ヴァンの正体
猛スピードを上げて研究都市の中を走りぬけて行く車内で、キーラはフランを抱き抱えたままの状態で車を運転しているヴァン・・・そして後部座席でアリスに膝枕をしているカインの方へと疑惑に満ちた眼差しで睨みつけていた。
キーラのそんな視線に、ヴァンは乾いた笑いをもらしながら場を和ませようとする。
「あはは~・・・、そんな怖い顔しないでよキーラ君ってば。」
「うるせぇよ、大体お前等どういう繋がりでこんなことになってんだよ!!
それにおっさん! テメーはオレ達をダシに使って一人でトンズラぶっこいたんじゃねぇのかよ!」
「いやぁねぇ~、ここを無事に脱出するまでは手を組もうって約束したでしょ?
オレ様・・・こう見えても約束はきっちり守る律儀なオジサマなわけよ、その辺は信じてちょ~だいな。」
軽い口調にへらへらとした笑いを浮かべながら話すヴァンに、どうしても信用性に欠けると判断しているキーラはふてくされた表情のままバックミラーからカインへと視線を走らせ、事情説明を無言で促す。
わざと視線を逸らしていたカインであったがキーラのしつこさは身に染みてよくわかっていたので、カインは深い溜め息をつきながら気が進まない口調で事情を説明してやった。
「オレ達が研究都市へ侵入する計画を練った時、研究所内の詳しい地図を入手する為に『紅の兄弟』に援助を求めた。」
「はぁっ!? テメー何勝手なことしてやがんだっ!!
あいつらとの関わりを断ち切る為にオレ達は組織を抜けたんだろうが、それを今更・・・っ!」
怒りの余りキーラが後部座席に座っているカイン目めがけて殴りかかろうとした瞬間、狭い車内で急に動いたので猛スピードを上げていた車が大きく揺れ、慌ててヴァンが軌道修正する。
「ちょっとキーラ君!? 車内では大人しくしてちょうだいよ、危ないでしょうが!!」
「研究都市を出る前に事故ってしまったら元も子もないだろ、馬鹿。
それに『紅の兄弟』の手助けがあったからこそここまで逃げることが出来たんだ、この男に感謝するんだな。」
「―――――――――へ!?」
間抜けな声を出しながら、キーラはきょとんとした表情になりながら急に大人しくなり・・・そして車を運転しているヴァンの方へと視線を移す。
ボサボサの黒髪を適当に結い、みすぼらしい格好をした怪しいこの男が・・・今、何て!?
するとヴァンはにっこりとうさんくさい笑みを浮かべながら改めて自己紹介をした。
「どうも狼男のキーラ君、オレ様は『紅の兄弟』より依頼を受けた情報屋。
お前さん達に研究所の地図をプレゼントして、なおかつアリスちゃんに危険が及ばないように影ながら
応援してたってわけよ。」
絶句するキーラ、それから話の展開について行けずに大人しく助手席に座り直して呆ける。
そして何だか自分が非常に馬鹿で間抜けに思えて来てだんだんと苛立ちが募っていくが、今はここを無事に出ることが先決だったのでキーラは車が止まってから改めてヴァンとカインを殴ってやろうと心の中で誓った。
「そんなことより、アリスに一体何があったんだキーラ?」
カインにそう尋ねられて、抑揚のない声になりながらキーラが答える。
「あぁ・・・、ちょっと、な。
色々トラブルがあってこいつ・・・、気を失っちまったんだ。」
「・・・?」
それから何かを考え込むように窓の外を眺めていると、ふいにアリスが自分の手の平に傷を付けていたことを思い出してカインに確認させる。
「そういやそいつの手、止血しといてやってくれよ。
確か何かの破片で傷を付けてたから、そのまま出血させてたら・・・色々ヤベーだろ。」
「―――――――怪我をしてるのか!? どうしてそれを早く言わないんだ、この馬鹿!」
カインの言葉にカチンと来ていたが、アリスのけがを思い出したのと同時に『アリスレンヌ』が覚醒したことを思い出したキーラは突然あの時の恐怖が蘇って来たように背筋に寒気を感じて身震いする。
顔色が悪くなっているキーラを横目でちらりと見つめながら、ヴァンは真っ直ぐと視線を戻してそのまま勢いを付けて門が開きっ放しになっている出入り口を無理矢理通り抜けた。
後方では守衛が出て来て何かを叫びながら発砲して来るが、ヴァンは口笛を吹きながらそのまま車を走らせる。
「・・・キーラ、どこを怪我したって?」
「は? だから手の平だよ、確か右手・・・だったか。」
するとカインは眠ったままのアリスの右手を掴むと、手の平をキーラによく見えるようにかざしてやった。
少しだけ血の跡がついているが、傷痕が全く残っていない状態を見たキーラは再び絶句した。
「そんな・・・、確かに床に流れ落ちる位出血してたはずなのに・・・っ!」
「キーラ、お前・・・何か隠してないか?
