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第12話 神々のリンゴ

先生はいつの間にか不機嫌そうに眉根を寄せつつ、プールの中にちゃぷんと浸かっている。

身内以外の男に裸を見せるのは抵抗感があるのかもしれない。


「おお、アル。お前殺す気満々だな」


「当たり前だ小僧。一通りの退魔装備は常日頃携帯している」


「にしても吸血鬼か。心臓に杭を打ったら死ぬんだっけか。ただ先生は純粋な吸血鬼でもないみたいだぞ」


「そこが厄介だ。何か他のものも混ざっているとなるとな。

だがやることは一緒だ。魔女イザベル、お前の所業は改めて言うまでもない。

誘拐、虐殺、拷問、処刑……枚挙にいとまがないとはこのことだ」


「先生。ここに来たビビとミリー……少女たちはどうした?」


「ふむ。捕えてある。順次、殺してこのプールにつぎ足すことになるじゃろう」


「継ぎ足す……だと、外道が!?」


「嘘だろ先生。冗談でも笑えないぜ」


とは言ったが、小僧もこの血で満たされたプールを見たら、今のが冗談でないことはわかっていた。


「で、やるのか、やらぬのか?」


先生はプールサイドへとまた上がってきて、かすかに髪をかき上げて血でべったりした髪を背中のほうへ流した。

小僧もアルも動けなかった。裸体に見とれていたのではない。隙がなかった。

類まれな戦闘経験とセンスを持つ小僧とアルだからこそ一歩も足が動かなかった。


先生の、必要以上に男を誘うような一糸まとわぬ裸体から繰り出される隙だらけの動き。

これが、隙ではなく攻撃を誘っているのだと察することが出来ただけ上等である。

先生がカウンター狙いをしていた理由は簡単で、動くのも面倒くさいからであった。


さて、そんな頃、城の地下にある牢屋に入れられた少女の話でもしようか。


「い……今更だけどここから脱出する手段はちゃんとその……あるんだよね?」


と、横でくつろいでいるミリーにビビは質問した。

ここは半地下の牢獄になっていて、鉄格子と石壁で仕切られた部屋の上部には空気穴を兼ねた隙間がある。

もちろん鉄格子がはまっていて、そこから外へ抜け出すことはかなわないのだが、そこから光が入っていて、とりあえず日中はそれほど暗くはならないようである。

もしこれが冬場だったら夜とても寒かっただろうが、今は冬場ではないので問題はない。

この薄暗い、そして川のそばであることもあいまってなんだかジメジメとした湿気のこもった牢屋にはビビとミリーが入れられている。

向かいの部屋にはプラチナブロンドの長い髪の女性が二人から顔が見えないような態勢で床に倒れている。

もしくは、寝ているのかもしれなかった。

向かいの部屋も当然鉄格子で仕切られており、長い髪の若い女は虫の息で、かすかに血を流している。


手は自由のようだが、足には枷がされ、もう長いことこの部屋から出ていないようである。


「さっき、上のほうで大きな音がした。中庭、がれきが飛んできている。戦いがあったのかもしれない」


「ミリーちゃんはマイペースだなぁ。ゴタゴタしてるなら今のうちに逃げちゃおうよ」


「だめ。そこの女の人を助けないといけないし……第一、魔女イザベルを倒さない限りは……!」


「その名を……口にするでない」


ミリーの言葉に突然、白金色をした髪を上から入ってくる光によって輝かせながら、女が起き上がった。

