第五話 女王の使者
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地上に戻ると、既に多くの人だかりが出来ていた。それこそエクスが集落に入って来た時以上に数は多い。
彼らは全員集落の中央に固まり、何かを待っているかのようだ。
セリスは戻ってくるや否や防衛隊長のギースに状況確認を取る。
「……それでギースさん、状況はどうなっているんだ?」
「ああ、見張り台からの連絡だと、もうすぐこの集落に到着するようだ。ただいつもよりは数が少ない……恐らくただの視察か何かだろう」
一方、エクスはギリーにこんな事を尋ねた。
「もしかしてセリスって、結構偉いの?」
「それは勿論だぜ。ああ見えてセリスは、何十年もこの集落の狩猟隊長をしているんだ。狩りの腕も集落で一番、親父が言うにはセリスが来てから随分と防衛が楽になったってさ」
「ふーん、成程ね」
「ギリー、エクス、悪いが黙っていてくれ。……ほら見えて来たぞ」
全員の視線は、エクス達が入って来た裏道とは別の大きく開けられた門に注がれていた。
頑丈な金属で築かれた防壁の中央にある大門、その先から幾つもの黒い影がこちらに接近して来るのが分かる。
集落へと向かって来るのは槍や銃を手にした、さながら骸骨のような機械仕掛けの歩兵が数十体、そして機械歩兵を率いて機械の馬に乗ったフードを纏った猫背の何者かがその先頭を取っていた。灰色のフードはボロボロで所々変色しているせいでさながら乞食のように見え、とても身分の高い存在には見えない。
エクスが周囲を見渡せば住民の何人かは、怯えているのが見て取れる。
機械歩兵の集団は次々と門から集落へと入って行き、中央に集まっている住人を包囲し取り囲む。
「これは……随分と物騒だね」
のっぴきならない状況にさすがのエクスも少し緊張する。
周囲を包囲した機械歩兵は、それこそ機械人と同じく一応の人型をしているが彼らのような意思は全くない。まるで何かに操られている操り人形のようだ。
恐らく、あらかじめ単純な指令で動く程度の、低い自律機能しかないのだろう。
完全に一同を包囲し終わると、並ぶ歩兵の壁の間から機械馬に乗ったフード姿が前に進み出た。
猫背のせいか随分小柄なフード姿だが、馬に乗っているせいで随分高い位置におり、上から群衆を見下ろす。
「親愛なる我らが女王陛下の臣民諸君……ご機嫌は如何かな?」
フードから覗く、まるでミミズのように蠢く大小様々な管とケーブルで繋がれたガスマスクのような醜い頭部。そこからくぐもった声が響く。
だがその声は傲慢に満ちており、丁寧な言葉遣いとは裏腹に相手を見下した様子が垣間見える。
そして群衆の中からもマネキン人形のような姿をした、頭部がのっぺりとした人型機械が現れた。
それは地下から動くことが不可能な都市管理コンピューターである長老が外で活動するために使用する、人型端末だった。
「さぁ、まずは女王陛下の使者であるこの私に頭を垂れるがいい」
傲慢さを隠すことすらない様子の使者に、逆らうことなく長老は先だって跪いて頭を垂れた。
「私たちも長老と、同じように跪くんだ。お前も面倒事は御免だろう」
セリスにそう小声で言われ、エクスも含めた全員も同じように跪く。
長老はようやく頭を上げると女王の使者へとこう尋ねた。
「それで……私どもの村へ何の御用でしょうか。貢物の時期はまだ早いのでは、と思うのですが」
「勿論分かっているとも。でなければどうして私がこんな、辺鄙な場所へと来ようか」
使者は不快そうな音を鳴らし、広場の端に積まれた残骸の山に顔を向ける。
「貢物は集まっているようだが、まだまだだ。精々女王様のために蟻のように働くといい。一応、目的の一つには視察もあるが……本当の目的はまた別だ」
と、今度は再び群衆を見回した。
そして仰々しい芝居がかった態度で、使者は言い放つ。
「何と! 我らが敬愛する女王陛下に歯向かう不届き者の組織……レジスタンスが、裏でコソコソと動いていると言う情報が入った。
恐ろしいほどに忌々しく! 愚かな連中だと思わないか!
