第17話 覚醒……?
その後の模様はカットしよう。というのも特に何もなかったからである。
二人は町の飯屋で朝ご飯を食べ、お客と話している占い師のセルフィを冷やかしに行き、街をぶらぶらして情報を収集したが、これと言って何も有益な情報は得られなかった。
また、先生と三人で行動をする原則なので勝手な行動を起こすわけにもいかないのである。
強いて言えば、城館へ足を向けたくらいであろうか。
二人は城館の皇女殿下にこっそり会いに行った。ビビの力があるので警備兵に見つからずに姿を見ることが出来た。
ただし、話はせずに会いに行っただけでそそくさと切り上げ、城館はあとにした。
「それで、思い出せましたか。あのお姫様と何があったのか」
帰り道、歩きながら横の小僧にビビが聞くと、こんなあいまいな答えが返ってきた。
「どうだかな。あまり記憶は確かじゃない。先生ももうちょっと夢を見せてくれたらいいのにな」
「明日の朝、また聞きますね。どんな夢を見たのかを」
「ああ。その先生はまだ夢の中かと思ってたが、さすがに昼前だからな」
「お客さん来てるみたいですね」
二人は百メートルほど離れたところから一番大きい通りで客と話している便利屋モードの先生を発見。
「よっ、先生。おそようございます」
「ちょっと待て。私は接客をしている」
「へえ。お客さん、何かお困りで?」
お客さんは若い女性だった。
余談だが彼女はお金持ちの箱入り娘なので、小僧みたいな根っからの陽キャ的な男にニコニコしながら話しかけられると緊張して声が出なくなる。
「もしもーし。お姉さんどうしたの。話聞こうか?」
「はうっ……あの……その……主人、この方は?」
「犬がじゃれついてきているとでも思えばいい。気にしないで大丈夫じゃ」
「そうそう、俺は犬みたいなもんだから。わんわん!」
小僧はのってあげた。そしてそのままノリツッコミしようかとも思ったが止めておいた。
「それでまじめな話、こちらのお客さんはどんな用で?」
「今その話をしようと思っていたところじゃ。お客さん、どうなすった?」
「はい。シンファミリーのシドという男を殺していただきたいのです!」
「またかよ。どんだけ恨まれてるんだヤツらは?」
「事情は聞かないことになっておる。なぜ、殺したいのかは言わなくてよろしい。
じゃがシドという男についてもう少し詳しく聞いてもよいかの?」
「そうだな。俺たちはシドの顔も知らないわけだし」
「私は婚約者がいるのですが、シドは私の婚約者なのです」
「説明下手っ!」
「こらビビ、お客さんに失礼ではないか」
「ごめんなさい、つい」
と、小さくなって背中を丸めながら答えたビビの頭をなでながら小僧が言った。
「そういうところビビそっくりの子だな。それでお客さん、
確認するが婚約者の男がいて、それと別れてシドとかいう奴と結婚させられそうだってことでいいのかな?」
もはや女性の言葉を要約したというよりも通訳といったほうがいいくらい、小僧はエスパーレベルの読解力を発揮した。
コミュニケーション能力はすこぶる高いようである。
「そう言おうとしたんです!」
「だからと言って殺せとはまた……可愛い見た目の割に恐ろしい事考えるんだな?」
「積極的に事情を聞くつもりではないが、お客さん。
報酬の相談にもかかわることなので質問をさせてもらおうか。
アナタのところは金持ちじゃろう。シンファミリーに目をつけられたというわけじゃな?」
「はい」
「私のカンが正しければ恐らくは海運業」
「スゴイ、何でわかったんですか?」
「シンファミリーがまだ手を出せていないこの街の大きな産業と言えば、海運業じゃからな。
他にヤミ金やら何やらたいていの事はやっているようじゃ。手広くやってる分恨みも買っておる。
海運業……港を牛耳れば密輸や密売、脱税、密入国サービスといったビジネスの可能性も広がるからのう」
いつの時代でも、この世の十トン以下かつ数百キロメートル以下の荷物の配送はほぼ百パーセント陸上輸送であるという。
