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天使と潔癖  作者: 水沢 郁巳
10/52

10 したいったらしたい

 帝都のローエングラン家とは、手紙のやり取りをしていた。主に領地運営に関する報告。でも、その手紙は、いつもと様子が違って、仰々しい封がしてあった。

(なにこれ?やな感じ……)

 バーサと、エヴァ―代官と。三人顔を突き合わせて、読んだその手紙には、驚くことが書いてあった。

 曰く。デゼールザントでは、自らを「天使」と名乗って、領民のカリスマ的人気を集めている領主夫人が、領民をこき使って荒稼ぎしたお金で、軍備を増強している、という噂がある。この噂について、皇室が心配している、と伝えられたので、一回帝都に戻ってこい。

 ……という内容が、実際は丁寧にオブラートに包んで書いてあった。差出人は、オーエントと、エヴァンス公爵と、内務卿の連名。だから、内務省の封印。

三人は仰天した。

(なぜ!!!!)

 イーリヴェルは、「デゼールザントの天使」などいうこっ恥ずかしい肩書を自ら口にしたことはないし、領地が儲かっているので、そりゃ税収も上がっているが、税率を決めるのは、そもそも領主ではなく皇帝である。国への上納金だってちゃんと払っている。

(私が領民に好かれているのは事実だし、デゼールザントの領地経営がかなりの黒字なのも事実だけど、軍備増強?)

 これだけは、心あたりがない。

「土木工事……?」

「それか!!」

 バーサが呟いて、エヴァ―代官が叫んだ。


 土木工事は、平時の騎士団の大事な仕事だ。騎士団はもちろん有事の際に国を守るのが任務だが、戦争なんてここ十年以上もない。築城や、砦造成に端を発して、道路や橋も騎士団は手掛ける。そして、デゼールザントでは、立て続けに大きな工事があった。

 学校病院と、道路舗装だ。大規模な工事になると、騎士団だけでは、人が足りない。だから、一時的に騎士団に人を雇う。主に農閑期の農民。領民の副収入にもなって、一石二鳥だ。あと、「土建屋」と呼ばれる、出稼ぎ労働者の集団。各地で土木工事に雇われる彼らは、いわばセミプロ集団。エヴァ―代官も、道路の石畳舗装の時は、全国からかき集めて、雇えるだけ雇っていた。

 なので、騎士団の人員は、書類上一時的に増えていた。でも、彼らは、ずっといるわけではない。工事が終われば離団する。というか、もうほとんどいなくて、騎士団は元の人員に戻っている。

(濡れ衣だ!冤罪だーー!!)

 イーリヴェルは、弁明(?)というか、事情を説明する手紙を書いて送った。エヴァ―代官も書いてくれた。頼んで、ゲイマン枢機卿にも書いてもらった。三通の長い長い手紙。

 でも、帰ってきた返事は無常だった。


 曰く。話は分かるけど、とにかくいいから一回帝都に来い。来なかったら、帝都に来れない理由があるのかと勘繰られる。


(自分が領地に追いやったくせに、何言ってんだ、あの芋虫!役立たず!!)


 でも。その手紙には、こう書いてあった。

 屋敷に部屋も用意するし、侍女も連れてきたらいい。しばらく、帝都観光でもしていて、ほとぼりが冷めれば、戻ればいい。


(帝都観光――!!)

 帝都は、一千年の歴史を誇る巨大都市だ。前回(結婚のとき)滞在したときは、ちょっとしかいなくて、ばたばたしていて、何も見えていない。

 帝都観光したい。したいったらしたい。


 というわけで。イーリヴェルは、四年ぶりにオーエントのいる、帝都のローエングラン家の屋敷に、行くことになった。




 帝国帝都王宮に近いかなり立地のいい場所にある、由緒正しき伝統様式で建てられた豪邸、ローエングラン伯爵のタウンハウスは、朝から騒然としていた。

 今日。領地から、四年ぶりに帰ってくる伯爵夫人が、到着する予定だ。

 オーエントは、緊張で吐きそうになっていた。


 オーエントは、この四年、ずっと芋虫だったわけでは、もちろんない。

 正式に家督を相続した後、エドワードや周囲の助けを借りながら、なんとか学校を卒業。卒業後は、家に引きこもるのは良くないから、というエヴァンス公爵の計らいで、内務省に働きに行くことになった。と言っても、十五歳やそこらで、結構な潔癖症のオーエントにできることは限られているので、エヴァンス公爵の補佐として、簡単な事務作業をしているくらいだった。

 それでも、かなりの時間と手間をかけて自分のピンチを助けてくれて、潔癖症のオーエントに理解を示し、保護者のように接してくれるエヴァンス公爵と、騎士団に入団して、お互い励まし合いながら頑張ろうと言ってくれるエドワードのため、オーエントは自分の神経質なところと折り合いをつけながら、地道に頑張って、毎日内務省に通った。

 伯爵家当主だが、後見人に家を乗っ取られかけたオーエントへの周囲からの評価は低くて、身分が高い割に、全然注目されないオーエントは、内務省の片隅で、それでも精一杯日々を生きていたのだ。

 そして、内務省に行きはじめて、二年という頃。

 オーエントは、エヴァンス公爵とともに、内務卿ロッタ―伯爵に呼び出された。


毎日17:00に次話掲載予定です。

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