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第20話 オーメン・リサイタル

何故か、小僧は空を見上げていた。夜である。

夜空には星が瞬いていて、かつての人々が、巨大な天幕に空いた穴が星であると考えたの無理はない、そう思っていると、かすかに近くで声がした。

耳を澄ます。体は指一本動かせないまま、話に耳を傾けてみた。


「そこの娘。ここで何があったのじゃ?

まあ、聞かないでも大体の想像はつくのじゃが」


明らかに、この声は口調からして先生である。目線をそっちへ向けたいのだが、瞬き一つできない。

もう一つの声がこう答えた。


「あの、私、アクセル様を呼びに行ったんです。でも、いなくて!」


「死神騎士団の団長じゃな。その男はアクセルでは……?」


「この人は先生……そうです、先生が危ないんです。助けてください!」


「まあ待て。その前に少し話じゃ。私はこの男を直すことが出来る……心配は無用じゃ」


「本当ですか!」


恐らく声からして先生と皇女殿下のようなのだが、どうも要領を得ない。

ただ確かなのは、先生はアクセルを追ってこの時、この場所に姿を現したこと。

そして、小僧が倒れていても動揺はしていないということだ。

アクセルが出奔し、夫がそのアクセルに殺されているので、大切なたった一人の家族が倒れているという状況なのだ。


普通は動揺を隠しきれないが、これを見せないということはある程度この状況は想定内であるということに他ならなかった。

先生は落ち着き払って話を続ける。


「帝都の宮殿を襲うとは、賊も大胆不敵じゃな。よいか、アクセルはこの行動の首謀者なのじゃ」


「なっ……なぜアクセル様が!?」


「おかしいと思わぬのか。死神騎士団は壊滅。団長のアクセルだけがこの場にいないのじゃろ」


「そ、それは……」


皇女が言葉に詰まっていると、先生は答えを待たずにこう続ける。


「私には責任がある。アクセルを育てたのは私なのじゃ。

産み育て、魔法を叩き込んだのはほかでもない私なのじゃ」


「じゃ、じゃあ先生の先生……?」


「何を言ってるのかわからぬが、アクセルの先生だったことは確かじゃ。

さて、記憶の悪魔。この男を治療できるか?」


「やれやれ、話は聞いているよ」


と言って記憶の悪魔は突然登場。今も苦菓子も変わらぬ紳士風のいで立ちである。

だが、性格は悪魔そのもの。記憶の悪魔は出てきて早々こんなことを言い出した。


「悲劇だね。まったくの悲劇だ。君にとっても、そして私にとってもね」


「何を言っておる?」


「悲劇だと気が付かないのもまた悲劇だということさ。今から十年ほど前になるか……」


「えっ、いきなり出てきて何を昔話始めようとしているんですか、この人は……?」


大好きな先生が自分をかばって瀕死の重傷を負い、そこに横たわっているのだ。

皇女殿下にとってこれ以上に切羽詰まった状況はない。

その皇女殿下にすらツッコまれる記憶の悪魔は呆れるほど自由人である。

この場にいる二人とも彼の意図は理解していないが、読者と、そしてこれを見ているアベルは意図を理解できることだろう。、


「うむ、私もわからぬよ」


「私は君の大切な記憶をもらうことを条件に、ある男を"再構築"した。

その影響で、君はその男の記憶がごっそりと抜け落ちてしまったのさ」


「私がだれを……じゃと。わからぬ。言っていることが。私はただここに――」


「ここにアクセルを探しに来て止めに来た。それは知っている。

だが、その男が誰なのか薄々気が付き始めているのをみると楽しくてね」


「なにっ」


「おっと、記憶は返さないよ。一度契約で頂いた記憶を理由なく返すのは悪魔としてのコケンにかかわる。

しかし惜しいことをした。ああ、今記憶を返したらすごい面白そうなのになぁ。そう思わないか、サイレン」


「次にその名で呼んだら殺すわよ」


などと物騒なことを言いながら、どこからともなく倒れているアベル先生のそばに女が出現した。

といっても、女のように見えるだけでその実際は悪魔であるから、性別にさしたる意味はない。

およそ三十年前、この時点から十年ほど前に、例のお城でアベルが手に入れた音の悪魔そのヒトだった。

もっとも、本人は手に入れたといっても、その存在を意識したことも全くないのだが。


「私たち悪魔にとっても、あなた達の動向は話題の種なのよ。

特等席で面白く観察させてもらっているわ。壊れてしまったら困るのよ。

彼を直せるんでしょうう。さっさとやってちょうだい」


「そ、そうですよ。やっと思い出しましたか!」


皇女殿下は先ほどからの予想がつかない展開に圧倒されて絶句していたが、ようやく口を開いた。

先生も我に返り、さっそく記憶の悪魔に指示をした。


「『記憶』じゃ。この世界には、この男の記憶が無数にある。それを使うのじゃ」


