最終話 別れとそして……繋いだ絆
それから機械人達の宴と祝いは遅くまで続いた。
殆ど夜通し、賑やかに祝い合い、楽しんだり……それから。
「ふふっ」
エクスは一人、集落の外れに出ていた。
空は未明の刻であるためにずっと暗く……そんな中で街の廃墟を高台から見下ろしていた。
「夜明け前が、地球の夜で……一番暗いんだって。そう言われているらしいんだよ、ねぇ──セリス」
「……気づいて、いたのか」
近くの物陰から姿を現した……セリス。彼女は何か考えるようにして、エクスを見据えている。
「少し、気になってな。
集落の皆は祝い疲れて多くが眠っている中、エクスは一人抜け出して……ここまで。
こんなに離れた所まで来てどうするつもりだった? まさか──何も言わず出て行く、なんて事はないだろう」
「これは参ったね。気になってついて来たのかい、いやはや……それに」
エクスは、先ほどセリスが出て来た物陰……巨大な瓦礫の山に視線を向ける。
「他の三人も出て来るといいよ。ギリ―、それにクラインと、ミースも」
その言葉を聞いて、続いて物陰から姿を現したのは。
「ははは、ばれちまったか」
「……むぅ、だから止めようって言ったのに」
「けれど気になるしさ、仕方ないだろ? ミース?」
セリスに続いて、ギリ―にクラインら兄妹も一緒について来ていた。
「君達まで揃って一緒だとはね。全くもう、呆れたと言うか……困ったな」
困ったように頭を掻くエクス。それから四人の顔を見まわして……どうしようか考える様子で。
「──エクス」
そんな中、クラインが一歩前に前に出て、こんな事を聞いた。
「さっきセリスは冗談っぽく聞いたけどさ、やっぱり……出ていくつもりなんだろ?」
クラインは悟った様子で、それにギリ―とミースも、見ると同じように感じているみたいで。
「あはは……本当に、参ったものだよ」
力なくまた苦笑いするエクス。それから少しの間沈黙していた……が、やがて諦めたようにため息を一つつくと、こう話した。
「──君たちの言う通り。人類である可能性があった人類女王も……違っていた。
だからもう用はなくなった。改めて、また探さないと。自分でも満足がいくまで、さ。一言でまとめるなら────君達とはサヨナラさ」
いきなりの切り出された別れの話。
「まさか、マジかよ!?」
ギリ―は驚いて、唖然とする。
「ちょっ、どうしてだよ! せっかく仲良くなったのに。
ずっと、ここにいないのかよ!?」
「それも何も言わずにいなくなろうと、するなんて! ……いくら何でもあんまりさ」
「悪いねギリ―、クラインも。でも仕方ないんだ。
だって、僕は一応は人類で……君達とは違う存在でもあるから」
これに、申し訳ないように話すエクス。
「それにごめん、勝手に一人で行こうとしたのも。考えればあんまり過ぎた事かもしれない、ね」
「ああ! そうだとも!」
クラインはエクスに詰め寄って、襟首を掴み上げる。
「そりゃ、僕達の間には色々、あったと思うさ。けど! 打ち解けてようやく仲間になれたって……そう思ったんだ。
俺だけじゃない! みんなだって、きっとそうだ! なのにエクスは……っ!」
「……よせ、クライン」
激昂しかけたクラインを、セリスは静かな言葉で制した。
「くっ!」
彼は悔し気ながらも、制止に従って……けれどエクスの顔を見ようとせず、そっぽを向く。セリスは半分仕方ないなと言う表情を浮かべ、それから改めてエクスに対して、心なしにか咎めるような視線を向けて言った。
「すまないね、セリス。でもおかげで────」
けれど言葉の最後までは言わせてくれなかった。人類女王がセリスに残したハイテクの右腕で、彼女はエクスの顔を思い切り……殴り飛ばした!
