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始まりのアリスと銀の弾丸  作者: 遠堂 沙弥
序章
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アリス、始動!

「これで良しっと!」


 ポニーテールにしているにも関わらず、それでも腰の辺りまで届く程の長いチャコールグレイの髪を揺らしながら楽しく貼り紙をする少女。


『何でも屋・銀の弾丸! 探し物から探し人まで、小さな問題を弾丸の如く解決します。詳しくは下記までご連絡ください。』と、英語で書かれた貼り紙を自分の新居であるマンションのポストに貼る。

 一見、仕事の宣伝をするには余りにも無意味過ぎる行動だがアリスなりに考えあってのことだった。


「まさか許可がないと張り紙が出来ないなんて思わなかったけど、これなら誰にも文句を言われることはないです! 探し物をするには、まず他の方達の探し物を、です。出来ればお父さん達の力なしで、あたし自身で見つけたいですから」


 おっとりとした口調に、のほほんとした笑顔を浮かべるこの少女。牧場アリスは今年十六歳になったばかりの世間知らず。彼女は2年前、今の義理の父親と姉に保護された記憶喪失の少女だった。自分の名前はおろか、それまでの記憶を一切失った彼女はそのまま二人に引き取られる形となる。

 実際アリスを見つけたのは日本だが、アリスの身元引受人となった父エディオール・バースは世界屈指の生態研究の第一人者であり、日本にはたまたま訪れただけであった。そして一人娘であるイーシャ・バースが暴走車にはねられそうになったところをこのアリスが救ったのだ。

 本来ならば暴走車にはねられそうになったイーシャの方がそのショックは大きいはずであったが、実際にはアリスに突き飛ばされただけで、イーシャ自身は軽傷で済んでいた。

 代わりに暴走車にはねられてしまったアリスの方が衝撃が強く、そのせいで記憶を失ったということだ。アリスが記憶を失ったことに責任を感じた親子は入院してもなお、アリスを迎えに来るはずの親類がとうとう現れなかったという理由もあり、自分の娘として迎え入れたのである。

 日本人の顔立ち、そしてまだ出生が明らかとなっていないこと。様々な理由からアリスには「バース」のファミリー・ネームを名乗らせず、日本の姓を名乗らせることにした。

 牧場という姓も結局は仮の姓ではあるが、ないよりいいだろうということになった。姓がなければ世の中不便であることに変わりはない。そういった理由もあり、ここに牧場アリスという少女が誕生した。

 それからバース親子はアリスと共にアメリカに戻り、そこで二人が住んでいる科学研究都市で一緒に過ごすことになる。

 ほとんど外界から閉ざされた空間となっているので、アリスは一般的な生活や町などの知識は全て本やテレビでしか学ぶことが出来なかった。アリスが住んでいた場所も一応は「都市」だが、やはり「普通」とは異なるように思えた。あくまでテレビや本の中で得た知識から導き出したものであるが。


 住人は全て科学者や研究員。そのせいというだけではないが、アリスはやはり一般的な人間の目からすると相当ズレた感覚を養ってしまっていた。

 そんな彼女が今日、このニューヨークで一人で生活することになる。


 張り紙を満足そうに眺めながら、アリスは三階にある自分の部屋へと戻る。鼻歌を歌いながら、次にやって来る楽しみに期待を膨らませながら。


「あたしも遂に、ドラマみたいな人生の仲間入りです! 高校生で探偵をしているっていうのは、ドラマやアニメでリサーチ済みですから。探偵という職業をしていれば、きっとあたしの家族に関する情報を手に入れることが出来るはずです。さて、まずはお部屋の掃除をしておかないとです!」


 勿論、自分のポストに張り紙をしたところですぐに依頼が来るはずはない。それに張り紙の内容も、かなり問題のある文面であった。しかしそうとは知らず、アリスはすぐにでも依頼主が来ると思いこんでいる様子で部屋の片付けに入ろうとする。とりあえずはこのマンションの住人をターゲットにしているようだが実はこのマンション、アリス以外の住人は住んでいなかったのだ。

 先程述べたように、アリスの身元引受人になったエディオール・バースはかなりの権力の持ち主。新たに家族となったアリスの自立の為とはいえ、心配であることに変わりはない。そこで彼はアリスに気付かれないようにマンションをまるごと買い取ってしまったのだ。全てはアリスの身近に危険人物が寄り付かないように、という配慮の為である。


