歌姫とネックレス
蓁対蛍漓の良く判らない睨み合いから数日。
何故か蓁は、良く店に来るようになった。顧客が増えることは有り難いことだが、一々蛍漓が蓁に突っかかり‥更にはトラブルメーカの飛炎まで加わって更に店内は騒がしくなった。
ほぼ毎日の様に来店する蓁は、毎回如月が作ったお菓子を差し入れしてきた。一応、何食わぬ顔で受け取ってはいるが、十中八九蓁は自分の事をロータスだと感付いている。
でも、ただ如月のお菓子が食べられる‥と言うだけで気付くだろうか?鈴代のお陰でイラストは紙面に載ったが、あれだけで古瑞だとは判断は出来ないだろう。
現に、馴染みの客や幼馴染みの近江すら気付いていない。
だから、数日前に逢ったばかりの蓁には尚更バレるとは考えづらい。
(でも、蓁は完全に俺を疑ってる。何処かで見られた?
……いや、蓁みたいに特長在る目付きだったら目立つはず。
そう言や、栾ちゃんとは双子って言ってた‥なら栾ちゃんからなにかを聞いた?
でも、あの時は部屋自体暗かったし、髪色も目の色も変えてる‥俺だと判断するモノは無いはず……じゃぁ、何故……?)
考え出すとキリがなく、一旦頭を空にしようと、古瑞は自室を出てキッチンに向かった。定休日である今日は、蓁の事が気になり外出する気が起きず一日のんびりするつもりだった。百波は大学に行っていて居ないし、万里はテレビに夢中で大人しい。考え事をするにはもってこいだった。
自分様に珈琲を入れ、ついでに万里用にカフェオレを作る。熱心に音楽番組を見る万里の目の前にカップを差し出すと、有難うと受け取った。
「何をそんなに、熱心に見てんの?」
「あのね~、舞台でお歌を歌う女の子が、初めてテレビに出るの~。その子のお歌が凄い綺麗なんだって~。」
「へぇ、ミュージカル女優なんてよく知ってるね?」
「お友達に教えて貰ったの~。あ、この子よ~せんちゃん。」
そう言って、万里が指さしたのはクリーム色の髪をした少女だった。画面に出た名前に見覚えがあり、なにで見たんだっけと反芻すると、蛍漓と澁谷が見ていた雑誌に載っていたのを思い出した。苗字が珍しいな、と話していた。
「確か‥斑目 苳、だっけ?」
「うん~。わぁ、ほんとにお歌が上手ね~!」
涼やかな歌声で歌う斑目を見ながら、万里は子供のようにはしゃいでいた。この歌声は、確かに舞台映えするな‥等と聞き入っていると、歌い終わった斑目が次回作の告知をしていた。白いマーメイドドレスを着た斑目が写るポスターを見て、万里が小さく声を上げた。何だろうと横を見ると、キラキラした眼差しで画面に写るポスターを凝視していた。
「せんちゃんせんちゃん~!パソちゃんで~、このお話調べて~!」
「……構わないけど、如何したの?」
「早く早く~!」
立ち上がり古瑞の服を掴むと、万里は急げと言わんばかりに古瑞を急かした。引っ張られるままパソコンに向かい、先ほど見た舞台のサイトを開いた。トップに撮された斑目を凝視する万里に首を傾げながら、古瑞は舞台のあらすじを読んだ。
それはとある国の姫と騎士の話だった。戦争に向かった恋人が消息不明になり、戦に負け敵国の王子に見初められた姫が恋人を忘れ王子と一緒になるか、信じて待つかの二択を迫られる。迷う心を見透かしたように、現れた居ない筈の恋人の幻影に勇気をもらい、姫は国として屈しつつも心は明け渡さず恋人を待つ決心をする。
ありがちな、けれど切ない物語りに関心を寄せた。時間があれば見に行こうかな、と思っていると、隣の万里が『やっぱり、そうだわ~』と声を上げた。
「如何したの?」
「この子が付けてるネックレスね~、ママのなのよ~。」
「………!?これも探していた物?」
「うん~。ママがパパと結婚するときに付けたやつでね~、お祖母ちゃんの形見なの~。」
画面に写る斑目の首下に光る、クローバーと一枚の羽根があしらわれたネックレスに目を向ける。そう言えば結婚式の写真で、万里が付けていたのに似ている気がする。
「でも、似たデザインかもしれないよ?」
「ううん~、間違いないわ~。ほら、此処~。一個だけ宝石が抜けているでしょ~?此処の宝石はね~、ママのお耳に付いてるの~。ネックレスをずっと付けられない代わりに~、パパがピアスにしてくれたのよ~。」
「…………ほんとだ。」
