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a Lotus thief  作者: 刻埜
本編
4/15

双子とレンゲと壺

翌日、紙面を賑わせたのはやはり『怪盗ロータス』だった。今回は今までと違い、一部の警察―近江以外の目撃者・藍華が居たためか文面だけの記事には警察側が証言を元に描いたイラストが載っていた。


「……う~む、これまた随分格好良く描いてくれたな~」


何時かはこうなると予想していたため、特に慌てることはなかった。その為に、目立つ榛色の髪を面倒くさいが黒く染め、普段はアップにしない前髪を上げ結わいていたのだ。このイラストを見て自分を連想する人間は、まず居ないだろう。


「でも、直ぐ落とせるとは言っても‥長く続けたら髪が痛みそうだな……」

「…………禿げても、あたいは千羽が好き。」

「………………うん、有難う蛍漓。今の所その心配は無いよ。」

「将来、お腹が出てもあたいは」

「すみませぇん!!」


新聞を見ながら一人呟いていると、急に蛍漓が声をかけてきた。驚き振り向くと、思いの外距離が近くて思わず仰け反ってしまった。そんな古瑞に構わず、カウンターに手をつき更に顔を近づけてきた蛍漓が言葉を繋げようとしたとき、客から声がかかった。


「~~~~~~~っ、千羽とあたいの会話を邪魔すんじゃ無いよ!張った押すよ!?」

「ほとちゃん!お兄ちゃん、サンドイッチが食べた~い!」

「雑草でも食べてな!!」


客に怒鳴り付けながら注文を聞いていた蛍漓に、今日も開店時間から居座る飛炎が茶々を入れる。そんな飛炎に蛍漓は速答すると、手持ちのお盆を手裏剣の様に投げ付けた。見事飛炎の額に命中したそれは、音を発てながら床に落ち、蛍漓はそれを何もなかったように拾い古瑞にオーダーを告げていた。


夕方になり店に来る客がまばらになると、暇になる蛍漓を構いたいのか飛炎が仕切りにちょっかいを掛け、派手に返り討ちに遭うと言う、この店の一種のお決まりに古瑞が苦笑していると、カランと来客を告げるドアベルが鳴った。いち早く蛍漓が近付くと、其処には万里が立っていた。


「…………一人ね、カウンターで良い?」

「ん~~‥、あ~!貴女が蛍漓ちゃんね~!」

「………あんた、誰?」

「せんちゃんが~何時もお世話になってます~!ふふ、一度言ってみたかったのよね~!」

「わ~、ほとちゃんが押されてる~。」


訳が判らず固まる蛍漓を他所に、万里は微笑みながらカウンターへと近寄ると身を乗り出し古瑞の頬にキスをした。それを見た蛍漓は手に持つお盆に皹を入れ思い切り勢いをつけると、そのまま飛炎に向かって投げ付け再びおでこに命中させた。痛みに悶える飛炎と、万里の後ろから凄まじいオーラを放つ蛍漓を交互に見て、古瑞は思わず遠くの方を見てしまった。


蛍漓的には、直ぐ様古瑞を問い詰めたかったのだが、運悪く―古瑞的には運良く客が入ってきたため一旦万里が何者かと言うのは置いておくことにした。


「……で?千羽、そいつは誰?」

「……蛍漓、目が昔に戻ってるよ?」

「やだぁ~!ほとちゃんこわぁい!!」

「黙れちゃらんぽらん!!」

「……………スン」

「ふふ、面白~い」


古瑞に掴み掛かる勢いの蛍漓を一応宥めてみたものの上手くいかず、しかも何故か居座る飛炎が要らぬ台詞を吐くものだから火に油を注ぐように蛍漓の目端は吊り上がる一方で。そんな三者三様を眺め万里は他人事のようにニコニコ笑っていた。


「あ~‥、この人は万里‥ちゃんって言って、俺の」

「女な訳?」

「違うから。俺の母親。」

「古瑞 万里です~、宜しくね~。」

「は、はお‥や」


『ちゃん』付けをしないでおこうとした古瑞に気付いたのか、一瞬で悲し気に顔を歪ませた万里に、古瑞は仕方無く何時ものように『ちゃん』付けをし紹介をした。だが、『ちゃん』付けしたことで満足げな万里と反対に、今度は蛍漓が剣呑な声を上げた。その言葉を即座に否定し母親だと告げると、蛍漓は目を丸くしポカンと口を開け固まってしまった。何とか復活したものの、『母親』と言う単語のみをブツブツ呪文のように唱えはじめてしまい、古瑞の声を聞こえていない様子だった。フと横に視線をずらすと、馬が合うのか万里は飛炎と楽しく会話をしていた。はぁ、と古瑞が溜め息を吐くと、万里と話していた飛炎が此方に近付いてきた。


