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始まりのアリスと銀の弾丸  作者: 遠堂 沙弥
日常の崩壊
4/24

キーラとカイン

 いい香りがする・・・。

まるで深い眠りについていたかのように、とても心地よかった。


「ん~・・・。」


アリスは気持ち良さそうに寝返りを打つと、鼻を刺激する香りに目が覚める。


(この香ばしい匂いは・・・、ベーコン?

 あ・・・、もしかしてキッチンでイーシャお姉ちゃんがベーコンエッグを

 作ってくれてるのでしょうか?)


 幸せそうにベッドで丸くなっていたアリスは、突然正気に戻る。

ハッと目が覚め・・・有り得ない事態にようやく気が付いた。


(・・・有り得ませんっ!

 今のあたしは一人暮らし、お姉ちゃんがここにいるはずがありません。

 それじゃ・・・、この美味しそうな匂いは・・・!?)


 しかし・・・、まだ頭の中は眠った状態だったせいか・・・やはり思考の

ピントがズレている。

頭を両手で抱えながら、アリスは追及するべき内容を訂正した。


「・・・じゃないです!

 あたしは確か・・・、殺人鬼のおじさんに襲われていたはずです。」


ゆっくりと記憶を手繰らせて、少しずつ思い出す。


「・・・そう。

 あたし、銃でその人の心臓を確かに撃ち抜いたのに・・・襲われてっ!

 その後・・・大きな狼と、・・・誰かが。」


 見ると、衣服はあの時のまま・・・。

黒のインナーにGパン、・・・微かに血の跡も残っている。

それを見つけたアリスは目まいがしそうになりながら、キッチンの方から

先程のベーコンの香りと・・・物音。

そして誰かがいる気配を感じていた。

ベッドから降りてキッチンの様子を見に行くのが怖い・・・。

またあの殺人鬼のような危険人物に襲われでもしたら・・・!?

そう思うと再び恐怖感がアリスを襲う。


その時明かりが消えたままの寝室のドアを、・・・誰かが開けた。


ガチャ・・・。


「・・・・・っ!!」


 咄嗟にアリスはベッドに潜り込んで、寝たフリをした。

ギシ・・・ギシ・・・と、誰かがベッドに近付いて来る。

アリスは心臓の音が高鳴りながら、息を殺して縮こまった。


(助けて・・・お父さんっ、助けて・・・お姉ちゃんっ!)


足音の主は、ベッドのすぐ横で立ち止まる。


「・・・おかしいな、確かに声がしたはずなんだけど。

 気のせいだったかな?」


 優しげな・・・、とても心が落ち着くような・・・そんな声がした。

この声には聞き覚えがある。

アリスが気絶する直前、とても美しい金髪の青年が・・・確かこんな声をしていた。


(この声の人・・・、確かあたしに向かって『自分は味方だ』って言った人?)


 恐怖感が消え失せた。

しかし敵なのか味方なのか、まだ本当の所はわかっていない。

アリスがじっとベッドの中で寝たフリをしていると、その青年は足音を立てて

ベッドから離れ・・・ドアの方に向かったのを確認する。

パタン・・・と、ドアの閉まる音がしてアリスはやっと起き上がった。

・・・と。


「・・・やっぱり起きてた。」


 金髪の美しい青年は、寝室から出て行ったフリをして・・・ドアの前に

立ったままアリスに優しく微笑みかけていた!

バッチリと目が合ったアリスは、驚きと恥ずかしさが入り混じって顔を真っ赤にする。

言葉を発することが出来ずに戸惑っていると、アリスの緊張と警戒を解くように

青年は距離を保ったまま話しかけて来た。


「オレを信じて・・・って言っても、すぐには無理かもしれないね。

 でも絶対に君を傷付けたりはしない・・・、これだけは約束するよ。

 オレ達にとって君は、とてもかけがえのない・・・大切な存在だからね。」


青年の言葉に、アリスは疑うような眼差しで・・・声を震わせながら尋ねた。


「あなた・・・、あたしのことを知ってるんですか!?」


 アリスがアメリカに来てから、研究都市に住む人間以外に知り合いはいないはず。

その自分を知っている人物がいるとしたら・・・、それは記憶喪失になる以前の

自分を知っている者ということになる。

それはまさしく、アリスが探していた『自分の手掛かり』そのものだった。

青年はにっこりと柔らかく微笑むと、微かに頷く。

アリスは嬉しさの余り、わずかに瞳を潤ませた。

感激しているところに青年は、そっとドアを開けて・・・女性をエスコートする

仕草をした。


「それよりお腹、減ってない?

 今オレの仲間が朝食を作ってるから・・・、一緒に食事にしよう。」


 先程から気になっていた、いい香りの正体がわかった。

この青年の仲間がアリスの部屋にあるキッチンで、料理を作っていたのだ。

青年の紳士的な態度、そして・・・まるでおとぎ話に出て来る王子様のような

容姿・・・、更に記憶喪失以前の自分を知っているということから・・・アリスは

すっかりこの青年に対する警戒心がなくなっていた。

事実お腹が空いていたこともあり、アリスは多少戸惑いながらも青年に従って

ベッドから降り・・・エスコートされるように寝室から出て行く。

落ち着きを取り戻したアリスがリビングに行くと・・・。


「・・・っ!

