第二十話 海
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それからさらにしばらくの時間が経った。
集落へと進むキャラバン車両、その道中で何度か機械生物に襲われもした。
そして今も……
──さてと、新しくなった武器、やっぱり使い勝手がいいじゃないか──
エクスはマティスによって改良が加えられた槍を振るい、次々と機械生物を撃破して行く。
敵となるのは四足歩行のハイエナを思わせる複数の小型機械生物だ。襲い掛かる機械生物の喉元に、槍を突き立てるエクス。──切れ味は以前より格段に向上していた。さすが、マティスと言うべきか。
一方、クラインはと言えば敵の親玉である、他と一回り大型の体躯を持つ機械生物を相手にしていた。
大剣を構えるクラインに、対峙する機械生物の親玉。相手には高い知能もあるらしく、互いに相手の出方をうかがい、拮抗する。
──くっ! 獣のくせに……小賢しい。これじゃ埒が明かない、ならここは──
先に行動したのは彼だった。
クラインは大剣を振りかぶり、高速で距離を詰め切りかかる。が、寸前で横に跳躍し、それを避ける機械生物。あの体躯の割には動きはかなり素早いようだ。
避けただけではない、それと当時に右前足を突き出し攻撃を仕掛ける。
「ちっ!」
大剣の剣先を盾替わりにしそれを防ぐ。……しかし一撃の威力も高く、後ろへと押し飛ばされた!
クラインは両足を踏ん張り態勢を崩されまいとするが、今度は背後から二匹の小型機械生物が突進して来る。
これにはさすがに不味い状況であった。そんな時──
別方向から銃弾が飛来し小型機械生物を撃ち払う。
「なーにやっているんだい? クライン、雑魚はこっちで相手しているから、大物はさっさと倒しちゃってよ」
声の主はエクス手には機関銃を握り、先ほどの援護はその銃撃によるものだろう。
「ふっ! そっちこそ、ちゃちゃっと片付けられないのかよ! こうして僕への接近を許すなんて甘すぎるさ!」
「それを言われると……弱ったな。
おっと! 今はそれよりも──ちゃんと戦わないとね。文句を言うのは、その後で!」
クラインは頷き、再度目の前の彼自身の相手へと集中する。
──さてと、これ以上エクスの前でかっこ悪い所は見せられないな。じゃあそろそろけりをつけさせてもらう!──
大剣を構え、再度機械生物に突進するクライン。だが今度もまた跳躍して避けようとする機械生物。──しかし!
──だから同じ手は……食わないってば!──
先ほどとは異なり、今度は相手の出方の想定は出来ていた。機械生物が跳躍する時の足の動作。とっさに次は後方へと跳躍すると想定、クラインは止まることなくさらに勢いをつけて突進する。
これに動揺した様子の機械生物、応戦しようと前足を動かすが……一足遅かった。
次の瞬間、その胸部を深々とクラインの大剣が貫いた。
機械生物は体液を吐き、僅かに四肢を痙攣して動かなくなった。
「ふぅ……、僕にかかればあっと言う間さ! エクス、そっちは?」
彼はエクスがいた方へと顔を向ける。
するとそこには死屍累々と残骸を晒す機械生物と、中央には余裕な表情のエクスが立っていた。
「あっ、もう終わったんだ。こっちも丁度片付けて、君の加勢に向かおうと思ったけど……その必要もないね」
こうして機械生物の襲撃も防ぐことが出来た。目的地までの道のりは、残り半分を過ぎていた。残る道のりを再び車両は進み出す。
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キャラバン隊の護衛の後、二番車両でエクス、そしてクラインはベッドで座りながら談笑を楽しんでいた。
「……へぇー、これがエクスの武器かよ」
クラインはエクスが持って来た武器である機関銃、そして槍を興味津々に眺める。
「まあね。元々は女王の機械兵士の物だったんだけど、マティスさんが色々手を加えてくれたんだ」
「武器職人のマティスなら腕は確実だな! 何しろあの人は武器の組み立てや修理、改修にかけては集落一なんだから。僕の大剣も何度か彼女に頼んだっけな」
元々は特徴と言った特徴もない黒鉄色の武器ではあった銃と槍。機関銃の方は全体的な幅、太さが増し、弾倉の大型化とそして銃身が幾らか伸びていた。その分重くはなったものの、元々が比較的軽量な武器であった分相当重くて不便と言うわけではない。
また槍の方は刃先の部分が丸ごと別の金属へと置き換えられ、以前よりも鋭く、また強固な物へとなる。彼女曰く秘蔵の特殊合金を使ったらしく、並大抵の機械生物の装甲なら思いっきり力を込めれば貫く事も可能、との事だ。
「その槍も……へぇ、バッテリーが付いてるじゃないか。って事は──」
