第十一話 セリスの狩り
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あれから数日後……
機械生物の闊歩する、大都市の中をセリスは駆ける。彼女が追うのは今回の獲物。最も──今はセリスが『追われて』いるのだが。
その片手には中型のライフル、上空を飛行する獲物を狙い発砲し注意を引く。
──いい子だ。そのまま私を追うといい──
セリスは無線を手にし、連絡を入れる。
「こっちは上手く誘導している。そっちはどうだ? 姿は見えて来たか?」
〈勿論だ! こっちからもバッチリ、見えているぜ〉
廃墟となったタワーの頂上で、ギリーは大型狙撃銃を両手で構える。
新しくギリーに与えられたのは、機械のパーツが幾つも組み合わさり作られたパッチワークのような銃だ。だが不格好な見た目に反し性能は悪くない。
レンズは存在せず、伸びるケーブルが直接頭部に繋がれ狙撃に要する情報が送られるとともに視覚も強化される。余程でなければ外すことはない。
ギリーは大口径の銃口を獲物に向ける。
〈分かっていると思うが、目標地に達するまでは撃つなよ。邪魔が入らない広場に誘き出してそこで撃ち落とす。無理に仕留めきる必要はない、後は私達に任せてくれ〉
「了解!」
囮として獲物を引き付けるセリス。
誘導した先は広い空き地だ。足元には草むらで殆ど見えないが金属製の固いケーブルが置かれ、それは網目状に組まれているように思える。そしてすぐ近くには廃墟と地面のケーブルを繋ぐ、ピンと張ったケーブルが伸びていた。
──あいつ、言われた通りの仕事はしてくれたか。だが……姿はないがどこに行った? まぁ面倒だからいない方がいいかもな、後は私一人でも十分だろうしな──
そして上空には獲物の影が見えた。それは空き地中央に立つセリスに狙いをつけた。
上空できらりと輝いたのは、獲物が持つ鋭い爪だ。獲物は爪をかっと開き攻撃態勢へと入る。
彼女はとっさに、無線を手にして合図した。
「ギリー! 今だ!」
〈おう!〉
同時にズドンと、発砲音が無線越しに聞こえた。
次の瞬間、セリスの上空で、爆発が起こる。
落下する獲物──セリスはすぐさまナイフを取り出し、張り詰めたケーブルを切断して、その場から離れる。
それは、仕掛けられた罠のスイッチだった。地面に隠された捕獲用の網が上に上がり、獲物を覆う。
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〈……それで、どうだった?〉
「ああ問題ない。上手く行ったさ」
セリスの目の前の、金属の網にかかった獲物を眺める。
中の獲物は身動き一つせずぴくりとも動かない。
「待っていろ。今すぐ止めを……」
そう言って彼女はライフルを構えて網へと近づく。が──。
突如、鋭い殺気を感じた。セリスは後ろに飛びのく、刹那、鋭い切っ先が空間を裂く。
「……ちっ! 予想よりも強力な個体だったか!」
網を裂き中から現れたのは、中型な機械生物の姿である。
頑丈な四脚の足を地につけ、背には一対の大きな機械の翼。翼の大部分は巨大なプロペラで、片方はギリーの射撃により破損している。
尻尾はなく腰部と同化するようにロケットブースターに近い推進機関を持ち、頭部は猛禽類のように鋭い形状だ。
それかかつての神話上の生物に似通い、機械人達もそれを知ってか知らずか、その名称を冠したマキナグリュプスと呼んでいた。
本来この地域に現れることはめったにないが、その身体には純度の高く珍しい希少金属が多く使われていた。
これを仕留めれば……新しい身体に武器、設備の開発や補修が、色々出来るはずだ。しかし──
今目の前に対峙する相手はギガノユンボを相手する程にないにしろ、手強い機械生物だ。
マキナグリュプスは腰部のブースターを起動させ、セリス目かけて突進する。
が、いくら速くとも直線的加速だ。彼女は飛び退けざまに避けながら、ライフルを左後足へ集中的に撃ち込む。
突撃を避けた事に気づいたマキナグリュプスはセリスに向き合うも、先ほど撃たれた左後ろ足の動きはぎこちがない。
それでも勢いはまだ余力がある。
今度は残った一方の翼を広げ、セリスに振り回す。鋭い翼先、避ける余裕もなく彼女は分厚い装甲を持つ右腕で僅か斜めに防ぎ、勢いをいなす。
続けて彼女は翼と地面の間を滑るように懐に入ると、胸部に位置する制御装置にライフルを構える。
最も、それを許す程相手も甘くはなかった。
懐に入る程に接近したと言う事は、つまり反撃のリーチ内である事を意味する。
またセリスもこの距離ならすぐに仕留められると言う慢心も僅かにあった。ライフルを向けたセリスの前に現れる影、それはマキナグリュプスの右前脚。
一瞬の隙をつかれたセリスはその大爪で鷲掴みにされ、マキナグリュプスは近くの壁へと彼女ごと叩きつけた。
……が、そこにはセリスの姿はなかった。
それに右前足までも関節部のケーブルが鋭い何かで切断され、爪もだらりと開いたままで動かすことさえ出来なくなっている。
センサーを動かし探ると、そのすぐ近くにセリスが立っていた。
地面に捨て置かれたひしゃげたライフル。代わりに手に持つのは、長い刃先を持つナイフであった。
刃先は高熱で熱せられているために赤く発光し、その分のバッテリーを内蔵しているのか、柄までも通常より太い。
──少し油断したな、勿体ない。だがこれでも私には十分──
セリスは手にしたナイフを横に構える。
対するマキナグリュプスも鋭い威嚇音を立て、攻撃態勢に入った。が、先に動いたのはセリス。マキナグリュプスは無傷である左前足で応戦するもセリスはナイフを一閃、先ほどと同じく関節部に位置する動力ケーブルを切断、無力化された。
もはや四肢を動かすこともままならない獲物、ついには翼を広げ空に逃げようとする。
ブースターを動かし、片方が損傷しているのさえ顧みず飛び立とうとしたが、最早それが……最後の抵抗だった。
逃げようとするあまりに隙だらけのマキナグリュプス、その胸部へとナイフを突き立てる!
断末魔のように制御装置は火花と音を立てながら沈黙する。
ブースターも稼働停止し両翼も力なく下がり、ついにマキナグリュプスは倒れた。




