第十話 決闘
こうした決闘事は集落内でも珍しくない事であり、住民の娯楽の一つだった。
互いに条件を駆け合い、勝負を行う。する方も見る方も盛り上がるのが常であった。
円形に開けられたスペースで、向かい合うクラインとエクス、そして二人を囲む大勢の群衆。
クラインは余裕そうに笑みを浮かべながら、自らの背丈とさほど変わらない大剣を片手で持ち上げ、肩に乗せる。
片刃の刀身が日の光を反射させて、鈍い輝きを見せる。
「ああ、そう言えば僕の条件を言ってなかったね。もし僕が勝ったらセリスの狩猟隊長の座を、僕に譲ってもらおうかな?」
「おいっ! 私でなくエクスに、何を勝手に言って……」
勝手な提案に観客側にいたセリスがクラインに詰み寄り、抗議しようとする。
──が、エクスはそれを制した。
「それぐらいなら全然問題ないよ。……ちゃんと勝てたらね」
それを聞いて、クラインはしてやったりと笑う。
「くっ!」
最初から、彼はエクスの性格を見抜きこうなることを狙っていた。
例え当人の了承がなくとも大勢の前でそう言われれば、もう引き下がれない。意外に策士なクラインであった。
セリスはエクスを激しく睨む。
「……おい、勝手に何を言っている!? もし負けたら私の問題になるんだぞ。いや、私だけではない、今クラインに隊長の座を譲ったら一体どうなるか……」
今、集落の現状はエクスのせいで、事態が難しい状況に陥っていた。
そんな中でクラインが狩猟隊の隊長となった日には、それが更に悪化する可能性が大いにある。
「大丈夫、大丈夫、要するに──負けなければいいんでしょ?」
いかにも問題がないと言うように、エクスは軽く言ってみせる。しぶしぶセリスは群衆の中へと戻るしかなかった。
群衆には丁度、ギースの姿もあった。彼はセリスに声をかける。
「はははっ! 大変だなセリスも!」
「そんな事……言っている場合か? 大体エクスのやつも……勝手すぎる。やはり追い出すべきだったか」
「セリスまでそう言うなよ。エクスなら大丈夫だ、きっと問題ないだろうさ」
「……根拠は?」
「ねぇよ、そんなもん。俺の勘だ」
セリスは呆れて物も言えなかった。
クラインは剣を構えながら、目の前のエクスを小馬鹿にする。
「そう言えば、武器すら持っていないじゃないか? 今からでも遅くないからさっさと周りから借りて来いよ。それまでは待っていてあげるさ」
しかしエクスは意に介さない。それどころか……
「まさか! 僕はそんな物なんて要らないし、これくらいなら問題ないよ。それに──」
そう言うと、エクスは両手をズボンのポケットへと入れた。
「……なっ!」
驚くクラインを、上目遣いに見つめてニヤッと笑う。
「君くらいならこれぐらいのハンデがあった方が、丁度いいかな? 僕は両足だけで相手してあげる。
……くくっ、一度やってみたかったんだよね」
これには周囲もざわめきを隠せない。
そして──クラインは顔を下に向け拳を震わせる。
「お前……そこまで僕を怒らせたいのか!?」
彼は顔を上げ、キッとエクスを睨む。と、思うや否や、一気に間合いを詰めて突撃する。
戦いの火蓋が切られた。──まるで槍のように、強い突きを繰り出すがエクスはそれを横に避ける。
だが、即座にクラインは剣を横に払いエクスを弾き飛ばす。それらの連続した動きには隙がなく、彼の自信もまんざら間違いではないらしい。
弾き飛ばされるも、両足で地面に着地し態勢を戻す。
クラインは勝ち誇った顔を見せる。
「良かったね! これが刃先だったら、今頃お前の身体は真っ二つだったぜ。
あんな調子良い事を言ってこれとはね。どうだい? これに懲りたらさっさと降参しろよ」
しかしエクスの様子はまだ、余裕を崩さない。
「冗談! まさかこの程度で、僕を追い詰めたと思っている訳? 口を開く暇があるならもう一度かかって来なよ」
