紅の瞳
床に座り込むような形でアリスがフランを抱き抱えている所へ、キーラが意を決して近付いて行った。
圧迫感さえ感じる恐怖、まるで遺伝子自体が目の前にいるアリスを恐れているかのように全身の震えが止まらないキーラであったが、このままただぼんやりと眺めているわけにはいかない。
敵が目の前にいる中で、呆けている場合ではないのだ。
「アリス・・・。」
震える声で問う、これまで強気な態度で接して来たキーラとはまるで別人のような態度であった。
キーラの問いかけに振り向いたアリスの目は、今までのような紫色の瞳ではなく・・・燃えるような、鮮血を思わせるような紅に変わっている。
(―――――――アリスレンヌっ!)
キーラが心の中で確信した。
今自分の目の前にいる人物は、ニューヨークでやっと見つけたアリスではない。
ふつふつと・・・わずかに蘇る恐怖と殺意を必死で抑え込みながら、キーラは何とかアリスレンヌとの対話を試みる。
そんな様子をイーシャ達は、敵である彼等は邪魔をするわけでもなく・・・ただ黙って眺めていた。
まるで全身金縛りにあったかのようにその場から一歩も動かない彼等の様子を窺いながら、キーラはそれでも殆どの神経を目の前にいるアリスレンヌに傾けている。
「アリス・・・レンヌ、ここは『白の騎士団』の領域だ。
今すぐここを脱出するから・・・、立てるか!?」
恐る恐る話しかけるキーラに、アリスレンヌは紅の瞳にキーラを映しているが・・・何の言葉も発さなかった。
キーラが手を差し伸べるとまるでそれに反応したかのようにアリスレンヌは突然意識を失うようにふらついて、その場に倒れてしまう。
慌ててアリスレンヌを起こそうとするが、完全に気絶している状態を見てキーラはほんの少しだけほっとしていた。
しかし安堵している場合ではない。
アリスとフランが目の前で気を失い倒れている状態で、キーラは二人を抱えてこの場から逃れる方法なんてすぐには思い付かない。
二人の状態が心配であるが、それ以上にこの機を逃さずに攻撃を仕掛けられたら無事では済まなかった。
すぐさまキーラがイーシャ達の方へと視線を走らせる、ユリウスとピートはイーシャの盾となって守るような形で陣形を取っている。
しかしなぜか彼等からは、それまで放たれていた殺気が感じられなかった。
戦意を喪失したかのようにその場に立ち尽くしている彼等を前に、どうやってこの状態を切り抜けようか考えを巡らせていると突然出入り口であるガラス張りの壁に向かってワゴン車が突っ込んで来た!
「―――――――今度は何だよっ!!」
派手に砕け散るガラスの破片からアリスとフランを守るようにキーラが覆いかぶさっていると、そのワゴン車は真っ直ぐにキーラ達の側へ横づけして来るとドアが開き、懐かしい怒鳴り声が聞こえて来た。
「早くアリスを乗せるんだキーラ!」
「カイン!?」
後部座席のドアを開けてアリスを渡すように手を差し伸べているカインの姿を見て、瞬時に運転席の方に目をやるとそこにはなぜか一人で逃げたはずのヴァンがハンドルを握っていた。
疑問は山程あったが今は質問をしている場合ではないと、キーラは舌打ちしながらアリスを抱き抱えてカインに預ける。
そしてすぐさまフランを小脇に抱えると助手席に乗り込んだ瞬間に、車が急発進して研究所から飛び出して行った。
その様子を一部始終見つめていたイーシャ達、すぐに追いかける仕草すら見せずに・・・ただ黙って見送っていた。
すると突然イーシャは腰が抜けたかのように床に座り込んで、ピートが慌てて駆け寄る。
手を差し伸べようとするもそれには応じず、すぐさま指示を出すイーシャ。
「あたしなら大丈夫・・・、大丈夫だから。
そんなことよりも急いで次の計画に移るわよ、―――――――これからが本当に忙しくなるんだからね。」
イーシャが気丈に振る舞いながらユリウスの方へと視線を走らせ、手に持っているアリスの髪を見つめる。
視線の先に気付いたユリウスがアリスの髪の毛を掲げ、小さく頷いた。
「わかってるって、これを『紅の兄弟』に渡す手筈・・・だろ?
でも本当にこんなんでアリスレンヌの居所をかく乱出来るのか? たかが髪の毛だろ。」
「彼等、異端者は特殊なんだ。
始祖であるアリスレンヌを感知する能力を有する者は、決まって髪の毛の匂いを辿ろうとする。
アリスレンヌの髪の毛をばら撒けば必ず敵は混乱するはずだ、遠く離れた場所にまでアリスレンヌを感知してしまうんだからね。
こうすることで少しでもアリスレンヌから『黒の黙示録』を遠ざけるように配慮しなければ、アリスレンヌはどこへ逃げても
彼等に付きまとわれ・・・常に命を狙われてしまう羽目になる。
アリスレンヌの安全を確保しないと、僕達の計画が台無しになってしまうからね・・・。」
説明するピートにイーシャが言葉を遮った。
「ピート! ―――――――監視カメラは今も作動しているはずなんだから、ヘタなことは口にしないで。」
「あ・・・っ、すみません。」
自分の迂闊さを反省するピートに、ユリウスがからかうように声を上げて笑った。
しかしそんなユリウスの態度もイーシャが睨みつけることで一喝、ユリウスは肩を竦めながら自重する。
ようやく気を取り直したイーシャは立ち上がると機敏にユリウス達に指示を出した。
「ほら! ボヤボヤしてる場合じゃないって言ったでしょ!
すぐに次の行動に移って!」
「了解しました!」
「アイサー。」
ユリウスは外へ、そしてピートは警備室へと走って行く。
まるで巨大なハリケーンの跡のようなロビーの中、イーシャは外から吹いて来る風で舞い散る灰を見つめていた。
「―――――――ごめんなさい。」
イーシャは小さく、たった一言だけ口にすると・・・研究都市から脱したアリスを思い、悲しげな表情を浮かべていた。
次から次へと忙しい展開の連続ですが、もう少しだけ我慢してあげてください。
それから矢継ぎ早に色々なことが繰り広げられていますが、それに関しても後ほど明かしていくことになっているので、それも今は放置してあげてください。
こんなことばっかりで申し訳ありませんが、「常に嵐の中心」にいるアリスは記憶喪失の為、わけのわからない展開の連続に放り込まれてばかりになります。
事件や事故は突然起きるもの、アリスの周囲で起きる出来事もそうです。
私の文章力不足も大いにありますが、私個人としては「わざと突然な展開」になるようにしている部分もあります。
その「わざと」がうまく伝わっているかどうかは別になりますが、出来る限り不自然過ぎないように配慮しなければならないのも事実。
・・・頑張ります、ハイ(焦)