その顔に覚えがあったのでビビは思わず腰を抜かした。


「あっ、あっ、あなたは、せ、先生!?」


「先生……まあそれもよかろう。私のことは先生と呼ぶがよい」


「あら、ビビの知り合いかな。あなたここで何をしているの?」


ミリーは、自分は絶対に誰にも負けるはずがないという自信がある。

余裕である。だからこの異様な状況にも全く動じずに質問をした。


「見ての通りじゃ。つかまっておる。お主たちは?」


「偵察かな。魔女の城、中をじっくり見学してみたかったけどそうもいかないみたい。

それで、どうしてあなたは魔女の名を恐れているの?」


「それは、魔女の名を唱えることが災いをもたらすからじゃ」


「……どういうこと?」


「先生は魔女とお知り合いなんですか?」


「古い付き合いになる。生まれた時からずっと、なのかもしれぬな」


「どういうことですか。ううっ、頭がこんがらがってきた!」


「魔女イザベルは、私と同一人物なのじゃ」


「……はい?」


けだし、意味不明である。ビビもミリーも思わずハモってしまったほどだ。

先生は落ち着いて話を続ける。


「私は確かに、帝国に対して戦いを挑んでいた。あのお方の遺体を取り戻すためにな。

孤独の悪魔の遺体……過去に行われた封印術よ。何も奪って世界を滅ぼそうとしたのではない。

私にとって大切なものだったので取り返したかっただけなのじゃ」


「ええと、話がよくつかめないんですが。大体、こんな牢屋、先生ほどの魔法使いなら簡単に……」


「まあ聞け」


「はい」


この後牢屋の中の先生が語りだしたことはビビとミリーには到底理解しがたい世界のお話だった。


「私が帝国への戦いを始めてしばらく経った時のことじゃ。奇妙な話を聞いた。

私はその話を聞いた時には北国にいたのじゃ。

それがなぜか内陸部のこの国の周辺で私の目撃情報が相次ぐようになった」


「えっ?」


「この城も私が作らせた覚えは全くないのじゃ。だが、領主は間違いなく私に命じられて作ったようじゃ。

そしてようやくわかったのじゃ。人々の中で私の名前が、"悪魔"を生み出すほどに強力な恐怖となっていたということに。

この城にはもう一人の私がいる。"魔女イザベルの悪魔"という名の悪魔がな」


「さ……最悪だ。それが本当なら最悪だ!」


「そんな……悪魔というのは"火"や"雷"、"捕食"に"落下"、"飢餓"といった普遍的な恐怖の対象を司ると……!」


「悪魔の中でも特に強い者は、そうじゃな。そういった連中は総じて人間に興味がない。

人間の世界が滅ぼされていないのは悪魔の気まぐれだといわれておる。

じゃがまだ"イザベルの悪魔"はそれらに比べれば弱い。奴はどうやら私と同じ記憶や容姿を持っているようじゃ」


ビビとミリーは理解してきた。魔女イザベルというのは昔から恐れられてはいた。

だがここ数年の間に、その名前はより一層人口に膾炙していっている。虐殺や誘拐といった恐るべき噂とともに。

それが何故なのかというと、こうして本物を牢屋に入れて"イザベルの悪魔"が積極的に外へ出てきたからのようだ。


そしておそらく、悪魔の力の根源である「自分が司る"もの"への人々の負の感情」を増やそうという悪魔の基本的な行動原理をイザベルの悪魔も持っているだろうということがわかる。