私はレジスタンスの一人を捕え長い尋問を行った末に、他の何人かのメンバーの情報を入手した。この集落にも──メンバーが潜んでいると言う話だ」
「そんな! まさか女王陛下に反乱など! そんな恐ろしい事……」
「私も信じたくはないが、事実である。それに此処には──疑わしい人物が一人いるのだからな」
使者は、ある人物に目を向けた。
それは……長老のすぐ傍らで跪いていたセリスに対してであった。
「セリスよ、立ち上がり口を開くことを許そう。申し開きがあれば申すがいい」
言われた通りセリスは立ち、使者に向き直った。
「私は、女王に歯向かう事など……」
「女王『陛下』だ! 不届きものめが!」
激昂した使者はセリスに怒鳴りつける。
次の瞬間、フードの中から幾つもの管やケーブルが絡まった触腕のような腕が伸び、彼女の首元に強く絡まり、腕ごとセリスを引き戻し自らの顔へと近づけた。
あまりに強く絡まっているせいか、宙に浮きながら呻くセリス。使者はその様子を哄笑する。
そして辺りに聞こえないくらいの小声で、セリスへと囁く。
「いいかセリス? お前がこうして生きていられるのも女王の慈悲によるものだ。それを忘れてもらっては困る? いざとなれば、お前のような存在など!」
触腕の締め付けが更に強くなる。
「かはっ! ……ごほっ!」
先ほどよりも呻き声は強くなり、激しく咳き込むセリス。表情も苦痛で歪む。
「もしくは、その正体を暴露するのもいいかもしれん。……であればお前がせっかく見つけた居場所も無くなってしまうだろうな、ハハハハハ!
さて、もし知っている事があれば私に言うがいい。もしレジスタンスの一員だったなら、その情報を教えれば命は助けてやろう! 何しろお前は女王陛下の……」
そう使者は言葉を続けようとした。が──。
突然、自らの頭部に激しい衝撃が襲う。その拍子に触腕が緩み、セリスは解放された。
衝撃の正体はエクスの繰り出した突然の飛び蹴りだった。エクスの足は思いっきり使者のガスマスク状の頭にヒットし、片方のレンズが割れる。
使者はそのまま機械馬の背から蹴り落とされ、地面に倒れこむ。
「エ、エクス! お前……」
エクスは無事そうなセリスをちらりと見て、フッと微笑みかける。
その後再び、ようやく起き上がり出した女王の使者に目を向けた。
「それにしても……か弱い女の子を相手に酷いことをするなぁ。正直、頂けないよ」
使者はやっと起き上がると、余裕そうなエクスを睨む。
「貴様! 見かけない奴だが、私を誰か分かっているのか!? 女王陛下の使者であるこの私に!」
「聞けばさっきから女王、女王って……。そもそも誰だかすら分からないし、そんなにここでは偉い訳?」
すると何も知らないらしい、その無知さを嘲笑する様子を見せて使者は答える。
「ははは、本当に何も知らないのだな」
「生憎と、ここに来たばかりなんでね」
「……そうか、余所者と言う訳か。なら教えてやろう。私が仕える偉大な女王陛下はこの地域一帯を治め、やがては世界全てを支配する存在。
その定めを持った真の世界の支配者──唯一残った『人間』である、『人類女王』陛下なのだ!」
高々と使者は強く宣言した。まるで発する言葉一つ一つに世のあらゆる権威が込められているかのように。
住民の中には、それを聞き畏れおののくのも少なくない。
だが──エクスは何故かそれを聞き、興味深そうに口元を上げた。
「唯一の人間、人類女王か。……多分ちょっと違うかもしれないけど、もしかすると」
そう一人呟くと今度は使者に言った。
「良ければその女王の元へと連れて行ってくれないかな? 会ってみたいから僕は、人間に」
唐突な頼み。空気を読まないようなその言葉を嘲笑う。
「ハハハハッ! 何処の誰かも知らない馬の骨風情が女王陛下に会わせろだなどと! 身の程知らずめが!」
使者の合図とともに間に何体もの機械歩兵が割って入り現れ、エクスを四方から取り囲んで阻む。
「私は実に慈悲深い。私への無礼な行為を許し命だけは助けてやろう。
だが……ただでは済まさん! 両腕両足をもぎ取って、芋虫のように地べたを這いずり回らせてやるぞ!」