第五十四話 エクスの───本当の姿
途方のないエネルギーが辺りを包み、四人をのみ込んだ。
〈他愛のない。これで、全て終わりだな……〉
人類女王はそう思った。だが、しかし。
〈……いや、何だ……あれは〉
極大のビームを放った跡は何もかもが消し飛び、原型は何一つ残っていない……はずだった。
しかし──。
「僕達は、助かった……のか」
クラインは驚いたまま固まり、そう呟いた。辺りを見ると倒れているセリス、それにマティスも同様に無事だった。
自分達がいる、丁度真円形の範囲は綺麗に無事で……そこから範囲外はあのビームで消し飛ばされて更地と化していた。
──分からない。一体どうしたのか、巨大な光に包まれてそこから……エクスが何か──
眩い光でよく分からなかったけれど攻撃の直前、何かをエクスがしたようにクラインは思った。
──そう言えば、エクスはどこに──
周囲を見渡しても、エクスだけがどこにも見当たらない。まさかあの攻撃で……そう彼が思った時。
「──みんな、無事かい?」
上から声が聞こえた。見上げると、そこに人型の何かが浮かんでいた。それは──。
「良かった。みんな、上手く守りきれたみたいでさ」
少し上、宙に浮いていたのはエクスだった。微笑み顔をクラインに向けたその姿は……異形の姿に変わっていた。
「エクス……何だよ、その姿は!?」
今までは人間そのものの姿であったエクス。しかし今は目の前にいるそれは、自分達と同じ機械……いや、それよりも遥かに先を行く技術を持った、超々高度な金属の身体を持つ『何か』だった。
顔と胴体は元のエクスのままだ。しかし両手両足は膝、膝先から金属の、銀色で鋭い流線形状の形へと変形し……手足には鋭い爪まで生やしている。
そして後ろからは逆棘のついた長い尻尾を生やし、更に大きく輝く三対の光の翼を展開していた。頭には二本の角を生やしてまでいるエクスの姿は、さながら人の姿を借りた竜の化身か……もしくは悪魔のようにも思えた。
──しかしその銀色に輝き、美しくも思える姿は……神々しいとも、そう見えた。
「これが僕の本来の姿、その一部。世界の干渉も考えて、出来ることなら秘密にしておきたかったけれど……もうそう言ってられそうにないから」
静かに言うエクス。それから人類女王でもある遥かに巨大な機械巨人を見て言う。
「研究所の管理コンピューター、人類女王、それとも機械巨人とも言えるのかな。まぁ、大した事ではないよね」
〈……〉
「確かに、過去の人類の高度な技術を多く引き継いだ貴方の力は、この世界においては桁外れたものだと思う。
──けれどね、僕は過ごして分かった。もう世界は彼ら機械たちの物だ。そして貴方の力はそれを脅かすものだと……分かったから。
僕の力も今の世界には過ぎた物だ。けれど、それを使わないと止められないのなら…………遠慮なく使うしかない」
人類女王もエクスの事に驚いたようだ。しかし──。
〈やはりお前の正体も、機械であったか。所詮はガラクタの……分際で!〉
女王の身体である機械巨人は、腹部の大型ビーム砲に再び、今度は更に大量のエネルギーを充填する。そして──あの大出力のビームを放とうとする……が。
「──残念!」
ほんの一瞬の出来事、エクスは六枚の光翼をはためかせて機械巨人に飛翔した。
そして右手に光の粒子を集め剣を……ビームソードを形成して、一閃。巨人を守るフォースフィールドもろとも、大型ビーム砲を切断する。
〈!!〉
「いくら当時は最先端だとしても、所詮は大昔の旧人類の残したもの。──『今』の人類に敵うわけないさ」
〈おのれっ! 一体、何なのだっ!?〉
一瞬で背後に回り込んだエクスに一つ目の頭部を後ろに回して捉える。そして今度は身体の各部から砲台を多数展開、一斉に射撃を放つ。
ビームに、実弾の嵐がエクス目掛けて襲う。……けれどそれは多数の正六面体のパネルが組み合わさったようなドーム型の、エネルギーで形成された半透明の壁──エクスのフォースフィールドで防がれる。
〈馬鹿な、この私が……人類女王が破れるなど!
叩き潰してくれるわ!〉
機械巨人は巨大な金属の拳を握り、大質量のパンチを放った。これで叩き潰そうと、そんな狙いなのはすぐに分かった。
圧倒的破壊力、どんなものさえ粉砕するほどの拳がエクスに迫るが。
「──はぁっ!」
それさえ右手のビームソードで、いともたやすく拳を……腕ごと切り裂いた。
片腕までも失った機械巨人──人類女王。己が敵わないと言う……事実。
〈ありえ……ない。お前は一体、何者だ?〉
追い詰められ、必死に問う人類女王。
エクスは……ふっと軽く微笑んで機械巨人を──人類女王を人差し指で指差す。
「言ったでしょ? 僕はエクス──人間だって」
決着は一瞬でついた。
まるで機械の竜人のようなエクスが指さした人差し指から放たれた、高密度かつ鋭いビーム。
それは……機械巨人の胴体を、人類女王の本体である生体部品もろとも容易く吹き飛ばした。
クラインとマティス、普通の機械人では手も足も出なかった人類女王をエクスが……異質な存在に変化して打倒したのだ。
「何……だよ、これは」
唖然とするクライン。それにマティスも、セリスも驚いて何が何だか分からなかった。
「私にも分からない。エクスはやはり……人間ではなかったのか?」
「少し失礼だね、セリス。ちゃんと僕は人間だって、言ったじゃないか?」
するとため息交じりながら、倒れているセリスの傍にエクスがふわりと降下する。
姿は相変わらず異形のままで、けれど様子はいつも知っているエクスのまんまで……内心彼女は戸惑っていた。
「お前のような人間、やはりいるものか。本当に何なのだ?」
「まぁまぁ、そう言わないでよセリス。君のその傷だってさ……こうして」
エクスはその異質な右手のままで、セリスの傷口に手を当てる。……すると手のひらから細かい光の粒子のようなものが放出されて傷口へと入り、付着する。
そして、セリスの傷口はみるみるうちに勝手に修復されて行き、瞬く間に綺麗さっぱりと消えた。
「ナノマシンによる修復……と言っても分からないかな。
ごめんね、仕方ないとは言え僕がセリスに傷をつけてしまったせいでもあるから。
あまりこうした力を使うのは不味いとは思うけど、せめて……さ」
照れてはにかむエクス。そんな様子を横目に見て、クラインも半分呆れる。
「エクスは相変わらずだよ、そうなっても。……けどその姿はどうにかならないか? 僕としても落ち着かないと言うかさ」
「──っと、それはごめん。戦いも終わったし、こうしている必要もないね」
そう言った瞬間、エクスの身体は元にように形態が縮むように戻り、人型の姿に戻る。
「これでよし……と」
「……どんな身体をしているんだ、一体。今はみんなの事が心配だからこれ以上は聞かないけどさ、後でちゃんと教えてくれよな」
クラインの問いに、エクスはいつもと変わらない、優しくも不思議な笑顔を投げかけて言った。
「うん、そうだね。
──とにかく帰ろう。これで問題は解決したから…………みんなで」