万里が指さした箇所には、対照になる宝石が抜けていた。言われなければ判らない様に、全体のバランスを考えて抜かれた宝石は、万里の左耳にキラリと光っていた。
「………じゃぁ、間違いないんだ?」
「うん!せんちゃんお願いね~。」
「了解。ついでに三人で舞台も見に行こう。面白そうだし、ね?」
「わぁい!せんちゃんとももちゃんとおデート~!」
公演開始日を調べ、流石に初日から盗みにいくのもあれだからと、次週の定休日の日に行くことにした。そう告げれば、わぁいわぁいと子供のように喜ぶ万里を見て、古瑞は笑みを溢した。
斑目 苳様
今宵、貴方様がお持ちの『藍玉のネックレス』を、頂きに参上致します
それは、元より我が家宝
貴方様がお持ちするような代物では在りません
空の黄水晶が煌めく頃、蓮華の華とともに参ります
努努、油断召されぬよう
Lotus
「それじゃ、俺は行ってくるから、二人は先に座ってて?」
「はぁい!せんちゃん、いってらっしゃ~い!」
会場から一本手前の路地で万里と百波と別れると、古瑞は予め目星をつけていた裏口に向かった。予告状で裏口に警官が配置されているのは予測済みで、だから如何にも関係者ですと言わんばかりの服装で入っていった。
偽物のパスを見せ中に入ると、直ぐ様スタッフを探した。サボりが一人くらいは居るだろうと探していると、案の定隠れて煙草を吸うスタッフを発見した。そっと近付き首に手刀を入れ気絶させると、近場の個室に引き摺り服を交換した。動けないように縛り上げ拝借したスタッフパスを首から下げ、昏倒させたスタッフ同様髪を結い上げると何食わぬ顔で斑目の楽屋を目指した。
楽屋前も警備が厳しいかな、と考えていると、予想に反して楽屋前は誰もいなかった。
(流石に開演前だから、人払い?)
そんなことを考えながら扉をノックすると、中から返事がし入っていった。
共演者とは別楽屋だからか少し狭い楽屋内で、斑目が台本を見ながらお茶を飲んでいた。
「………随分、熱心に読んでるね?開演して一週間経つんだから、もう覚えてるんじゃない?」
「覚えていたとしても、舞台は失敗が許されない。テレビとは違って、予期せぬアクシデントは付き物。念に越したことはないわ。」
「へぇ~、そう言うもんなんだ。」
「ええ。怪盗の貴方には、無縁の世界でしょうね。」
そう言うと、斑目は台本を閉じ古瑞を見つめた。その胸元にネックレスがされているのを確認しながら、古瑞は斑目に近付いた。
「始めから、気付いてた?」
「そうね。開演前には、誰も私の楽屋を訪ねる人は居ない。それは有名よ?だから、訪ねてきた貴方は関係者ではない。ならば、これを出した怪盗だと思うのが普通でしょ?」
言いながら、斑目は古瑞が彼女宛に出した予告状を取り出した。警備する警察にも同じことを告げ楽屋前だけ警備を止めて貰った。それを指示した本人だから、今この時間に来たのが関係者でもまして警察でも無いと判ったのだろう。
そんな斑目の言葉に軽く肩を竦めて見せると、古瑞は人一人分空けた位置に腰を下ろした。
「其処までは調べなかった。それで、ネックレスは渡してもらえる?」
「……………………………」
「黙り、か。女優相手に、乱暴なことはしたくないんだけど。」
だから素直に渡してくれ、と言外に匂わすと、斑目は一瞬考え込むように下を向いた。しかし直ぐに顔を上げると、真っ直ぐに古瑞を見詰め口を開いた。
「……時間、をくれない?せめて今日の公演まで……」
「………公演が終われば、渡すって?」
「まだ、判らない。でも、今日の公演はやりきりたい。今渡してしまえば、新しいネックレスを探さなければいけない。そうすれば、開演時間が押してしまう。それだけは、避けたいの。お願い、今はまだ‥渡せない。」
姿勢を正し頭を下げる斑目を見て、小さく溜め息を吐くと、古瑞は斑目の頭を上げさせた。
「判った。実は俺もこの舞台楽しみにしてんだ。俺の所為で押すのは、忍びない。」
「じゃぁ……」
「うん。見終わった後、また此処に来る。その時までに、考えておいて?渡すにしろ渡さないにしろ、それは君が決めることだから。」
言うだけ言うと、古瑞は楽屋を出た。去り際、小さく『有難う』と聞こえ、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
時間を確認し、急げばまだ会場時間に間に合う、と足早に先ほどスタッフを閉じ込めた個室に向かうと、まだ彼は目覚めていなかった。手早く服を戻し、拘束を外すと個室を後にした。
