符合
処女作の第2話です。
1日1話、全5話の予定です。
見に覚えのない手紙を前に、男は手紙の宛先の人物、島崎くんにコンタクトをとることにした。
第2話 符合
よし、決めた。送ろう。
手始めにインスタグラムで新規アカウントをつくり、彼にDMを送ることにした。まどろっこしいのは性分に合わない。面倒なことになりそうなら手紙は処分してアカウントを消してしまえばいい。
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はじめまして、島崎悠さま
突然のDMで失礼いたします。
東西大学出身の山本あかりさんという女性をご存知ではありませんか?
彼女のことを探しておりまして、大学時代の友人である島崎さんに行き当たりました。彼女の現状についてご存知のことがありましたら、教えていただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
西野昌樹
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送信。
さて、とりあえず待つしかない。
パソコンを閉じて、断捨離の続きだ。
写真や手紙の整理から再開しようかと思っていたが、また何やら時間が取られたら嫌なので放置することにする。島崎くんに時間を使いすぎたな。せっかく確保した時間た。肝心の断捨離を進めなければ。
黴の生えてしまったバッグや、引き出しの奥深くで忘れ去られたTシャツ、かつて同棲していた彼女が置いていった雑誌。試供品の化粧品なんかは至るところから発掘される。島崎くんのこともしばし頭の隅に追いやり、いい感じに調子が出てきた。
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パンパンになった45Lのゴミ袋が3つと、不燃ごみを放り込んだダンボール、そして雑誌の束が5つ。エレベーターホールが部屋の近くで助かった。
雑誌の束をゴミ捨て場へ運ぶ途中で、スマホの通知音が聞こえた。タイミング悪いね、汚い手で触りたくないよ。急いで部屋へ戻り手を洗い、通知を確認する。案の定インスタグラムだ。
ひとまず窓際の椅子に腰掛けて、画面を開く。島崎くんからの返信が届いている。
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西野様
はじめまして島崎です。
ご質問の山本あかりさんについてですが、大学卒業後は一度もお会いしておらず、詳しいことはわかりません。
申し訳ありませんが、他の方を当たっていただけますでしょうか。
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ありがとう、島崎くん。とりあえず繋がれた。山本あかりについても特に警戒感などはないようでほっとした。そうか、卒業後は一度も会っていないのか。
とはいえまだ何も解決していないじゃないか。間違いなく本人だとわかった以上、引くわけにはいかない。
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島崎さま
お忙しいところ返信をいただき、ありがとうございます。
現在の山本あかりさんについてご存知でないことは承知いたしました。
その上で大変失礼なお願いですが、もしよろしければ電話をいただけますでしょうか。
島崎さんのご都合のよろしい時間で結構です。長い時間はいただきませんので、よろしくお願いいたします。
西野昌樹 090-0×0×-0×0×
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送信。
なんでこんなに必死になってるんだろうねと苦笑してしまう。手段に愉しみを見出して目的化してしまうのは悪い癖だ。
埃まみれの部屋に掃除機をかけて、もう一度シャワーを浴びに行く。もちろんスマホも一緒に。
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またDMが来た。
30年も経って、またあかりの名前を聞くことになるとは思わなかった。何かトラブルにでも巻き込まれているんじゃないだろうな。西野という男、探偵か何かか?
もう二度と関わりを持たないと心に決めていたが、いざその名前を目にすると近況くらいは気になってしまう。生きているのか死んでいるのかくらいは。
なぜ西野があかりのことを探しているのかも。どうせ身元は突き止められてる。知らないところで何かに巻き込まれるよりは、何が起きているか把握できた方がいい。番号非通知で電話するくらいならいいか。
それにしても今日は暑い。
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☏ジリリリリ♪ ジリリリリ♪
電話が鳴ったのは20時すぎだった。非通知だ。そりゃそうだろうね、島崎くん。
「はい、西野です」
「遅くなってすみません、島崎です」
落ち着いた声。若干様子を伺っている感じはあるものの、堂々としていて写真通りの印象だ。
「わざわざお電話ありがとうございます。今、よろしいですか?」
「ええ。買い物に行くと言って出てきましたので、大丈夫です」
「ありがとうございます。島崎さんが学生時代に山本あかりさんとお付き合いされていたと伺いまして」
「そうです。大学3年の夏から卒業間際までですね」
手紙の内容通り、恋人同士だったんだ。
「ありがとうございます。単刀直入に言いますね。山本あかりさんから島崎さんに宛てた手紙に心当たりありませんか? 何故かわかりませんが私の手元にあるんです」
「……………いつの手紙でしょう」
「消印は1997年の7月です。手紙には島崎さんが就職4年目と」
「……覚えていますよ。一度だけ手紙がきましたが、彼女とはきっぱり縁を切ったつもりだったので、読んですぐに送り返したはずです」
どういうことだ? 島崎くんの手元にあったものじゃないんだ。しかも、きっばりと縁を切ったとも。送り返されたならあかりが持っていたのか。頭が混乱して絶句してしまう。
「………………そうですか。」
「どうしてあなたの手元に……」
島崎くん、わかるわけないよ。
「あかりさんって、どんな女性でしたか?」
あれ? 僕は何を聞いてるんだ?
