12 戦線は回避
馬車から三人の女性が降りてくる。
四年ぶりに顔を合わせた。銀髪に紫眼。これといって特徴のない顔。背の高いスレンダーな躰。イーリヴェルは、初対面の時と、そう変わらない姿に見えた。
「やー。オーリ。ひさしぶりー」
そして、イーリヴェルは。身構えるオーエントに、なんだか呑気そうに、声をかけてくれたのである。
(おぉ。ちゃんと玄関で出迎えてくれた)
本当に久しぶりに会ったオーリは、ちゃんと立っていたし、サイズの合った服も着ていた。
(なんかモサいけど)
垢抜けない、というかなんというか。
でも、背は伸びたようだ。女性にしては背が高いイーリヴェルを少し追い越すくらいには。相変わらず痩せてるけど。
(がっりがり)
艶のある黒髪に、深い黒の目。塩顔だけど整っている顔立ちなのに。
「……ひさしぶり。その……ごめん。結局呼び寄せることになって……」
開口一番、謝ってきた。とりあえず、約束を破る形になったことを悪いとは思っているらしい。
……よかった。これで、高圧的な態度に出られたら、ブチキレてやる気合はいれていたけど。とりあえず、殊勝な態度をとってくれた。
それだったら、イーリヴェルもまあ許してやらないでもない。
「まあ、来たくは、なかったけど。ハワードさんが、帝都観光しに来たら、って言ってくれたし……」
帝都観光。帝都観光……!
「おかえりなさいませ、イーリさま。長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へお入りください」
「ハワードさんもおひさしぶり。元気そうで何よりです」
使用人ご一同様がほっとしている空気が漂う。とりあえず、戦線は回避。
イーリとオーリはいったん、応接室でお茶を飲むことなった。
荷ほどきは使用人たちがしてくれている。
オーリは、限界までしていた緊張が一転して気が抜けていた。
話題はもちろんただ一つ、イーリの軍備増強説である。
オーリは、一応オーリなりにこの噂について調べていた。
オーリによるとこの噂、軍備を増やしている、という話が先に出て、後からカリスマ人気だの領民こき使いだの荒稼ぎだのという話が出てきたらしい。領民に人気なのも、領民が働き者なのも(デゼールザントの人は結構お金が好きだ)、領地が黒字経営なのも事実なので、これはほっとくことにしておいて、問題は軍備の話である。
「軍艦を増やした、って聞いたんだけど……」
「あ、なんか海賊船が出るようになったから、なんとかしたいっていうのは聞いたよ」
デゼールザントは、残念ながら、交易港として発展しているわけではない。外洋船を狙う海賊が近海で出没するようになったのは数年前かららしいが、そんなに被害にはあっていないようだった。ただ、皆無ではなかったので、沿岸警備のために軍用船を増やしたとなにかの書類で読んだ気がする。
「でも、一隻しかなかったから、三隻にしたって聞いたような……」
「…………」
ミニマムな話だ。しかも大した報告ではなかったのか、イーリは記憶が曖昧だ。
「あと、兵士を増やして、大砲を配備したって……」
「土木工事の人は増えてたけど、今はいないよ。大砲は知らないな――……」
「…………」
「だいたい、騎士団の人って、帝都から来た人ばっかりだよ?」
騎士団の人は転勤族だ。デゼールザント出身在住の人もたくさんいるが、そういう人たちは、ほとんど平の衛士で、師団長や各隊隊長は全員中央の騎士団本隊から地方赴任してくるのだ。彼らは数年で入れ替わっていく。
「ちなみに、騎士団の人は、デゼールザントでは子供たちのアイドルだよ」
「アイドル?」
デゼールザントの子供たちは、騎士団が大好きだ。騎士団が演習場で訓練していると、子供たちが鈴なりで見学している。で、まねっこして遊ぶ。よく見る光景なのだ。
「師団長さんは、訓練に熱が入っていいって言ってたよ。あと、騎士団の人が土木工事してると、領民たちが差し入れするんだよ」
「差し入れ?」
「パンとかクッキーとか、チーズとか干した魚とか。私も何回かワイン差し入れしたよ」
病院や道路を作ってくれる騎士団に、領民たちは感謝している。デゼールザントにいると食生活が豊か、と師団長さんは笑っていた。
デゼールザントの騎士団に、迫力はない。…………親しみがある。
「軍備増強して、何するの?なんの意味もないんだけど……」
「だよね…………」
広大な帝国の領地の中で、デゼールザントは国境に接していない。海と川。山の向こうも帝国領。平原の向こうはエヴァンス公爵の領地。
師団長さんに、デゼールザントが軍備の増強をしているとの噂がある、と言ったら、「誰が??」と言っていた。もちろん、デゼールザントに騎士団はいっこしかない。
「その、一応、領地に手紙出して、軍用船と大砲のこと、聞いておいてくれる?答えが来たら、またエヴァンス公爵に説明しておくから」
「わかったよ」
いろいろ、情報交換した後、オーリがなんかぐったりしながら、そう言ったので、イーリは素直に頷いた。
「まあ、しばらく帝都観光して過ごしてなよ。アリかイサクに案内させるし、なんかあったら、ハワードに言って」
「うん」
なんだ、普通に会話できるんじゃん。手紙のやり取りをする中で、とりあえずコミュニケーションはとれるっぽいとは思っていたのだが、領地からローエングラン家への報告はたくさんあるが、帝都から領地へ伝えることはあまりないから、オーリからの返事はあっさりしたものが多くて、そのへんよくわからなかったのだ。
「失礼します。オーリさま、イーリさま。夕食の用意ができましたよ」
「今日はもう、食事して休みなよ。疲れただろ」
「そうする。ありがと」
よし。体調を万全に整えて、さっそく明日からがんばる。
イーリの中では、 オーエント < 帝都観光!
毎日17:00に次話掲載予定です。