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第15話 夢の夜明け

「城の最上階のほうで魔女と一緒にいるはずです」


「ふむ。では行こうか」


アクセルは特に苦も無く魔力で空中に足場を作り、そこを上りだした。

数メートル上がったところで首だけ振り返り、ビビを見下ろしてこう言った。


「そういえば、君はどうする。魔女を倒すとか言っていたが」


「もちろん行きます!」


「空を歩くこともできないようでは無理だろうが、まあよかろう。

君の持っているそれを活用させてもらおうか。オルトロス」


呪文みたいな謎の単語をアクセルが口にしたかと思ったら、ビビは城の前庭の芝生に埋もれていた。

そして気が付いた時には目の前に青い空間が広がっており、これが空だと理解するのに数秒かかった。

起き上がってみるとさっきまで何もなかった庭には、何やらケモノのようなものがいた。

ただの獣ではない。尻尾だけでビビの身長よりも長い、体高が十メートルぐらいはある生き物だ。


言うまでもなく陸上最大のアフリカゾウと比べてもけた違いに大きい。

かすかに青みがかった黒い体毛に全身を覆われたそれは、まるでイバラの茂る生垣のように全身がくまなくチクチクとしていた。


「オルトロス、兄弟のケルベロスはどうした?」


「アクセル、どの面を下げて現れた!」


耳をつんざくような低い轟音が鳴り響き、ビビは体ごと揺らされるような思いをした。

オルトロスと呼ばれた狼のような生き物はアクセルに何かよっぽど恨みがあるらしい。

とビビは考えたが、オルトロスは別に恨みではなくもっと別の感情があるようだ。


「私はお前と同じように母を愛してるよ。お前のご主人様を」


「ふざけてんじゃねーぞ!」


「お前たちはいいね。首同士だけじゃなく家族でも仲がよろしい。

さて、お前にうってつけのものを用意した。その子を連れて上へあがれ。

お前のご主人もそこにいるんだろう。遺体があるから感じるよ」


「何故父親の遺体をバラバラにしたのだ!」


「実験さ、実験。ただの下らん普通のな」


「イカレてやがるぜ!」


ビビも最初わからなかったが、どうもオルトロスの首は二つあり、それが交互に喋っているようである。

片方は比較的厳格な口調。もう片方の首はくだけた喋り方をするようだ。

オルトロスとやらは、どうもアクセルや遺体の秘密を知っているようである。

そして、その遺体の秘密はポロっと両者の口から漏れ出てきた。


「そうだね。だが、孤独の悪魔だぞオルトロス。わかるだろう。

孤独の悪魔への母の執着はまさに異常だ。悪いとは思うんだ。

だが、グリモアを渡さないなら渡したくなるようにするだけさ」


「私の使命は主人を守ること。お前は敵だ」


「ひどいな。子供の頃はよく遊んだだろう?」


何となくビビにも意味がわかってきた。この作品の、この物語の一番根幹の部分に当たる話だ。

ビビは何となくではあるが、核心に迫る考察をしている。

比較的砕けた口調のほうのオルトロスの首が、ビビの考察した内容を裏付ける重大な情報を口にしてくれた。


「昔の話だ。ご主人に任された以上、このガキは必ず守る。

それと耳より情報だ。俺たちもさっき知ったんだが」


「どうした?」


「お前の計画は大体知ってる。実は、ご主人は悪魔になったんだ。

正確には魔女イザベルの悪魔とかいうのが出現したらしい」


「なるほどね。遺体を求めているにしては暴れ方が尋常ではないと思っていたが」


「止めるにはグリモアを奪うしかないぞ」


「グリモアで悪魔を祓ったら……どうなるんですか?」


とビビが割り込んで質問すると、意外にアクセルは優しくこう答えてくれた。


「君の察している通りだよ。悪魔を祓うことが出来たら、その悪魔が司どる"権能"も消滅する。

例えば魔女イザベルの悪魔ならば、魔女イザベルという概念が消滅するのだ」


ビビの考察はこれで正解であることが示された。つまり、アクセルは孤独の悪魔を倒し、祓うことを目的としている。

この世から孤独という概念をなくしてあげようというあまりにも壮大な話である。

しかもアクセルは孤独の悪魔という明らかに強いであろう悪魔を倒し、封印する力をすでに持っている。

その遺体を分割した理由は不明であるが、とりあえず、オルトロスたちの口ぶりからして、その悪魔が彼の父親であるのは間違いない。


詳細はまだ不明だが、どうやら孤独の悪魔はマクスウェル・ヴァン・ホーエンハイムという偽名を名乗って人間界に溶け込んでいたようである。


「孤独の悪魔はあなたの父なんですか?」


「そうだ。奇特な人物だった。人間の中にとけこもうとしていたんだ。よりによって孤独の悪魔がね。

じゃあ私はこれで。家族の感動の再会と行こうか。君もそいつに乗ってくるといい」


さて、アクセルとビビが上を目指している頃、小僧は記憶の悪魔のグリモアを城に山ほどある尖塔の一つの内部にもうけられた図書室のようなところで、魔女からもらったところだった。


