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短編小説

贋作

作者: フルビルタス太郎

 ある晴れた昼下がり、白い無機質な部屋に二人の男が座っていた。椅子は何処にでもあるパイプ椅子だった。

「では、頼む」

 スーツ姿の男がそう言った。眼鏡をかけた真面目そうな男で、三〇代前半くらいに見えた。

「……わかったよ」

 男の目の前に座る男はそう言った。彼は茶髪でひょろりと細い体型をしていた。顔立ちは女のように端正で、髪は肩まで伸びている。しかし、それとは対照的に手はゴツゴツとふしくれだっていて、爪の間は黒く汚れ、皮膚には赤や緑の線が刻まれていた。男は、軽く咳払いをしてから、

「……じゃあ、まずはこの絵についての僕の見解から、ね」

 と、言って立ち上がると、後ろの壁にまで移動し、そこに掛けられた四枚の絵の内、豪奢な金色の額縁に納められた絵を指差した。絵はキャンバスに絵の具を滅多矢鱈になすり付けた粗雑な印象の風景画だった。道や建物、空に至るまで随所に惹かれた黒い線はリズミカルで、まるで、風景がゴウゴウと唸っているかのようだった。

「長谷川幸利、通称・コウリ。画題、新宿風景。倶楽部の鑑定付きだけど、これは贋作だよ。というか、見るまでもないけど、ね、」

 男は呆れたようにそう言うと、ポケットからタバコとライター、それに携帯灰皿を取り出した。

「……よせ、ヤニがつく」

「付いたって構わないよ。どのみち贋作なんだからさ」

「……でも、倶楽部の鑑定が付いている。……それに、まだ買い取っていない。だから、付けるな」

 茶髪の男はため息をつきながらタバコをしまうと、

「あれ、買い取ってメクラの客に売るつもり?……よしてよ、こんな粗悪品を売るのは、」

 と、言った。

「……さあな、どうだろうな。……で、他の三点はどうなんだ?」

 男がそう言うと、茶髪の男は、

「……僕がタバコを吸おうとした時点でわからないかな?……贋作だよ、全部、ね」

 と、言って、二枚の絵の間に立った。絵は白を基調とした街頭風景とサーカスのテントらしきものを描いた絵だった。共に白地の上に赤や緑などの色彩が乱舞していた。「……まず、『長谷川幸利、サーカス』に『千束』について。どれも、有名な同名の大作を元にしてる。贋作者も同じだね。あんたの見立て通り、インターネットオークションを中心に販売している連中が出どころと見て間違い無いよ。筆致や支持体が同じで、サインも同じ。ログは残って無かったから、十年、いや、もっと前だろうね。……『新宿風景』に比べたら出来はいいけど、でも、遠近感とか色使いがおかしいかな。あと、古色の付け方だね。これ、油で汚してる」

「三橋は?」

「……うん、三橋好太郎ね……。これは特に酷いかな?だって、札幌の風景じゃないんだもの。おそらく南仏かそこら辺の農家だろうね。サインもしっかりと書いてある。これも長谷川幸利と同じ出どころだね」

「……そうか、」

 男はそう言うとゆっくりと立ち上がった。

「……ねぇ、買い取るの?……これの絵達、」

 茶髪の男がそう言うと、男は、

「鑑定書が付いているからな。流石に贋作です、と突っぱねられないしな。……まあ、適当な理由を付けるさ。……おまえにごねられても嫌だからな」

 と、言った。

「ごねてない」

 茶髪の男が不貞腐れ気味にそう言うと、男は絵を壁から下ろしながら、

「……とりあえず、この絵はもらっていくぞ?客に返さなけりゃいけないからな」

 と、言った。

「……鑑定料、」

 茶髪の男がそう言って手を差し出すと、男は、

「……あとで、な。……ああ、それと、例の『山本槐太郎』の件、早めに頼むぞ?」

 と、言った。それを聞いた男が、

「例の《新発見》の作品?」

 と、言った。

「ああ、お前、アレらが贋作臭いと言っていただろ?」

「……うん。言ったけど……、まさか、買うつもり?」

「一応、な?……なんせ、新発見の作品なんだ。しかも、画集掲載の、な。……出どころも良いし、専門家のお墨付き、しかも、同じ出どころの作品に鑑定書が付いたからな。……期待ができるってもんさ」

「……何を買うの?」

「素描が中心だが、油彩がいくつかあるからな、それを買うつもりだ。……槐太郎の油彩画は大作も入れて四三点しか残ってない。しかも、どれも美術館に収蔵されちまってるからな」

「……まあ、油彩画なら安心、かな?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。……今回発見された作品群の九割は贋作で、残り一割が真作……、僕はそう見てる」

「根拠は?」

「勘」

「は?……いや、勘って、お前……」

「……槐太郎の作品は油彩なら最低でも数千万、素描なら代表作クラスで数千万単位っていわれているからね。今回発見された作品の総数は一三五点で、内訳は油彩が一〇点、水彩が二五点、素描が一〇〇点。内、真作は油彩一点、水彩六点、素描七点の合計一四点。普通に売れば一億ちょっと……、いや、数千万かな?」

 茶髪の男はそう言うと、続けて、

「……さて、問題です。真作一四点で一億以上の利益を上げるにはどうしたらいいでしょうか?」

 と、言った。男はしばらく考え込んだあと、

「……贋作を混ぜる……、か?」

 と、言った。

「正解」

「いやいや、まてまて……。素人ならともかく、専門家、それも槐太郎研究の第一人者の鑑定をパスしたんだぞッ⁉︎ いくらなんでも……、」

「でも、第一人者だって万能じゃない。……それに今回発見された作品の大半は初期やデビュー前に描かれた作品がほとんどだった。そして、それらは槐太郎の作風の変遷を語る上で重要な作品、所謂、ミッシングリンクだったんだよ。……まさに研究者が待ち侘びた作品、それを前にして研究者、それも学長選を間近に控えた人が冷静で居られると思う?」

「……まあ、学長選に勝つにはうってつけの功績ではあるよな」

「うん。……それに、古い絵に飛び込み(サインの後付け)をやっているからね。科学鑑定では分からないだろうし、サイン部分の絵の具の組成も今と大して変わらないだろうからね。……あと、研究書や論文、修復報告書なんかも国立図書館や美術館で申請すれば簡単に読めるようになっているからね。研究され尽くしている分、余計に作りやすいってわけだよ」

 茶髪の男がそう言うと、男は、

「よし、じゃあ、どれが真作かを調べといてくれよ?……期限は、そうだなぁ、来週までに、な?」

 と、言った。

「……はあッ? いくらなんでも――」

 茶髪の男がそう言いかけると、男は、

「頼んだぞ?」

 と、言って、そそくさと部屋から出ていった。一人残された茶髪の男は、ため息混じりに、

「……人使いが荒いな、」

 と、言って、タバコを取り出すと口に咥えて火をつけた。一息吸ってから、ふぅっと、紫煙を吐き出す。茶髪の男はぼんやり浮かんでは消える紫煙をゆっくりと眺めたあと、携帯灰皿にタバコをぐりっと押しつけてから、部屋から出ていった。

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