「!!」
いきなり殴られて、驚くエクス。そしてセリスは彼を見据えて言った。
「だが、クラインの言葉は……正しい。何一つ言う事なく、別れさえも言わずに出て行くなんて、酷いものだ」
「……」
見るとセリスの目にも、悲しみの感情が浮かんでいた。
「事情はあるのは分かる。何かやるべき事がある事も、別れると言うなら止めはしない。
だが──せめて理由を話して欲しい。エクスの事も……何者かも」
セリスだけでなく、クライン達三人もまたエクスを見つめていた。
「──仕方ない、か」
しばらく沈黙していたものの、やがて観念したようにエクスは息を吐く。
「分かった、なら話すよ。
セリス、最初出会った時から僕は君に話したよね、僕は──『人間』だと。あれは本当のことさ」
そんな言葉を聞いたクラインは呆れた顔を浮かべた。
「はぁ? 僕は多少の事は気にはしないけれどさ、馬鹿じゃないぞ。
──人類女王との戦いで見た。あのエクスの姿と、力……あれが人間だって? そんな事あるわけないさ」
「ああ。かつて機械を生み出した人間──人類は、有機体の生物だ。
だがエクス、君は明らかに……私たちと同じ機械の身体だった。どう言う事だ?」
エクスはそう言ったセリスにも視線を向け、改めて思う所があるように少し沈黙した後、そして……話していなかった事実を伝える。
「僕は確かに人間、人類の一員だよ。
大昔、自らの身体を機械化して夜空の星々──宇宙へと進出した、人類の一派さ」
機械化した人類、そして……宇宙へと旅立った事。
「機械……か? 宇宙って、あの夜の空のことなのかよ?」
「はぁ!? 僕にもよく分からない、どう言う事なんだ?」
ギリ―、クラインはよく分かっていなかったようだった。けれど……ミースは。
「宇宙……私たちが暮らしている星、地球の外ですよね。ずっと果てしなく広がっている世界、エクスさんはそんな所から」
「おや? ミースは分かってくれたかな」
その中、ミースはエクスの言葉を幾らか理解していたみたいだった。彼女は少し微笑みを浮かべてこたえた。
「図書館の本で、色々と学びましたから。それに──宇宙へと旅立つ技術だって、人類は持っていたみたいですから。だから不思議ではないと思って………ですが」
ここまで話して、彼女もまた不思議そうな表情を浮かべる。
「人類の一部が宇宙に出たなんて。その上、私たちみたいな……機械になって。なかなか信じられません。
そんな内容なんて、どの本にもありませんでしたから」
「成程。まぁ、だろうね」
エクスはその話をして、苦笑いを浮かべる。それからそっと自分の右腕を前に出して、変形させる。
人類女王での戦いのように、さっきまでただの人の腕だったものは細かい粒子のようなものに一瞬分解され……再構築される。
銀色に金属の輝きを見せる、高度な技術で構築された流線型の機械の腕。クラインとセリスはともかく、初めて見たギリ―とミースは驚く。
「なっ!!」
「……エクスさん、本当に」
エクスは軽くはにかんで、話の続きをする。
「あれから──もう長い年月も経った。身体もアップグレードを繰り返して、君達よりずっとバージョンが高く、高性能だ。今は全身を高度な、目には見えない程の小さい無数の機械……ナノマシンによって構成されている機械の身体なのさ。
技術水準も今ここにある、人類の遺した遺産よりも高い。だからこそ人類女王さえも敵ではなかった。…………まぁ、この世界の干渉は避けていたから、極力使わないようにはしていたけれど」
「しかし、女王の戦いでエクスは正体を見せて力を振るった。どうしてだ?」
干渉はしないと言いながら、その力で人類女王を──人類が遺した研究施設の管理コンピューターを撃破した。当然のものであるセリスの疑問、それに答えるエクス。
「人類女王……あのコンピューターこそ、もはやこの世界に害な存在みたいだったしね。
それに、あれはもう君達の手に負えるものではなさそうだったから。君ら……機械人や今の地球、世界も僕は好きだから。──だから個人的に守りたかった、と言うのも答えだよ」
それから今度はミースを見て、さっきの話の続きを。
「ミース、本がなかったと言ったよね。