関係者入口からロビーに出てトイレに駆け込むと個室で私服へと着替えた。そして何食わぬ顔でトイレを出ると、スタッフにチケットを見せ会場内に入り百波たちを探した。二人を見つけ座ると、丁度暗転し舞台が始まった。
舞台中、歌を歌う斑目は、先ほど自分と話をしていた時とはガラリと雰囲気が変わり、恋人へと歌う姿は儚くて見ている此方の胸が切なさに締め付けられた。斑目が登った城のセットの上から花束を投げるシーンには、思わず涙が溢れそうになった。
ラストで、死んだと言われていた恋人が姫の結婚式を邪魔しに来たときは、柄にもなく心中で応援してしまった。国を捨て、二人で生きていくことを決意し旅立つ姿に、会場中が涙に包まれた。舞台が終わってカーテンコールが終わっても、会場内は拍手が鳴り止まなかった。
大号泣している二人に外で待つよう告げると、古瑞は会場を出ていった。さて、今度は如何やって忍び込もうかなと思案していると、スタッフに声を掛けられた。如何やら斑目が根回しをしてくれたみたいで、難なく彼女の楽屋へと行くことができた。
ノックし中に入ると、其処には既に私服へと着替えた斑目のみが居り、賛辞を述べた。
「とても素晴らしい舞台だったよ。」
「有難う。アクシデントは多々あったけれど、今日も良い舞台になったわ。」
「アクシデントが遭ったの?そうは見えなかった。」
「観客にバレていたら、舞台など成功しないわ。そんなものに、誰が心を奪われる?
私はアクシデントすら演出のように見せるのが、役者の‥私達の仕事だと思っているの。」
「………素晴らしい心意気だね。」
役者魂を見せる斑目に感嘆の声を上げると、彼女は机に置かれていた小箱を古瑞に差し出した。蓋を開け中を見ると、其処には先ほどまで斑目が使っていたネックレスが仕舞われていた。
「…………渋っていたわりに、随分あっさりしてるね。」
「先ほどはああ言ったけど、実は明日から小物類は全部変わる予定だったの。だから、彼処まで渋ることはなかったんだけど、貴方が如何出るのか気になって。」
「……………まんまと騙された、ってわけね。」
「ごめんなさい。藍華から聞いていて、試したくなったの。」
「鈴代 藍華と‥知り合いだったの?」
「学生時代の友達。」
クスクス笑う斑目に、古瑞は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。人間何処でどう繋がっているのか、判らないものだ。鈴代と如月が幼馴染みで、如月と蓁は双子。鈴代と斑目は学生時代の友達で……多分、如月達とも顔見知りなのだろう。
何故こんなに狭い範囲で繋がっている彼女らが、自分の探している物を所有しているのか……偶然なのか意図されているものなのか判断はつかないが、益々やりにくくなる‥と肩を落とした。
「取り敢えず、約束通りこれは貰ってくよ?」
「ええ、試してしまってごめんなさい。」
「良いさ。また、舞台を見に来るよ。」
そう言って古瑞は楽屋を後にした。通してくれたスタッフに礼を告げ外に出ようとした時、外から慌ただしく警官が入ってきて道を開けると、近江の姿が目に入った。声を掛け如何したのか訊ねると、ネックレスが盗まれたと教えられた。
「こんなにあっさりやられるから、楽屋前も警備しろと馬鹿課長に言ったんです。全く、相変わらず使えない人です。」
「螢‥仮にも上司に何て言い草。」
「彼を上司だと、認めたことはありませんよ。さて、今日の説教は何時間になるでしょうかね。」
「……………課長さんが可哀想だから、止めてあげようね螢。」
ふふふと、不敵に笑う近江に若干引きながらそう声を掛けた。聞こえているのか敢えて聞こえない振りをしているのか―後者の気もするが、近江は『また、お茶を飲みにいきます』と古瑞に告げると歩いていってしまった。
そんな近江に苦笑し、ふと考える。今このタイミングで警察が慌て出したところを見ると、きっと斑目がまた一芝居うったのだろう。有り難いような、そうでもないような微妙な感じだが、まぁ結果オーライと思うことにした。外に出ると、待っていた二人に抱き着かれ、三人で帰路に着いた。
家につき万里にネックレスを渡すと、彼女はとても嬉しそうに首から下げ見せてくれた。
次話は、9/21の10時になります。