 きゃあああぁぁーーーーーーーーっっ!!」


 アリスの目の前に飛び込んできた光景は、リビングやキッチンの床・・・そして

壁一面に飛び散った血の跡・・・!

猟奇殺人事件の現場のように、辺り一面血の海のままになっている室内を目にして

アリスは絶叫した。

危うく失神しかけたところに、後ろから金髪の青年が支える。


「あぁ・・・ごめん、先に言っておくべきだったね。

 本当は綺麗さっぱり片付けておきたかったんだけど、死体の処理に時間がかかって

 しまって・・・室内の血の跡にまで手が回らなかったんだ。」


「し・・・っ、し・・・っ! 死体の・・・処理っ!?」


 鼻と口元を両手で押さえながら、血の臭いに必死に耐えるアリス。

自分を支える青年の顔に視線を移すことで、目の前の光景から目を逸らす。

青年は苦笑気味に困った表情を作りながら・・・、まるで何でもない出来事のように

淡々と話した。


「そうこうしてる内に夜が明けてしまって・・・。

 仕方ないからとりあえず君を安静にさせて・・・、朝食の準備に

 取り掛かったんだよ。」


「なぁ~にが『朝食の準備に取り掛かったんだよ』・・だ!

 お前がしたのって・・・、朝日が差し込まないように食器棚や本棚で窓を

 塞いだだけじゃねぇか!

 んなことする暇があるなら、大きなシーツか何かで壁の血の跡を隠すこと位

 出来るだろうがよ!」


 突然聞こえた声に、アリスが振り向く。

キッチンから出て来た青年・・・、美しい銀髪に野性的で・・・ハンサムな顔立ち。

アリスのエプロンをした彼の両手には、美味しそうなベーコンエッグが乗った皿を

持っていた。

突然現れた見知らぬ青年二人に驚き戸惑っているアリス・・・。

それを無視して・・・、二人はそのまま口論を始めた。


「お前・・・、このオレに灰になれって言うつもりか!?

 グールの処理をこのオレ一人にさせておいて・・・、お前は一体何様のつもりだ!?」


「それこそ仕方ねぇだろうが! 

 昨夜は満月だったんだ、肉球状態のオレに死体処理が出来るわけねぇだろ!」


「死体運び位は出来ただろうが。

 全く・・・、これだから知能の低い人獣は役立たずで使えないな・・・。」


「んだとコラァッ! 表出やがれこのヤローがっ!!」


「知能の低い野獣は記憶力もないのか!?」


 銀髪の青年が、金髪の青年の胸ぐらを掴んで今にも殴りそうな勢いに・・・、

アリスは慌てて喧嘩の仲裁に入った。


「やめてくださいっ! とにかく二人とも・・・喧嘩はいけませんっ!」


 二人を引き離すように間に割って入ると、激昂して殴りかかったせいで床に

落ちた皿は割れ・・・ベーコンエッグが床の血にまみれる。

これではもう食べることすら出来ない・・・、悲しそうな顔でベーコンエッグを

見つめるアリスに銀髪の青年が呆れた口調でつっこんだ。


「お前・・・、オレ達のことよりベーコンエッグの心配かよ。

 大した女だぜ全く・・・。」


「・・・えっ!? あ・・・ごめんなさい。

 とても美味しそうなベーコンエッグだったものですから、つい残念で・・・。」


 ペコペコと頭を下げて謝罪するアリスにすっかり呆れたのか、喧嘩の熱も冷めて

二人はようやく落ち着きを取り戻すと・・・再び銀髪の青年がキッチンへ戻る。


「・・・もっかい何か作る。

 冷蔵庫に大した食材入ってねぇから、期待はすんじゃねぇぞ。」


「・・・あ、すみません。」


 基本的に料理をしない為、自炊に必要な食材を買い込んでいなかったアリスは

思わず・・・反射的に謝った。


「別に謝ることでもねぇだろうが・・・、それと・・・。

 オレはキーラだ、呼び名がねぇと不便だろ。」


 ぶっきらぼうにそれだけ言い残すと、キッチンにある冷蔵庫の中身を物色

しながら・・・銀髪の青年キーラは再び料理をし始めた。

アリスがキッチンの様子を窺っていると、背後から金髪の青年が声をかける。


「それじゃオレ達は料理が出来るまで、血にまみれていない寝室で待ってようか。」


 いつの間にかアリスの側に寄り添うように立っていた金髪の青年が、

寝室に戻るように促す。

アリスは短く返事をすると、そのままついて行った。


「それから・・・、オレの名前はカインだ。

 昨夜から色々あり過ぎて混乱していると思うけど、詳しい話はキーラが

 戻ってからにしよう。

 ・・・それでいいね?」


「はい、カインさん。」


「はは・・・、カインでいいよ。

 オレ達も君のことをアリスって、呼び捨てにしてるんだから・・・。」


 研究都市に住んでいた頃から、父親と姉以外の人間とは・・・特に異性と

それ程会話をしたことがなかったアリスは、カインやキーラのことを呼び捨てに

するなど・・・恥ずかしくて、とても考えられないことだった。

頬を赤らめながら、アリスは小さく呟く。


「あの・・・それじゃ、カイン・・・君。」


 どうしても呼び捨てに出来ないアリスは、妥協案に出た。

君付けならば・・・それ程よそよそしくもないし、馴れ馴れしくもない。

カインは苦笑しながら、それで一応・・・納得したようだった。


 



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