「見ての通りじゃ。私は悪魔なのでグリモアには一切触れることが出来ぬ」


「これは何のやつだ?」


「記憶の悪魔。そして……アンナ、こっちへ」


「はい」


例の魔女のしもべである女、アンナはもちろん吸血鬼の影響もうけているため、かなり不死身だ。

その女が持ってきた本がなんであるかは、アベルにも当然察しが付いた。


「まさかこれは先生の……?」


「私のグリモアじゃ。通常、悪魔の真名を呼べば悪魔を祓うことが出来る。

私の場合は特例じゃ。私の名は世界中に知れ渡っておる。

イザベル・オクセンシェルナ。その名を知る者は私を祓うことが出来る」


「なっ、それって俺に何かあったら先生にも危険が及ぶってことか!?」


「人間に託せるとしたらお前だけなのじゃ」


「なんで悪魔になんかなっちまったんだ。それだけの力を手にして一体……帝国に挑戦する意味ってなんだ?」


「帝国などに興味はない。あるのは、私の名を全世界の者に恐怖させること、ただそれだけだ」


「意味が分からん。つじつまが合わない!」


補足しておくと、もう一度言うがアベルは先生と悪魔というのが別の個体であるということを理解していない。

「悪魔が人々から恐れられるほど力を増す」ということは理解しているので、先生が帝国に喧嘩を売るのも理解はする。

だが、それ以前から先生が帝国に喧嘩を売っていたのは事実である。

悪魔になる前から戦う理由はあったはずなのだ。


「理由を教えろというのなら、それはお前じゃ」


「なにっ」


「帝国はかつてお前が作った国なのじゃ。もちろん覚えてはおらぬ。

記憶の悪魔は私とお前とで所有権を行ったり来たりしているからのう」


「嘘だろおい!」


「アクセルとも切磋琢磨して作った国じゃ。もっとも私はほとんど蚊帳の外じゃったが」


「帝国を取り戻すだって……バカな真似はやめろ……といっても聞かないんだったよな」


「そうじゃ。己を恐れさせることは悪魔の本能じゃからの」


「そうか。なら俺たちの蜜月もこれでしまいにするか」


そもそも、これをしに来たのである。少々予定は変わったが、結局は同じことだ。

悪魔を祓うというのはどうやればいいかわからない小僧ではあるが、どうすれば悪魔を倒すことが出来るかはこれまでに集めた情報により、よく知っていた。

彼は持っていた悪魔の魔導書、グリモアを掲げると、母親の名を叫んだ。


「イザベル・オクセンシェルナ。人々からの畏敬のあまり悪魔になった、哀れな魔女」


「そう。私が魔女イザベルじゃ」


「俺にこれを渡した以上……!」


悪魔の真名を唱え、グリモアをぶつける。それは一応、悪魔を祓う方法としては正解だった。

悪魔を祓うには真名を唱えることで悪魔の魔術的なバリアや術式を丸裸にしてから悪魔本体に致命的なダメージを与える必要がある。

グリモアに触れると悪魔はものすごい神罰を受けてしまうのである。

逆に言えば、アクセルが孤独の悪魔相手にそうしたように、グリモアや真名を唱えるといった手順は必ずしも必要ではない。

必要なのは悪魔が自分を守っている超常的なまでの魔術的防壁を突破し、不死身性を消し去ってしまうこと。

それが可能であれば、上述の手順は必要ない。


「面白そうなことをやってるなぁ。混ぜてくれ」


「なにっ」


母にとどめを刺そうとしたのもつかの間。それを邪魔する気満々で、尖塔の窓から声をかけてきたのは宙を歩くアクセル、そしてそれについてきた小さなビビもいる。

そして、ビビが乗っている巨大な獣、オルトロス。小僧はこの世のものとは思えないその光景に目を疑い、何度も瞬きをした。

イザベルのほうは嬉しそうにアクセルに笑顔を向けるのみである。


「おお息子よ。さっきお前の話をしていたところじゃアクセル。

顔を見られてうれしいぞ。何しろ生まれて初めてじゃからな」


「それはどうも。私としては面倒ごとは早めに済ませておきたい。要件を伝えよう」


「どうしたのじゃ?」


「今、アベルに殺されようとしていたようだが、全く困ったものだ。

その可能性はあると思ってはいたが――」


アクセルが言っているその可能性、というのが母親が悪魔を生み出してしまったようだ、ということであることはビビにも小僧にも理解できた。

その続きをアクセルが言おうとしていた時だった。不思議な轟音が遮蔽物のない高所に好きなだけ響き渡った。

人間の言葉だった。なのに、その声は明らかに人間のものではなかった。

低く、野太く、そして大きすぎた。


「兄弟たちよ!」


「おや、今度はケルベロスくんか」


「えっ、あれが有名な!」


とビビがそのケルベロスの弟に乗りながら言った。


「ということは……やはり!」


アクセルはにっこりと笑った。

眼下には丸太のような太さでありながら触れただけで肉を切り裂くほど先端が鋭くとがった、巨大なかぎ状の爪を何本も城壁の石垣につきたて、地上と少しも変わらないかのように疾走する黒い獣が見える。