 そうとは知らず、アリスは部屋の片付けに入った。業者から送られていた荷物などを整理し、レイアウトを決めたり。やることはたくさんある。それでもアリスは充実していた。そんな時、荷物の中から家族三人で撮った写真が出て来る。真ん中にアリス、向かって右側には姉となったイーシャ・バース。イーシャは仮ではあるが、アリスの義理の姉。赤毛のセミロングに気が強そうな顔立ちだがとても面倒見が良く、アリスにとても優しくしてくれた。


「イーシャお姉ちゃん、あたしと二つしか違わないのにすごく頭が良いし、しっかりしてるし、とっても頼りになる。お姉ちゃんの手作り料理、もう食べたくなっちゃったよ……」


 そんな懐かしい思いに浸りながら、向かって左側の人物に目を落とす。銀髪の髪に、とても十八歳の娘がいるようには見えない、若い男性。エディオール・バースだ。研究所では「ドクター・バース」と呼ばれ、人々の信頼を集めている。生態研究の第一人者だが、医者としての才にも恵まれており時々難しい手術の依頼を受けては、多くの人間の命を救っている。アリスの尊敬する人物だった。


「お父さん、あたし頑張るから応援しててください」


 そう微笑みかけて、アリスは写真をサイフの中にそっと忍ばせた。胸の奥が温かくなってすっかり時間を忘れてしまったアリスが、ふと時計に目をやるとすでに夜の七時を回っている。


(あ、もう晩御飯の時間です)


 思った瞬間、ぐぅ~っとお腹が鳴った。誰もいないはずの室内をきょろきょろと見回して、顔を真っ赤にさせる。そそくさと立ち上がって、キッチンの方へ向かった。家電が揃っていても食材などを買い込んでいなかったので、簡易的なレトルトで済ませることになった。マンションにはアリスしか住んでいない、その事実をまだ知らない彼女は一旦片付けを中止する。夜間に物音を立てて近所迷惑にならないようにする為だった。それでも静かに片付けられる作業だけは、そのまま続ける。アリスが活動を停止したのはそれから数時間後の深夜二時を過ぎてからだった。




 一部屋だけ灯っていた明かりが消えて、やがて辺りは月明かりだけになる。今宵は半月、その月明かりですらこの闇の中では心許ないわずかな光であった。アリスが住むことになったマンションの向かいの路地裏からジッと見つめる人物が二人。フード付きのロングコートを着こみ、周囲が暗いにも関わらず黒いサングラスをかけ、両手にはしっかりと手袋をした完全防備の怪しい男。

 そしてゆっくりと片手でサングラスを外し、碧眼の美しい瞳が現れた。顔立ちは恐ろしい程に美しく、女性と見間違う程の華奢な雰囲気を放っている。フードを取るとサラリとした線の細い金髪が流れるように波打ち、月明かりに照らされると、その金髪が光り輝いているような錯覚を起こしそうな、そんな美しさだった。驚くほどに真っ白い肌で、その面立ち、わずかな所作からはイギリス貴族を思わせる。外見から察するに、大体十七~十八歳位の若い青年だった。物憂げな面差しでマンションを見上げながら呟く。


「ようやく見つけた! オレ達の希望、そしてやがて訪れる絶望の象徴が……」


 透き通るような美しい声でそう呟いた時、後ろからもう一人姿を現す。ストリート系のラフな格好をした、同じ年頃の青年。思わず釘付けになりそうな程の綺麗な銀髪の髪、金髪の青年より背が高く着やせして華奢に見えるがかなり筋肉質な体つきだ。野生的な面差しで、瞳の色は金色に光の加減によっては緑がかって見える。どこか拗ねたような、少しふてくされたような顔をした青年が、金髪の青年に話しかけた。


「あれがそうなのか? どう見てもその辺にいる人間の女共と、大して変わらねぇじゃねぇか」


 反抗的な口調で言い放つと、金髪の青年が目を眇めながら返す。


「お前なら『匂い』でわかるだろ。間違いない、あれがオレ達の探し求めていた『彼女』だ」


 そう断言するように、金髪の青年は鋭い眼差しでマンションの一室を睨みつける。銀髪の青年は不敵で邪悪な笑みを口元に浮かべていた。


「そうかよ、ようやく見つけたってことか」



 月明かりに照らされていた通りを一旦雲が覆い隠し、再び月明かりが照らし出した時には二人の姿は消えていた。


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