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第19話 動き出す

「ウム……滞在はあと数日。時間がないのじゃ。行くぞ」


「おい先生、ビビは性別がどっちでも大して変わらないからいいが、俺は着ていく服がないんだよ」


「む?」


そういわれて初めて気づいたと言わんばかりに先生とビビは小僧の格好をまじまじと眺め、確かに言う通りだと認めた。

もともと薄着であるため、とてもではないが、地上波テレビやYoutubeなどで流せないほど小僧の姿はあられもないことになっている。

小僧、改め小娘である。彼、いや彼女はそんな格好でも別に恥ずかしいわけではない。

問題なのは、その会いに行く人物というのが面倒くさい事情がありそうだ、と先生に聞かされたこと。


つまりこんな目立つ格好では会いに行きづらいのではないかと考えたのである。


「うむ。丁度背丈も変わらないし私のを着ていけ」


「着て行けって、女物の服なんて何が下着で何が上着なのかもわからないって。

全く、先生も考えなしに魔法を使うんじゃあないぜ」


「考えがないわけではない。ビビは変わらないからともかくとして……」


「ともかくじゃないですよ!」


「お前くらい劇的な変化があれば、人目を欺けるはずじゃ」


「……なんで欺く必要があるんだ先生?」


もっともな疑問である。先生は即答した。


「何でもじゃ。ホレ、行くぞ二人とも。準備はよいか?」


「だからよくないって!」


「私が指導してやる!」


と言って先生が小娘に掴みかかると、事情を知らない他人がここだけ聞こえたら誤解するようなセリフを吐いた。


「あ、待って、ビビが見てるから!」


「見てるからなんだというのじゃ」


「いえ……なんでもないです」


先生が、一切手加減をするつもりがないことはすぐに理解できた小娘は、抵抗する意思をあっさりと捨て去ったのだった。

無駄に胸を覆っていた手をどけて先生にされるがままとなり、数分後、同じ場所には知らない人が見たら、美少女三人組のようにしか見えない例の三人がいた。

もちろん全員平たく言えば普通の女の子の格好である。何故、先生が小僧までも性別を変えることにこだわったのかは不明だ。


そもそも、もし人目を欺く必要があったのだとすれば先生は逆に男性に変身すべきであるはずだが、先生は一切の変装をせず普段通りの格好だ。

ビビもいい加減先生の性格はわかっているので、上記のツッコミを入れて口答えをしたところで、先生は高圧的な態度をさらに深めるばかりであることは承知している。

ここは、誰も先生に逆らわず、まとまって宿屋を出た。


そして女が二人以上そろったなら幼稚園児からおばさんまで必ずやる、あのお決まりの、みんなの道路を我が物顔で占有する横並びスタイルで街道を闊歩しはじめたのだった。

そのまま人々に迷惑をかけながら横並びで進むこと数分。

ビビや小娘たちもバカではない。さすがに、先生の目的地と、その先にいる解呪師がだれなのかも、城館の門前までくれば理解していた。


質問してみたいが、先生は答えそうにない。その先生だが、門前までくる数人の番兵の前で、軽く指を振った。

すると、彼らは立ったまま眠りだしたので、先生はその横をまるで誰もいないかのように歩き、抜き去ったのである。


「どうなってんだ?」


小娘がたまらず小声で聞くと、先生は簡潔に答えた。


「私の力の一端じゃ。私は夜の魔族、闇の眷属なのじゃ」


「じゃあその息子の俺もか?」


「バカを言え。さて、そろそろじゃな」


先生の読み通り、怪しい三人組が入ってくると、新たな兵が湧いて出てきた。

実に仕事熱心でまじめな兵士である。こういう守備隊向きの男たちだ。

もしも戦争の時の兵士たちがみんな彼らのようだったなら、どっちかが皆殺しになるまで戦いは終わらないことだろう。


先生はまじめな彼らの労をねぎらうかのように、出てきた順にほんのささいな指の一振り、目線の一つだけの動きで催眠してみせた。

午前中のギラギラとした太陽が彼らのまだ少し中世の香りが残る鎧に反射し、さながら城館の入口はもう一つの太陽が出現したかと思うほどに眩しく輝き、これを焼き尽くさんばかりの熱を発していた。