真っ黒な瞳が真っ黒な毛並みの中でほんのわずかに光を受けて光っているが、獣の目がどこを見ているかはわからない。

その黒くつややかな毛並みの中にぽつんと、わずかな白い一角がある。

それは白金色の髪と、病的に青白い肌を備え、灰色の囚人服をまとっている、この獣の契約者の姿にほかならない。


「アクセル、来ていたのか!?」


「相変わらずケルベロスを飼いならしてるようで。面白いからこっちへ来てくれ」


「言われなくても!」


先生は図書室のある尖塔の屋根をケルベロスに破壊させ、先ほどとは打って変わって、その中に立っている三人組に上からものを言った。


「お前たち、私はここだ。妙な争いはもうやめるのじゃ!」


「感動の再会って言うらしいぜこういうの。なあ、アクセル?」


弟に話を振られ、アクセルはすかさずこう答えた。


「無粋な脚本だ。行け、オルトロス」


「えっ」


ビビを乗せているオルトロスという双頭の狼であるが、これはなぜかアクセルに指示されると有無を言わずにこれに従ったではないか。

アクセルをビビがまだ乗ってないほうの頭の上に乗せ、複数の尖塔の中心にある、例の血の池地獄がある広場のほうへ疾駆していく。

先生が乗るケルベロスも仕方なくこれに追随し、残っているのは魔女と小僧だけ。

魔女は小僧の腕の中でしばらく見つめあって固まっていたが、まるで人間のように笑いがこみあげてきて、ふき出してしまった。


「ふふっ。笑わせおる。場所を変えたいらしい。アクセルに話があるそうじゃ。

小僧、ついてくるか? 心配するな。もう私の心臓はお前のものじゃ」


逃げたりするものか。そう言うかのように魔女は小僧の手をぐいと引っ張って自分の胸に押し当てた。


「しょうがない。行くとするか。夢なら早く醒めてくれ」


そういいながらも小僧は魔女を抱えてジャンプし、尖塔の先端に設けられた図書室から眼下の血の池がある庭園まで一息に跳んだ。

大体二十メートルくらいを一気に跳んだので二人分の衝撃で石畳が一枚壊れたが、そんなこと誰も気にしないくらいすでに石畳はボロボロだった。

二頭の獣の唸り声が地響きとして、砕かれた基礎の石畳を目に見えるほど揺るがし、まさに一触即発。


「さて、まず一言私から言わせてもらおうか。アベル、お前は間に合わなかったらどうするつもりだ!」


「答えろ、なんで二人いる!?」


アクセルはため息をついてこの面倒くさい状況を嘆きたいところだが、ぐっと我慢して弟にこう話した。


「悪魔を殺せばそれが司るものも消える。

いいか、お前は自分の母親を殺したことすら理解しないままこれから生きていくことになるところだったんだ」


「なんだって」


「それは魔女。母さんの悪魔だ。殺せば概念ごとこの世から消え失せる」


「それはわかったが……!」


「わかっている。お前はこう言いたいんだろう。私が何故ここへ来たのかと。説明してやるから黙って聞いてくれ」


「……はい」


