第五十三話 女王の正体、そして
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「セリスもやられたか……仕方ない」
人類女王は、そう呟いた。
「だが仕方ない。我が分身ながら目にかけ、ガラクタどもと過ごしているのも見逃していたが……毒されすぎたか」
「女王、お前だけは許さない! セリスの心まで弄びやがって、報いを受けさせてやる!」
再び立ち、女王に強く宣言するクライン。彼は大剣を構えマティスも重火器を向ける。そんな中で女王はついに──玉座から立ち上がる。
「仕方がない。ここは私自らの手で、貴様らに終止符を打つ事にしよう。
見せたくはないが──この人類女王の手で討たれる事を、光栄に思うがいい」
そう言った瞬間だった、ローブ姿の女王の身体がぐらりと揺れ……倒れた。
段差から力なく転がる女王、途中で銀色の仮面が外れて転がる。……そして仰向けに倒れて露わになった人類女王の──姿は。
「何だよっ……これは!?」
ローブの中から出て来たのは、マネキン人形のような姿をした人型機械で、その素顔ものっぺりとして何もなかった。
この人型機械に三人は覚えがあった。
「これってさ、多分あれだよね? 集落でも見かけたのとそっくりだ」
「全くだ。エクスの言う通りあれは長老の使っていた端末さ。
都市の中央コンピューターであり動けない長老が、外界で行動するための人型端末と同等のもの。……と言うことは」
予感を察するマティス、その瞬間であった。
〈ククククククククッ!〉
人類女王の笑い声が聞こえた。それは部屋の全体から、響くように聞こえた。
「人類女王、一体どこに……まさか、もしかして」
エクスは察したように、玉座の奥に広がる闇を見据えた。するとその闇から徐々に浮き出て、何かが姿を見せる。
闇から現れたもの……それは複雑な機械装置が組み合わされた巨大なコンピューターの一部分であった。
驚いて、マティスは呟く
「あれは……この施設そのものの制御装置、つまりコンピューターなのか?」
確かに機械人でさえ分かる程、あれはまさにコンピューターだった。つまり人類女王の正体は、彼ら同様機械だと。
「人類最後の一人と言うのは嘘だって言うのか? けれど──あれは」
けれどクラインには気になる事があった。それはマティス、エクスともに同じ事を思っていた。
「どうやらただのコンピューター、ではなさそうだね。…………とんだ遺産を残してくれたものだよ」
目の前のあの巨大コンピューター、その大きさと複雑さもだが……何より異質なのはその中枢にあるものだった。
中枢はガラスのような円形の窓があり、奥には機械とは違う有機物があった。それはまるで人間の──脳だ。
「人間の物より何倍も大きな脳が、ああして浮かんでいるなんて」
「エクス? 君はあの真ん中にある、不気味な物を知っているのかい?」
マティスの言葉に、エクスは軽く苦笑いを浮かべる。
「不気味とは心外だね。あれは有機生物にとっての制御装置、脳と言う機関だよ。
随分と大きいけれど人間のそれと形が近い。ただ、随分と……劣化しているみたいだけれど」
機械の内部の液体へと浮かぶ、大型の脳髄。しかし、その色は灰色に変色し、幾らか崩れかけているのが見えた。
生物と機械が融合したようなこの物体を前にしたエクス達に……倒れていたセリスはこう話す。
「あれが人類女王の正体。この研究施設を管理する有機コンピューター…………だったものだ」
彼女の言葉にクラインら二人は分からないようだったが、エクスは成程とつぶやく。
「生体部品を中枢に備えたコンピューターね、どうりで。こんな物まであったとは僕も驚きだよ」
やはり人類女王は人間ではない。しかしその言葉に女王──施設の有機コンピューターはこう伝える。
〈その通り。私の正体はかつて人類が遺した、この研究施設の管理コンピューターだ。
……ここは生体研究が主だったのでな。より高度なコンピューターを生み出すアプローチとして、人間の遺伝子を持ち脳を模した生体部品を組み込んだ巨大生体コンピューターを創り出した。それこそ私である〉
もはや自らをコンピューターだと名乗る女王、クラインはそれにこう言い返す。
「やっぱり機械じゃないか! なのに自分で最後の人類だなんて言ってさ、おかしいだろ!?」
〈間違ってなどいない。私の生体部品は人類の遺伝子を受け継いでいる。……ともあれば人類が滅びた後、最後の人類と言っても過言ではない〉
人類女王、その元となった生体コンピューターは、生物でもあるあり方のせいで特殊な変容を遂げたのだろう。
だからこそ人類の滅びた後、他のように野生化するのとは異なり、自ら定義付けを変え……己を『人類』としたのだろう。
人類としての機械の支配、そして元々人類が支配していたとされる地上の支配を取り戻そうとしたのだ。…………それが人類女王の誕生と言うことだろう。
〈よって最後の人類として、地球をわが物顔で占拠する機械どもをこの手で滅ぼすと、そう決めた。
だが……私の活動限界も既に近い。機械部品は製造し取り換えは効くが、中枢である生体部品はそうはいかない。
遺伝子操作により長い時間細胞分裂を繰り返し持続可能とされてはいたが……限界らしい。千年以上をかけて徐々にではあるが劣化し、完全に機能しなくなるのは時間の問題だろう〉
