15 このひと、ほんとメンドクサイ
いつも読んでいただいているみなさん、ありがとうございます。初めての方もR15設定は念のためで、基本的にほのぼのハッピーなお話ですので、読んでいただけたら幸いです。毎日、17:00~19:00ごろ、次話投稿の予定ですが、今後不規則になるかもしれませんので、よかったらブックマークお願いします。
それから三週間。
ハワードさんに言い含められた、ローエングラン家使用人一同は、心を一つにした。三人衆は辞めさせられたわけではなく、あくまで定年退職。適度に不調の心配をしつつ、人生の再スタートを応援するムードを盛り上げる。退職金は準備もあるだろうからと、ハワードさんが退職通告の一週間後くらいに渡していた。
イーリは、ハワードさんをとおして、料理長が自分の店でデゼールワインを仕入れたいと言われたのだが、あとくされはなくしたい。
「うーん。デゼールワインは人気でシーズン前から買い付けられているのよね……」
言外に匂わせる。若い領主夫妻は領地にあんまりものが言えない的な。
「でも、応援したい気持ちはあるのよ?例えばだけど、物件のお家賃ておいくら?」
「いえいえ!そんなつもりで言ったんではないんですが……!」
とか何とか言いながら、料理長さんは家賃の額をきっちり端数まで教えてくれた。
そんなこんなで、すっかり前向きに辞める雰囲気を作り上げて、三人衆最後の日。
ささやかな見送りの会を開いて、庭にテーブルを出して軽食で歓談。ご近所付きあいは大切なので、イーリは近くの教会の牧師さんに来てもらって、家人の健康と、ついでに三人衆の加護を祈ってもらった。血と肉に見立てた、ワインとパンを振舞う。牧師さんはご一緒にどうですかと勧めたら、大喜びでたくさんワインを呑んだ。
オーリが内務省から帰ってきたタイミングでお開きにして、オーリは自ら花束とお祝い金(料理長の一週分の家賃相当。一人だけという訳にはいかないので三人とも。端数は切った。)を渡し(二重に手袋をしていた)、感謝の言葉も口にした。
使用人一同は、三人が角を曲がって、見えなくなるまで手を振って見送り……
屋敷に戻ってきた後、ハイタッチを交わしていた。
終わった終わった。退職金の上にお祝い金まで出したのだ。これで、この後なんか言ってきても突っぱねてやる。
「ハワード!ハワード!!あれ、ちゃんと片付けといてよ!!」
オーリが指さしているのは、庭に出したテーブルと、食べた後の食器たち。
(そういうところよ、オーリ。君の、そういうところが、だめ)
同時進行で解決中。懸案事項その2。家暗い。
「浴室を新しくしたい?」
「そう。大きなひび割れがあるでしょ?オーリは気にならない?」
「あー、あれね……まあいつかはやらなきゃと思ってたけど……」
ある日の夕食で。
「あと、絨毯も張り替えたいのよ。黒ずんでるじゃない?板張りの床がいいんじゃないかと思うんだけど。掃除もしやすいし」
「ふーん……掃除しやすいのはいいな」
掃除しやすい=清潔。
「ついでにカーテンも変えたいのよね。あんまり好きじゃないの、ゴブラン織り」
「好きにすれば」
「ありがとう!白いコットンの、洗濯しやすいカーテンにするからね!」
洗濯しやすい=清潔。あんまり興味ないのね、インテリア。今日はここまで。
別の日の夕食。
「オーリって、飾ってある絵と彫刻に思い出とかあるの?」
「え?別にないけど……」
「なんかおどろおどろしくて不気味で……夜中とかに見ると、すごく怖いの」
「僕は見慣れてるけど、イーリが嫌なら外したら」
「売って家を改装するのに使ったら、だめ?」
「いーよ。好きにしたら」
先々代のコレクションに特に思い入れもないらしいオーリはあっさりそう言った。
「オーリさま。お売りになるのでしたら、エヴァンス邸の家令に、懇意にしている美術商を紹介してもらおうかと思いますが、よろしいですか?」
ハワードさんが、横からオーリにお伺いをたてた。
「そうか、頼む。僕からも明日エヴァンス公爵に会ったら、お願いしておくよ」
「はい。あとはお任せくださいませ」
「イーリがいろいろ言ってるけど、できるだけ聞いてあげて」
む。私が我儘言ってるみたいじゃない。失礼しちゃう。
別の日の夕食。今度は、ハワードさんから提案。
「僕の部屋の改装?」
「そうです。オーリ様の部屋も、絨毯とカーテンを変えますが、この際、隣の収納部屋とオーリさまの部屋をつなげようかと。家職人もできるとのことですので」
オーリの部屋の隣には、収納部屋があって、オーリの衣装なんかをしまってあるのだが、間の壁にドアがないので、一旦廊下に出ないと行き来できないのだ。かなり大きな収納部屋で、オーリのものだけじゃく、先代のものとかハワードさんにももはや何がしまってあるのかわからない状態なのだが。
「収納部屋の窓側半分に、オーリさま専用のお風呂と洗面を作ろうかと。廊下側半分に衣装と本をしまうような作りにします」
オーリは本が好きで、たくさん持っているのだが、本棚が自室から離れた書斎にある。浴室とトイレも別の場所にあるので、オーリは、家のなかであっちこっちしないと生活できないのだ。ま、家って普通そういうもんだけど。で、あっちこっちするから、あっちこっちの整頓掃除が気になる。
ハワードの提案が実現すると、オーリは最低限、玄関と食事室と自分の部屋にしか足を踏み入れないですむようになる。
自分専用の風呂トイレ、クローゼット本棚案が、いいと思ってくれたようで、オーリは頷いてくれた。けど。
「僕の部屋の改装は、僕が屋敷にいるときにしてよ。見ていない時に、部屋に人が入るのはだめだから」
「はい。かしこまりました」
「僕の物はハワードと、アリとイサク以外には触らせないで。十分注意してほしい」
「はい」
「それから……」
注意事項が多い。イーリは、うんざりが顔に出ないようにしながら、もぐもぐした。
(このひと、ほんとメンドクサイ)