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第四話 『長老』


 セリスに案内された場所は、中央の大樹の下に建てられた小屋だった。

 集落を束ねる長老の住処であるにも関わらず、それは小さく金属板で囲った程度の素朴さだ。


「……さてと、この先に長老がいる。くれぐれも失礼がないようにな」


「ここが長老の家か。……それにしても、ずいぶんと小さい小屋だね」


 言っているそばから──。セリスは頭を抱える。


「全く……お前は……。とにかく引き続き私の後について来い。まだしばらくかかるぞ」


 そう言ってセリスは、小屋の中に入って行った。エクスもそれに続いて歩く。

 


 小屋の中には瓦礫に囲まれた穴が開いていた。下へと続く螺旋階段、穴の先には遥か先まで階段が続いていたのだ。

 軽くエクスは口笛を吹く。


「ヒュウ! これはまた、随分と深いことで」


 セリスはそれに答えず黙って階段を降りて行く。


「あっ……待ってよ!」 


 二人は暗い螺旋階段を降りる。

 階段には照明ライトが点々とあり、それが薄く辺りを照らす。

 下へと降りて、降りて、それからしばらく経つとふとセリスがこんな事を話す。


「……ここは大昔に人類が暮らしていた大都市、そのシステムを管理していた中央コンピューターへと通じる非常階段だ。

 まぁ今ではそのシステムの接続は機械生物なんかに破壊されて、残っているのは少ないがな」


「都市一つを管理する……コンピューターか、それはすごい。でもさ……」


 エクスは少し言いにくそうに続ける。


「昔はそれくらい高度に発達した文明なのに……君達の生活は何て言うか……その……」


「原始的だと言いたいのか?」


 沈黙するエクス。セリスはそれを正解だと受け止める。だが、彼女はふと遠い目をしながら、ある事を呟く。


「そうか……、まぁ仕方がないだろう。何しろ彼らはまだ、かつて存在した人類に代わって文明を築くには歴史が浅い。しかし、いつかはきっと……」


「なるほどね、セリスって最初は堅物かと思っていたけど、意外とロマンチストなんだね」


 セリスの意外な夢。それを察したエクスは優しくこう答えた。……が彼女ははっとすると、視線を逸らす。


「私がどう思おうと勝手だろう。……それよりもうすぐ長老の所だ。この階段が終わった先、そこが長老の居場所だ」


 階段の終わりが遠くに見えた。

 二人は残り少ない階段を、下へと降りて行く。




 階段は狭く暗い穴を抜け、二人は広大な空間にたどり着く。

 この広さは地上の村の面積超える程。そこはドーム状になる半球型の空間、その一面には大小様々なチューブ状の物が無数に伸び空間を占有していた。

 チューブは全て広場中央の同じく半球状の金属機械から生え、枝分かれしながらチューブを何本も伸ばすそれは植物のようではあったが、金属機械に複雑模様に刻まれた溝を白く輝く光筋が幾つも伝達する様はまるで機械仕掛けの脳髄か何かを思わせた。

 そして階段の終点は金属機械の手前にあった。

 セリス、エクスは階段を下りきり機械の前に立つ。



 機械の中央には水晶のように透明な、直径三メートルもある巨大レンズ。レンズはまるで意思があるかのように瞳のような淡い光を放つ。

 すると──


〈……よく来たな、歓迎しよう。さて……この私に何か用でもあるのかな?〉


 空間全体に響くような、知識を感じさせる深い声が聞こえて来る。

 セリスは敬意を込め挨拶をする。


「はい、長老。お久しぶりです」


 謎の声は嬉しそうな様子で、それに応える。


〈おおセリスか、久しぶりだ。……長く会っていなかったがその様子だと、上手くやっているようだな〉


 うっすらとセリスは微笑みを見せてこたえた。


〈それで今回は私に何の用かね? 何しろセリスの頼みだ、私に出来る限り力になろう〉


「ありがとうございます。しかし、今回長老の元を訪れたのは私自身の事ではありません。ここにいるエクスと名乗る者が長老の話を聞きたいと話していたので。

 この者が言うには、どうやら自分を……『人間』であると」


「ははは、『この者』とはちょっと他人行儀だね。せっかく僕達は友達になったって言うのに」


「エクス、少し黙っていてくれ。……それで私としても少し関心を持ち、こうして長老の元へ連れて来ました。どうか彼の話を聞いて下さい」



 レンズに映る光の瞳はセリスの隣に立つ、エクスに向かう。


〈君が……エクスと言うのか。ふむ、君は人間なのかね〉


「ああ、一応ね。あなたも元々は地上の大都市を管理している、中央コンピュータみたいだね。都市一つ丸ごと管理可能なくらいの知能と知識だ……長老と呼ばれるのも納得だ」


〈……ふっ、誉めても何も出ないぞ。まぁ君が何者かは知らんがせっかくの外からの客人だ、私の知っている事は何でも答えよう〉


「ありがとう、さすがは長老!」


 堪り兼ねず、セリスは口をはさむ。


「いい加減に……無礼だぞ! すみません、余所者のせいで礼儀を知らないらしく……」


〈私は一向に構わん。そもそも私を『長老』扱いするのは地上のグリーンパークに暮らす、機械人くらいだからな〉


 今度はまた、エクスがこう口にした。


「機械人? ひょっとして上にいた彼ら、ギリーの事かい。まぁ連中についてはあらかた予想はつくから良いとして、そもそもどうして長老なんて? だって元々……都市の管理コンピュータだろう、君は」


