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五月の蝉  作者: 北野昌平
1/5

手紙

思い立って1週間で書き上げた処女作です。

1日1話、全5話の予定です。


ストーリーはフィクションですが、エピソードの細部には実体験を散りばめているので私小説とも言えます。


お楽しみいただければ幸いです。

第1話 手紙


断捨離。


ちょっと日本語に聞こえない語感の心地よさが好きな言葉だ。


しかし、ネガティブな漢字を3文字も並べて、なんと救いのない言葉なんだろうとも思ってしまう。



#



5月の大型連休の中日。この日は断捨離を決行すると決めていて、何も予定を入れていなかった。8時に起き出して冬物の衣類を選別し、計画的に洗濯機を回す。ワイシャツの襟の汗汚れを退治したり、セーターを畳んでネットに入れたり。なぜか昔から洗濯と風呂掃除は好きだった。雲ひとつない快晴、洗濯日和。BGMはアップテンポがいいな、何にしよう。


苦手なのは片付けや掃除だ。見えるところどころか、手の届く範囲しか片付けられない。だから、女の子と同棲していたときは僕から家事の分担を願い出た。洗濯と風呂掃除は僕が担当しますと。


まずは手をつけやすいところから。作業の邪魔になる楽器やスーツをリビングに追いやり、確実に捨ててしまって良いものをテンポよくゴミ袋に放り込む。だいたい、5年も10年も放置されたものだって多い。片付けのプロなら、そんなものは中身を見ないで捨ててしまいなさいというところだろうが、そんな芸当は僕には無理だ。そもそもいつか必要になるかもしれないと思って、捨てなかったりしまっておいたものたちだ。見えなくしていたからって、いらないものとは限らない。積み上がったスニーカーの箱を一つひとつ開いて中身を確かめる。まるでタイムカプセルを掘り起こしているような作業。


埃をかぶらないようにしまわれたCDたちを救出した。よし、お前たちの中から今日のBGMを選んでやろうか。


中でも写真や手紙がまとまった箱は時間がかかる。かつての恋人との写真やラブレターにさらりと目を通す。数年おきに訪れるこの時間は嫌いではない。最後にこの箱を開けたのはいつだったろう。久しぶり、元気にしてるかい? なんて連絡をとってみたい衝動にかられてしまう。10年前にはそんなこと考えもしなかったのにな、僕も歳をとった。


ん?


この手紙、見覚えがないな。ベージュのアール・デコ調のイラストにレースのような飾りがついた、凝った封筒。


宛先「和歌山県田辺市中三栖1X42-28 島崎悠様」

差出人「東京都葛飾区南立石X-12-8 山本あかり」

消印「1997年7月8日」


どういうことだ? 24年前の手紙?


宛先も差出人も僕ではないどころか聞いたこともない名前だ。小さく丸っこい女の子文字。意味がわからない。突然痴漢だと冤罪をふっかけられたらこんな気持ちになりそうだ。どうしたものかとしばらく考えて、読みはじめる。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


悠くん、元気ですか?


その節は大変大変お世話になりました。


もう就職して4年目になるね。きっとバリバリ働いて可愛い彼女でもできているんでしょーね。


私はピンクモンスターの小林先輩の紹介で化粧品会社に転職して、事務の仕事をしながら秘書検定の勉強頑張ってます。

あの私が秘書なんて笑っちゃうよね!


先日、久しぶりに大学に行って川添先生に会いました。先生も悠くんに会いたがってましたよ。

あれ、お前たち別れてたんだっけ? とか言ってて、そっかー悠くん卒業したから先生わかんないよねって思いました。


今度、研修で大阪に3日ほど滞在します。夕方には研修が終わって自由になるので、よかったら久しぶりに2人で会いませんか?

7/27(日)の夕方から30(水)の夜までの滞在予定です。


電話くれたら嬉しいです。


090-00××-00×× あかり


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


なんだこれ。


僕は島崎くんではないし、あかりという名前の女の子と交際したことはないし、大学にも行ってない。僕ではない誰かへの手紙に違いないが、僕ではない誰かへの手紙がなぜここにあるんだ?


