友達が人魚になった話
「そういやさ!この前自分と相性のいい誕生日検索したらさ、ソウルメイトの欄にイチカの誕生日あったんだ〜!」
ほら見て!とスクショしたのであろう画像を見せられる。そこには『1月22日のソウルメイトは1月18日〜』と1番初めに自分の誕生日が載っていた。
「え〜ホントじゃんすご」
「やんな!」
梅雨の近付くまだ肌寒い季節。マイの祖父母が経営するカフェ『ろぜ』の1番奥のテーブル席で勉強をしているともう飽きたのかマイが様々な話題を持ち出してくる。小学校の頃から仲が良く、中学校の登下校は毎日一緒に行くほどの間柄で、高校は別になったが今だに一緒に遊んでいる。正直、高校生になったら忙しくて中学の友達とは遊ばなくなると親が言っていたがマイ以外は本当にそうなってしまった。マイだけは中学の頃いや、小学校の頃から変わらず遊んでいる。だからソウルメイトだと言われてしまうと納得する他ない。ソウルメイトでなければ、きっと私は今ここで勉強していないだろう。
「マイ以外は最近遊べてないからソウルメイトって言われると納得しちゃうね〜」
「わかる〜うちもイチカ以外の中学の時の友達と高校入ってから全く遊んでないもん!」
「連絡はとるけどねぇ〜」
「遊ぶまでは行かないんだよね〜!」
「そうそう笑」
勉強の手を止めずにマイと話す。中学の頃から変わらない勉強風景に高校生活で疲れている心の緊張がとけていく。
「あ〜高校ぜんっぜん楽しくないから中学戻りてぇ〜!」
「わかる」
「高校ってまじで疲れる〜」
「ほんとに」
「行くだけで疲れるよね」
「わかる、電車通学とか地獄」
「朝から満員電車とか軽く死ねるよね〜こっちも朝から自転車漕いで1限目睡魔不可避だわ笑」
「自転車も電車も辛いよね〜」
「中学なら歩きでまだ楽だったのにな〜」
「ほんとに」
紅茶を飲みながら高校の愚痴をこぼすマイ。マイとは違う高校のはずなのにマイがこぼす愚痴にとても共感してしまう。マイはノートの端っこに絵を描きながら話を続ける。私は相変わらず勉強をする。
「てかさ、聞いてよ」
「なになに」
「うちの学校プール無いとかまじ意味わからんくない?」
「あ〜マイのとこ街の方やもんね」
「そう!土地があんま無いからプール作れなくてプールの授業無し!まじ意味わかんない!」
「マイ、プールの授業めちゃくちゃ好きだったもんね。」
「それな!プールの授業だけが体育をサボらない理由だったのに!もうあの高校まじでクソ!今からでもイチカの高校に転入したいレベル〜」
「まぁまぁ」
マイは、はぁ・・・と大きなため息をつきながらノートの端っこに人魚の絵を描く。
「昔からさ、」
「うん」
「なんかわかんないけど水に浸かるのすごい好きなんだよね」
「へぇー」
「やけん、プールとか海とかめっちゃ好きなのに去年は一回も行けんかった・・・まじで干からびる・・・」
「大袈裟な笑」
「あぁ〜人魚に生まれたかった!!」
「何で人魚笑」
「だって人魚なら寿命長いし、泳ぐの楽しそうだし、ずっと海の中に入れるじゃん?最高じゃん!」
「まぁ、確かに」
「あぁああああ人魚の話したら海見たくなった。」
「え」
「海行こ」
「今から!?」
「今から!」
「もう3時だけど・・・」
「行ける行ける!だいたい電車で30分くらいやん」
「えぇ・・・」
「見るだけ!入らんから!」
「うーん」
「行こうよ〜」
マイは私を説得しながら、荷物を片付けている。行く気満々のようだ。
「はぁ・・・拒否権はなさそうやな・・・」
「お!いってくれる?」
「いいよ。でも、見るだけね!」
「わーい!じゃあ早速行こ!」
「ハイハイ片付けるからちょっと待って。」
「わーい!」
荷物をバッグにしまい、マイの祖父母に礼を言ってお店をあとにする。最寄りの駅に行き、電車に乗る。上りのため人は少なく、座席にも直ぐに座れた。
ガタンゴトンとゆられながら、またマイとたわいもない話をする。
「生まれ変わるなら人魚がいいな〜」
「なんで?」
