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第三十六話 物語を想える、心



 ────

 

 時間は十二分にたっぷりあった。

 エクス、ミースそれにリズは人類に関する本を、それぞれ思い思いに探した。

 その周囲にはいくつもの本が積み重ねられ、あれから色々読み漁っていたと分かる。

 館長であるリズもまた、同じだった。


「今更だけど、本についてはそこに積んだままで大丈夫よ。後で私が片づけておきますから」


 彼女は二人にそう話しながら、手に取った本をペラペラめくる。


「それにしても……エクスくん」


「うん?」


「本当に不思議ね。普通本なんて多くの人は読めないのよ。だって、あまり文字に触れる機会だって、そもそもないから。

 なのに君は全然そんな様子だってなくて、平気で読んでいるから」


 こんな疑問を持っていたリズに、エクスはちょっと照れる。


「そう……かな? まぁ本を読むこと自体、ちょっと経験があったから」


 ミースもまた、興味深々な様子である本に見惚れていた。


「この本もなかなか面白いな。人類の科学技術に関するものだけど、スペースシャトルや、宇宙ステーション……すごいもの」


 彼女のつぶやきに、反応するエクス。


「へぇ。人類がかつて使っていた暦で言うなら西暦二十、二十一世紀辺りかな。

 機械文明も更に進歩のスピードを始めた頃、人類は宇宙へと進出して行ったんだ。ま、結局のところ、それも一時的なことだったけどね」


「……でも、なんだか素敵じゃない? 私、ちょっと……憧れるな」


 目を輝かせているミースに、微笑むエクス。


「ふふっ。ミースの気持ち、僕も少し分かるかも。

 ちなみに……こっちも技術関係の本を、読んでいる所さ。確かに、人類の進歩はある時期から目覚ましく進んだ感じだからね。

 数千年の間は目立った技術のない、本当に原始的な文明だったのが、近代と呼ばれた時代に起こった『産業革命』からたった数百年で文明は進歩を遂げて、最終的には機械、コンピューター技術の高度な発達によって惑星全土に高度な文明を築き上げたってわけだね」


 そう言いながらエクスは本をペラペラとめくり目を通すが、やがて諦めたかのように本を置いた。


「これもちょっと違うな。人類文明の全盛期の所までは書かれてはいるけど、それ以降の歴史や技術関係の内容はどこにもないな。

 まぁ……ちょっと無理があったのかもあしれないけど」


 一通り考えられるものには全て目を通したが、エクスが求めるものはなさそうであった。

 ただ内容を考えればそれは無理もなかった。


「人類とその文明に関しては、簡単にだけど、私も知っているわ。

 エクスくんの言うそれ以降って……人類の文明が停滞し、ゆっくり衰退して消失するまでの間の事かしら。文献が極端に少なくて、私もその時代の事はあまり知ってはいないのよね。ただ人々が高度なテクノロジーによって、安穏とした生活を送っていたくらいしか、ね」


 リズもその辺りの事を幾らか知っていた。だが、やはり殆ど知らないのは彼女も同じだった。


「あの辺りの時期については、本当に何も残ってなんていないのよね。

 ……残念だけど、ちょっと厳しいかもね」


「そう、か。確かにこれ以上探すのも大変かも」


 怪しい所はすべて探してみた。それでも手掛かり一つ見つかりはしない。

 これにはさすがのエクスも、お手上げと言ったところだろうか。


「ごめんなさいね、助けになれなくて。

 でも、私の方でも後で色々調べておくから、もし分かった事があったらエクスくんに伝えるわね」


「私も図書館にはよく遊びに行くから、お手伝いするね。せっかくだからエクスさんの助けに、私だってなりたいから」


 リズ、そしてミースの気遣いに、エクスは顔をほころばせる。


「……ありがとう二人とも。本当にここの人たちは、優しいんだね」


「ふふふっ、みんないい人ばかりだから、私はこの集落が大好きなの。

 ……あっ、そうそう」


 