 すると部屋に低い笑い声のような音が響く。


〈ははは、面白い! 今までそんな質問をされたのは、そこのセリスに続いて二人目だ!〉


 エクスはついセリスに目を向ける。が、彼女はその視線を無視した。



〈よし気に入った、答えてあげよう。

 彼らは私と同じく滅びた人類が残した遺物の一つ、比較的人間に近い姿と人工知能を持つロボット、『アンドロイド』が進化したものだ。人類に替わる存在、所謂『ポストヒューマン』と言うわけだ。かつて人間に仕え、彼らの住む大都市を管理していた都市管理コンピュータだった私だが、いなくなった後はもはや存在意義がなくなってしまった。

 それから三百年近く前に機械人が、かつて人間の使っていた自然公園、グリーンパークに移り住んで来た。彼らはこの階段を見つけ私を発見すると、その知識と管理コンピュータとしての能力を買われ、彼らの指導者になってくれと頼まれた。人類が消え千年も退屈していた私には断る理由はなかった。だからこうして機械人の長老として、収まっているわけだ。

 何しろまだカメラなど、私がコントロール可能な設備も生きている所が多い。知識以外にも随分と役立つのだぞ?〉


「成程……、元管理コンピュータは伊達じゃないと言うわけだね」


〈そう言う事だ。だから大船に乗ったつもりで私に聞きたいことを、聞くがいいぞ〉


 エクスはそれを聞きクスッと笑うと、口を開いた。


「僕が聞きたいこと、それは僕の同胞である──人間の居場所についてさ。彼らがどこにいるのか、知りたいんだ」



 ────

 謎の異邦人、エクスは人間の居場所を探していた。

 長老は僅かな沈黙を間に挟むと言葉を続けた。


〈私にそれを聞くのか。人類はすでに千年も遠い昔に滅びた。それに君が本当に人間かどうかは疑わしい。実は、この部屋に入った時に君の事を精査スキャンをかけたのだが……君についてはよく分からなかったのだ。原因不明のエラーによってな〉


 長老のその発言に、セリスは少し引っかかる。……だが今は言及する事を控えることにした。


〈──君が人間であろうが無かろうが、この世界を渡り歩いたのなら、もはや人類など存在しない事は十分に分かるだろう〉


 これにはエクスも否定する事はなかった。


「まぁ……ね。それに滅びた理由も察しが付く、一応は調べもしたからね。今まで見てきた人類の残した高度な文明を見た限り、彼らは随分と満ち足りた生活を送っていたみたいだね。戦争みたいな決定的な破滅が襲った痕跡もなかったし、おそらく自ら作り出した楽園のなかで緩やかに衰退して、滅びて行ったんだろう。

 苦しみもなく安寧の中で消えて行ったんだ、一種族の滅亡としては十分に幸福なものだったと思うよ?」


 自称人間のエクスだが、同胞の滅亡に対して話している様はまるで他人事のように飄々としている。


〈それも旅していた中で調べたのか、そこまで知っている物は今では殆ど存在しないだろう。……さすがだ〉


 長老さえそのエクスの知識には驚きを隠せなかった。


「そう言うことに、しておこうかな」


 何か思わせぶりな言葉で、エクスは微笑んでみせる。


〈ここまで分かっているのなら、人類など残っていない事は十分に分かっているだろう? それでも人間の行方を、探していると?〉


 エクスは頷き、こたえた。


「うん、僕は人間を探し出したい。──それもここに来た目的だから」



 エクスの決意、それを聞いた長老はある事を伝えた。


〈それが君の目的……か。まぁいい、どの道此処にいるのなら知ることになるだろうからな。

 確かに人類は滅びた。……だが少なくとも君のように自らを『人間』と名乗る者は、実はもう一人存在しているとも〉


 人間を自称する者の存在、事実人間かどうかは不明だがもしかすると……

 エクスは少し驚いた様子を見せる。だが、この状況をあらかじめ予想していたかのように、思わせぶりな表情にもなる。

 そしてエクスは尋ねた。


「一体……誰なのかな?」


〈人類が滅びて長年経ってはいるが、私を含め彼らの遺した多くの機構は今も稼働を続け、未だ生きている。

 そしてその者は機構の一つ、ロボットの大型生産プラントを手中に治める事でこの街を含めた広い地域を支配し、自らを王として君臨している。

 その名を……〉



 だが、それは突然現れたギリーによって中断された。


「……大変だ! あいつらが、ここにやって来やがった!」


 この報告にセリスは驚く。


「そんな! 予定よりも早いじゃないか! 貢ぎ物はまだ全然用意し足りないと言うのに……」


 やや焦燥に駆られる彼女とギリー、だが長老はそれを制する。


〈慌てるな、奴らはその為に来たわけでない。……ただの視察だ、それに……これは丁度いいかもしれない〉


 そして長老は、エクスにこう伝えた。


〈エクスと言ったな、もし良ければ今から上に見に行くといい。もしかするとその方が……君にとって分かることがあるかもしれない〉


「とにかく俺たちも急いで上に上がらないと、集落の全員で出迎えることが義務だからな」


「……分かったギリー、今から上に向かう。エクスはどうする?」


 長老もああ言っていた、何があるか分からないがここは──。


「どんな状況か知らないけど、とりあえず……行ってみることにするよ」


 エクスはそのまま地上へと戻る二人の後を、付いて行くことにした。

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