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第1話 成仏しなよ


「あのぉ、曲がり角の看板を見てきたのですが」


古くから続く港町の三番目くらいに栄えている大通りに、明らかに無断で店を構えている"何でも屋"を名乗る二人がいた。

そこへ、比較的身なりのいい可憐な印象の少女が訪ねてきた。

何でも屋は二人組。片方の男は若く、どちらかというと少年のような風貌だ。

少年のかたわらに若い女がいるが、こちらも年齢が不詳である。

少女のようにも見えるし、少年の母親のようでもある不思議な風貌だ。


「ああ、看板ね。汚れ仕事からペットの世話までなんでもやります」


と少年が客に応対すると女の方がこれに続いた。


「出張便利屋じゃ。お客さん何か困ってるのじゃな?」


依頼者の少女は声は若いのに老人か仙人みたいな喋り方をする黒い服の女に困惑しながらも、懐から紙切れを取り出してこう言った。


「はい。こちらの写真を見てくれますか?」


少女が懐から取り出したのは男の白黒写真だった。

彼女はこれを舗装されていない砂がむき出しの地面の上に片膝立ちし、露天商風の二人に見せた。


「先生、知ってる?」


「いや。見たことないな。小僧は知らないようじゃな」


「いや全然。でもお客さん……昨日同じこと向こうの通りの占い師に聞いたでしょ?」


「お知り合いなんですか?」


「占い師とは友達だよ。その男……何をやらかした?」


「……見つけ次第殺してほしいんです」


「ほお!」


小僧から先生と呼ばれた黒い服を着た女は嬉しそうに破顔して言ったかと思うと小僧と顔を見合わせた。


「先生、ずいぶん気合の入ったお客さんがやってきたな!」


「ああ、何か月ぶりじゃこんな面白そうな依頼。

お客さん、看板に書いてあった通りじゃ。理由、事情、一切聞かぬ。

こちらとしては仕事をするまでじゃ。じゃがこれだけでは探しようもない。

何か男の手掛かりになる情報はないかの?」


「わかりません。それとこの男も」


少女はもう一枚写真を取り出して見せた。この周りが切り取られた写真にはさっきとは別の男が屈託のない笑顔で写っている。


「……失礼じゃがこの男について何か情報は?」


先生が聞くと少女は目を伏せて憂鬱そうにこう答えた。


「お察しの通りかと思います。名はバージル。

僕はこの二人を殺してほしいんです」


「左様か。報酬はお前さんの持っておるそれでどうじゃ」


「それって……?」


「これと同じものがお前さんのポケットの中に入っておるっ!」


先生が懐から取り出したのは、カサカサに乾燥した黒っぽい棒状のものだった。

長さはおよそ十センチメートルほど。それがミイラ化した人間の指であることは三人の間ですでに共通認識である。


「さっき見知らぬお年寄りに口紅をもらったんですが、これのことでしょうか」


少女はジャケットのような上着の裏地にある、胸ポケットのところから口紅の箱を取り出した。

先生はこの箱と自分の持っている遺体の指を見比べ、ちょうど一緒のサイズであることを察した。


「うむ……やはり、お前さんが私たちに出会うのは運命だったのだ。

もっとも、こっちに会いに来ないようならこちらから行こうと思っていたのだが」


「俺と先生はこの"遺体"を探して旅をしているのさ」


「そうなんですか」


「"遺体"は遺体と引き合い、反応する。この街に来ていたのもそれを探しての事だ」


「小僧、この娘は……?」


「知らずに渡されたんだろう。警戒しなくていいと思うぜ、先生」


「そうじゃな。そうしよう」


先生と小僧は相談を終えると気を取り直し、一同の話は更に進んでいく。


「その老人も実に気になるところではあるが、まあいいじゃろう。

報酬はその遺体でいいじゃろう。その仕事引き受けよう」


「やったな先生!」


「ええと……二人とも僕の依頼を忘れてませんか。二人の男を殺してほしいっていうことなんですけど」


「うん。ところで先生、アレは俺がやろうか?」


「うむ」


「あれって?」


