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始まりのアリスと銀の弾丸  作者: 遠堂 沙弥
日常の崩壊
10/24

新たな敵、訪れる危機

今回もかなり長くなってしまいました。

ぼちぼち読んでいただけたら嬉しいです。

 研究室の中を音もなく忍び込む人影。

輝くような金髪をした青年、カインが誰もいない廊下を進んで行く。

当然研究所の中には無数の防犯カメラが備え付けられていた。

しかし自分が今いる場所が暗闇の中ではないということで、それらのカメラが

暗視カメラでないことを察しているカイン。


(普通の防犯カメラならともかく、暗視カメラだと姿を捉えられるからな。

 それにしても、『白の騎士団』の本部の割に警備が随分とお粗末なのは

 どうしてだ?

 『異端者アビシオン』の侵入に備えるなら、全ての目標を捉えることが出来る

 設備を導入するのが当然なのに……。)


 そんな違和感を感じながらも、カインは先へと進んで行く。

『白の騎士団』の研究所内部の構造は、前もってとある筋から情報を得ていた。

研究所の各所に設置されている案内板には当然、ドクターバースの研究室がどこに

あるのかなんて丁寧に書かれているはずもない。

カインはそういった案内板には目もくれずに歩を進めていたが、ふともうひとつの

違和感に気付いた。


(―――――おかしいな、いくら何でも人が少な過ぎる!?

 何人か警備の人間や研究員を気絶させてここまで来たけど、もしかしてこれも何かの

 罠か……!?)


 キーラ程ではないがカインも多少なら、敵の『臭い』を察知することが出来る。

しかしやはりグールの異臭や、他の『異端者アビシオン』の臭いまでは判別

出来なかった。

次第にこのまま奥へ進むことが躊躇われる。

だがここで引き返すわけにもいかない、――――――――カインはアリスと約束したから。

そしてどうしても、アリスには自分達のことを信じてもらわなければいけない。

アリスからの信用を得る理由が、カインにはあったのだ。


―――――その時、銃声が聞こえてカインは反射的に身を屈める!


 銃弾はカインのすぐ目の前にある壁に命中し、焦げ臭い火薬の臭いが鼻をついた。

弾道を辿って視線を走らせるとそこには長い黒髪をした若い男―――――ユリウスが、

カインに向けて銃口を向けている。

すぐさまカインは敵の死角となる場所へ走って行く。

何発か発砲されたが、ことごとく弾は逸れて壁やドアに当たっていた。


(なるほど……、そういうことか!

 侵入者がうろついている所に他の非戦闘員がいれば、思う存分攻撃出来ない。

 すでに研究所内は、侵入者対策の為の戦闘態勢に入ってるってことだな!?)


 カインは黒髪の追跡者から逃れる為に、目の前にある通路の角を曲がった時だった。

その先にはすでに待ち構えていた金髪の男、ピートが銃を構えカインが出て来たと

同時に発砲する。

弾は確実にカインの心臓を貫き、貫通した。

しかしそれでもピートは銃を真っ直ぐに構えたまま、微動だにしない。

確かに銃弾はカインの心臓を捉えたはずだった。

ピートは自分の目を疑うように、大きく両目を見開いてカインを見据える。

銃弾が貫いた部分からまるでそこを中心に、カインの姿が吸い込まれるように渦を巻く。

やがてカインの姿が吸い込まれているのではなく、霧状になって四散していってるのだと

把握した。


「やはりこっちが『ノスフェラトゥ』か!