「大学時代はけっこう派手な人でしたよ。私の2つ下で、夜遊びや流行りものが好きで。私が別れたのも彼女の浮気が絶えないからでした」
僕も若い頃はディスコ遊びなんかもしていたから、容易に想像がつく。原色系のボディコンに身を包んだ厚化粧の親父ギャルはそこら中で量産されていた。
「背格好はどうでした?」
「身長は160cmもなかったんじゃないかな、ヒールを履いても私より低かったですから」
事情を話してから、島崎くんの話し方が少し柔らかくなった気がする。なんだか目的があやふやになってきたが、もう少し聞き出せそうだ。
「ああそうだ、彼女、背中に火傷の痕があって……」
「背中に火傷……?」思わず島崎くんの話しに割り込んだ。背中一面に鳥肌が立つ。
「火傷痕を見られるのが嫌で、夏でも襟のある服しか着なかった」
「そうです。心当たりが?」
「知ってる人かもしれません。でもあかりなんて名前じゃありませんでした。悠子って言って、そういえば島崎さんの悠の字と同じ……もしかして、偽名? 昔、同棲していた人です」
10年も偽名で?
悠子は僕が働くバーの客だった。長くきれいな黒髪で、いつも一人で来ていた。島崎くんの言うような、派手なタイプには見えなかった。カウンター越しに愚痴や世間話、恋愛譚を話していれば、一人客とはどうしたって仲良くなる。歳の近い彼女と深い仲になるのは自然なことだった。
半年もすると同棲をはじめた。いや、彼女が転がり込んできた。小さな文具メーカーに勤める悠子とは生活リズムがずれていたので、必要以上に干渉しないでいられたのがよかった。10年ほど一緒に暮らしていたが、不思議と彼女は結婚にも一切興味を示さなかった。それは偽名がバレてしまうからだったのか。
そして7年ほど前。ある日突然僕の前から姿を消した。
僕は僕の知っている悠子のことを島崎くんに話した。島崎くんはあかりではない悠子のことをどういう気持ちで聞いていただろうか。時間が経って、浮気性のあかりのことを許してくれただろうか。それにしたって偽名に自分の名前を使うだなんて、なかなかに重い。
「そうですか。人に構われたいタイプだったんですけど、ずいぶん変わっていたんですね。私の名前を偽名に使うなんて、結構ひどい別れ方をしたので意外です」
「何か彼女について思い出したりわかったことがあれば、またご連絡いただけますか」
「もちろんですよ。西野さんも何かわかったら連絡してください」
「あ、島崎さん。すみません、西野は偽名です。本名は北野昌平と言います。失礼しました」
「そうでしょうね。気にされなくて大丈夫ですよ、北野さん」
「ありがとうございます」
なんてこった。島崎くんとあかりの話しに首を突っ込むことになったと思いきや、まるっきり僕も当事者じゃないか。
きっとあかりは島崎くんを愛していたんだろう。自分の不貞が原因で彼から別れを切り出されてから気がついたのかもしれない。後悔していたんだろう。そして4年後、研修を口実に再会を願ったと。
でも何故悠子は僕の私物に手紙を紛れ込ませたんだろう。20年近く捨てられなかった手紙を。持って行くべきものじゃなかったのか?
時計は21時を回っていた。グラスに氷を入れて、ウイスキーを注ぐ。静かな部屋にカランカランと涼し気な音が響く。
情報量が多すぎて処理しきれない。そういえば、昔の写真を彼女に見せたことがあったな。その時の箱を覚えていたのか。目を閉じて悠子の言葉や所作を思い返しながら、そのままソファで眠りについた。
『もう昌ちゃん飲みすぎ! 体壊してからじゃ遅いんだよ』
ちょうどよく夢に出てくるもんだね。悠子にはよく怒られてたな。心配かけてごめんよ、でも今日も飲みすぎた。
本稿にあたってはある方に何度も読んでもらい、アドバイスいただきました。
ありがとうくうちゃん!