ビビは、やっぱりこの兄弟思ったほど仲が悪くないのではないのかな、とこっそり心の中で思った。

でも怖いので、オルトロスの深い毛並みに身を隠して気配を殺し続ける。

アクセルは話を続ける。


「死神騎士団から昨日、お前が魔女を守りに現れたと聞いたんだ。

全く驚いたよ。ここへ来てみたら、あろうことかお前がグリモアを使って母を殺そうとしている。

状況はすべて理解したよ。面倒なことになったようだね」


「どういうことだ。わ、わからん!」


「それはこちらのセリフだ。魔女、何故貴様はアベルに殺されようとしている?」


「危うく私も死ぬところじゃ!」


と、ケルベロスの上から先生が追撃した。未だに全裸の魔女は薄ら笑いを浮かべ、小僧の胸に頭をもたれさせながらこう答えた。


「ふふふ、この男になら殺されてもよいと思った、それだけじゃ。

私の気が変わらぬうちに、そうさせたほうがよいと思うが」


「そうはいかん。ここでお前を封印する」


「おい話が見えない!」


頭を抱えて小僧が叫んだものの、アクセルはこれ以上は説明をしてくれなかった。だから代わりに筆者のほうで説明をしよう。

彼はかつて自分の父にして世界でもトップクラスの強力な悪魔である孤独の悪魔を倒し、封印することに成功したのである。

孤独の悪魔はグリモアが消滅していないし遺体も封印されて分解されたまま、腐ったり消滅していない。

つまり、孤独の悪魔は一応はまだ生きているのだが、その力は封印されているのだ。


要するにアクセルは死神騎士団という、一見すると母親とは対立するポジションに身を置いているように見えて、その実は敵対組織の中で情報を収集。

母のことを守り続けていた。それだけでなく、"魔女イザベルの悪魔"が発生するという最悪の可能性を想定し、実際にそれが起きてしまったことを今回確認。

魔女の悪魔を封印しようとしている、ということである。


「どうする? 考えろ。ええっと、ええっと……!」


「お兄さん聞いて、これは夢だから醒めればいいんだ!」


「なにっ、ビビ。そこにいたのか!」


オルトロスの上からビビに声をかけられてはじめてその存在に小僧は気が付くと、すぐにこう返した。


「お前も知ってるだろビビ、おい!」


「えっ、何の話ですかっ」


「次の時代も魔女イザベルは恐れられ続けた。アクセルの試みは失敗する!」


「えっ、まあそうだったかもしれませんけど!」


「無事でよかった。お前は先にミリーちゃんと逃げてろ。

これが夢なら……俺は俺の心に思ったことをする!」


「ちょっと!」


ビビの制止も聞かずに小僧はアクセルの前に立ちはだかり、魔女を守る体制になった。

これにはアクセルどころかケルベロスとオルトロス兄弟までもが驚愕していた。


「何をしている小僧っ」


「ケルベロスの言う通りだ。何の冗談だそれは?」



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