当時の地球人類はそれに関する本を、恐らくは全て処分し記録からも消したんだろう。
あくまで生身の人間であることを重要とした人類と、僕ら機械の身体となった人類との、対立さえも」
人類同士には対立もあったと。それさえもミースは知らなかった
「そんな! でも、確かに記録には一部抜けている部分はありました。
信じたくはないですけれど…………本当に」
「私も話の内容は、大体理解した。分かるとも。だが人間同士がそんな事で、対立するなど」
セリスもまた話をのみ込んだようで。だが、そんな人類同士の争いがあったなど、想像は出来ないようで。
「はは、は。いくら君でも想像出来ないかな。でも仕方ないかも。
かつて大昔──それこそ、今ある廃墟が元の大都市で人類の文明の黄金期だった頃。人類は何不自由ない生活を送っていた。機械が何もかも世話をしてくれる安寧の日々。それはまさに安寧と幸福ばかり……楽園、だったんだ」
「──だろうな。あれだけの物を築き上げたのだから、きっとその生活も良い物だったと思う」
そう言ってセリスが視線を向けた方向には、百メートルをゆうに超す巨大ビルの廃墟が見える。ツタや草木に覆われほぼ緑色になっているものの……それでも原型は残っている。彼女の言うように、かつての人類の科学文明はそれほど高度だったのだ。
「そうだね、セリス。きっといいものだったんだよ、それは間違ってはいなかったかもしれないよ」
だが、言葉と裏腹にエクスは良い感じには……思っていないようだった。
ギリ―はそれを察したようで、疑問を投げかける。
「どうしたんだよ? 俺はよく分からないけどよ、そんなに良いものなら大歓迎じゃないのか?」
彼の言葉に、エクスは苦笑い。それから話の続きをする。
「確かにね。あまりにも素晴らしくて、幸せな生活が約束がされたもの。多くの人を……満足感で満たすほどに。
満たされ切った満足感────それはそれ以上に何かを求める感情を失わせるものだよ」
複雑そうに、一方で懐かしむような様子で。はるか昔の事を思い出しながら話す。
「僕が生身の時は、まさに世の中がそんな流れに入ろうとしていた頃だった。
科学技術による理想郷の構築。かつて神に追われたとされるエデンの楽園を自ら生み出して安寧と幸福を追求しようと。……だけどそれは停滞とも言える。自らをより良くしようと、文明をより進展、発展させようとする意志とは正反対のもの。
まだ太陽系すら出ていない、宇宙に進出してようやく火星まで到達した程度なのに。その宇宙進出さえ取りやめて地球に引きこもろうとした。──ここまで来た人類文明の歩みを、止めようとしたわけだよ」
満ち足りた幸福、それにより人類文明の進歩は止まった。
何もかも満たされた暮らしが約束されたのなら、これ以上何かをする必要もない。──かつての人類はそう考えたのだ。しかし……。
「理想郷による安寧な暮らしを望んだ人類。けれど一方で、別の道を進む事を選んだ人類の派閥もあった。
それが僕ら……自らの意識を機械の身体に移し、機械生命体に進化する道を選んだ派閥。交換が利き、生身よりもずっと優れた身体へと、子孫さえも情報化された人格データを複製、配合、組み換えを行う事で可能とする更に優れた存在に。より遠くの宇宙への進出し更に人類文明を発展させる、そのためにね」
エクスの正体と人類の事。話を聞いていたエクスらも、それぞれ違いこそすれ多少の理解はしていた。
「本当にそんな事が。人類が機械に……僕らと同じようになって、宇宙って遠い所に」
「──だが人類は、それぞれ別の道を選んだとするなら。どうなったのだエクス?」
クラインとセリスの言った事に、息を一つ漏らすエクス。そして続けて事実を伝える。
「言っただろう? 対立したと。
一部は新たに別の道を示し、選ぼうとした。けれど他の人類は、それを許そうとしなかった。
生身の身体を捨てて機械になるなど愚かで、許せない、間違っていることだと。脆弱で不便で、限られた命しか持たない身体でいるべきなんて──文明を止めただけでなくそんな価値観まで全人類に押し付けようとした。
……限りある命だからこそ素晴らしい、か。そんな考えもあっていいと思うさ。けれど、それが唯一正しい物として、他の可能性を否定するなんて────下らない事とは思わないか?」