それに外付けの小型バッテリーも備えており、スイッチを入れるとそこに蓄えられた電力で刃先を高熱化しより鋭さが増すような仕掛けも施されていた。
「マティスさんのこの改造、僕の大剣にも施されてんだよね。ま、こっちの方が大きいから、バッテリーの容量はこっちが上だけどさ」
そんな事を言って、さりげなく自慢を挟むのは実にクラインらしい。
二人が会話をしている最中、外の見張りをしていた機械人がこんな事を話しているのを聞いた。
「やぁ、さっき見張りを終わったんだが、なかなか風景がいいじゃないか。ああした景色は俺らの集落ではまったく見ないからな」
「なるほどな、今度は俺が見張り番だからちょっと楽しみさ」
これを聞いていたエクスとクラインは、興味深々な様子だ。
「そう言えば僕も集落から遠く離れた事は、無かったんだよね。
ちょっと気になるから見に行こうかと思うけど、良かったらエクスもついて来るか?」
「……そうだね。まだ目的地までちょっとかかりそうだし、行ってもようかな」
「ははっ! そう来なくちゃ! んじゃ、行こうぜエクス!」
そして少年的な快活な笑みを、クラインは見せたのだ。
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二番車両のテントから外に出ると、途端に塩の香りが混じった風が顔へと当たる。
「いつの間にか、こんな場所に来ていたんだね」
外に広がっていたのは一帯に青く広がる大海原だ。白くたなびく雲に、日光を反射してきらきらと光る海面、どれを取っても綺麗な景色である。
「確かにこれは初めて見る光景さ。……僕たちの暮らす集落では、こんな物なかったから」
クラインにしては珍しく、感慨深い様子でそんな事を呟いていた。
「なぁエクス、あんなにでっかい水たまり、何だか知っているか?」
彼は初めて見たであろう、海を指さしてエクスに聞いた。
こんな事を聞かれると、少し考えるような表情を浮かべながら、こう答えた。
「あれは『海』って呼ばれていたんだ。塩分やナトリウム、そして多様な養分を含んだ生物にとっての生命の源さ」
「ウミ……生命の源、ねぇ? 僕たちにとって水分なんて金属を錆びさせたりとかで、あんまり良いイメージはわかないんだけど」
だが、対するクラインはいまいち納得出来ないでいた。
「ふふっ、さっき汚れを落としたのだって水じゃないか。それに僕が言っているのは機械生物や君たちじゃなくて、ああした、有機体の生物のことさ]
エクスが指さす先には、数匹のカモメが空を飛んでいた。
「──遠い昔、これらの生物の祖先はあの海の中で誕生したんだ。最初はずっと小さくて、それでいて弱い生物だったけど、長い年月をかけて進化して様々な種類に分かれて形も変わっていった。
やがてその種族の一部が陸上に上がって、更に進化を繰り返して更に種族も増えて行った。……途中困難もあったけどそれでも生命の繋がりは続いて行ったんだ」
「ふぁーあ、何か難しいね。けどそれが僕たちと何の関係があるのさ」
「いやいや、決して無関係ではないよ。まぁもう少し聞いてみて。
……やがて進化した生物の内、知能に特化した一つの種族が誕生した。
それこそが『人間』。彼らはその知能で文明を築き上げて、やがて科学技術も高度に発展させたんだ。機械生物やそして君たちは、人間の科学文明の産物である──ロボットやアンドロイドが元となっているんだよ。
つまりこうして今クラインがいるのも、遠い、遠い昔からそんな繋がりが受け継がれた、その結果なんだ」
長い説明をようやく終えたエクス。
「人類がいたからこそ、僕たちは存在しているのか。そりゃそうだよな。元々彼らが作ってくれなかったら、こうして今いないわけだし」
クラインは不思議な面持ちで、再び海を眺めた。
「そう言うことならこの海もまた、僕たちのルーツ……って言うことか。本当に凄いな」
対するエクスも、昔を思い出すかのように、海を見つめてこんな事をつぶやく。
「かつては……僕もよく海を眺めていたものだよ。地球や生命の歴史に比べれば、微々たるものだけど、それでも昔──。
あれから長い時間が経っているのに、海は相変わらず青いものだ」
「……へぇ。僕が言うのもあれだけど、いつもは軽い雰囲気なのに、何だか──長老にそっくりだ」
初めて見るエクスの老練とも思わせる様子。横目に見ていたクラインはそう言った。
が、これに気づいたエクスは途端にハッとし、いつもの軽い表情に戻った。
「あははー。何ていうか久しぶりだったからさ。僕も柄になく、格好をつけてみたんだ。
なかなかそれっぽかったかな?」
「ふーん、変なの」
不思議に思ったクラインだが本人がそう言うなら、別にそれでも構わないと結論付けた。