 ユリウス、通気口を全て塞ぐんだ! 霧になって逃げるつもりだぞ!!」


 ピートは無線機でユリウスにそう告げると、周囲から金属音が聞こえて来る。

ユリウスがピートの言葉にすぐさま応じて通気口やダストシュートなど、

いわゆる『隙間』となる部分を全てシャッターで塞いだ音だった。

霧状の黒いもやとなったカインが天井を這うようにピートから離れて行く。

ピートは靄に向かって発砲するが、当然気体となった物質に物理的攻撃を加えたところで

確かなダメージを与えることなど出来ない。

追いついてきたユリウスも2発程発砲するが、それが無駄だとすぐに理解し銃をしまう。

カインは霧状になったままピート達から逃れる為に、速度を速めて距離を離す。

ピート達はカインを見失わないように追いかけるが廊下の先にあるエレベーターの前で

足を止めた。

今まさに閉じようとしているエレベーターの中には、霧から再び人の姿へと戻った

カインが不敵な笑みを浮かべながら、ピート達を小馬鹿にするように手を振っていた。

舌を打ちながらユリウスは階数の表示を見て、エレベーターが向かう先を把握する。


「研究室のフロア、か。

 やっぱりイーシャの言った通り、アリスレンヌに関する資料が目的みたいだな。

 そんで? 当の本人はどんな様子だったんだ、ピート。」


 腰に手を当てて、思い切り楽な姿勢を取りながら余裕の表情で尋ねるユリウス。

しかしピートは背筋を伸ばしたまま、緊張感を保った表情で質問に答えた。


「……ひどく落ち込んでいる様子だったよ。

 よっぽどショックだったんだろうね、今はそっとしておいた方がいい。」


 物憂げな表情が一瞬現れ、ピートは視線を下に落とした。

心配そうにしているピートを見て、ユリウスは小さく溜め息をこぼしながら肩を竦める。


「それはどっちのことを言ってんだ?」


「ユリウス……。

 決まっているだろう、僕が心配してるのは――――――――――。」


 言いかけたその時、階下の方で大きな物音がした。

ユリウスはすぐさま無線機で階下にいる警備員へと連絡する。

その間にピートがエレベーターへ乗り込む為に上階ボタンを押すと、突然扉が開き

イーシャが出て来た。


「イーシャ!?

 あ、いや……イーシャ博士。」


 咄嗟に素が出てしまったピートは慌てて訂正するが、イーシャ本人は全く気にして

いない様子だ。


「さっきの音は!?」


「今ユリウスが警備員に確認を取っています。

 そんなことよりイーシャ博士、先程ノスフェラトゥが研究室フロアへ向かったんですが

 途中で何かありませんでしたか?」


「ノスフェラトゥが!? ――――――――きっと父さんの研究室へ行ったのね。

 あたしと父さんの研究室は正反対の方向にあるから……。

 だから途中で会わなかったんだわ。

 どうせアリスレンヌに関する資料が目的なんでしょ!?

 それなら心配いらないわ。

 アリスレンヌに関するデータは、すでにこっちで手を打ってあるし……。

 どうせ今父さんの研究室へ行ってもデータ資料が空になってる棚と、厳重なロックが

 かけられているパソコンしかないわ。

 いくら相手が『異端者アビシオン』だからって、パスワードを調べる能力なんて

 持ってないでしょ。」


 イーシャとピートが資料に関する話をしている間に、警備員と連絡の取れたユリウスが

二人の会話に割って入って報告した。


「イーシャ、どうやら1階でハプニングが起きたようだぜ!?

 突然発生した煙幕えんまくが、1階フロア全体を包んで収拾がつかない状態らしい。

 研究所内にグールを放つわけにもいかねぇし、これじゃ誰が出入りしても殆ど

 わからねぇ状況だ。」


 ユリウスの言葉にイーシャがすぐさま窓の方へ走って行き、外を確認しようとする。

だが外の光景は至って静かで、とても騒動が起きているようには見えなかった。

息を荒らげ外を見つめるイーシャに、ピートが事情を説明する。


「イーシャ博士、実はさっき霧になったノスフェラトゥを逃がさない為に全フロアに

 シャッターを下ろしたところなんです、出入りできそうな場所は全て……。

 窓ガラスは全て強化ガラスで隙間もないから、ここにはそれが下りていません。

 頑丈なシャッターですから仮に1階で騒ぎを起こし、そのどさくさに紛れて脱出

 しようとしていてもそう簡単には突破出来ないはずです。

 今すぐ向かえば捕らえることが出来ますが、――――――――どうしますか!?」


ピートの問いにイーシャは黙ったままで、それからゆっくりと窓から離れて行った。


「しかし、彼女の態度はとても従順でした。

 こんな大胆な行動を取るなんて、考えられませんが……!?」


「他に手引きしてる奴がいるかもしれねぇし、ライカンの仕業かもしれねぇ。

 どっちみちこのまま放っといたら、研究所から逃げられちまう可能性だって

 あるぜ!?」


 一体どちらの味方なのかわからないようなユリウスの言動に、ピートが諫めるような

視線でユリウスを咎めた。

だがイーシャ自身もユリウスと同じように思っていたのか、特に咎める様子もなく

すぐさまエレベーターに乗り込もうとしている。


「イーシャ!?」


「何をしてるの、急いでアリスレンヌの確保に向かうわよ。

 このまま指をくわえて見送るつもり!?