眩しいし暑いしで、すぐさま三人は屋内へ退避。先生は道を知っているのか、一切迷わずに二人を連れていく。

そして、らせん階段を上って城館の中のどこかの塔の上階にでも上ってきたのだろう。その階段の先の部屋のドアをノックした。


出てきたのは、やはりこの城館の賓客であるシロル皇女殿下に他ならなかった。

三十四歳という、現代ならともかく当時としては孫がいてもおかしくない年齢の女性だ。

しかしながら彼女は比較的若さと美しさを保っており、ギリギリ二十台に見えなくもないくらいだ。

とはいえ、それはメイクありの話。すっぴんで出てきた彼女は、先生の顔を見るなり絶句してバタンとドアを閉めたのだった。


「あうっ、あなたでしたかっ」


「おい先生、皇女様を怒らせたのか?」


「欺くことは出来ないようじゃな」


「なんで女性化してるのか知らないですが……先生ですよね?」


非常にわかりにくいことを皇女殿下が言ったので案の定ビビが大きな勘違いを引き起こした。


「ええっ、先生って実は男性だったんですか!」


「バカを言えビビよ。私は正真正銘の女じゃ。小僧は昔皇女殿下の先生をしていたことがあるのじゃ」


「昔って……何歳なんですか」


「知らないね。実のところ過去にはあまり興味もない。記憶があるのはここ二十年くらいか?」


「二十年以上も前のことじゃ。見破られては仕方がない。

では皇女殿下、解呪の話で来たと言えば入れてもらえるじゃろうか」


「解呪ですか。なにか、いたずらでもしたんでしょうか。どうぞ中へ」


さっきはあわててドアを閉めたのに、どういう風の吹き回しかと思って三人が中へ入ると、三人ともすぐに納得した。

皇女はどうやら手近にあったらしい。ベネチアでよくみられるような、顔をほぼ完全に覆う仮面をかぶっており、顔は見えなくなっている。

どうやらすっぴんの顔を見られるのが嫌であるらしい。ビビも気づかいは出来るほうであるし、他の二人もビビほどではないができる。


そのため、誰一人としてその仮面の話題に触れようとする蛮勇を発揮することはなかった。

気遣い力とコミュニケーション能力はそこそこあるビビなので、ここは自分の出番かと勝手に解釈し、先手を打った。


「僕は男から女に変えられたんですよ皇女殿下さま!」


「まあ、大変。すぐに男の子に戻して差し上げますね」


「や、実はもう男に戻ってまして」


「まあ。これは失礼しました」


「それはいいんですけど、先生でも完全に解呪は出来ず……そこで皇女様に会いに来たんですよ!」


「わかりました。すぐ解除しますね。はい、これでよし!」


「え?」


そういわれても、すでに男に戻っていることもあり、ビビには何ら変化をきたした実感を覚えることが不可能だった。

困惑していると、クスクスとかすかに仮面の多くから笑い声が漏れ聞こえてきた。


「心配いりませんわ。もう女の子に戻ってしまうことはないでしょう。

これが二人の営んでいる何でも屋の依頼というわけですか?

それならお代をとるわけにはいかないでしょうね」


「ウム、何でも屋の依頼の一環であることは間違いない。それと、シンファミリーの一員であったため、この子は利用価値があるのじゃ」


「……見たところまだ幼い子のようですが、どうしてファミリーに?」


「一家皆殺し。唯一の肉親の兄は行方不明。そのうえいつの間にか女の子にされたのでシンファミリーくらいしか身を寄せるところがなかったそうじゃ」


「まあ。かわいそうに。やはり一刻も早くシンファミリーは倒さないと!」


「そのことなんだ、皇女殿下」


「はい、何でしょうか先生?」


皇女殿下も、小娘のことを先生と呼ぶと極めてややこしいことになるのがわかっているのに、かたくなに呼び方は変えようとしないなど、こうと決めたことには頑固な性格のようである。