以上の行動原理のせいで"イザベルの悪魔"が悪行の限りを尽くし、ますますパワーアップして、強くなったらますます悪行をするというループが起こっていること。

ビビとミリーはこれを理解し、そして、頭は切れるほうのビビがこう聞いた。


「あのぅ。でもそれって先生がそこでおとなしくしている理由にはならないでしょう。

先生は優れた魔法使いだ……そんな枷や檻はなんてことないでしょう。

なんなら今から僕らで助けましょうか、先生?」


先生は即答した。


「それには及ばぬよ、お嬢さんがた」


「どうしてですか先生?」


さっきからの先生の話にミリーは微塵も心を動かされているそぶりもなく、つまらなそうに言った。

彼女は割とこういうところがある。自分というものをきわめてしっかり持っていて、他人に動かされるということはない。

ともすると冷たいとか、人に興味がないと誤解されることもある。

だがミリーは自分に自信があり、信念が強く、行動力も旺盛で、人にはっきりものを言える性格だというのが正確なところだ。


「まさかあなた、自分の意志で牢屋に入ってるなんて言わないよね?」


「そうじゃ。私のせいでこのようなことが起こった。

ここにいれば、どれだけの無辜の民が私の分身によって命を奪われていったのかがわかる。

私のせいなのじゃ。私が、いけなかったのじゃ」


「イザベル……恐れられている魔女の正体は意外と普通の人だったね、ビビ」


「えっ」


「自分を罰するのはそれくらいにしたほうがいいと思うよ。

やるべき事を考えて。最善はあなたが自分自身と戦う。そうでしょ?」


このように、ミリーは基本誰に対してもナチュラル上から目線である。

自分の考えに自信があり、常にハッキリとものを言う性格だからなのだった。

ビビは先生が起こりださないか心配になったが、先生もまたマイペースなのだった。


「お嬢さんのいうことにも一理あるのう。ここで自分を罰し続けて三年になろうか。

ずっと……ずっとその時を待っておる。息子が来てくれるのを」


「息子って?」


「アクセルとアベルというのがおってのう。アクセルはもう諦めておる。

じゃがアベルだけは……あの子は特別ママっ子の甘えん坊じゃった。

私を攻撃することを割り切れるかはわからぬが……確信しておる。

私に会いに、この城に来てくれることだけは」


ビビはアベルという名前についてまだ知らないので、それが小僧と結びついているわけではない。

だが状況的に考えてもそれが小僧のことであると結びつかないわけがなかった。


「きっと来ますよ。いや、もう来てるのかも」


「だとよいがの」


「まどろっこしいわ。行くよビビ。あとはお好きにどうぞ」


とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、ミリーは手錠を外し、鉄格子を空間の断裂を利用して両断。

もちろん、先生を拘束している金属具と鉄格子も同じ要領で破壊。ミリーは立ち上がってビビの手を取る。


「あ、ありがとうミリー」


「私とビビの力があればどんな相手でも倒せる。私は上に行くし、それが今すべきことだと判断した。

先生、あなたは自分を罰するのに気が済んだら上へ来てね」


「ウム……そうさせてもらうとしようかの。これを持っていけ」


「ム?」


ビビは先生が崩壊した鉄格子の隙間から投げてきた小さな箱状のものを手に取った。

このような状況でなければプロポーズ時に男が指輪を入れておく用のケースみたいだが、もちろん中身はそんなものではないことはビビも重々承知の上だ。


「戦いになったら開けるとよい。私はそれとセットのがあるのでな」


「わかった。行くよビビ。上を目指そう」


「うんわかっ――」


ビビが言い終わらないうちにミリーは空間を移動。そして、ビビは言葉を締めくくった。


「――った……?」


そこは調理場のようであった。キッチンである。ガス式の調理台とシンクが並び、そこに五人ほどのスタッフが入っている。

全員肌は土気色で、室内は暑いし料理も体力仕事だろうに、汗一つかいている様子はない。

そもそも、この城にきてわざとミリーたちは捕えられて興味本位で地下牢に入れられた。

その時に自分たちを連行した者にしても、まるで機械のように無感情で無表情であった。


このキッチンの者たちも同様で、なかなか美味しそうな料理を理路整然と華麗に盛り付け、香りにも見た目にもこだわったパーティー料理を作っている様子だ。

だが、そこへ邪魔しに来た二人を全く見ようともせず、存在自体を関知していないようだった。


「なるほど。吸血鬼とは聞いていたけど眷属を増やしているのか……」


「眷属か。そういえばミリー、吸血鬼っていうのはすごく数が少ないんだったよね」


「ほとんど幻に近い存在らしいね。血を吸ったり術を使ったり、吸血鬼はただでさえ不老不死なのに眷属を増やす手段も多様。

先生はその血を引くらしいけど、吸血鬼が子供を作るなんて珍しいこともあるんだね」


先生の親については詳しい情報は今のところ、ない。そのことは後で話すとしよう。


「ここに用はないね。上へいこう」


「うん」


ミリーはビビの手を取ってさらに上へ飛んだ。着いた先は、例のプールがある比較的開けた空中庭園のような場所だ。

城の基礎から数えておよそ百メートルの上空に存在するは、六つの尖塔から階段で昇り降りできるような作りになっていて、それぞれの先端から吊り下がるような形をした空中庭園。