 あたし達はあくまで、アリスレンヌを生きたまま捕らえるのが目的なんだから!」


イーシャの号令に、ユリウスは肩を竦めながら従った。


「アイアイサー。」


「了解しました。」


 3人は揃ってエレベーターに乗り込むと、そのまま騒動が起こっている1階へと

向かった。

  




  < 研究所内 1階フロア >




 煙幕によってフロア全体が白い煙に包まれて、アリス達は全員手をつなぎながら

出口へと小走りで向かった。

目の前は真っ白で何も見えない。

自分達の向かっている先が本当に出口へと向かっているのか、見当もつかない。

ヴァンを先頭にキーラ、アリス、そしてフランの順に突き進んだ。


「おい、おっさん! 本当にどこへ向かってんのかわかってんのかよ!?

 煙幕のせいでオレの鼻も利かねぇし、本当に信用して大丈夫なんだろうなぁ!?」


「大丈夫よ、ヴァン様にお任せあれってね!

 こう見えて帰巣本能はビンビンなんだから、視界が悪くなっても方角だけは

 間違えないわよ!」


「……本当かよ。」


 いまいち信用に欠けるヴァンの言動に、キーラは疑わしい独り言を呟いた。

大体ここまで派手にする必要があったのだろうか?

いくらヴァンの作戦といっても、これはさすがにかえって敵の目を引き付けている

気がしてならなかった。


「フラン君、大丈夫ですか!? 足元に気を付けてくださいね!?」


「うん。」


 アリスはしっかりとフランの手を握って、決して離さないように気を使った。

フランもまたアリスの手を健気な力で握り返し、それがとても嬉しかった。

もくもくと煙幕に包まれている中、周囲からは異変に気付いた警備員らが出て来て

事態の収拾に慌てふためいている様子である。

それでもアリス達が思っていたより人数は少なく、せいぜい2~3人といったところ

だった。


「ほら、出口の自動ドアはもうすぐよ!?

 ――――――――って、あらっ!?」


 ヴァンが突然奇妙な声を出す。

まるでヒキガエルをくびり殺したような醜い声を出して、全員が訝しげにヴァンに注目

しようとした。

しかし一寸先は闇、と言わんばかりの白い煙のせいでヴァンの姿を確実に捉えることが

出来るのはキーラだけである。


「どうしたんだよ、おっさん!?

 まさか方向を間違えたとか言うんじゃねぇぞ、喉元噛み切るぞ!?」


「あ……、いやね!?

 出入り口はここで間違いないんだけど、なんでだろうねぇ~。

 思いっっ切りシャッターが閉まっちゃってるわ、これじゃ出らんないわよ。

 ――――――――どうしましょ。」


「はぁっ!?」


 ヴァンの言葉にキーラは半分キレ気味で、ズカズカと歩み寄ると目の前にある物体に

手を触れて――――――――確かに頑丈なシャッターが閉じていることを確認する。

アリスとフランもゆっくりと歩み寄って、手探りでシャッターが閉まっていることを

把握した。


「ど、どうしましょう!? これじゃ外に出られませんよ。

 あたし達……、閉じ込められてしまったんでしょうか!?」


「……アリス。」


 不安そうな声を出すフランの頭を撫でて、アリスはフランを怖がらせないように

気丈に振る舞おうとした。

いや、そうすることで自分がパニックにならないように平常心を保とうとしたのだ。


「――――――――しゃあねぇ、ぶっ壊すか。」


「ちょっ、ちょっと正気!? これってかなり頑丈な代物よ!?