「潰すのは構わないが、この子の行くあてはないって聞いたろ。そのことなんだあな……」


「私を誰だと思ってらっしゃるんですか、先生。子供一人の面倒くらい見られないわけがありませんわ。

そういえば、皇帝陛下の奥様……つまり皇后陛下のことは?」


「知るわけないだろそんなVIP!」


「まあ。二十二年前まではお知り合いでしたのに。結構いい仲でしたのよ?」


「いい仲って……俺が女といい仲だと。そんな馬鹿なことが?」


「ええ。ただ、それから数年後には結婚してらっしゃいましたけどね。

その相手がのちの現皇帝陛下です。その継承者、皇子殿下や周りのことは聞いてますよね」


「ああ」


忘れたと思うので人間関係を一度振り返っておくと、初代皇帝陛下は、成り上がりものと孫娘を結婚させた。

それがこの帝国の二代目皇帝とその皇后になるわけである。今この場にいる、シロル皇女殿下は彼女の母親違いの妹にあたる。

二人の子、ラインハルト皇子殿下は母親譲りの高貴な血筋や気品は持ち合わせているが、温室育ちということもあり、父親のようなカリスマ性や野性味には欠けている。


さて、第一皇子の上には二人の長女である皇女殿下がおり、彼女は母方の親戚と結婚している。

この親戚はプリンツ・オイゲンといって、帝国軍を支配する大元帥であり、初代皇帝譲りの才覚に恵まれた男だ。

四十歳前の男で、初代の血筋を引いていて二代目の娘と結婚している。

また、妻との間にはまだ乳児だが世継ぎの男の子がいるので、現状、権力は盤石で帝位に最も近い男と言える。

権力の座に上るのに、もうほとんど完全無欠と言えるほどすべてを持ち合わせているはずだ。


しかし彼はシロル殿下に非常に執着しており、いまだに手紙など出しては、読む前に捨てられているのが常である。

というのも、彼は二代目の娘である妻よりは、シロル殿下のほうが血筋がよいので本当ならこっちと結婚したかったのだ。


彼女の父は初代の息子。母親も大貴族家。そしてそれぞれの親もまた、帝国が出来る前からの古い貴族家と通婚しており、非の打ちどころのない家柄である。

あと、単純に昔好きだったのに結婚できず、女であれば誰であろうと簡単に手に入れてきた彼が唯一手を出せなかった女なので、恋愛的な意味以外でも執着心を抱いているというわけだ。

いや、むしろ敵意と言ってもいいかもしれない。

圧倒的な権力と、治療不能な腫瘍のように肥大した自我を持つ彼が、己を拒絶した唯一の女を屈服させてしまいたいと考えるのは、別に不思議なことではないだろう。


そして、二十年以上経った今でも未だに、自分が彼女を手に入れられなかった最大の原因であると、プリンツ・オイゲンが目するところにある、アベルという男を敵視している。

というのが人間関係の大まかな全体図だ。シロル殿下は、甥の皇子殿下に権力をつけさせ、プリンツ・オイゲンを排除してもらいたいのだ。


「たしか難しいことになってるんだよな。内戦に陥ってもおかしくないとか?」


「皇帝陛下は娘婿か実の息子、どちらかを取らなければいけない難しいお立場です。

あの方は戦争の天才で、内政においても名君と称えられる方ですが、人間関係ばかりはどうにも……」


「うむ、"英雄"は必ずしもよい父、よい夫ではないということじゃな」


「帝国指折りのこの商業都市周辺で勢力を伸長させつつある危険な存在、シンファミリーを壊滅する大功。

これを殿下に手に入れさせたいのです。

まだ初陣も出ていない殿下には、とりあえず国内問題を解決させるぐらいしか手柄を挙げるすべはないですからね」


「父親が名君過ぎて功績をあげる場所がないとは、なんだかおもしろい話だな」


「ファミリーは私が所属する"帝国の魔術的な脅威を排除する特殊部隊"である"死神騎士団"の管轄でもあるのです。

未確認ですが、アクセル様の作られた組織にもつながりがあるとか……私とイザベル様はその関係で、昔から連絡をとっているのです」


「アクセルが組織した団体とは聞き捨てならない話だな?」


「ええ。魔術的な何かをしているらしい、ということしかわかりませんが……何しろ、アクセル様ですから。

死神騎士団、歴代最強の団長としてその道では知らぬものはおりません。

企んでいることがいいことにしろ、悪いことにしろ、その規模は計り知れないほど大きいでしょうね」


小僧は、アクセルは"この世の神"に近いほど強大な存在であるルシフェルと親交があり、何か企んでいるらしいと教えようと思ったが、殿下に話してもどうにかなるものではないと考え、やめておいた。


