栄養ドリンク
ヴァンの事務所に誰かが訪れたのか、インターホンが鳴ってヴァンは反射的に玄関へと走って行った。
俊敏な動きでカイン達の目の前から去った姿を見て、二人は同時に呟く。
「・・・逃げたな。」
これ以上ヴァンに何かを問いただそうと思っても体力の無駄だと察したカインとキーラは、ヴァンのことは放っておいて自分達の行動を優先させようとした。
「とりあえずアリス、まずはその頭を何とかしねぇとな。」
「―――――――え!?」
「え!? って、あの黒髪ロンゲ野郎に髪の毛をバッサリといかれちまっただろうが。
まさかそんな頭でシャルルん所に行こうだなんて思っちゃいねぇだろうな?」
キーラにそう言われ、アリスはようやく研究所で起こった出来事を少しずつ思い出した。
両手で頭を触るとポニーテールの部分をから下がバッサリとなくなっている、本来なら腰の辺りまであったはずの髪の毛がない。
「あ、そういえば髪の毛・・・切られちゃったんでした。」
「呑気なヤツだなーお前は、まぁそんなことはどうでもいいから・・・。」
まだ寝ぼけた感じが抜けないのか、アリスはぼぅっとしたテンションのままキーラにバスルームまで連れて行かれてしまう。
いつもならキーラの少し乱暴に見える行動を諭すカインであったが、アリスが連れて行かれてもそのまま黙って見送るとソファーに横になって眠ったままのフランをじっと見つめていた。
そして玄関先で誰かと話をしているヴァンの方を横目で見ながら、カインはおもむろにフランの首筋を確認する。
フランの首筋には噛みつかれた跡がくっきりと残っていた。
「・・・これはアリスレンヌの。
それじゃやっぱりこの子供は『適合者』だったのか。」
カインの瞳から悲しみと、絶望が映る。
小さく息をつきながらすぐ側にあった肘掛椅子に座ると、バスルームから聞こえて来るアリスとキーラの声を聞きながらカインは物思いに耽った。
「覚醒は始まっている、それじゃ今のアリスが不調なのも・・・喉の渇きから来ているものかもしれないな。
再び自我を失って人間を捕食してしまう前に何とかしないと・・・、彼女は人間を襲うことを望んでいないから。」
「その心配はないわよ、カイン君。」
突然声をかけられ、カインは珍しく驚いていた。
反射的に振り向くとそこには紙袋を手にしたヴァンがにっこりと微笑みながら、ウィンクしている。
バスルームから戻って来たアリスはまだ足元がふらつくのか、キーラに手を引かれながら歩いて来た。
カインとヴァンがアリスの髪型を見て溜め息を漏らしている。
「おやまぁ! これまた可愛くなっちゃって!
ショートボブも結構似合うじゃないの、アリスちゃん。 おっさん惚れ直しちゃったかも~~!」
「だからって・・・、ここまで短く切り揃えることもないだろう。」
「何言ってんだよ、こっちの方がアクティブな感じだし何よりシャンプーやリンスが少なくて済むだろうが!」
「うわ、貧乏くさっ!」
ヴァンの言葉にキーラはハサミを構えながら睨みつけるも、アリス自身がすごく気に入ってると言って喜んでいたのでとりあえずはアリスのその笑顔で、ひとまず今の暴言はなかったことにしてやった。
しかしアリスの顔色の悪さはまだ蒼白なままで立ちくらみがするようだったので、再びソファに腰掛ける。
「んで? この後どうするよ。
アリスがこんな状態のままじゃ、シャルルん所まで連れてく途中でまたぶっ倒れかねねぇぞ。」
「―――――――そのことなんだけど。」
カインが言葉を切り出そうとした時、キッチンから戻って来たヴァンが鼻歌を歌いながらアリスにタンブラーを手渡す。
タンブラーにはストローが突き刺してあって、何かの飲み物が入っているようだった。
「アリスちゃ~~ん、はいこれ。
滋養強壮栄養補給のドリンク剤だから、これ飲んだら元気出るわよ!?
ファイト~~いっぱ~~つ! みたいな感じで。」
「お前、アリスに妙なモン飲ませんじゃ・・・っ!」
「キーラ、黙ってろ。」
何か変なものを飲んで余計に体調を崩させまいとキーラがタンブラーを横取りしようとするが、それをカインが制止した。
アリスは顔色が悪いまま、ヴァンの言葉を信じて素直にストローに口を付け・・・ごくごくと飲み出す。
それをじっと・・・まるで観察でもするかのように見据えるカインとヴァン。
「・・・美味しいです、コレ!」
瞳を輝かせたアリスはまるでずっと水分を補給していなかったかのように、勢いよく飲み干してしまった。
満足そうな笑顔になり、口元を手で拭き取ろうとしたらほんの少しだけ赤い液体が付いている。
それを見たキーラは身を乗り出すように、驚愕した顔でカインとヴァンの方へと視線を走らせた。
「―――――――――お前等、まさか・・・っ!」
驚きを隠せない様子のキーラに、アリスはきょとんとした顔で・・・しかし血色の良くなった顔でキーラを不思議そうに見つめる。
「・・・どうかしたんですか、キーラ君?」
「いや・・・、何でも。
それよりお前・・・、今のやつそんなに美味かったのか?」
「はい! 今まで飲んだことがない位に!
なんだかヴァンさんの言ったように元気が湧いて来るみたいな感じです、栄養ドリンクってすごいですね。」
呑気なアリスにキーラは肩を落としながらも、ふてくされてた顔になる。
それから足元にあった段ボール箱を勢いよく蹴り上げると舌打ちしながら奥の部屋へと歩いて行ってしまった。
キーラが怒っている様子に怯えたアリスは、戸惑いながらカインとヴァンの方を見つめる。
「あの・・・あたし、何か悪いことでもしたんでしょうか。」
不安そうに尋ねるアリスに、カインは落ち着かせようと笑みを作りながら優しく頭を撫でてやる。
「いや、あいつが短気過ぎるだけだよ。
アリスは何も悪くなんてないさ、ところで・・・もう目まいとかしないかい?
体調が良くなったのならシャルルの所へ行く準備をしようと思うんだけど、本当に大丈夫かな。」
「―――――――――シャルル?」
アリスがその言葉に反応した。
しかしそんなアリスの、ほんの少しの変化に気付かずにカインはヴァンと打ち合わせを始めている。
この後シャルルと会う前に新しい服を買おうとか、腹ごしらえをする必要があるとか、そういった内容を話している間・・・アリスの視線はただ一点だけを見つめながら動きが止まっていた。
(シャ・・・ルル?
何でしょう・・・どこかで聞いたことがあるような、とても懐かしいような・・・そんな名前。
あたし、シャルルという人と・・・どこかで会ったことが。
―――――――わからない、何もわからないはずなのに・・・知ってる気がするのはどうしてです?)
自分に問う時も敬語て・・・、自分で書いておいて何だか違和感。
キーラ→主婦っぽい感覚。
カイン→金銭感覚ゼロ。
ヴァン→おやじ。
フラン→チョッパー的ポジション。