小僧が見ている先には謎の老人がいた。それに気が付いた少女はパッと笑顔になってこれに手を振る。


「あ、おじいさん。さっきはどうも!」


「お嬢、よく見とけ。俺みたいなのを本物の魔法使いって言うんだ」


と威勢のいいことを言っているわりに小僧は老人がこっちへ近づいてくるのをただじっと見ている。

一歩一歩、砂地を踏みしめて、老人が近づいてくる。先生の持っている"遺体"の指をじっと見て。

唐突に小僧がパンと一つ、拍手を打った。


「ジジイ、どこの誰の差し金だ?」


老人は微動だにせず、目線だけが動いている。指一本動かせていない。

先生と依頼人の少女もだ。問いかけたはいいものの、口も動かせていない老人を見て、小僧はもう一度拍手を打った。

全員が停止していた時間を取り戻した。

すると先生も少女もこの間に呼吸すらできなかったため、思いっきりむせていた。


「ごっほ、ごほ、今の何ですか……!?」


「解説してやろう」


小僧が老人を足でボコっているうちに先生は話を始めた。


「小僧の"術式"は微弱な魔力を耳から脳みそへと、音を通して届ける史上最弱の出力を誇る魔法じゃ」


「でも僕ら動けなくなりましたよ。よっぽどの制約があるんですかね?」


「制約の強さは確かに術式の強さに影響する。

小僧の制約は、両手で音を出さねばならないので一瞬だけ隙が生まれる。

両手が使えなければ使えぬ。耳の聞こえない者にも通じぬ。耳をふさがれても効かぬ。

手を叩こうとするのを見てから耳をふさぐことも出来るし、制約はそれなりに多いのじゃ」


なお、耳をふさげば防げるということは相手の両手を使えなくさせ、聴覚を遮断することを強制することと引き換えだ。

しかも音を使うということは、音速で動けでもしない限り回避不可能ということである。

この作品はキャラクターが音速以上で動くような世界観ではないので、実質誰も防げない。


「それでもすげぇ。お兄さん、僕を弟子にしてください!」


「あん?」


老人を再起不能になるまで痛めつけ、軽い出血で靴底と砂地の大通りを汚している小僧が振り返って少女に応対する。


「先生ならウンと言うはずだ。先生、この子をどうする?」


「何か事情があるようじゃ。それに、遺体のことを知っている者に目をつけられておる。

お前の言う通りしばらくかくまってやった方がよいじゃろう」


「とはいえ、事情を聞かないというのが俺らのルールだろ?」


「ウム。お嬢さん、とりあえず遺体のことについて話してやろう。

小僧、そのジジイをどうにかしろ」


「俺の魔法はそういうヤツじゃねーんだよな。先生がやってよ」


「別に構わんが。そこをどけ」


先生は横柄な態度で小僧に命令した後、ボコボコにされて口から地面に血を垂らしているジジイの顔を指さした。


「消えろ。私の視界から」


その後、先生の指先から炎が発生して寝ているジジイの体に引火した。

小僧はそれを見てジジイに手を合わせた。


「成仏しなよ」


ジジイは気絶しているので引火してものたうち回ることはなかった。

その暇もないくらいの一瞬のうちに、ジジイの体は燃え尽きたとともに、熱による激しい上昇気流が発生。

砂埃を巻き上げながら大通りの空気がはじけて飛んで、残った通りには、なぜか一面氷の世界が広がっていた。


「骨も残らない。相変わらずだな、先生。さぶっ」


一面銀世界、アイススケートのリンクのようになってしまっている大通りはうららかな春の陽気なのに、真冬のように気温が低下。

瞬く間に霜が降り、空気中の水分がどんどん凝結して地面に落下し、湿度が低下していった。


「先生もすごい。僕を弟子にしてください!」


「おっと、俺から浮気かお嬢さん?」


と少女が聞かれると彼女は後ろの小僧の方を振り向いて、この状況にも圧倒されることなく笑顔でこう答えた。


「じゃあ両方の弟子ってことで。あの、一体その遺体というのは何なので?」


「野次馬が集まって来そうじゃがまあよい。手短に説明をしよう。

小僧、遺体について説明をしてやれ」


「了解。この遺体っていうのはスーパーなパワーを持ってる遺体だ。

死後相当経ってるらしいが腐ってないだろ。悪魔の遺体らしい」


