「白の騎士団」と「黒の黙示録」
アリスはいてもたってもいられず、すぐに行動に移すことにした。
殆ど着の身着のままの状態で寝室から出て行った時、キッチンやリビングが大量の
血で悲惨な状況になっていたことを一瞬忘れていた。
「う・・・っ。」
出来るだけ血に染まった床や壁を見ないように、アリスは手で口や鼻を押さえながら
急ぎ足で外に出る。
バタン・・・とドアを閉めて、一息ついた。
気分の悪そうなアリスの状態を見たキーラが、不思議そうに声をかける。
「そんなに血が怖いのか・・・?」
「気分の・・・、いいものではないです。
誰だってそうじゃないんですか・・・!?」
「ま・・・、別にいいけど。」
キーラはそっけなく答えると、不機嫌そうにさっさと歩いて行ってしまう。
何が気に入らなかったのか意味がわからないアリスは、眉根を寄せた。
「気にしないで、あいつにはデリカシーってものがないだけだから。
そんなことより・・・、本当に今すぐ行くつもりかい?
もう少し落ち着いてからの方がいいんじゃ・・・。」
後ろの方からカインが心配そうに声をかけ、アリスは必死で笑顔を作った。
「大丈夫です、それに・・・動いていないと余計なことを考えそうで。
あたしは平気ですから、気にしないでください。」
「そう・・・、でも辛かったら言って。
あんな言い方をしてしまって、本当にすまないと思ってるんだ・・・。
君を傷付ける気はなかったけれど・・・。」
「カイン君・・・。」
「おら、何ぺちゃくちゃ喋ってんだよ! 先を急いでるんじゃねぇのか!?」
階段を下りかけたキーラが急かし、二人は互いに顔を見合わせ笑いながら
駆けて行った。
階段を下りて行くと、カインは手に持っていた黒いロングコートを着込み・・・
ツバの広い帽子をかぶって・・・サングラス、マスク、手袋と・・・。
まさに完全防備。
どこからどう見ても完全に変質者・・・、良く言っても不審人物のそれである。
「あの・・・、カイン君!?」
明らかに不審だったので、アリスはそれを指摘していいのかどうか気が引けながら
声をかけた。
カインはアリスの引きつった笑顔に気が付き、表情が読み取れない姿のままで説明する。
「あぁ・・・、これ?
気にしないで・・・って言う方が無理あるけど、仕方ないんだよ・・・。
信じられないかもしれないけど、オレ・・・太陽の光に弱くてね。
こうでもしないと・・・命に関わるんだ。」
「あ・・・、あたし知ってます!
紫外線アレルギーという病気・・・、ですよね!?
映画やドラマで見たことがあります!」
「はは・・・、ちょっと違うんだけど・・・今はそれでいいよ。
またゆっくり落ち着いてから説明するから。」
少し会話にズレがあったのか、カインは乾いた笑いを漏らしながら答える。
「別に本当のこと言やいいじゃねぇか・・・、どうせいずれ話すことなんだしよ。
ったく・・・、ホントお前って回りくどい。」
ぶつぶつと文句を言うように呟きながら、キーラは横目でカインを一瞥した。
また喧嘩でも始まるのかと思い、アリスは焦ったが・・・二人は無言のままで喧嘩に
発展せずに済んだ。
アパートを出ると、目の前には黒いワゴンが停まっている。
二人がそれに乗り込むので、アリスは一瞬戸惑った。
「えと・・・、この車・・・カイン君達のものですか?
運転は誰が・・・?」
「あ? オレもカインも運転出来るぜ、これでも18は超えてるからな。」
「そ・・・、そうだったんですか・・・すみません。」
「・・・別に謝ることじゃねぇだろ、おら・・・さっさと乗れよ!」
「あ・・・、はいっ!」
キーラにそう促されて、アリスは後ろの座席に乗り込んだ。
中は真っ暗で、窓ガラスは全て外からの紫外線を防止出来るように施されている。
恐らくこれはカインの為だろうと、アリスは推察した。
しかしカインは念の為なのか・・・車内に乗り込んでも、完全防備を解くことはない。
運転はキーラがするようで、エンジンをかけ・・・車が発車する。
車が走り出して数分、無言だった車内でキーラが突然話し出した。
「このままずっと無言状態で研究都市に行くつもりか?