「だって、人魚になったら確定で美男美女になるじゃん。」
「・・・確かに」
「歌が下手でも絶対声はいいと思うんだよね。」
「まぁまぁ」
「人魚のこと調べると、大抵綺麗な歌声と美貌で人間の男を海に引きずりこんで食い殺す。って書いてあるってことはよ、絶対美女になれるし、めっちゃ声綺麗じゃん」
「確かに・・・」
「いいなぁ〜まぁ、最後は泡になるんだけどね。」
「泡になるってどんな感じなんかな・・・」
「そりゃあ、シュワって感じじゃね?」
「どんな感じやそれ笑」
「分からん笑」
アハハと控えながらも笑う。そんなふうに話していると目的の駅に着き、電車をおりる。ここからは歩いて目的地へ向かった。駅の近くにあった自販機の前に行きジュースを買う
「付き合わせてるから奢るわ」
「えっいいのに」
「ええのええの」
「じゃあ今度私もなんか奢るわ」
「まじ?嬉し笑」
自販機に小銭を入れマイはスポドリを買い、私はオレンジジュースを奢ってもらった。
「ありがと!」
「どういたしまして!」
そこからまた海に向かうまで喋るのは変わらない。道に猫がいると、猫の話になって、自分家の飼い猫の自慢話になり、そういえばと猫の出てくる映画の話になり、今度面白そうなホラー映画があるみたいだから一緒に行こうよという話にまで発展していく。2人だけの世界で2人だけで話に花を咲かせる。後になって、どこから始まったっけと言う話になり、あれ?なんだっけ笑と話の元も思い出せないほどになっている。昔から変わらない中身の詰まっていないでも2人で話せば楽しい話。
「やっぱりイチカとだったら話がずっと続いちゃう笑」
「ほんとに笑マイとならずっと話せそう笑」
「たまに話題がなくなるけど、話題なくて2人して黙ってても全然気まずくないからイチカと友達で良かった!」
「私もマイと友達でよかったよ!」
アハハと顔を見合せながら笑い合う。話していると時間はあっという間でもう海に着いた。
浜には人がおらず、夕日でオレンジ色の海がまるでふたりだけのものになったようだ。海が浜に登ってきては降りていくのを眺めながらさらに2人で話に花を咲かせる。1時間も話すとあたりは薄暗くなってきてしまった。
「ヤバっもう帰んなきゃ」
「ほんとだね〜」
帰ろっかと座っていた大きな石から立ち上がる。すると、マイはじーっと海を眺めている。
「どうしたの?」
「なんかいる」
「え?」
「ちょっと見てくる」
「待って待って、それホラー映画とかだと帰ってこないパターンのやつ!」
「大丈夫だって!」
「待て待て、一緒に行くよ!」
「そう?じゃあ一緒に行くか。」
マイはイチカの手を握り、海と浜の堺まで歩いていく。確かに、薄暗くて見えずらいが何かがモゾモゾと動いている。
「えっなに、犬?」
「なわけ笑」
近づくとそれは見たこともないほど綺麗な女の人だった。
「えっ人?」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
声をかけたのはマイだった。マイの声に気づくとこちらを見るその人は仕草全てが美しく、絶世の美女と言われると100人中100人が納得するだろうと思うほど綺麗だった。
「た、助けてください・・・」
鈴の音のようなか細く儚げな声。マイのイチカの手を握る力がさっきより強くなる。
「イチカここで待ってて」
えっなんでと理由を聞こうとした時気づいた。その女性の腰から下は暗くて見えずらいが青い鱗のついた魚だった。
「待ってマイ」
「大丈夫。知ってる。」
いつものようににっこりと笑うマイ。その笑顔にイチカはマイなら大丈夫なのではと思って握っていた手を素直に離した。
「大丈夫ですか?」
「海に・・・海まで押していただけませんか・・・?」
「いいですよ。」
「2人で押してもらっても・・・」
「いや、一人で大丈夫です。」
「でも・・・」
「イチカは巻き込ませないです。」