「悪魔の遺体……僕はなんて恐ろしいものを!」


「お前な、知らんジジイにキモイ遺体を渡されて何の疑問にも思わなかったのかよ」


「だって口紅もらっただけだと思って!」


「女が人から口紅もらうか普通。まあいい、話はもうわかっただろ、お嬢さん。

この遺体はスーパーパワーを持ってる。俺と先生もこれを探しているんだ。

わかるな。俺たちぐらいの強力な魔法使いでないとコイツを狙う同業者との争いで死んじまう」


「わかっています」


「だからお嬢さんのことはあまり自由にさせておきたくないのが正直なところだ。

一度連中に目をつけられた以上はな」


「優しいんですね二人とも。先生もぶっきらぼうなところがありますけど」


「弟子入りしたいんだろ。丁度いいじゃないか」


「はい。でもごめんなさい、それはできません」


「……どういうことだ?」


小僧は理解に苦しみ、首をかしげる。一面の銀世界の中、少女はこう告げた。


「そこまで依頼できるだけのお代を僕には出すことは出来ません。

すみません。弟子入りはしたいなぁって思っただけで。ほんの冗談ですから」


確かに少女の言う通り、少女の護衛をすることまでは頼まれていない。

それを言うあたり少女は妙にお金や契約に潔癖なところがあるようだ。

それに、二人もお金次第で何でもする何でも屋の仕事人としてのプロ意識があるので彼女の言うことには反論が出来ない。


「そう言われると、まあそうだが。とはいえ、さっきお前も見ただろ嬢ちゃん。

遺体は遺体と引き合い、その場所を教える。嬢ちゃんは持っていないほうがいい。

そいつを渡すんだ。依頼はちゃんとこなすからさ」


「じゃあ逆に僕のところに二人が来ればいいんじゃないんですか?」


「この子は何を言っているんだ、先生?」


「身の危険があると言われても動じなかった。

自信の表れじゃ。この子には何らかの組織の後ろ盾があるということかの?」


「はい。僕はシンさんのところにいるんです」


シンというのは英語のSin。つまり罪という意味の名前である。


「シンのファミリーの子とはな。あまり関わり合いにならないほうがいいって先生言ってたよな」


「敵に回すと厄介じゃ。強力な魔法使いもおる。私たちの敵ではないが」


「なんで敵に回す話になってるんですか。

僕と一緒に来てファミリーに入って僕を鍛えてくださいよ!

お金稼ぎをしたいと言ってましたけど、ファミリーに入ればお金の方もたんまり入ることもあるでしょう」


「しかしどうしてそんなに強くなりたいのかね?」


「僕は才能ないですけど、いつか強くなって、身寄りのなくなった僕を拾ってくれたボスたちに恩返しするんです!」


「あっそ。頑張ってねー。とりあえず遺体はよこしてもらおう」


「……返しません!」


「なにっ」


小僧と少女はしばし睨み合った。そして小僧は後ろの先生に何らかのアイコンタクトをとったあと、振り返って結論を出した。


「わかったよ。遺体は仕事を終えたその時にでももらおうか。

お家に帰りな。もうここに用はないだろう」


「そうみたいですね。野次馬も集まって来ましたし、失礼!」


少女が脱兎のごとく駆け出してこの地面が凍り付いた目抜き通りを離脱し、市街地の方へ消えていくのを見送ると、すぐさま小僧は振り返って後ろに座っている先生に聞いた。


「よかったのか。アレを持ったままじゃあ、悪い奴らに位置を教えてるようなもんだ」


「事情は聴かぬと言ったが何か裏があるな。あの子、身寄りが"なくなった"と言っていたのう?」


「それを引き取ったシンとかいう連中。あの子に遺体を渡したジジイ。

そのジジイに遺体を渡させた連中。あの子から暗殺依頼を受けた男二人。

うむ、情報量が多すぎてさっぱりわからねぇ!」






※本編はここでいったん終了。

先生のイメージをつかんでもらうためにイラストを用意してきました。

もちろんAIじゃなく自作で。その分画力は低いですけど。

挿絵(By みてみん)

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