「どうやら、奴は死神騎士団に入る前から何かのたくらみを持っていたようだ。兄弟とはいえ俺はなんにも知らないけどな。

ところで先生、いい機会だから話してくれ。アクセルを育てたのは先生、あんただろ?」


「な、なにを急に」


いつも落ち着き払っている先生だが、アクセルのことを聞かれると動揺して言葉につまった。

もっとも、小僧はその前から先生がソワソワとして落ち着きがないことを見抜いてはいたのだが。


「俺は何も知らない。何も聞かされてこなかった。

アクセルの名前すら最近になって、急に一生分は聞いたって感じだぜ。

あいつはあんたの息子かもしれないが俺の兄弟でもあるんだろ?」


「ウム……」


先生は渋々ながらも口を開いた。話した内容は以下のようなものだった。


「アクセルは賢い子じゃった。悪いことをしていても、絶対に尻尾は見せぬ。

証拠は残さぬ。しかも厄介なことに、話してみると爽やかで人当たりがよく、気前がいい。

石や土くれを渡すかのように、持ち物でも金でも欲しがるものに与えてしまうのじゃ」


「なんだ……いい奴じゃないか」


「奴が力に取りつかれたのが、いつのことじゃったか……もしかしたら生まれた時からかもしれぬ。

奴はお父様と、強大な悪魔との闘いを挑み、そして勝利し、封印し、バラバラにした」


「なんでそんなことを?」


「実験と言っておった。悪魔とそれ以外の力の差は絶対。天地がひっくり返っても覆らぬ。

その自然の摂理を覆し、悪魔狩りを行えるのか。それを確かめる必要があったと」


「そのためだけに父親を? おっと、俺の父親でもあったか」


「すごいですね、悪魔が父親だなんて。母親は吸血鬼だし」


「だよなビビ。もっとも、血は繋がってないけどな」


「えっ?」


「えっ?」


皇女とビビは同時に聞き返した。すると、先生はこれに敏感に反応。

アクセルのことを渋々話していた先ほどまでは脱力して陰鬱な様子の顔だったが、突然表情に生気が戻り、鋭い眼光で小僧を睨みつけた。


「何を言う気じゃ!?」


「本当のことを言うだけだよ。いいか皇女サマ、俺は――」


「このっ!」


なんと、先生は実力行使にでた。素手で息子の頭を殴りつけたのである。

しかし、小僧は微動だにせずに話を続ける。


「俺は人形だ。二十年前から変わってなくて当たり前だ。俺は先生のことを母さんと呼んだことは一度もない。

俺は人形で、先生は、パペット・マスターだからだ。

皇后陛下といい仲だったと。そりゃ見た時は子供だったからそう見えたんだろうがな」


「嘘です!」


「なんだ?」


皇女殿下は突然あの二十二年前の、十二歳の子供の時に戻ったかのように頬を紅潮させ、目を潤ませながら金切り声をあげた。


「あなたは暖かった。ぬくもりをくれた。柔らかくて、包み込んでくれて。人形だったはずがありません!」


「お、おいおい。あの時子供だったんだろ。変なことを言うのはやめろ!」


「本当です。あなたはあの時確かに人間だった。私を守ってくれた。いいえ、あの時だけじゃない。

長い時間をかけて、一緒にいなかった今までの時間でさえ、私のことを……!

教えてください先生、何故そんな嘘をつくんですか。

アクセル様には抱きしめてもらったことはないですが、それでもあの人だってちゃんと人間だったはずです……!」


「嘘ではないのじゃ」


「えっ?」


「小僧は人形。そのことは本当じゃ。二十二年前……あの時の戦いの傷でな。小僧は死んだ」


「何の……冗談ですか?」


「もういい。見たほうが早い。お前たちに夢を見せる。今回は、夢を変えることは出来ぬ。

過去を変えることは出来ぬ。見るだけ。見るだけじゃ。私だって、私だって……!」


二十二年前、何があったのか。実のところ小僧にはあまり興味のない事柄ではあった。

過去は過去。自分は自分。過去に関係はない。お姫様と何があったのかは大して意味のないことだと考えていた。

彼女が昔自分のことを好きだったとしても、彼女と恋人だとか特別な関係だとか、どうこうなる気は全然なかった。

自分は人形。先生につき従うただの人形。


確かに、この二十二年間、先生と一緒にいて、アクセルと間違えられたり、昔会ったことのある人に話しかけられたりしたことはあった。

どうやら自分には知らない過去があるようであることはわかっていたが、あえてそれに深く掘り下げることは避けていた。

自分という存在を先生の人形として規定し、それ以外にはそれほど関りを持とうとは考えていなかった。

が、もはや目を背けることは出来ない。頭の中に直接、過去の光景が流れ込んできていた。

最近また別のゲームにはまっちゃいまして、とうとう5周してしまいました。

ともかく、次回からはようやく話が動きます。動いているようで話は全然動かなかったですからね。

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