カイン・・・、せっかくの機会なんだ。
話せる範囲でもいいから、そいつに話しとけよ・・・。
研究都市で事が起きてから・・・、そいつが混乱して問題を起こすような事態。
オレはごめんだからな。」
キーラはそう言うが、カインはまだ時期じゃないと思っているのか・・・少し
戸惑っている状態だった。
そんなカインの様子を見て、アリスは無理もないと思っている。
自分自身・・・、アパートで聞いた話だけでも常軌を逸しているように感じて
二人の言う『真実』を、心から信じているわけではなかったからだ。
現に二人の言葉を覆す為に、アリスは研究都市へと向かっている。
そんな中・・・、更に衝撃的な真実を聞かされても・・・アリスの気持ちが
ついて行かないだろう。
きっと、受け入れることが出来ない・・・。
カインはそんなアリスの気持ちを汲んで、きっと話そうとしないのだ。
「カイン君・・・、話すだけ・・・話してみてください。
確かに信じられないようなことばかり起こって、あたし・・・受け入れられなくて
混乱してました。
でも・・・、突然色んな真実を聞かされても・・・すぐには理解出来ないと思います。
それならせめて、前もってある程度聞かされていた方が、あたし・・・少しずつ
把握していくことが出来るかもって、思うんです。
大丈夫です・・・、さっきみたいに取り乱したりしませんから・・・。
話してほしいです・・・、カイン君達が知ってること・・・。
あたし、・・・知りたいですから。」
バックミラー越しに、アリスを見つめるカイン。
その瞳はサングラスで見えなかったが、アリスは自分の覚悟を示すように出来るだけ
気丈に振る舞った。
本当は怖い・・・、次はどんなことを告げられるのか・・・。
「・・・わかった、でも・・・本当に後悔しないね?」
どきん・・・っと心臓が跳ねたが・・・、アリスは静かに頷いた。
するとカインは小さく溜め息をついてから・・・、マスクを外して話し出す。
「この2年間で君がどれ程の知識を得たのか知らないけれど、この世にモンスターと
呼ばれる怪物が存在していることを・・・君は知ってるかな。
例えば・・・、代表的なものでいえば・・・吸血鬼や狼男。
ゾンビに双頭犬・・・、蛇女や人魚とか。」
唐突な話に、アリスは怪訝な表情になる。
もしかして自分をからかっているのか、そう思っても仕方ない内容だった。
しかし彼等が自分をからかっていようが、アリスは黙って聞くことにする。
カインの言っていることが真実であろうと冗談であろうと、今のアリスにそれを
判断することは出来ない。
自分の父親が・・・、アリスを実験道具にする為に軟禁していた。
それだけでも、十分信じられないことなのだから・・・。
何が真実なのか・・・、何を信じればいいのか・・・。
アリスはわからなかった、だから黙って聞く他なかったのだ。
「大抵は小説や映画に出てくるような、空想上の怪物とされているけどね・・・。
でも、実際に存在しているんだよ。
元々・・・真実を元に小説にされたりしてるんだ、それが空想上のものと
世間に思わせる為に、ね。
そしてその怪物を生み出す遺伝子が数百年前に発見され・・・、それを
研究し続けている組織があった。
それが・・・、ドクターバースが所属している『白の騎士団』。
元々は怪物を神への冒涜者として、抹殺していた組織だったらしいけど・・・
今ではその遺伝子を医学方面で利用する為に研究して、様々な医療や薬物を
開発するのが現在の活動内容みたいだね。
だけどその遺伝子は、ある作用をもたらした・・・。
特定のDNAを持つ人間にその遺伝子を施すと、突然変異を引き起こすんだ。
それまで普通の人間だったものが、異形の怪物へと変貌する。
つまり・・・、過去に神への冒涜者として抹殺され続けて来た怪物達は・・・
その遺伝子を何らかの方法で体内に施し、突然変異を引き起こした人間
だったんだよ。
そして・・・、その遺伝子は2つの性質を持っていた・・・。
今言ったように特定のDNA情報を持った人間に、その遺伝子を施すと異形の
怪物に変貌させることになるけれど・・・。
怪物となったものに、再びその遺伝子を施したら・・・死を与えることになる。
この遺伝子はね・・・、『生』と『死』・・・両方の性質を持っていたんだ。
そうして『白の騎士団』は、その遺伝子を持つ者を何百年に渡って探し続け・・・
生態研究を続ける為に必死になって我が物にしようとしている。
逆に怪物達は・・・、自らを『死』に追いやる遺伝子保持者を危険分子だと
判断して、抹殺をもくろむようになった・・・。
オレ達は彼等を、『黒の黙示録』と呼んでいる・・・。
怪物達の中でも高い知能を持ち、集団を束ねる能力を持った奴が現れた。
そいつを中心に、怪物達は自分達の組織を作り上げ・・・人間の中に紛れ込んで
生活をしているんだ。」