だが、百トン以上、数千キロメートル以上の大規模輸送では九十九パーセント以上が海上輸送、つまり船を使うとされる。
だから額で言えば船での輸送が圧倒的ということである。
現代では海運業なんて一般人には全く馴染みがないのでピンとこないかもしれないが、昔は船を持っていることが金持ちとしてのステータスと言ってもいい。
そのぐらい海運業者というのは、特に昔は他の追随を許さない金持ちだった。
船とわずかな海沿いの土地さえあれば大規模な地主よりも稼げるとあって、その生産性は内陸の海なし地域とは天地ほどの差がある。
大阪やイスタンブール、バルセロナ、リオデジャネイロのように立地の良い大きな港町が最も発展した都市となり、自然と首都になったというケースもよくある。(それらの都市は後に首都機能を移転したが)
その例にもれず、帝国の港町であるこの街も首都並みの発展を見せており、場合によっては東京のように、首都の座を奪うこともあるかもしれない。
「ちょっとたとえが細かすぎて怖いんですけど。先生が裏社会にいなくてよかったです」
「ビビ、裏社会と対決していると自然と覚えてしまうのじゃよ」
「ところで先生、船で連中は隣町に行ってるらしいんだ。
見つけ次第ぶっ殺そうと思うんだが、海運業者のお嬢様が来たってことは話が早くて助かるんじゃないか?」
「必要ない。私は海軍にコネがあるので船を出してもらうことは容易い。
というわけじゃお客さん。実は同じような依頼をほかの人からも受けておっての。
小僧、ファミリーを殺す。お前はファミリーの顔を唯一知ってるビビをつれていくのじゃ」
「了解」
「わかりました。お頼みします。それでは失礼しますわ」
「お嬢さん」
「あ、なんでしょうか?」
小僧は客を呼び止めて脅すようにこう言った。
「俺たちは殺しも請け負っている。そんな便利屋にあんたは依頼しているんだぜ。
見られたらどうする。目立たないように、素早く家に帰ってしばらくは出ないほうがいいぜ」
「わ……わかりました」
話がまとまり、お嬢様はそっちのほうが逆に目立ちそうなくらいに警戒心をむき出しにしてコソコソと、物陰などにいちいち隠れながら帰っていくのを三人は見送る。
彼女の姿が見えなくなったらビビはこう言った。
「じゃあ二人とも、僕はそろそろ行きますね」
「行くってどこにだ?」
「僕が本来やるべき事……行くべき場所に。二人と一緒にいるのは楽しかったです、
ごめんなさい、さっきは口から出まかせを。明日の夜の夢の話、聞くつもりもありませんでした」
「単独行動はやめとけよ。どうする気だ?」
「残念ですけどもう無理です。僕を探すことは誰にもできない。夢で見たから知ってるでしょう?」
「神々のリンゴ……というやつか。先生、知っているか?」
小僧に先生は短くこう答えた。
「うむ。ビビの目がそれじゃ」
「やっぱりただの夢じゃなかったか。お前に自信をつけさせてしまったらしいな」
「自信じゃありません。これは最初からあった僕の力です」
ビビが指をくい、とほんのわずかに動かした途端のことだった。二人の視界がぐらりと反転した。
「落ちる!」
「うああああっ!?」
突如として反転した世界。黄色い砂に覆われた地面が頭上から降ってきた。
もちろん、錯覚である。ビビの能力でそう錯覚させられただけ。
しかし二人は勝手に目を回して地面にはいつくばり、まるで朝から酔っぱらっているかのようだった。
「待て、おい……!」
小僧の声に反して、ビビの立ち去る音が聞こえ、やがて二人の視界は正常に戻った。
どこがどこやら。二人は砂地の地面でもつれあい、先生の尻が小僧の顔の上に、手のひらの上に先生のかかとが。
そして小僧の腹の上に先生の頭が乗っていて、小僧の膝に先生の手が乗っているという有様であった。
さながら、オスメスのイカが交尾したまま陸に打ち上げられたみたいな目を覆いたくなる悲惨なありさまだった。
「あいつ……探すのはムリだな」
「うむ。追っ手を撒くというのには長けた能力じゃな」