そうキッパリとマイが強い口調で言うと人魚はチッと舌打ちした。その舌打ちで体が動かなくなるほどの恐怖に襲われる。金縛りにあったように動けない。マイ、と声をかけたかったが声を出すことが出来ない。立ち尽くすイチカを気にしつつもマイは、人魚を海まで押して行く。
マイの足首辺りに水が浸かる辺までマイが人魚を押し切ると人魚が口を開いた。
「ありがとう、美味しそうな人の子。」
「うちの事食べるんですか?」
「そうする予定だったけど・・・食べるより友達と会えない方があなた辛いんじゃない?」
人魚が言ったその言葉にマイは答えない。
「マ・・・イ・・・」
やっと絞り出した声にマイが気づく。人魚のフフフと言う怪しげな笑いに恐怖を覚える。
「ねぇ、私にそっちの子の腕の1本くれたら今日は帰ってあげるわよ?」
「は?」
「だーかーらー、そっちの固まってる方の腕の1本でもくれればあんたを海に連れていかないよって言ってんの。」
「断ったら?」
「あんた、面白いから人魚にして私と来てもらう。もう友達には会えないと思って」
フフフと笑う人魚の顔は見えないがマイの苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見えた。私の腕の1本でマイと帰れるのなら・・・そう思って声をかけようとするがやはり声が出ず、体も動かない。
「イチカと話してきます。」
「いいわよぉ〜右腕にするか左腕にするか、二人で話して決めて」
物騒なことを言う人魚。マイがこちらへ歩いてくる。マイに手を握られると今まで固まっていた体が軽くなり、金縛りがスルスルと溶ける。
「マイ、腕の1本くらいいいよ。2人で帰ろ?」
マイの手を強く握り訴える。よく見るとマイの足首には海藻のようなものがまとわりついており、容易に逃げることは出来ないとわかった。
「人魚もさ昔と今だとやっぱり進化とかするのかな。」
「へ?何言って」
「だってさ、本当ならもう食われててもおかしくないのに今交渉されてるし、私が読んだ人魚の本には人魚がこんなことするって書いてなかったからちょっとびっくりしてる笑」
いつものようにアハハと笑うマイの顔は少し不安が見えた。
「だから、腕くらい・・・」
「大丈夫。」
「え?」
「うちらはソウルメイトやで?魂で繋がってるんやで?片方の形が変わったって、関係ない。魂さえ変わらなければずっと友達やけん。」
マイは、まるで自分に言い聞かすように私の手をぎゅっと握り話す。
「また、会いに来てな。会おうと思えば絶対会えるけんさ。もう一緒に映画見れんし、ろぜで何時間も話せんし、ご飯も食べに行けんけど・・・けど、ソウルメイトやから、また会えるけん。じゃあまたね。バイバイ、イチカ。」
そういうとマイは海の方へ歩き出す。『じゃあまたね。バイバイ、イチカ。』この言葉はいつも別れ際にマイが言う言葉。
「そんな、待ってよ、マイ!」
走って追いかけようとすると砂浜に足を取ら、コケてしまう。急いで立ち上がるとそこにはもうマイはいなかった。人魚もおらず、まるで幻でも見ていたかのように跡形もなく消えていた。イチカの手元に残ったのはマイの奢ってくれた飲みかけのオレンジジュースとマイが持っていた手荷物と自身の荷物だけだった。
それから行方不明者となったマイは数ヶ月の捜索虚しく見つかることは無かった。イチカが「マイが人魚に連れていかれた」と話すと友達を目の前で失ったショックでありもしないものを見たのだとまともに受け取って貰えなかった。マイの家族はイチカちゃんのせいじゃないと責められることは無かった。砂浜は一時立ち入り禁止となった。ニュースでも大きく報道され、結局マイの事件は誘拐事件として未解決のまま幕を閉じた。
あれからちょうど1年。マイが人魚に連れていかれた浜を目指し電車に揺られる。服装はあの日と同じ服で、手には花束を持っている。あの日と同じ時間、同じ道なのになにか物足りない。隣を自転車が通り過ぎる。
「そっか・・・あの日はマイと話してたんだ。」