 するとリズは、なにやら思いついたような様子でこんな事を話す。


「あっ……! 良かったらエクスくん、今から時間はあるかしら」


 何だろう……と思うエクス。

 

「うん? 時間は全然大丈夫だけど、どうしたのかな?」


「ちょっと──ね。本に色々興味があるみたいなエクスくんに少し見てほしいものが、ね」





 ────


 再び三人は図書館内を移動し、今度は図書館端のとある部屋へと訪れた。

 

「……へぇ、これは……」


 扉の先にあったもの。それを見たエクスは、興味深そうに息をつく。



 本来は休憩室であっただろう中規模な部屋。

 この部屋には、人類が滅びたのち新しく作られた棚が並んでいた。

 金属製の似た形のパーツを繋ぎ、加工して作られた棚。

 棚には、先ほどほどにはないにしろ幾らかの本が並んでいた。それは……。


 

 エクスは棚にあった本の一冊を手に取りページをめくる。


「うんうん……この本には機械生物の種類や生態なんかが記されているんだね。

 ……デッサンまで描かれていてさ、なかなか上手いじゃないか」


「褒めてもらえて光栄ね。この図鑑は、私が記したものですから」

 

 そうリズはくすっと微笑み、こんな説明を……。




「私や、そしてリズちゃんやここに来る人たちが作った、『私たち』の図書館。

 かつての人類みたいに私たちも倣って……ね」


 一方ミースは本棚に駆け寄り、何やら探す。


「ちょっと待っててね。私の本は……えっと、あっ! あった!」


 本棚から一冊の本を手に取り、彼女はそれをエクスのもとへと持ってきた。

 ミースから渡された本、それをエクスは受け取る。


「……これはミースの書いた本、かな?」


 彼女は頷く。 


「はい! 私が書いたのは『モノガタリ』って言う、架空のお話なの」


「へぇ……! それは面白そうだね。読んでみていいかな」


「もちろんです。……内容は、優しくて勇敢で、とても強い女の子が主人公の冒険小説なの。

 あちこちを旅して行く先々で困った人を助けたり、悪い人や機械生物と戦う、そんなお話なの。

 ……エクスさんが気に入ってくれたら、嬉しいです」




 機械人であるミース。

 かつて人類が行ったように、彼女もまたこうして物語を記していた。

 ページ数は決して多くはなく、エクスは一枚一枚、ページをめくって読み進める。


「ふむふむ……ほうほう! ──これはまた」


 やがて本を読み終えたエクスは本をそっと閉じ、ミースに返した。


「えっと……どうだったかな?」


 緊張でドキドキした様子で尋ねるミース。

 そんな彼女に、エクスはにこっと笑うと。


「うん! とっても面白くて、素敵だったよ!

 主人公の心情や人々との交流がよく書けていたし、風景や戦いの描写もまた良かったとも」


「……! そう言ってくれて嬉しい! ありがとう、エクスさん!」


 自分の書いた物語を褒められて、とても嬉しそうに笑うミース。


「こんな風に物語が書けるなんてさ……すごいよ

 まさかこう本を書いたり物語まで、考えられるなんて」




 そんなエクスに対しリズはこんな事を。


「確かに私たちは人類とは違うかもね。

 こうして本を読んだり、そして自分たちで記そうとするのもごく少数ですもの。

 だけど──」


 リズは面白そうな表情を見せて、そして続ける。


「そこが人類の人類たる所だと考えているの!

 本という形で記録を残し、その知識をより広く後の世まで伝えようとする工夫……凄いと思わない!」


「あはは。リズさんの話、また始まったな」


 多分何度か聞いたことがあるのだろう、ミースは少しだけ苦笑いを浮かべる。


「まぁまぁ、エクスくんにはどうか聞いて欲しいの。

 ……そして、さっきのミースちゃんみたいに自分で架空の物語を空想して、形にしていくのもね。

 私だって書くしそれに人類の物語も好きなの。特に好きな物語は、アンデルセンの『人魚姫』と言うお話ね」




 ついつい高揚したのかリズは部屋を歩きだす。そして思い出したように、こんな事も。


「そう言えばラグーンサイド集落に行ったこと、あったのかしら?