生体部品……機械の中央に浮かぶ灰色の崩れかけの脳。見て分かるように劣化している、つまり人類女王──この管理コンピューターの寿命は尽きかけているのだ。
〈だからこそ機械人形に私の情報を移し替え後継者にしようとした……が、やはり欠陥品に過ぎぬか。
仕方ない──だからこそ〉
突如、部屋……いや、建物全てが大きく揺れ出した。
「うわわっ! 今度は一体何だって言うのさ!」
いきなりの異常に戸惑うクライン、そしてマティスも辺りを警戒する。
「建物が……崩壊しているのか!? これは危険だ」
大きく揺れる周囲、そして壁と天井に次々と亀裂が入り、割れて崩れ始めてゆく。機械と瓦礫が次々と落下し、危険な状況なのは間違いない。
「これは不味いね。──セリス、失礼するよ」
エクスは倒れたままのセリスを抱いて、次々と落下する瓦礫から逃れる。
「……すまない」
「構わないさ。
それより、女王はこんな真似まで…………凄いものだよ」
そう言って見た先は、女王である管理コンピューターが存在していた、まさにその場所だった。
先ほどは一部しか見えていなかったが、その全容はコンピューターなどと呼べるものではなく、もはや──。
〈見たか。これが長年の間に改造を続けた、私の本体である〉
天井は崩れきり、外の夜闇に露わになったその姿は十数メートルの巨体を誇る、機械の巨人であった。
脚部は下に埋もれ、見えるのは腰と胴、そして一回り大きく太い樽のような両腕と両手……そして単眼の目を持つ頭部。
「本当に大きな……巨人みたいだ。凄いものだ」
その姿を見上げてマティスは、そう呟くしか出来なかった。
〈クククク! これこそが私の力だ、お前たちも……出来損ないののコピーもろとも、私自らの手で葬ってみせようぞ!
未練で見逃していたのが間違いであった、後継者は新たに我が情報から分身を──生み出すことにしよう〉
女王はセリスを含めた四人もろとも、始末しようと太く巨大な右腕を伸ばす。
それこそ全員を多い、潰す程にまで大きい右手。辺りの空気そのものまで圧しつぶす程の勢いだ。
「あわわわっ! 早速これかよっ、もう!」
「とにかく避けるしかないよ、クライン! それにマティスさんもね。──攻撃も利かないしさ」
マティスは重火器を構えて迫る右手に斉射を繰り出していたが、ビクともしていない。
「……くっ!」
彼女は攻撃を諦め逃れようと跳躍する。それと同時だった、女王の右手は先ほどまで四人がいた辺りを叩き潰した。
壮大な衝撃が辺りを伝わり、床ごと丸ごとへこみ潰し、ひびが入る。
「やはり、相当な威力……だね。厄介だよ」
「任せろエクス! 今度は僕がっ!」
今度はクラインが大剣を構えて右手に斬りかかろうとする。 ……が、それも攻撃が通らない。本体に届く前に見えない壁に防がれたのだ。
「これは──シャドーの時と同じ!」
そう、エネルギーによる防壁、フォースフィールドを覆い防いでいたのだ。
人類女王、その正体は人類ではなく管理コンピューターではある。……が、その超技術は確かに女王の物だ。
クラインの攻撃を防ぎ、そして右手の一部装甲が開き小型砲門が展開する。その砲口の先には、彼が。
「不味い! クライン!」
エクスは叫んだ。クラインも危険に気づいたその瞬間、小型砲門からビームの一閃が放たれる。
クラインは射線上から身をよじって避けるも、完全に避けられなかった。ビームの一部が彼の右太ももを抉り、態勢を崩して地面に倒れ込む。
「く……っ、そんなのもありかよ」
それでもまだ立ち上がる事は出来た。クラインはどうにか立ち上がるも、まともに戦えるかどうか危ういものだ。
フォースフィールドのみならずビーム兵器も搭載している。クラインとマティスではとてもではないが太刀打ち出来ないだろう。
〈所詮、ガラクタではその程度よ〉
人類女王の本体……中枢機関である生体部品は機械巨人の胸部にあった。声はそこから響き、彼らに言い渡す。
〈どれほどかと少し動いてみたが、大したことではない。──もういい、これで終わりにしてやろう〉
機械巨人の腹部、今度はそこが大きく開き先ほどより大型の砲門が姿を現す。
「あれで、私たちをまとめて吹き飛ばすつもりか!」
砲門にはエネルギーが充填され、今まさに発射されようとしている。あれも大型のビーム兵器、マティスも……そしてクラインもどう言う物であるか分からないが、その莫大な威力と危険性は感覚で察した。
もし発射されれば間違いなくここにいる自分達全てが確実に跡形もなく消し飛ぶと。──そして不運なことに機械巨人、人類女王本体に搭載されたこの最大の兵器には、まさにそれだけの威力があった。
「これで、終わりなのかよ」
〈その通りだ。お前たちも、他のガラクタども全て──終焉の時だ〉
充填した膨大なエネルギー、今その全てが大型ビーム砲から解き放たれる。
眩いくらいのエネルギーが辺りを包み、クラインとマティス、セリス……そしてエクスをのみ込み消し去ろうとしていた。
彼らの終焉、それを迎えようとしている中、エクスは抱えていたセリスをそっと降ろして呟いた。
「うん、終わりだね。……本当にここまで、みんなに隠していた────秘密も」