マイの笑顔を思い出す。マイの笑い声が耳の奥で微かにする。1年経ったって忘れない。駅の近くの自販機で買ったスポドリとオレンジジュースの冷たさで手が痛くなる。あの日は5分ほどしか感じなかった道のりが今は30分ほどに感じる。
「マイと話してたから全然長く感じなかったんだ・・・」
実感する。この1年、マイとやりたかったこと、マイと行きたかった場所、全て一人でやった。でも、楽しくはなかった。ただただマイがいれば、マイならこうする、マイならこう言うと考えてしまった。『イチカと友達で良かった!』あの日言ってくれた言葉に胸が締め付けられる。きっとあの時、転けずに追いついていれば今隣にはマイがいて私の無くなった腕を心配そうに見ていたかもしれない。あの時、人魚に出会う前にさっさと帰っていればマイは
「私の隣で笑ってくれてたかな」
目から涙が溢れてくる。ちょうど海に着いたのに、涙のせいでよく見えない。1年前にマイと座った場所でうぅ・・・うぅ・・・と声を抑えて泣いていると誰かが近付いて来る足音がした。涙をこらえようとしているとさらに溢れてくる。
「大丈夫?そんなに泣かないで」
聞き覚えのある声だった。いや、絶対忘れないと誓った声だった。バッと顔を上げるとそこにはマイがいた。涙をふいてちゃんと見る。マイだ。1年前に見た姿のままのマイ。
「マイ・・・?」
「そうだよ笑」
「なん・・・で・・・」
「言うたやん、『またね』って」
笑うマイは1年前と変わらない。1年前に失ったと思っていたあの笑顔。思わず目の前に立っているマイに勢いよく抱きつく。
「うわぁっ」
砂浜に2人で倒れる。その後、アハハハと2人で大笑いする。ひとりきり笑うとマイを起こし、2人で体についた砂を落とし、岩に座る。
「うちさ!人魚になったよ!」
「本当になったの?」
「うん!今は人間の姿だけど海の中だと足が長い尾ひれになるんだよ!」
自慢げに話すマイは1年前と全然変わらない。あの頃のマイだった。
「人魚の友達もできたけどやっぱりイチカが1番話してて楽しいわ!」
アハハと笑うマイ。自分もその笑顔につられて笑ってしまう。
「うちの話よりもイチカの話聞かせてよ!」
「いいよ!そうだなぁ〜何から話そうかな〜」
それから2時間近く話し込んだ。1年分の話を凝縮してマイに話す。マイは楽しそうに相槌を打ちながら聞いてくれる。その間は1年前と変わらない2人だけの世界。
話終わると、もう辺りは暗くなっており、イチカは帰らなければ行けない時間になっていた。
「もう帰らないと・・・」
「そっかー早いなぁ〜笑」
「まだ話し足りないよ笑」
「本当、まだ聞き足りない笑」
アハハと2人で笑う。
「マイ、帰れないの?」
「帰るって家に?」
「そう」
「うーん無理かなぁ」
「なんで?」
「私もう人魚だからさ。長い時間地上に入れないからさ。」
「お風呂に水貯めれば・・・」
「塩素?とか入ってたらダメだからなぁ〜」
「・・・」
「そんな悲しそうな顔せんといてよ!いつでもここにおいで?ここに来て、うちの名前呼んで。そしたら何しててもぜっっっっったいイチカに会うために上にあがってくるから。」
「ほんと?」
「うん!絶対」
「わかった。」
マイは立ちあがり海の方へ歩いていく。その後ろをついて行く。海と砂浜の境い目でマイが止まるとくるりとイチカの方を見る。
「見ててね!今から人魚に変身するから!」
そういうとマイは海に足を入れる。すると2本に別れていた足の色が変わり、引っ付いていき最後には翡翠色のキラキラとした尾ひれに変わる。
「どうよ!綺麗っしょ!」
マイはふふんとドヤ顔をする。
「うん、いいと思うよ」
素直に褒めるとマイはえへへと笑い、頭をかく。
「家までイチカを送れないのは残念だよ。」
「毎回家まで送ってくれてたもんね、マイ。」
「か弱い女の子を暗い夜道の中一人で帰らすなんてできないもん!」
「ハイハイ笑」
「じゃあ、またね。バイバイ、イチカ。」
「またね。マイ」
マイは笑顔で両手をイチカに向けて振り、ジャポンと海に入っていった。イチカはその姿を最後まで見つめた後、帰路に着いた。