 実は私ここに来るずっと昔には、あちこちを渡り歩いていてね。その時から人類の廃墟から本を集めたり……変わり者扱いされもしたけれど。

 その時期にラグーンサイドにも寄って、興味のある人には物語を聞かせたかしら。

 特に一人の人がすごく気に入ってくれてね。私、お礼として人魚姫の置物を使わない機械パーツで組み立ててプレゼントしたかしら」

 

「……! もしかして僕とクラインで行った店で話していた人って──」


 そう、二人がラグーンサイド集落へと行った際、人魚の置かれていた露店にも立ち寄った。

 そこで店主が話していた機械人こそ、目の前のリズであった。


「そう言うことね。……あの人、私からの贈り物、大切にしているかしら」


 彼女はそう、懐かしいように思い出す。


「こうして私が一人放浪した時に見つけた、人魚姫の本。彼女の想いと、そして報われない愛の物語……あんなに心打たれたのは初めてかしら。

 本当はただの紙に書かれた文字の羅列でしかないのに、物語だって架空の存在すらしない内容なのにね。

 どうして人類はこうした物を書いたのか、不思議に思うの」


「それは……」


「ねぇ、もしエクスくんが人間だったら、その答えを知っているかしら。

 どうしてこうも架空の話に心が動かされるのか……私はずっと、気になっていてね。

 良かったら、教えてくれないかしら?」


 思いもよらないリズからの問。

 これにエクスは考える。……ものの。


「ごめんなさい。それは僕にも、難しい話さ」


 いくらエクスでも難しい問題だった。

 

「そう、ね。確かに難しい……のかもね。私も長いこと考えたけど結局は分からず仕舞い。

 だけど……」


 リズは穏やかな表情で、続けた。


「不思議だけど、物語に心を動かされたのも、また事実。

 だからこうして物語を読んだり、そして自分で書いたりもしているの。このグリーンパークに落ち着いたのもみんな人が良いと言うのももちろんだけど、この図書館があったからなのよ。

 ……例えどうしてなのか分からなくても私たちにも人類と同じ、『心』と言うものがあるはずだから。それにいつか──さっきの答えだって、分かる気もするもの」


 確かに機械人には人類と同じように、感情や物を考える事、そして空想まで出来る程だ。

 それは紛れもなく人で言う『心』もしくは『魂』……とでも言えるものだろう。




 エクスは──彼女の言葉に興味深いような、妙な表情になる。


「心、か。それは……たしかにそうかも。本当に君たちは……すごい存在だと、僕は思う」

 

 これはエクスの心からの想いだった。

 リズも、そしてミースもこの言葉にはちょっと不思議に思った。

 しかし、二人はそれでも嬉しそうに──。

 

「よく分からないけど、エクスさんにそう言われると、やっぱり嬉しいね」


「ふふふ! やっぱり貴方は面白い人ね! 褒めてくれてありがとう、かしら」


 エクスに、そして二人……。この図書館という場において、彼女らは色々と打ち解けることが出来た。

 

「じゃあ……ここでの用事も済んだし、また案内の続きでもしましょうか。まだエクスくんに見せたいものもあるし。

 その後はまたここに戻って、そうだ! エクスくんも本を書いてみない?」


「……えっ!」

 

 思いもよらない提案にエクスはおどろいた。ミースもこれに同意を示す。


「たしかに! エクスさんがどんな本を書くか、楽しみです」


「これは……困ったな」


 エクスはこんな状況に、戸惑い困惑する。


「まぁまぁ、もし良ければで構わないから

 とにかくまずは、案内の続きでも……」 


「そうだね! では──行こうか!」




 ──結局、何も分からず仕舞いだったけど、ま、いいか。

 ……こう言うことは分かるときには分かるものさ。……嫌が応でもね──


 エクスはとりあえず知りたかった情報に関しては、今は諦めることにした。

 だが……それはあくまで、今は。


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