「だが、あいつがどこへ行ったかはわかっているんだ」
「ほう、どこへ行ったのじゃ?」
「その前にどいてくれ」
小僧が音に関することなら割と何でもできる能力を持っていなかったら、そもそも顔を先生の尻にしかれたまま会話することは不可能であった。
二人が何事もなかったかのように立ち上がって服の砂埃をはらったら、小僧はさっきの話を再開した。
「昨日、ビビと一緒に魔法屋へいった。そこには男を女にする魔法があってな」
「なるほど。ビビはそこへ向かい、魔法を盗むつもりじゃな」
「ああ。だがビビにかけられた魔法は永続的なもののようだな。
かけた本人を殺すか捕まえて解除でもさせないとだめだろう」
「一時しのぎじゃな。まずは店に行ってみるか?」
「ああ」
二人は意見が一致したこともあり、大通りを南下。
つい昨日ビビと一緒に立ち寄った魔法屋さんへ向かったのだが、その途中、トボトボとこちらへ歩いてくるビビを二人は発見。
妙である。しかもなぜかビビはこっちを見ているのに、こちらへ何の声もかけてこないのである。
せめて何かリアクションはすべきだ。逃げてみたり、ばつが悪そうな顔をしてみたり。
ところがそのどれでもなくビビはぼーっと前を向いて歩いているだけである。
「どういうことだビビ。あいつはどうしたっていうんだ?」
「まさか……話に聞いてはいたが、神々のリンゴの力に目覚めつつあるようじゃ」
「えっ。何の能力だ?」
「神々のリンゴは"過去"と"未来"を見ることが出来るのじゃ。恐らくビビが見ているのは過去じゃ」
「まさか。過去を見ているから"現在"の俺たちが見えていないとでも言う気か、先生?」
「そのまさかじゃ」
先生はビビの前を素通りして後ろに回り込み、歩調を同調させて歩き出したではないか。
小僧も先生の後ろで同じようにしたので、まるで古いRPGゲームで勇者の後ろに仲間が付き従っている様子を彷彿させる光景である。
そのままの状態で先生は後ろの小僧に話を続ける。
「念のため声は聞こえぬようにするのじゃ」
「言われなくても。こいつどこへ向かってるんだ……?」
「男を女に変化させる魔法を売りに来た者の足取りを追っているのじゃろう」
「バカだなぁ。まったく、おいビビ!」
小僧に後ろから肩をつかまれて、ビビはさながら背後にキュウリがあることを発見した猫のように神速の速さで飛び上がり、驚きすぎて貴重な眼が眼窩から零れ落ちそうになっていた。
「ぬわぁっ、ビックリしたあっ」
「ビビ、お前の目が覚醒したと聞いたんだが、その辺どうなんだ?」
「えっ、まあはい。今はこの目を使って過去を見ているところなんですが」
「じゃあさ、ビビ。お前の家に行きゃいいんじゃないのか?
お前は自宅で魔法を受けたんだろ。じゃあ家に帰ればいいんじゃないのか?」
「ま、まあ、言われてみればそうですね」
「で、家はどこなんだ?」
「今はもうなくなってるでしょうけど、でも二人とは反対方向なんですよ。
先生たちはアルメリアという隣町にいくんでしたよね。僕は反対の方なんです」
わかりやすくたとえるなら、この町は横浜のようなものであるとしよう。
千葉方面へ行くか、静岡方面に行くか、まるで進行方向が違う。それと似たようなものである。
「先生、どうする。俺は先生が反対するなら仕事に専念するが」
「まだ時間はあるが……しかしビビよ。移動手段がないじゃろう。
徒歩で移動すれば数日。船なら一日で行けるじゃろうが、船はない」
「それはそうなんですけど」
「対して、私たちとくれば船は用意できる。今日にでも隣町へ行ってマフィアを殲滅。
仕事を終えたら追加の金をやって水夫にもうひと仕事してもらうことも可能じゃ」
「何の義理も縁もゆかりもない他人の僕に、どうしてそこまでしようとしてくれるんですか?」
先生はこの質問をうっとうしいとでも感じたのか、しごく面倒くさそうに短く答えた。
「無視は出来ぬ。必要ないなら他を当たれ」
「いえ、あのっ、はい、ありがとうございます!」