 いくらキーラ君でも無理なんじゃないかしら。」


 指をポキポキと鳴らす仕草をしながら、キーラは数歩後ろへ下がってシャッターとの

間合いを取った。

力ずくでシャッターを開ける気満々のキーラの声に、アリスはフランと一緒に後ずさる。

キーラが右手に力を込めて殴りつけようとした瞬間―――、突然奇妙な音が聞こえて

きて動きが止まった。

ゴォォォォッという音が周囲から聞こえて全員が固まり、シャッターを背に警戒する。

するとだんだん煙幕が次第に晴れて行き周囲を見渡せるようになって来る。

急速に視界が良くなっていくことで、ようやく把握した。


この音は、とても巨大な換気扇のような音をしていたのだ。


 巨大な換気扇か何かを作動させて、1階フロアを包んでいた煙幕を吸い込んで事態を

収めようとしている。

このままでは自分達の姿も発見されると踏んだが、どこかへ身を隠そうともしなかった。

なぜなら――――、すでにアリス達の目の前には3人の人影が映っており、彼等は

アリス達の姿を捉えていたからだ。


「そこまでよ、アリス。」


 若い女性の声、静かでいて――――――――どこか気が強い印象を持たせる口調。

姿はまだはっきりとはわからないが、アリスにとってはそれだけで十分だった。

白い白衣、赤みがかった茶髪、鋭く射抜く瞳。


「イー……シャ、お姉ちゃん。」


 笑顔もなく、睨みつけた眼差しでアリスを見据え―――――――それから右手を掲げて

何かの合図を送った。

すると突然キーラが片手で鼻を覆いながら体を屈めて、まるで戦闘態勢にでも入るかの

ような姿勢を取る。

ズン、ズンと何か大きな物体が近付いて来るような音、そして揺れ。

何かがこちらへ近付いて来て、アリスはより一層フランを自分の方へと引き寄せた。


「ユリウス、そいつの制御は大丈夫なんでしょうね!?」


 イーシャはアリスから視線を逸らさずに尋ねた。

次第に奥の方から緑色の肌をした大きな化け物が姿を現し、首には巨大な鎖が取り付け

られている。

その鎖を引いて現れたのはアリスとキーラを捉えた黒髪の男……、ユリウスだった。

化け物は3メートル近くありそうな巨体で、太い両腕をつきながら歩いて来る。

一見すると奇妙な姿をしたゴリラのようであったが全身を覆う毛はなく、顔はボコボコに

腫れ上がっていた。

その化け物を連れたユリウスが、鎖を掴んだまま答える。


「あぁ、1時間前に投薬したから大丈夫だ。」


ユリウスの言葉を聞き、イーシャはにやりと微笑んで声を荒らげた。


「さぁ18号、アリスレンヌを捕まえなさい!

 そうすればその苦しみから解放してあげるわっ!」


 人間の言葉が通じるのか、イーシャの言葉に反応した化け物は大きくたけ

両腕を上に掲げた。

その勢いにユリウスは慌てて横に飛びすさると、瞬時に首輪から鎖を外す。


「おいおいおいおいっ、何かめちゃくちゃヤベーことになってんじゃねぇか!

 アリス、おっさん! お前等はその辺に隠れてなっ!!」


キーラが化け物から目を逸らさずに怒鳴ると、アリスは躊躇いがちに話しかけて来た。


「えと……、あのっ。」


 地響きを立てながら突進して来る化け物、もたもたするアリスにイラついてキーラが

振り返る。


「ぼさっとしてんな、早くしろっ!!」


「あのっ、ヴァンさん――――――――いないです。」


「はぁっ!?」


 キーラの顔が引きつり、そしてすぐ近くまで突進して来る化け物を回避する為に

アリスの腕を掴んでその場から走って逃げた。

すると化け物は猪突猛進型なのか、横に逃げたアリス達を追って方向転換するでもなく

そのままシャッターに突っ込んでしまった。

大きな化け物が体当たりしたにも関わらず、シャッターは少しひしゃげただけである。

突進した衝撃に呻きながら化け物は頭をさすって、ターゲットがどこに行ったのか

きょろきょろと探している様子だ。

どうやらスピードやパワーはあっても、知能の方はグールとそれ程変わらないようだと

キーラは今の状態を見てそう推測する。

アリス達は受け付け用のデスクの陰に隠れながら、化け物の様子を窺う。


「どうしましょう、キーラ君!

 こんな所ではぐれてしまったら、ヴァンさんも危ないですよね!?」


 ヴァンの身を心配するアリスに、キーラはわなわなと握り拳を突き上げながら怒りを

抑える仕草をしていた。


「あの野郎……、一人でトンズラぶっこきやがった!」


「――――――――え?」


「逃げやがったんだよ! オレ達を見捨てて! 一人だけでな!

 くっそ、やっぱあんなあからさまに怪しいおっさん信じるんじゃなかったぜ。

 おかげでこいつらには見つかるわ、こんな化け物まで出て来るわ――――――――。」


 思考が止まる。

もう一度よく思い返して、ヴァンの意図を探った。


「そうか、そういうことかよ。 ようするにアレか?

 煙幕使ってわざわざ騒ぎ起こしたのも、――――――あれ全部おっさんの策略ってか?