プールがあったり、植物園があったり、まるで桃源郷だ。

その北側には本来プールを覆う石垣があったがすべて吹き飛んでいる。

特異な構造故、妙な風が吹いているこのフロアには、ビビとミリーのほかに四人いた。


小僧、アル、そしてアンナと呼ばれた若い女と、その女が立っているそばで未だに血の池地獄から出ようとしない先生だった。


「そんなものか。私はまだ戦っておらぬぞ。アンナ一人に何をてこずっておる」


「そいつは何なんだ。おいっ」


「アンナは私の身の回りの世話をさせている女じゃ。おや、エサがここまで出てきたか」


先生が二人いる。同一人物が二人いるのは少々ややこしい話ではあるが、ここでは、"魔女イザベルの悪魔"のことはイザベルということにしておこう。

イザベルは血の池地獄にうっとりと浸りながらも、子供たちが瞬間移動してきたのに気づいてそちらをむいた。

見られただけで一瞬にしてビビは体の力が抜け、かろうじて腰は抜かさないでいるものの、立っているので精一杯だった。

だが度胸は人一倍のミリー、魔女に正面から喧嘩を売った。


「魔女イザベル。こんな形で会えるなんて。身の回りの世話、誰にしてもらう?」


空間を断裂させ、アンナと呼ばれていた若い女の頭が地面に転がり落ちて残った体もすうっと力が抜け、自由落下して地面にたたきつけられた。

ミリーからの宣戦布告である。イザベルは表情を一切崩さず、余裕の笑みを浮かべながら言った。


「アンナ、もういい。そこで寝ておれ」


アンナの首は口だけパクパクと動いていたのだが、どうも、口がのどや肺と繋がっていないため、声が出ないものの返答はしたようである。


「すまない。お前たちを助けに行こうとしていたんだが遅くなった」


と小僧が言うとミリーは全く気にした様子もなく答えた。


「大丈夫です。私は強いです。形勢逆転です」


ミリーはイザベルのほうへ無造作に距離を詰めながら話を続ける。


「私とあなたに因縁はないかもしれないけど……どのみちお尋ね者だよね?」


「ククク。記憶の悪魔」


イザベルがまるで使用人でも呼びつけるようにして言うと、記憶の悪魔が召喚された。


「あっ、お前いつぞやの!」


「そういう君は哀れなアベルくんではないか。さて、何か用かな?」


「うむ。記憶の悪魔。アベルを私のところへ。ほかの者は好きにしてよい」


その場にいた者たちは固唾をのんだ。頭が理解を拒否した。

悪魔同士がつるんでるのはまあいい。悪魔であるイザベル一人にさえ、全員でかかって勝てるかわからない。

それが突然もう一体の悪魔まで出てきてこれに味方しようというのである。


記憶の悪魔は手を振り上げた。その途端、ビビとミリーは膝をついて地面に崩れ落ち、白目をむきだした。

眼球は震え、眠っているときの高速眼球運動のようにグルグルとあらぬ方向を睨むのだった。


「ふむ。中々興味深いな。あの男は記憶に何らかの細工をされているようだ」


「お主でも一発では行かぬとは、大した術式が細工されてるようじゃな」


「うむ。どうやら幸せな記憶がないようだ。つまらぬ」


「それはすまなかったの。エサが増えると思っておびき寄せたのじゃが」


「私はほかの者から記憶が吸えればそれでよい。では君、こちらへきたまえ」


記憶の悪魔が手招きすると、抵抗もむなしく小僧の体がプールのほうへ引き寄せられていく。

しばらく記憶の悪魔とよばれる紳士服の男はこれをつまらなそうに眺めていたが、やがてもう仕事は果たした、とばかりに姿を消した。

空中庭園に立っているのはアル、そして小僧だけ。その小僧もイザベルのすぐ前まで来ると彼女の顔に影を落としながらひざまずいた。

イザベルはプールサイドにまたあがってきた。そして何を思ったか、小僧に抱き着いたのだった。


「ああ、私はやはり変わり者じゃな。悪魔になってもまだこんなにも愛おしい。

のう、アベル。やっぱりアクセルにも会いたいのう。

私は十年ほど前に生まれてからというものアクセルには会ってないのじゃ」