我ながら愚かなものだと。そう思っているようなエクスの表情。
「生身のまま機械文明の楽園に留まろうとする人類、そして……機械の身体を得て宇宙に飛び立とうとする人類。価値観は分かり合うなんて出来はしない、陣営は二つに分断され争い、最後には地球と宇宙に、それぞれ別れて決別したわけだよ。
後は見ての通り、自ら作り上げた楽園の中で人類は、その文明は衰退して地球上から消えた。宇宙に発ちはして決別したつもりだったけれど……でも僕はあの後地球は、人類はどうなったのが気になってね。
だからこそかつて故郷だったこの星に戻って来た。────これが僕の話していなかった、全てだよ」
今まで秘密にして来たエクス──機械生命体へと変容した人類の正体と真実。
「…………」
セリス、クラインとミース、そしてギリ―。四人は何と言えばいいかも分からずに沈黙していた。……だがそんな中でセリスはエクスを見据えて、言った。
「それがエクスの、人類の全てなのだな」
エクスは頷いた。
「一応ね。君達が知りたがっていた事は、伝えたつもりだとも」
「そしてこの先も地球を見て周ると……地球が、地球人類が本当にどうなったのか知るために」
セリスの問い、これにもまた微笑んで応える。
「うん。……だからこれでサヨナラだよ。少し時間はかかるけれどちゃんと、自分の目でどうなったのか知りたいからね。
けれど──」
そして、エクスは優しい表情を四人へと向けて言葉を伝える。その言葉は、心からの……想いであった。
「でも、ここに来て君達に出会った。かつては人類によって作られた機械が時を経て進化し、そして……かつての人類のように心を得て、文明を築いて──『生きて』いると知った」
「俺たちが……生きて、か」
これを聞いたギリ―は不思議な様子で、言葉を反芻する。
「その通り。僕でも驚いたよ、みんなあんなに生き生きとしていて暮らしているなんて。
例え地球から人類がいなくなっても、その代わりはちゃんといた。ちゃんとやれていて……何だかほっとした気持ちだよ」
エクスは全員ににこりと笑顔を投げかけた。その後、くるりと背を向けて言った。
「応援しているよ──君達を
僕はこれからここを去る。幾らかかかるかもしれないけれど、地球全土を満足するまで調査したい。けれど……さ」
ほんの少し、横顔をちらりと見せて……最後の言葉を伝えた。
「調査が住んだその後は、またここに戻って来ても構わないかな?
この先君達がこの星でどうして行くのか、僕は見てみたい。だから…………その時まで」
エクスは言ったと同時に、高台から飛び降りた。
「エクス!!」
四人ともとっさに飛び降りた場所に駆け寄った。瞬間、巨大な光の翼を広げた人影が飛び立ち、そのまま空の彼方に消えた。
「エクスさん……行って、しまいましたね」
「だな。にしても、ああして飛ぶ事も出来たのかよ。知らなかったぜ」
ミース、ギリ―は驚いたまま、そう呟いた。
「でもよ、これでお別れだなんて……寂しいぜ。色々あったけれど良い奴だったし、エクスがいなければ人類女王も倒せなかったかもしれないだろ?」
「まぁギリ―の言う通りだね、そこは。随分助けられもしたし。もう少しくらい礼を伝えても良かったかも」
クラインもギリーに苦笑いして言いながら、一方で少し寂し気な感じで呟いた。
「これでお別れか。エクスとは割と一緒に過ごしたからな……正直、寂しいぜ」
「私もです、兄さん。エクスさんも私たちの仲間でしたから」
「……俺ももっと一緒に過ごしたかったぜ。本当に、行っちまったんだな」
三人とも寂しい様子で、思い思いの言葉を呟いていた。──が、対してセリスは少し違っていた。
「心配しなくてもエクスとはまた会えるさ。
──戻って来ると、そう言っただろ? いつかきっと……な」
そうして彼女はいつもの、頼もしい表情を向けると言った。
「さてと、それでは私たちは集落に戻ろうか。
皆には私の方から伝えておく。それに──いつもの日常も、待っているのだから」
異邦人は去った。
機械達はいつもの日々へと戻り、これまで通り暮らして行くのだろう。だが……。
その出会いと、繋いだ絆はきっと──素晴らしい物であった。