 派手に動いてオレ達が敵の目を引きつけてる間に、おっさん一人で逃げる

 算段ってか? ……やられた。」


 片手で頭を押さえて、自分の軽率さにがっかりした。

まんまとしてやられたという風に行き場のない怒りを抑えているキーラに、アリスが

慌てて声をかける。

化け物はようやく逃げたアリス達を見つけて、再び突進する体勢を取っていたのだ。

フランを連れてその場から離れようとしたアリスだったが――――――――。


「――――――――あぁっ!!」


突然痛みが走った、アリスの体がゆっくりと宙に浮く。


「アリスっ!!」


 フランが泣き叫び、キーラも慌てて振り向いた。

目の前には受け付け用のデスクに立ったユリウスが、アリスの長い髪を鷲掴みにして

片手でアリスごと持ち上げていたのだ。


「――――――――てめぇっ!」


 油断した自分を呪いながら、キーラは突進してきた化け物をやり過ごす為にフランを

抱えてその場を離れる。

同時にユリウスもアリスを抱き抱えてデスクの上から飛び、誰もいなくなったデスクに

化け物が体当たりしてその場がめちゃくちゃになった。

再び突進したダメージを全身に受けて、ゆっくりと立ち上がる化け物。

ユリウスは視界の端でそれを捉え、それからアリスの髪を自分の身長よりも高く持ち上げ

――――――――もう片方の手からナイフを取り出した。

きらりと光る刃物を見て、アリスの表情がこわばる。

遠くに回避していたキーラが叫んだ。


「くそっ、やめろぉぉぉおおぉぉ――――――――っっ!!」


 ざくっという鳥肌が立ちそうな音と感触がして、アリスは痛みから解放されたと共に

急に戻った全身の重みを支えられず、足元が一瞬ふらついて倒れそうになった。

だが、それ程痛みを感じなかった。


――――――――なぜ?


 アリスはふらつきながらゆっくりと後ろを振り向き、ユリウスをすがめる。

その顔は悪意に満ちているわけではなく、かといって楽しそうに微笑んでいる

わけでもない。

ただ無表情に、気のせいか――――――――どこか苦痛に耐えるような、そんな表情が

読み取れた。

それからゆっくりと、今度はさっきまで自分の髪を掴んでいたであろうユリウスの

左手に注目する。


しかし、ユリウスは確かに自分の髪を掴んでいた。


 それならなぜ自分はこうして解放されているのか?

震える手で自分の頭を、髪を探る。

肩から下にかけて――――――――腰まであったはずの長い髪が、ない。

手で掴んでまばらに切り落とされた自分の髪を確認し、それから再びユリウスの

左手に握られている髪とを見比べる。


髪を切り落とした、だけ!?


 不思議そうに見つめるアリス、てっきり殺されるのかと思っていた。

それが――――――――髪を切り落としただけで済んだ、なぜ!?

両手を胸の前に組んで、徐々にユリウスから距離を離して後ずさりしていった。

彼等の意図が全く分からないアリスは、とにかく早くこの場から離れてキーラの

元へ行きたかった。


「――――――――ど、どうしたお前っ!?」


 突然キーラの叫び声が聞こえて来た。

慌てふためくキーラの声を聞いたことがなかったアリスは、一体何が起きたのかと

振り向く。

するとキーラのすぐ側で、フランが苦しそうに胸を押さえて息を荒らげていた。


「アリ……ス、アリスの――――――――かみっ!

 ぼくのすきだった、ありす……のっ! ゆるさないっ、ゆるさないっ!!」


「フラン君っ!?」


 呻き声と共に、フランの体に異変が起きた。

ボコボコと鈍い音を立てて、フランの体は引きつけを起こすように奇妙な動きを

しながら――――――――徐々に大きさを増していく。


「ウォォォォオオオオオオォォォォッッッ!!!」


 まるで野獣の咆哮ほうこうのように、低く激しく唸るその姿は――――――――もはや

アリスが知るフランとは、全く別のものへと変貌していた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

次から次へと矢継ぎ早に大変なことになってますが、

一応「ほのぼの系」も目指しているのでもうしばらく

お付き合い願います。


あと「適合者ザリチェ」とか専門用語みたいな単語が

出てきてますが、それに関しても後ほどきちんと説明させて

いただきます。

それまではアリスと同じように、わからないまま読み進めて

もらうことをお許しください。

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