「俺もアクセルの行方は知らない。それより、話がある」


「なんじゃ?」


小僧はだいぶ上のほうで説明したと思うが、コスパ重視の術式で、その他の魔力はすべてガードに使用している。

ある一定以上のスキルを持つ魔法使いは魔力を己の体にまとわせるなどして敵の魔法を無力化させることもできる。


そういった相手には小僧の術式は通じないが、それ以外のほぼ全ての相手は問答無用で戦闘不能にできる術式は使い勝手がよく、これを多用していた。

よくバトルもので「メモリの無駄遣い」という言葉が出てきたりする。

人にはキャパシティに限りがあり、たくさんの技を覚えたり、複雑すぎる技を無理やり覚えるのは効率が良くない。

それよりはシンプルで応用の利く技を一つ覚えておくほうが効率が良い、という話である。


この世界でもおおむねその法則は当てはまり、特にミリーなど強すぎる術式を使える場合は、それ以外の技は必要あるまい。

小僧もそうしている。本来すべての魔法使いの中でも最弱と言っていい程度の出力しか使わないこの「指や手を鳴らして耳から魔力を注入する」という術式。

しかし、相手が強い場合には相手のガードを破るほどの魔力を込める必要がある。


小僧はイザベルから一歩後ろへ退いて離れると、自分が普段張っているガードすら解けるほど全身全霊の魔力を放った。


「ぐはっ」


「あうっ」


「耳がっ!」


などと言って後ろにいた者たちは次々と全滅。床に伏せて耳をふさぎ、悶絶し始めた。

立っているのはイザベルと小僧だけである。


「何のつもりじゃ?」


「先生、思い出してきたんだよ。どうやら俺はあんたを止めにこの地方へ来たらしい。

ここの領主があんたと繋がっているという情報も耳にしてな」


「妙じゃな。ではなぜ死神騎士団と一戦交えたのじゃ?」


「村の人たちが困っていたからだ。見捨てることは出来なかった。

敵の敵は味方、なんて割り切れなかったんだ」


「お前は全く、昔から虫けらどもにも優しい子じゃったのう」


「虫けらどもだと?」


「私の糧になるかわいい虫けらたちのことじゃ。数十人ぽっち助けたところで意味があるか?

放っておいても勝手に増える。私たちとは寿命も違うのじゃ」


「俺は弱いだけだ。弱いからいつも誰かがそばにいてほしいんだ。

後ろの三人のことは逃がしてやってほしい」


「よいよい。子供が母親におねだりをすることは当たり前のことじゃ。

しかしお前は奴らを逃した後どうするのじゃ?

まさか、私を倒そうというのではあるまいな」


「そのまさか。ここは俺が相手をする。時間は稼がせてもらうぜ」


「ほう……まあ、それもよかろう。私は戦おうが戦うまいが、別にどうでもよいのじゃ。

それよりもじゃ。私は先ほどから気になっていたのじゃが」


イザベルは意外と穏便な対応である。しかし考えてみると当たり前だと小僧は思った。

彼女にとってこの状況はプールで遊んでいたら客人が来ただけに過ぎない。

特に大切に思っている息子にも会えて、本人的にはむしろ機嫌はよくなる要素しかない。

周りにいる者たちを敵、あるいは障害とは認識していなかった。


「ククク。珍しい者がおるようじゃ。"神々のリンゴ"を持つ小娘とはのう」


「神々の……リンゴ?」


「特殊な眼のことじゃ。近う寄れ」


イザベルは指をほんの少し動かして手招きし、倒れて気絶しているビビは何かの力でプールのほうへ浮き上がって引っ張られていく。

小僧とイザベルの間にゆっくりと落下してきてプールサイドの床にあおむけで寝かされたビビについてイザベルは未だに全裸のまま説明しだした。


「神々のリンゴ。アウク・アペルと呼ばれる眼じゃ。恐らくこの子は目に関する術式を持っているはずじゃ。

本人が開発するまでもなく初めから持っている術式を所与術式という。

いわゆる努力では到達できない次元……"天才"と呼ばれる部類に入るのう」

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