「ああ。代償はいつも通り君の記憶をもらうとしよう」


「わかっておる」


「えっ、あなたは記憶を失うんですか!?」


「何を驚いておる、お嬢さん。悪魔との契約で力を行使するのじゃ。記憶ぐらい、まだ安いほうに入ると思うが。

私ぐらい長く生きておると、記憶は重荷になることもあるのでな。気にしなくてよい。

それより今は――」


先生は寝ている男の顔に目線を落とすとため息をついた。


「本当にアクセルそっくりじゃな。何者なのじゃ。まあ、起こして話を聞けばよいか」


全くもっていたたまれない光景である。悪魔たちは先生に聞こえるように陰口をたたいた。


「やれやれ。見てらんないね?」


「ね!」


「ではやってくれ」


「もうやってるよ」


小僧は、体の自由が利かないまま勝手に体が起き上がり、まず皇女殿下を見たあと、悪魔や先生のほうを一瞥した。

そして第一声、皇女殿下が耳を疑うようなことを言い出したのだった。


「ええっと……ここは? というか、あんた達誰だ?」


「じょ……冗談でしょ先生?」


「先生って俺がか。お嬢さん、俺はあれか。お医者さんとか?」


「医者ではないようじゃが……しかし困ったのう。貴様、アクセルのことを何も覚えてなさそうじゃな」


「誰だよその男は。俺の知り合いか?」


「そう聞こうと思っていたところじゃ。おい悪魔、記憶を戻してやってくれぬか」


「死んだ人間を生き返らせたんだ。まともに話が出来るだけマシだと思うけどね」


「ウム……それはそうじゃが」


「だいたいね、悪魔の力を借りて死んだ人間を生き返らせるだなんて、それこそ、一つの物語の導入になるくらいの大きな出来事だろう。

それをこうもあっさり流して、しかも足りないと言うのだから人の強欲というのも悪魔に劣らぬものだ」


「なんか怒られましたけど……?」


「大丈夫じゃ。この悪魔は攻撃性が低い。しかし、アクセルのことを知らぬようなら他をあたるしかあるまいな」


「で……アンタ、そのアクセルって奴は何であんたに追われているんだ?

何か悪いことでもしているのかよ。悪の親玉か?」


「私の夫を殺した男じゃ。しかも奴は私たちの息子。奴についてほかに、わかっておるのは一つしかない。

『魔王』と呼ぶにふさわしい最大最強の悪魔……"ルシフェル"と何かを企んでおることじゃ」


「あ、それなのだがね」


記憶の悪魔は先生のセリフに一つ補足を入れた。


「諸君には信じがたいだろう。

正直、私たち悪魔にとっても到底信じがたいことなのだが、これは確かな情報筋から手に入れた事実だ」


「なんじゃ、もったいぶって」


「おっさん、、何だよその情報筋って?」


「うむ」


おっさんと呼ばれたことは気にせず記憶の悪魔は話を続ける。


「この間、ルシフェルのリサイタルに呼ばれてね。その二次会でのことだ」


「悪魔って普段そんなことしてるんですか……?」


「じゃが、確かな情報筋じゃな」


ルシフェルはリサイタルを開くことを好む。他人に無理やり自分のことを褒めちぎらせるのが大好きなのである。

さすがは傲慢の悪魔といったところだが、肝心の音楽の実力のほどは定かではない。

少なくとも人間が聞いたら命を落とすか、助かっても精神が崩壊する類の芸術作品となっていることだろう。


「彼は人を褒めることはまずない。何しろ傲慢の悪魔だからね。

そんな彼との付き合いも長いが、後にも先にも彼が他人を褒めるとしたらアクセルだけだ」


「傲慢の悪魔に褒められるって、ロクなもんじゃないな」


「人間の基準ではそうだろうね。アクセルがお気に入りな理由も彼は話しているよ。

どうも彼は、父親を殺しているからルシフェルのお気に入りらしい」


「父親殺し……か。ルシフェルはそれに失敗しているんだったな?」


「よく知ってるね。そう……そもそもこの世界は、神への反逆の後、敗れたルシフェルが堕天し、創った世界なのだ。

文字通り、我々と彼とでは次元が違う。本物の悪魔はこの世に彼しかいないのだ。

すべてが彼にとって虫けらなのだ、それなのに虫けらに褒められて喜ぶのだから、傲慢さも筋金入りといったところか」


自分のことすらルシフェルにとっては虫けらだ、と記憶の悪魔は自嘲し、笑みを浮かべた。

これに対しアベルはさっきから気になっていたことを質問する。


「二人に共通点があってアクセルが気に入られてるっていうのはわかったぜ。

で、アクセルは一体何を企んでいるんだ。それも聞いたのか?」


「いつも話しているよ。アクセルの計画の成就が待ちきれないと。アクセルの計画はただ一つ。

この世の誰よりも強くなることだ。ルシフェルのプライドを、回復させてあげることなんだ」


「ええっと……意味わかった、二人とも?」


アベルは皇女殿下と先生に聞いてみたが、二人とも無言で首を横に振った。

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