もし万が一彼女がまだ目覚めていないというなら、傷の治りがこんなに早いはずがない。
覚醒するまでの間は彼女の匂いは普通の人間とあまり変わらないし、能力も人間と大差ない・・・。
『目覚めていなければ』・・・という前提の話でだ。」
カインの鋭い問いかけにキーラは口ごもる、そんなキーラの様子を見てカインは瞬時に察した。
『アリスレンヌ』が覚醒したんだと、そしてそれをキーラが隠していると。
「はぁ・・・、お前は本当に嘘が付けない性格だな。
すぐに顔に出るんだからヘタに隠そうとしないで素直に吐け、―――――――どうせバレバレなんだから。」
「―――――――なっ!!」
図星を突かれて飛び上がるキーラの仕草を見て、余計に癇に障ったカインはうっとうしそうな目つきになりながらキーラから視線を外した。
完全に見通されていることに、なぜ嘘がバレたのか自覚のないキーラは不思議そうに首を傾げている。
「はっはー、キーラ君もなかなか可愛いトコあんじゃないの。」
「・・・黙れ、このまま車から蹴り出すぞ。」
「―――――――――こ、怖いんだから・・・キーラ君。」
キーラの決して冗談ではない脅しに、ヴァンは誤魔化し笑いを浮かべながらほんの少しだけキーラから距離を離す・・・と言っても運転席と助手席では、さほど距離を離すことは出来ないが。
ふとカインが外の風景を眺めながら、押し殺した口調でヴァンに問いかけた。
「ところで・・・さっきから一体どこへ向かってるんだ?
オレ達が指示した方向とは真逆のように思えるんだけど。」
カインの言葉にキーラが何気なく外の景色に目をやって確認する、ニューヨークがある方向とは全く正反対の方向へ車が向かっていることに気が付き、途中に見えた看板が目に入った。
「フィラデルフィア・・・、なるほどな。
テメー・・・、このままオレ達を『紅の兄弟』のアジトへ連れてく気だな!?」
キーラとカインの二人がヴァンを睨みつける、しかしさっきまでおちゃらけていた態度とは一変したヴァンの表情は余裕の笑みを浮かべており、どこか強気な態度にも見て取れた。
「悪く思いなさんな? これもオレ様のお仕事なわけよ。
『紅の兄弟』からの命令でカイン君達の援護をするように言われていたのと同時に、オレ様はもうひとつの
お仕事も受けてるわけ。
―――――――アリスレンヌを、『紅の兄弟』のアジトへ連れて来ること。
まぁそのついでにカイン君とキーラ君も一緒に連れて来ても構わないって言われてんだけどさ。」
「・・・シャルルの命令か。」と、カインが冷たい口調で尋ねた。
「そゆこと。
シャルルは『紅の兄弟』の創始者、オレ様も情報屋としてお得意様は大切にしないといけないもんでね。
あんましシャルルには逆らえないわけなのよ、だから大人しくついて来てくれると有り難いな~~ってさ。」
二人は互いに顔を見合わせ、そしてしばらく考え込んだ後・・・ようやく結論を出した。
「いいだろう、オレ達もシャルルには聞きたいことがあるからな。
とりあえずの目的地はフィラデルフィアで構わない。」
「決まりね? お前さん達が話のわかる相手でおっさん助かったわ~。」
ヴァンが呑気な口調でそう言い放つと、そのまま車は遠慮なくスピードを上げてフィラデルフィアへと向かった。
『紅の兄弟』・・・、『黒の黙示録』と同様に異端者を中心とした大きな組織。
意識を失ったままのアリスは何も知らない、シャルルから告げられる真実を・・・。
そして自分の中に『もう一人の自分』がいることを・・・。




