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作者: にゃん

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リッチ・ドラルコはいつも不機嫌。

何故なら闘技場内のカフェの店員が、いつもコーヒーにフレッシュを付け忘れるからだ。





ここはバラムの街。

城下町イノセントシティから遠く離れた辺境ではあるけれど、昼夜を問わず賑わう市場と帝国随一の闘技場があることから人の絶えない愉快な街だと覚えられている。

円形に型どられたバラムは赤褐色のレンガの塀に覆われており、中枢には幾色もの商人のテントが咲き乱れる。

奥中央に鎮座する闘技場はまるでティアラのようで、それを祝福する花束のようにも見えようか。


「ようドラルコ、相も変わらずシケたツラだ」


「うるせえよ、お前こそカッパに髪生えただけのくせに」


酒場のカウンターで一人エールを煽るドラルコに半身をのしかけながらマルコは言った。

返された言葉に高笑いをこぼしながら、何も言わずとも出てきたコップいっぱいのミルクを一息で飲み干す。


ドラルコとマルコは闘技場で名を馳せるいわばワルだ。

元々素行の悪かったドラルコだったけれど、ちょうど一年ほど前は誰も手がつけられないほど荒れていて、そんな時二人は出会った。

いろいろな街を放浪していたマルコが、酒場を二件破壊した後路地裏の輩を片っ端から投げ飛ばしていたドラルコに後方からビール樽を投げたことから始まる。

後頭部に樽が激突し、ドラルコは勢いよく地面に顔からスライディングし前歯を折った。

腹を抱えて笑うマルコだったけれど、次の瞬間には硬いコンクリートに身体を埋めることになる。

気付いた時にはもう、痴話喧嘩では片付けられないほど大事になっていた。

騒ぎを駆けつけた警備隊すら蹴散らし、二人は正々堂々の言葉の欠片もない武器あり罵倒ありの喧嘩を一晩続けた。

見物人が全員飽きて帰るかその場で眠ってしまった頃、二人はほぼ同時にその場に倒れ込むことになる。

当時の話を聞けばお互い勝者は自分だと言い張るが、実際の所は誰も知らない闇の中。

そんなことがあってからか、二人は良くつるむようになったんだ。


ああ、さっきドラルコは荒れていた、酒場を二件も壊したと言ったけれど、決して街の人に嫌われてはいなかった。

闘技場でもパフォーマンス性を理解し、女子供には苦笑いが出るほど優しく、催事の際は誰よりも力を振るう。

なによりドラルコは、一般人に暴力をふるったことは一度もなかった。

けれどドラルコは長い間孤独だった。

彼が強すぎるため、闘技場ではおろか街の喧嘩でさえ彼について来れる者はいなかった。

そんな時現れたドラルコの友人となるマルコを街の人間は快く迎え入れたことは、言うまでもないだろう。

気まぐれに闘技場で戦っては朝まで街の酒場を練り歩いたり、広場で下手な歌を披露しそのまま寝てしまう二人を、皆微笑ましく見守っていたと思う。

二人が笑えば空気が笑った。

そんな力が二人にはあった。



ドラルコが街から姿を消してから、もう二ヶ月が経とうとする頃だった。

眩い光をなくしたバラムはみるみるうちに活気を失い、1ヶ月ほど前終わりの鐘が空に響いた。


「マルコ、いつまで留まるつもりだい?....ドラルコは、もう来ないよ。この街も今日で終わりさ、いや本当寂しくなるねぇ」


二人の行きつけだった酒場の主人が白い空を見上げながらこう呟いた。

マルコはそれに答えなかったけれど、言葉がなくとも二人の間には哀愁と敬愛の気持ちがとめどなく漂っている。


「.......じゃあ、俺は行くよ。マルコ、またどこかで会えたら、.....ミルク奢るよ」







少しずつ崩れ落ちていく夕焼けを、空っぽの街の赤褐色のレンガの上でぼうっと眺めていた。

少しずつ世界が軋む音がして、馴染みのあの店や誰も知らない近道の裏路地は音もなく色もなく消えていくだろう。

寂しいとも悲しいとも思わなかった。

ただ一人、心の隅どころではない、大きく真ん中に居座る仏頂面の男のことだけは、正しく羅列されたデータベースを覆してしまうほどの激情だった。


懐かしい、友の声。


「なぁんでまだこんな所にいやがるんだ、なあマルコ。今際の際に選ぶにはこの街はちと愉快すぎたもんだろうよ」


痩せて骨と皮になったドラルコを見て、マルコはただ笑った。

嗚咽とすすり泣きが酷く大きく聞こえて、ぐしゃぐしゃになった顔を手で隠した。

かつては拳だけで全てを粉砕した男の面影もない、ふらりとした足取りに今にも落ちそうなほど凹んだ瞳。

たかが数十積み上げられただけのレンガの塀を、駆け昇ることさえもう出来ない。


「泣くなよなあ、カッパが泣いたって可愛くともなんともねえんだ。なあマルコ、お別れを言いに来たんだ。早く行けよ、こんな所で、お前は消えていいタマじゃねぇだろう」


獅子の咆哮のごとく声を荒らげたマルコの表情は、まるでコンクリートの上の猫のように弱々しく震えている。


「馬鹿言うんじゃねえよ!それは、それはお前だろう、ドラルコ....お前がこの街を照らす光だったんだ、皆お前のことが大好きだったんだ」


崩壊はスピードを上げ二人を侵食しだした。

砂色になった街がみるみるうちに無へ還り、落とした涙は地に着く前に蒸発した。

塀から降りたマルコは、何も言わずにドラルコを抱き抱える。

かつては殴りあった豪腕も、拳が割れるかと思った腹筋も、石頭も、もうないけれど、確かにそこには光があった。

羽のような軽さに唇を噛みながら、もう一度塀に登りゆっくりとドラルコを降ろす。


「いいのかマルコ」


「あたりめえだ。」


そうやってふたりは一緒に消えていった。

バラムの街は跡形もなく消え、次のティアラは帝都の近くに現れた街へと腰を下ろした。

この世界には死の概念はないけれど、僕らは薄いデータ上で個として存在し役目を果たすことだけを生きる意味としている。

けれどたまにバグが起きるんだ。

思わず笑ってしまうような馬鹿だから、世界はそれを咎めないんだろう。


リッチ・ドラルコはいつも不機嫌____

それは闘技場のカフェの店員がいつもコーヒーにフレッシュを入れ忘れるからだ。

ちょうど一年前、ドラルコが荒れに荒れた頃から、目に見えてやつれて行く彼の姿を誰も直視出来なかった。

だからフレッシュは入れなかったんだ。

不機嫌にさせないとドラルコにはもう戦う余力なんてなかったから。

いつまでも強くて眩い彼を、皆待っていたから。


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