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第三十五話 図書館と、司書と


 

 ちょうどミースを探しに行こうとした、そんな時。

 

 ふと背後から聞こえた声。振り向くと、そこにいたのはまさしくミース本人だった。


「あっ! ミースもここに来たのかよ!」


「ちょっとお兄ちゃんの様子が気になってね。

 ……ふーん。私が教えた『釣り』、楽しんでるみたいね」


 妹に言われ。クラインはニッと笑ってみせた。


「結構楽しませてもらってるぜ! この遊び、良いじゃないか」


「それは良かったね。

 ちなみにさっきの話も少し聞いていたんだけど、エクスさんは図書館に興味があるのかしら」


 ミースはエクスに尋ねる。


「まあね、ちょっと色々と知りたくてさ」


「へぇー」


 すると彼女は興味を持ったようにエクスをのぞき込む。そしてふいに、笑顔を見せると…


「そういう事なら、歓迎するわ!

じゃあ──ちょっと私について来て欲しいな、エクスさん!」





 ────


 集落内に位置する、他の高層建築物による日陰でかくれ草木で目立たない場所に、ある廃墟が一つあった。

 周りの壁面も草木で覆われ、ミースはその一画の雑草をよける。


「ここが図書館の入り口です、エクスさん」


 雑草に隠れていたのは少し古めかしい扉であった。


「なんだか秘密の隠れ家みたいだね」


「ここに来る人は本当に少ないから。でもエクスさんは、きっと気に入るかも。

 さぁ……行きましょ」




 扉をくぐり、先に広がっていたのは辺り一面の薄暗い闇。

 周囲には何やら巨大な棚がいくつも並んでいるようだが、暗くてよく分かりにくい。


「えっと、先ずは電気をつけないと。……ちょっと待っててね」

 

「もしかして、ここにいるのって、僕たちだけなのかな」


 薄闇の中でエクスは聞く。対してミースは……。


「ううん。この図書館には『館長』さんがいますから。何かで出かけてなければ、いつもここにいる感じです」


「館長?」


「図書館の管理人さんだよ。

 私よりもずっと物知りで、集落の有力者でもあるんだ。でも、今日はもしかしていないのかな……」




 そんな時、辺りは急に明るくなる。


「あらあらミースちゃん。今日も来てくれて、嬉しいわ」


 誰かが電気を点けたらしい、その声の主は親しげにそう声をかける。


 辺りの棚は全て本棚。そしてその向こう側、カウンターと思われる場所に一人の、美しい女性の機械人がそこにいた。

 まるで貴婦人を思わせるその姿、全体に着こみ広がる機械のパーツはまるでドレスのようであり、気品も感じられる。

 彼女はエクスにも気づくと、ふふっと優雅なほほ笑みを投げかける。


「それにエクスくんも、ここで会えるとはおどろきかしら。

 ……ようこそグリーンパーク集落の図書館へ。私はリズ、この図書館の館長よ」




 

 ────


 エクスはミースとともに、館長であるリズに図書館を案内されていた。


「私もついて来ていいかしら? エクスがどんな興味を示すのか、気になるから」


 ともに図書館の中を歩きながら、ミースはそうエクスに話しかける。


「うん。大丈夫さ。それにしても……」


 エクスは改めて周囲を見渡す。

 左右には巨大な棚が並び、そこには無数にも思える『本』が並んでいる。文字などが記された紙をいくつも綴った、原始的とも言える紙の本。まさにそれが、である。


「この辺りに置かれているのは、そうね、かつての人類の基準で言うなら『原始的』な記録媒体かもしれないわね」


 本の並んだ棚の、その間を歩きながらリズは解説する。

 

「ちなみに機械的なデジタル媒体による記録の保存も、ちゃんと別の場所に存在するのよ。そこも後で見せてあげるわ。

 ……話は戻るけど、この辺りの本、原始的とは言っても使われている本の紙や塗料、どれも長い年月に耐えられるように保存性が優れた物なの。

 千年以上は経っているみたいだけど、それでも色褪せ一つないですもの」


 エクスも、ミースも、これには少し考えてしまう。


「私はよくここの本を読むけど、改めて聞くとすごいね。

 もうずっと昔の事なのに、それを今こうして手に取って読むことが出来るから。何だか、不思議」


「自分たちがいなくなっても人類は何かしら残したかったんだね。この図書館も、そんな場所だったのかも」


「多分、デジタルな物だけだと、データの破損や故障のリスクがあると考えたのかも。

 それに……こうも思うの。多分人類の方たちは、やはりこう紙としての本が落ち着いたのかもしれないわね」


 今はもう存在しないだろう地球人類。三人はそれぞれの形で、思いを馳せる。





「……あっ、と。そうだったエクスくん。案内もそうだけど一番肝心の、どうしてこの場所に来てみたいと思ったのかを、聞いてなかったわね。

 他のみんなはあんまりこの場所を知らないし、興味もないみたいだから。気になっちゃって」


 思い出したかのように、リズはエクスにこう尋ねる。

 エクスは何て話そうか少し考えた末、答えた。


「──それは図書館って言うからには、色々な知識に関するものがあるって聞いたからね。

 だから来たんだ。僕はかつて地上にいた人類について改めて知りたいから」


 これにリズは満足そうに頷く。


「ふふっ、見聞を深めるのはいいものですからね。

 だったら一回案内を中断して、ちょっと一緒に見てみようかしら。確か人類に関する本が置いてある場所も、ここから近かったはずだから」


「それは賛成だね。なら先に見ておこうかな」


 エクスもまた、彼女の提案に異存なかった。




 ────



 そこからまた少し歩いた先に、目当ての本棚があった。


「ここかしら。人類の歴史や、文化、そして文明技術等など、たくさんあるわ」


「私もここの棚はまだ見てないんだ。いつかここの本を全部読み切るのが目標なんだけど、とても多いから」


「それは、ね。ミースちゃんもそうだけど、実は私もいまだに全部の本を見ているわけでは、ないのよね。

 どれどれ……」


 リズはそう言うと、近くの本棚から本を一冊取り出した。


「分かるかしら、こうして横と前面に本の題名が乗っているの。

 これならそう……『世界の人々の生活文化』ね。うーん、見ると書かれたのは人類がいなくなるよりも更に数百年も前みたいね。人類滅亡の辺りにはもう、生活文化もどこも統一されていたみたいですから。

 ……と、こんな風に横の題名を見てエクスくんが知りたいもの、興味があるものを探せばいいの。方法は分かったかしら?」


 エクスはこくりと頷く。


「もちろん! じゃあさっそく見てみるよ」


「なら私も、手伝おうかな。何だか面白そうだから!」


「ありがとう、ミース。なら一緒に見てみようよ」


 エクス、ミースはともに本棚から本を探す。


「……えっと、僕が探しているのは、人類の歴史と技術関係。とくに人類が滅びた辺りの時代の内容をおねがい!」


「分かったわ。私も探してみるからね」


 そんな二人の微笑ましい姿に、思わず笑みがこぼれるエクス。


「他所から来たらしいあのエクスって子、やっぱり良い子ね。

 ……ふふっ、高いところは足場がないと厳しいから用意して来るわ。その後は私も探すのを手伝うわね」


 本を読んで探して回る三人。それは何だかほほえましい、そんな光景だった。


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