アリスは、ただ黙って聞いていた。
黙るしかない・・・、何て答えたらいいのかわからなかったからだ。
途方もない話、現実とは思えない内容・・・。
しかしカイン達に嘘をつくな、とも言えない。
カインの言葉は真実を物語るような口調であり、バックミラーから見えるキーラの
瞳は・・・目が合った時、とても真っ直ぐにアリスの瞳を見据えていたから。
絶句したアリスに、キーラが口を開く。
「怪物達の組織、『黒の黙示録』は遺伝子保持者を抹殺する為だけに立ち上げられた
わけじゃない・・・。
奴等は人間を捕食することを肯定する、人間狩りを生きる為に必要な行為だと
思っている危険な奴等だ・・・。
そんな危ない連中がお前を狙っている・・・、そしてオレ達はそんな奴等から
お前を守る為に・・・こうしてここに存在しているんだ。」
キーラの言葉で、アリスは確信した。
考えないようにしていたが、糸が繋がってしまった・・・。
「その・・・遺伝子を、あたしが持ってる・・・!?」
二人は黙った。
返事がない・・・、それはつまり・・・それが真実だと言っている。
アリスは後部座席の背もたれに全体重をかけ、力が抜けて行く感覚に陥った。
「今は全てを理解出来なくてもいい・・・、ただ・・・受け入れろ。
そうしなきゃオレ達も守りにくいからな・・・。」
キーラはそれだけ言って、運転に集中した。
アリスはただカインに言われた言葉の内容を、頭の中で何度も繰り返す。
まるで映画のストーリーを聞かされているような感覚で、何度も何度も・・・。
数時間後、キーラは車を停め・・・研究都市の近くまで辿り着いたことを教える。
アリスが呆然とした眼差しで窓の外を見つめると、そこには懐かしい研究所の
建物が・・・大きなビルがそびえている姿が目に映った。
とある研究所の一室、様々な実験用具が並び・・・回りには白衣を着た研究員が
働いていた。
白を基調とした研究室で、中は綺麗に整備され・・・清潔感溢れる衛生面を第一と
した場所である。
「イーシャ博士、報告です。」
一人のメガネをかけた研究員が、茶髪の女性研究員・・・イーシャに話しかける。
イーシャは振り向きもせずに懸命にパソコンに向かい合って、カタカタとキーボードを
打ち込んでいた。
「監視者からの報告で、アリスレンヌが実験体と遭遇した後・・・目標と接触。
現在目標Aのノスフェラトゥと、目標Bのライカンと共に研究都市へ接近中。
およそ4時間程で到着する模様です。」
その報告を聞いた直後、イーシャのキーボードを打つ手がピタリと止まった。
分厚いぐるぐるメガネをかけたイーシャが振り向き、口をへの字に曲げたまま
ズカズカと歩いて行き・・・報告をした研究員に詰め寄る。
「アリスレンヌが・・・、ここに?
その報告、事実でしょうね。」
「は・・・、はい。
研究機関のデルタからの報告です、間違いありません。」
疑わしそうに腕を組みながら威嚇するが、ただ報告するだけの研究員に詰め寄っても
無意味だと悟り・・・イーシャは研究員から距離を離して、口元に手をやりながら
考え込む。
「よりによって父さんがいない時に・・・。
わかったわ、町には避難勧告を出しておいて。
実験体を放つから、それでしばらく時間が稼げるでしょ。
捕獲班には対象を殺すなって伝えてちょうだい、必ず生け捕りにすること。
いいわね?」
淡々とした口調で命令を下したイーシャは、研究室に残っている研究員全員に
出て行くように指示した。
すぐさま全員出て行くと、一人になったイーシャは自分の席に座り・・・天井を
見上げる。
「随分と早かったわね・・・、アリスレンヌの能力を見たくて失敗作を
送ったのに。
これじゃデータが取れないじゃないのよ・・・、全く。
ま、いいか。
おかげで長い間探し続けてたノスフェラトゥとライカンを生け捕りにする
チャンスが出来たし・・・。」
無感情な口調で呟きながら、イーシャはパソコンの横に立てかけていた写真立てを
手に取って・・・虚ろな目で眺めた。
そこには3人の人物が映っている。
アリスと、イーシャ、それにドクターバースの姿が・・・。
「あんたも遂に自分の正体を知ることになるのね・・・。
ついでに・・・、あたしにずっと騙されていたことも・・・。」
そう呟くイーシャの顔は、ほんの少しだけ悲しげであった。
しばらく写真を見つめ・・・それから感傷的な思いを断ち切るように、写真立てを
机に伏せて・・・二度と眺めることなく、イーシャは非情に徹した。
椅子から立ち上がると窓の側まで歩いて行き、研究都市を上から見下ろすように
全体を眺めながら・・・アリスを待つ。
「早く来なさい・・・、あたしの可愛い実験体・・・。
あんたが姉として慕ったこのあたしが、・・・あんたに真実を教えてあげる。
二度とあたしを姉だと呼びたくなくなる位、ズタズタにしてあげるから・・・。」