クラインはいら立ちを感じた。が、平静な様子を見せてみせる。
「──そう。無傷で諦めてもらえればと思ったけど、残念だよ。ここからはもう手加減しない。もし破壊されたとしても……悪く思うな!」
彼は再度間合いを詰め、今度は剣を下段からエクス目かけて振り上げる。
エクスも次は後ろに飛びのき避けるも、続けてクラインは振り上げた剣を振り下ろした。二度目も後ろに避けるが、背後には群衆の姿。あっと言う間にステージの脇に追いつめられる。
「逃げてばかりだと、僕に勝てない!」
そう言ってクラインは突きを繰り出した。……しかし狙っていたはずのエクスの姿は、視界から消えた。左右を見ても、姿がない。
「……なっ! どこに行った」
すると、背後に何者かの気配を感じた。
「後ろか!」
クラインは振り向き、背後を確認する事さえなく、すぐさま後ろに剣を薙ぐ。空気を大きく切り裂く風の音が鳴る。
だが、そこにさえエクスの姿はない。
──馬鹿な! ならあいつは──
クラインが戸惑う中、突如彼の真下から声が聞こえた。
「残念、隙だらけだよ」
エクスは剣を薙ぎ、大きく隙の出来たクラインの懐に入っていた。そして身体を起こすと同時に、驚くクラインの腹部に強力な膝蹴の一撃。
「……かはっ!」
内部機構にもダメージが入ったらしく、クラインは大剣から手を離し腹部を抑えて倒れる。倒れたクラインをエクスは見下ろしている。
「確かに腕は良かったけど甘かったね。それに、あんな挑発に乗っちゃうなんて。確かに両足だけってのはヒヤヒヤしたけど、動きは単純だし隙も多いし対処し易かったよ。
まぁ少しの間、寝っているといいよ」
周囲もこれには驚きのあまり、唖然として固まった。
クラインの腕は多くが知っていた。狩猟隊の中ではセリスに次いでナンバーツーの実力を持ち、戦闘能力は高い。それをこの異邦人は武器を持たず、しかも前言通り両足のみで決闘し勝ってみせた。
だが──周囲は大きな歓声が沸き上がり、二人の健闘を称える。その様子では決闘に際してはいつも、こんな感じで盛り上がっているのだろう。
「ありがとう。……でもまずはクラインを診てあげてよ。手加減はしたつもりだけど、ダメージがどれくらいか分からないからね」
エクスの言葉を聞き、群衆の中から数人が担架を持って現れクラインをそれに乗せると、運び出して行った。
そして、エクスはセリスへと歩み寄る。
「な、エクス……?」
「ふふっ、それじゃあ約束通り、宜しくねセリス」
「約束って……一体何の話だ?」
一瞬、セリスは何の事か分からなかった。
「ほら、僕が勝ったら狩猟隊に入れてくれるって約束さ! その条件で決闘したじゃないか?」
辺りを見ると群衆はセリスとエクスに、期待のまなざしで見つめている。……これでは断り切れない。
それに決闘の勝者の願いは叶える事がしきたりだ。今更反故にするなんて、出来るわけもない。
諦めたセリスは溜息をついて、言った。
「──分かった。エクス、お前を狩猟隊の一員として認めよう」
周囲からは再び大きな歓声が上がる。エクスも嬉しげに喜んでみせる。
「ありがとう! セリス! 嬉しいよ」
エクスが喜ぶ裏でセリスは項垂れる。
そんな彼女に、ギースが現れた。
「ギース、一体何の用ですか?」
「いや……エクスの事で、彼が話を聞きたいらしくてな」
ギースの横に現れたのは、会議でも会った集落の責任者、ウーシェイだ。
「また、厄介な事になったな」
「……はい」
ウーシェイの言葉にセリスは同意を見せる。
「これ以上問題が起こらないよう、その危険性の少ない仕事をさせていたのだが、困ったものだ」
「しかし、こうなった以上覆すなんて。それにこの件はクラインの独断によるもので……」
彼女は弁明するも、ウーシェイがそれを許すことはなかった。
「だが、狩猟隊の責任者はセリス、君だ。……よって、君には責任を取ってもらう」




