第三十七話 悪夢
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人類女王、その居城の玉座の間にて。
「……」
玉座に腰掛ける女王を前に、恭しくひざまずく黒騎士シャドー。
「さて……エクスとやらは、やはりただのガラクタ共とは違ったと言うことか」
「──はっ! まだ色々と隠しているようでもあったものの、恐らくは──」
深々と頭を下げシャドーは報告を行う。
「よく分かった。……さて、あの物をどうしたものか」
玉座の間にいたのは、女王とシャドーともう一人。
「……くっ」
幾らか離れた場には不愉快な様子のダモスが待機していた。
「シャドー、貴様への用は済んだ。もう下がれ」
「仰せのままに」
そう言うやいなや、シャドーの姿は周囲の闇へと掻き消えた。
シャドーが消えた後、待機していたダモスが前へと進み出る。
「女王陛下! あやつは逃げたのですぞ! あのエクスなる不届き者を目の前にしながら!
……であれば、その場で処刑するなり、女王陛下の御前へと連行するべきではありませぬか」
「……ダモス」
「私めにお任せ頂ければ、あの者を見事捕らえてみせましょうぞ!
前回の借りも奴に思い知らせて……」
だが女王は聞く耳は持たない。
「いい加減にしろ。貴様の意見など不要だ。
貴様はただ私の命令通りただ動けばいい」
「はっ……申し訳ございません」
その言葉はまさに絶対、逆らえるはずもなかった。
「お前も下がれ。ガラクタの分際で、目障りだ」
女王の冷淡な言葉。これ以上は何を言ったところで無駄だ。
ダモスは一礼し、言われるがまま玉座の間を後にする。
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玉座から去り、人気のない通路を一人歩くダモス。
──くっ! シャドーの奴め、調子に乗りおって! ──
相当頭に来ているかのように、フードから見え隠れするケーブル状の触手がうごめく。
──このままでは女王の右腕である私の立場はどうなる。……くっ──
焦りも見せるダモス。彼はこの現状を打開するために考えを巡らす。
……するとある考えが、その脳裏へと思う浮かぶ。
──そうだ、この私がシャドーに代わりエクスを捕らえれば良いではないか。
くくく! 手柄さえ上げればあやつでさえ──
自らの立場は、どんな手を使ってでも守ると。
ダモスはエクスに向けその魔手を伸ばそうとしていた。
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……それはグリーンパーク集落とは異なる別の場所。
徹底的に破壊されあちこちで火が上がるボロボロの廃墟と、そして辺りに何十体も転がる、ひどく破壊された物言わぬ機械人の残骸だ。
恐らくこれらは、何か、もしくは何者かにより蹂躙され破壊されたその跡。
もはや動くものなど一つもない中、ただ一人、歩く人影があった。
「……」
それは若い女性の姿をした機械人のように見えた。右腕は肩からばっさりなくなり、そこから機械のパーツ、それにチューブが露出している。
まるで自分が誰かも分からない、呆けたような茫然自失とした表情で彼女はさ迷っていた。
ただただ、この地獄のようなこの場所を、歩き続ける。
ふらついた足取りで歩き、ついに何かにつまづいて倒れた。
倒れ、どうにか残った左腕で起き上がろうとする彼女。しかし──
その時、水たまりに映っていた姿。
それは彼女自身の姿ではなく……漆黒のローブに身を包んだ何者か。
──それは、まさに人類女王の姿そのものだった。
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「……くっ!」
自室のベッドから起き上がったセリス。
嫌な表情で頭を押さえ、まだ苦しそうにも思えた。
──またあの夢か。本当に、忌々しいな──
このような悪夢を見るのは決して初めてではない。今までにも何度か、セリスは悪夢に苛まれていた。
──この頃は悪夢など見なかったが、今になって……嫌な予感がする──
彼女の予感、それはよく当たるものであった。
とくにこう悪夢を見た時など、近いうちに周囲に不幸が起こる事がよくあった。
集落への大型機械生物の襲撃に、狩猟中の、仲間の犠牲……。
そんな災厄が、近いうちに襲うかもしれない。
しかしセリスは──
──いや、そんな事などそうそうあるものか、気にすることでもないさ──
彼女はそんな不安など振り払う。
──それよりも禁猟日も昨日で終わりだ。今日から、また狩りが始まる。こうしてはいられないな──
セリスはベッドから起き、近くに置いた義手を右肩の接続部に繋げる。
そして手を握り、開き、腕を曲げ伸ばして状態確認も行う。
──動きは問題ない。では、準備を始めるか。
そして彼女は今日の狩りに備え、準備と装備を整えることにする。