「せんちゃ~ん!ほとちゃん遠くに行って帰ってこないから、このまま連れて帰るね~!だから、お土産ちょ~おだい☆」

「………催促するのも、如何かと思う。」

「気にしたらダ・メ・ダ・ゾ☆ばいば~い」


古瑞から余り物を強奪していくと、飛炎は未だブツブツ呟く蛍漓を引っ張り出ていった。そんな二人に肩を竦めると、古瑞はニコニコする万里に向き直った。


「はぁ……、で?万里ちゃんは何しに来たの?」

「そうそう~。ももちゃんからね?せんちゃん宛に言霊預かったのよ~」

「…………言伝」

「え~………と~、早く帰って来てねって!」

「…………………絶対、色々端折ったよね?」

「むぅ、せんちゃん酷い。それじゃママがおバカさんみたいじゃない~」


返ってきた返答に古瑞が呆れた眼差しを向けると、万里はプクッと頬を膨らませた。そんな子供っぽい万里に苦笑いを浮かべながら、古瑞は手早く帰り支度を済ませると万里の手を引き外へと出た。文句でも言われるかなと横目で万里を確認すると、古瑞と手を繋いでいるのが嬉しかったのか万里の機嫌は治りニコニコとはしゃいでいた。


家に付き暑苦しい百波の出迎えに辟易しつつ、万里に言付けたことを訊ねると、次の『品物』が見つかったとの事だった。


「……それを、何で万里ちゃんに言付けたのさ」

「だってさ!折角俺が千羽の所に行こうとしたら、万里ちゃんが『ママがいってくるわ~』とか言い出すから……」

「あ~‥、まぁ、言うだろうね。で?次は何が見つかったの?」

「蓮華ちゃんよ~!!」

「………蓮の絵柄の、壺だよ。」


またも勝手に名前を付けている蓮華を流し、百波が答えた。

一輪の蓮の花が描かれている、シンプルな壺が次の品物らしい。その壺の持ち主は昨日行った鈴代家の御近所で藍華の幼馴染みらしく、少し手こずるのでは‥と百波は眉毛をハの字にした。既に百波が予告状を出したのと、二件立て続けとなり警備が多少厳しくなっているのと、藍華と手合わせしたと聞いて心配しているのだろう。幾ら空手が得意な藍華の幼馴染みとは言え、その幼馴染みが藍華の様に空手が得意とは限らないし、態々待ち伏せするようなお転婆とも思えず古瑞は『平気さ』と笑った。


如月 (らん)


今宵、貴方様がお持ちの『蓮の花が(えが)かれている壺』を、頂きに参上致します


それは、元より我が家宝

貴方様がお持ちするような代物では在りません


空の黄水晶が煌めく頃、蓮華の華とともに参ります



努努、油断召されぬよう


Lotus



「ねぇ‥千羽?何時もこんなに警備って手薄なの?」

「そんなこと無いんだけど……如何したんだ?」


絶対着いていくよ!と言う百波を引き連れ、件の如月の家へと向かうと、何故か其処には何時もと違って警察が一人として居なかった。何時もだと、大声で怒鳴る警部や古瑞等が居るはずなのに‥と、思案していると、パタンと扉が閉まる音がした。そちらを伺うと、『いらっしゃ~い』と可愛らしい声が聞こえ、如月の家に来客したのだと察せられた。


「……誰か来たね。ねぇ、千羽如何するの?」

「……怪しいけど、取り敢えず当初通り、行ってくる。」


不安気な百波にそう告げると、古瑞はヒラリと塀の上へと飛び乗り中へと入っていった。


難なく地面に着地し、何処か侵入できそうな所がないかキョロキョロ見渡すと、庭に続く窓が一ヶ所だけ開いているのに気がついた。春先とは言え、この時間帯に開けっぱなしは如何なものか‥と苦笑し、でもそのお陰で自分が侵入出来るのだからまぁ良いかと思うことにした。


部屋に入り、さて目当ての壺を探そうと視線を巡らせると、リビングの棚の上にそれは置いてあった。今までに無いほどあっさりと見つかり、拍子抜けしてしまった。


「……楽に越したことはないけど、こうもすんなり行くと、逆に怪しい………」

「何が、怪しいんですか?」


ポツリと苦笑していると、急に後ろから声をかけられた。驚き振り返ると、其処には金髪に近い茶髪で巻き毛の女性が小首を傾げながら立っていた。


「…………君は?」

「如月 栾です!貴方は〝蓮泥棒〟さんですよね!」

「蓮………」

「はい!Lotusは日本語で〝蓮〟ですから、それを使う泥棒さんは蓮泥棒さんです!」

「はは‥は、そうだね。」


何故かキラキラとした笑顔でそう言われ、如何リアクションして良いのか判らず、古瑞は取り敢えず笑っておいた。しかし、そんな乾いた笑みにすら気付かないのか気付かない振りをして居るのか謎だが、如月はニコニコと古瑞を見詰めていた。