どうやらこの2人は同じ大学に通っていて恋人同士だった。男が就職して4年とある。当時26歳くらいか? 女の歳はわからないが、学年は少し下。宛先が和歌山県ということは就職で地元に帰ったのではないか。いや、転職という可能性もなくはない。そうするともう少し上の年代かもしれない。


しかしどうしてこの箱の中に入ってるんだ。まったく見覚えのない手紙が。僕はこの不可解な状況を目の前にして、やり過ごせるような性格じゃない。断捨離はそっちのけで手紙の内容から情報を整理する。


まだ5月だというのに今日は最高気温が27℃に達するらしい。汗を吸ったシャツがじっとりと肌に貼り付いて不快だ。洗濯機の回る音が不規則に時を刻んでいる。蝉が鳴いていないこと以外、夏を構成するもののすべてが集まっていた。


まず、宛名の島崎くんが順調に大学を卒業して就職4年目だとすれば、消印にある1997年時点で26歳くらい。1971年生まれの僕と同年代、同い年かもしれない。まだ多分生きてるよな。


さて、ここからどうしよう。2回目の洗濯物を干しながら逡巡する。


僕しか開けることのない箱に紛れていたとはいえ、僕には無関係に思える手紙だ。再び箱に戻すのはさすがに気味が悪い。かといってポイと捨てる気にもならない。できることならこの箱に入っている理由が知りたいのだ。


そうだ、まず住所を調べてみようか。島崎くんと思われる宛先の住所をパソコンに入力する。グーグルマップは1秒とかからずに探し当てた。建物はあるようだ。ストリートビューでも見てみる。住宅街と言っていいのか、高い建物がなく空が広い。一軒一軒の敷地が広そうで、どの家にも壁や生け垣がある古い街だった。どうあれ彼は、一時期ここに住んでいたらしい。実家と見て間違いないだろう。


一方の差出人の住所も調べるが、こちらはどう見てもせいぜい築20年に満たないタワーマンションになっていた。彼女の住所はもはや意味のない情報のようだ。


次に気になった「ピンクモンスター」とはサークル名かな? 検索すると、東西大学のチアダンスチームの名前だとわかった。


次は名前だ。大学名と名前、地名と名前で調べてみる。


「東西大学 島崎悠」、検索。


大学と名前では同姓の教授の情報ばかりが出てくる。仮に何かあってもこれでは埋もれてしまって見つけ出せそうにない。後回しだ。


「田辺市 島崎悠」、検索。


同一人物かはわからないが、田辺市の観光開発プロジェクトの諮問委員会の名簿がヒットした。海匠株式会社、営業本部次長とはなかなかやるじゃないの。一昨年の名簿なら役職から言っても同じ会社に勤めている可能性が高い。


徐々に本人に近づいていると思うと、より熱が入ってくる。会社のホームページからさらに情報を拾い出す。県のアンテナショップにも並んでいそうな、海産物のパッケージが紹介されている。規模はそう大きくないが、地元を代表する食品加工会社らしい。島崎くんの実家からは車で30分程度の距離。十分通勤圏内だ。


洗濯機が3回目の洗濯が終わったことを報せる音が鳴り、裏返したデニムをベランダの手摺に引っ掛ける。


断捨離はしばらく中断し、腹を据えて島崎くんに集中することにしよう。肌に貼り付く不快なシャツを洗濯機に放り込む。シャワーを浴びて、冷蔵庫から500mlの黒ラベルを取り出した。時計はまだ午前11時にもなっていない。


意外なほどすんなりと宛先の島崎くんらしい人物の当たりがついた。とりあえず彼に絞って調べてみることにする。


「島崎悠」、検索。


インスタグラムで人物を検索すると、30件以上ヒットする。けっこう多いなと思ったが、さほどめずらしい名前でもないし仕方ない。年齢や大学名、会社名、地名である程度絞り込みできるはず。非公開アカウントでないことを願う。


17件目に彼がいた。


ふうと一息ついて、2本目の黒ラベルに手を出す。洗濯物は乾いたかなと思ったが、まだ日は長い。まずは島崎くんだ。


さすが営業本部次長。ちゃんと公開アカウントになっている。後ろ暗いところはないようで安心したよ。ご親切に東西大出身と記載してくれている。時折家族写真と思しき画像に小さく写りこむような写真しかなかったが、雰囲気はわかる。恰幅のいい日焼けした中年男性。ポロシャツが似合うあたりゴルフが上手そうだ。海匠株式会社の看板が背後に写った写真もある。間違いない。


手紙の宛先の人物は意外なほどあっさり特定できたが、これからどうしよう。手紙を家に送るか? お返ししますって。いや、いきなり手紙を送りつけて家族に迷惑をかけるのも忍びないし、そこに住んでいるとも限らない。それに差出人として名前を書くのも気が引ける。


乾いた洗濯物を取り込んで、4回目の洗濯物を干した。いつの間にか太陽は真上を通り過ぎているが、今日の天気なら十分乾きそうだ。やっぱり考え事は運転中か洗濯物を畳みながらに限る。適度な集中力が保たれるから。


よし、決めた。送ろう。

本稿にあたってはある方に何度も読んでもらい、アドバイスいただきました。

ありがとうくうちゃん!

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