている遺体というのは、アクセルがバラバラにした孤独を司る悪魔の遺体である。

遺体は正確には死んでいないが、その力は息子であるアクセルの手で完全に封印されて四方に散らばっている。

そしてアクセルとアベル兄弟は、先生と孤独の悪魔が魔術によって生み出した生命体で、正確には実の息子ではないのがまたややこしいところである。


「首は突っ込んじまうことにはなったが、帝国の権力争いにだってな。

それに、俺自身の過去とか、"本来の俺"とかいうものにしたって、どうでもいいってのが本音なんだお姫様。

重要なのは先生の目的……それに従うことだけだ。まずは親父の遺体だな」


「そうじゃな。ここへ来たのも、それが目的だったが随分脱線してしまったのう」



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