何とも言えない空気の中、さて如何したものか‥と古瑞が悩んでいると、リビングのドアが開き其処から見知った少女が姿を見せた。


「あ、藍華ちゃん!」

「………!ちょ、栾!なにのんびり見詰めあってんの!?」

「ん?君はこの間の……」

「藍華ちゃん、泥棒さんが来たよ!」

「なんで〝さん〟付け?!つか、『来たよ』って可笑しいでしょ!!」

「そうだ!お菓子焼いたんです、泥棒さんも食べませんか?」


『話を聞けぇえええ!』と叫ぶ鈴代をスルーし、如月はパタパタとキッチンへと走ってしまった。なにがなんだか判らず固まっていると、山盛りのクッキーを乗せたお皿を持った如月が戻ってきた。


「今日、泥棒さんが来るってお手紙頂いたので、作っておいたんです!」

「………警察‥には、知らせなかったの?」

「何でですか?」


思わずそう訊ねると、如月はキョトンと小首を傾げた。何故警察に知らせなければいけないのか、とでも言う風な如月の様子に古瑞も困ってしまった。別に呼ばなかったのならそれはそれで自分としては有り難いことこの上無いが、でも仮にも『予告状』を貰ったなら普通は警察に知らせるのではないのだろうか‥と考え込んでしまった。そんな古瑞と如月を見て、鈴代は一つ溜め息を吐くと如月に声をかけた。


「栾、お前なんで警察に知らせなかったんだ?あたし言ったよね?警察に知らせろって。」

「えぇ~‥だって藍華ちゃん、泥棒さんはお家の家宝を取りに来ただけなんだよ?なんで、お巡りさんに知らせなきゃいけないの?」

「だからって‥お前なぁ……」

「君は‥持ってかれて構わない?自分の物なのに?」

「?確かに、その壺さんは気に入っていますが、そもそもそれは拾い物ですから。落とした方が泥棒さんなら、返すべきです。それに、壺さんも元の持ち主さんの所に居た方が嬉しいと思うんです!」


花が飛びそうな笑顔で言い切られ、古瑞も鈴代もぽかんと口を開けたまま固まってしまった。そんな二人の様子を気にせず、如月はニコニコしながら古瑞の口の中にクッキーを入れた。


「………むぐ!?」

「お味は如何です?」

「ちょ、こいつ殺す気か栾!」

「あ、藍華ちゃんも食べますか?」

「要らねぇえええ!!」


嫌がる鈴代にクッキー片手に躙り寄る如月を見ながら、口に入れられたクッキーを咀嚼していると、それに気付いた鈴代が何故か顔を蒼褪めさせていた。


「お‥お前、だいじょぶ……か?」

「なにが?」

「お味は如何ですか?」

「ん、美味い。舌先がピリピリするけど、刺激的で俺は好きだな。ナッツクッキーに敢えてのタバスコか、面白い。」

「わぁ!凄いです!隠し味まで判るんですか!」


目をキラキラさせた如月から、もう一枚クッキーを貰っていると鈴代が奇異なものを見るような眼差しで此方を見ていた。そんな鈴代に首を傾げていると、窓に小石がぶつかる音がした。それは、事前に百波に頼んでいた『人が来た』と言う合図。


「如月 栾さん。もう一度確認するけれど‥本当に俺が持ってって構わないんだね?」

「はい、お返しします!」

「………有難う。」


笑顔で言い切られ、古瑞も笑顔で礼を返した。そして、素早く壺を布で包み持ってきた袋に積めていると、可愛らしくラッピングされた袋が目の前に出された。受け取り何かと視線で問うと、『さっきのクッキーです』と如月が笑っていた。それにも礼を告げると、古瑞は外へ出てヒラリと塀を飛び越えていった。

着地し体制を整えていると、待機していた百波が近付いてきた。そして百波に持たせていた荷物から私服を取り出し素早く着替えると、二人は何食わぬ顔で路地から抜け帰路へ着いた。

少し変わっていた如月の事を百波に聞かせている二人の後ろ姿を、じっと見詰める人影に‥気付くことはなかった。


「あ、せんちゃんももちゃん~!お帰りなさい~!」

「ただいま~万里ちゃん!」

「ただいま。」

「ねぇねぇ、蓮華ちゃんは?」


家に着くと、万里が出迎えてくれた。そしてまたも勝手に壺に名前を付けていることに苦笑しつつ手渡すと、彼女は満面の笑顔を浮かべ二人の頬にキスを送った。し終わるとパタパタとリビングに走っていってしまい百波と顔を見合わせ笑ってしまった。

後を追いリビングに向かうと、其処では万里が壺の中に花を活けていた。


「……ねぇ、万里ちゃん。それって花瓶じゃ‥無いよね?」

「そうよ~?」

「じゃ、なんで花活けてるの?」

「だって~、可愛いじゃない~!」


ニコニコと言い切る万里を見て、古瑞はふと先ほどまで喋っていた如月を思い出した。


(彼女と万里ちゃんは気が合うんだろうな……)


等と密かに笑い、髪色を落とすために風呂場に向かった。



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