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天使と潔癖  作者: 水沢 郁巳
19/52

19 デゼールザント商会

 居心地のよくなってきた、ローエングラン邸で暮らしながら、イーリは、帝都に来て、観光以外にもうひとつやりたかったことに、取り組んでいた。

 デゼールザント商会。

 その名のとおり、デゼールザント産のワインを帝都で取引するために、ローエングラン家が設立したものなのだが、長い間に形骸化し、代替わりのごたごたでどうも相続手続きができていないようなのだ。エヴァ―代官は、これを立て直して、ワインだけではなく、ガラスや小麦やその他領地産のものを全般扱えるようにしたいと思っていた。

 デゼールザント商会は、帝都の商業区域に位置する、三階建ての細長い建物にある。職員は二人だけ残っていて、のんびりやのレニさんときっちりやのディックさんだ。十数年前に入った二人が最後の雇いで、その後年を取った人が辞めていき、家督相続の時にハワードさんもあまり手が回らなくて、要するにずっと放置されていたのだ。そもそも、帝都でワインの注文をまとめて、領地から取り寄せ、その代金を領地に送る、という窓口機能しかなくて、それもだんだん先細りしてきている、というのが実情。

(まず、ワインしか扱ってないのが最大の問題。ガラスこそ帝都で売らないといけないのに。あと小麦。デザートワインとガラスアクセサリーは今は人気だけど、それ以外の物も営業していかないと……)

 イーリは、デゼールザントが大好きだ。片時も忘れていない。


 ハワードさんに探してもらって、バーサが読んだ書類によると、デゼールザント商会は、先々代の名前のままになっていた。しかも、オーリの天敵大叔母夫妻が会員に名を連ねていた。「一度解散して作り直した方が早いです」というバーサは、さかさかと役所に登録をやり直してくれた。オーリにもちらっと話は通したのだが、いっこうに興味はなさそうだったため、イーリは、とりあえず自分が会頭、オーリとハワードさんとエヴァ―代官を会員にして、名前はそのままデゼールザント商会は再スタートを切った。

 動きもスロー、しゃべりもスロー、人当たり抜群のレニさんを番頭、何事も杓子定規でせっかちなディックさんを経理にして、とりあえずイーリは、屋敷を改装してくれた家職人さんに商会の建物もきれいに改装してもらった。

 地下一階に倉庫とワインセラー、一階でワインのテイスティングと商談ができるようにして、二階はガラスの展示と商談用、三階が事務所。

 ディックさんは、「私が番頭ではないのですか?」と言ったが、「番頭と経理は分けるから。ディックさんが番頭になったら、レニさんが経理だけどいい?」と言ったら、黙った。銅貨一枚まできっちり合わされた帳簿は、ディックさんの生きがいだ。対してレニさんはお釣りも間違えるスロー派。でも愛想はとてもいい。適材適所でしょ。

 そしてそして。新たに加わった新戦力が、パムさんとリーシェだ。パムさんは、なんとローラのお姉さん。イーリがローラと仲良くなる前から、ガラスアクセサリーの「エンジェル・シリーズ」のファンだったそうで、それをきっかけに知り合い、働いてもらうことになった。目と髪の色が濃い鳶色であること以外は、超絶美人のローラにそっくりのパムさんは、実は、高級娼婦だった。姉妹で、娼婦とシスターってすごいが、二人はとても仲良しだ。花街で錦絵売り上げナンバーワンだったパムさんは、年齢的にそろそろ引退かなと思っていたところに、イーリと会って、「ぜひ働かせて!絶対売りまくってみせるから!」と言って、デゼールザント商会に来てくれた。リーシェはパムさんのお付きだった娼婦で、読み書き計算得意だからってことで一緒に雇った。代々衛士の家の出だそうで、堅苦しいしゃべり方で、生真面目なリーシェは、花街で接客に向かなくてパムさんが引きとっていたらしい。でも今は、在庫管理と、検品梱包は、リーシェの専売特許である。


「人が足りない?」

「うん。困った」

 イーリと、オーリは、最近朝ごはんも一緒に食べるようになった。理由は、深刻な人手不足。

 ハワードさんを筆頭に、バーサとライラ(イーリの侍女)、アリとイサク(オーリの侍従)、料理人二人、メイド四人というのが、ローエングラン家の使用人全部である。伯爵家にしてはたぶんめっちゃ少ない。庭師は、家職人さんが友達の庭職人さんを紹介してくれて、週一回通いで来てくれるようになったので、なんとかなった。前の庭師は、性格に難があったが、帝国様式の美しい庭を整えてくれていたため、当面維持だけできればそれでいい。

 問題はメイドさんである。掃除洗濯買い物その他雑用。ローエングラン家のメイドさんはみんな近くの主婦で、てきぱきはしていないが、優しい人たちである。後見人時代に辞めてしまったメイドもいて、もともと不足気味だったのに、オーリが新しい人を雇うのに反対していた。メイド頭さんは、性格がアレだったが、バリバリ働き他のメイドもバリバリ働かせていたので何とかなっていたのだ。

「さすがに新しいメイドを雇わないと困ります。オーリさま」

オーリは、神妙に頷いた。


 次の日、オーリは職場でこんなことを聞いてきた。

「人を雇うのに家柄を気にしないなら、教会に聞くといいって」

 教会?教会が人を紹介してくれるの?今度、ローラに会ったら聞いてみよう。


 ローエングラン家は、孤児院出身の双子のメイドを雇うことになった。大人しくて人形みたいにかわいいリリーとニーリーを、ハワードさんはまず試しに一週間雇った。主婦さんメイド四人は、二人に仕事を教えたというより可愛がりたおして、ハワードさんに「このまま雇いますよね!?」と迫った。ちょっと控えめ過ぎるが、裁縫が得意でがんばりやの二人は今やローエングラン家のマスコットである。


 デゼールザント商会にも、一人、牧師見習いだったフランが来てくれることになった。やはり孤児院出身。孤児院の出で聖職者になれたくらいなので、フランはかなり優秀だ。ただ、身分も家柄もない中で、教会でいるより、外で働いた方が、未来が開けるとローラ頼まれた。デゼールザント商会には、レニさんの弟のロッタも来てくれるようになった。これで六人。なんとか人手不足、回避。


 デゼールザント商会では、パムさんが、レニさんとディックさんをこき使って(あっという間に立場が逆転した)、じわじわと取扱量を増やしている。パムさんの色気にいいように振り回されるディックさんはいつ見ても見ものだ。最初は、「娼婦を雇うなんて!」と言っていたが、「女性の装飾品のことなんて、ディックさんわかんないでしょ」と言って黙らせた。取引が増えすぎて、最近の契約は全て「納期未定」である。そろそろデゼールザントに帰って、エヴァ―代官を手伝わなくては……


毎日17:00に次話掲載予定です。

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