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a Lotus thief  作者: 刻埜
本編
3/15

アホ子とワンコと絵画

「ねぇ、千羽。あたい、明日補習が入って時間に遅れそうなんだけど……」


閉店作業が進む中、蛍漓が言いづらそうに古瑞へと声を掛けた。

その声に気付き、古瑞は見ていた携帯から視線を外すと、蛍漓に顔を向けた。


「蛍漓にしては珍しいんだね?何時も補習になんて引っ掛からないのに。」

「……あの馬鹿の所為。あたいは、悪くない。」

「あ~‥、あの〝馬鹿〟ね……なら、明日は臨時休業にしようか。」

「…………でも」

「良いの良いの。俺も急用が出来たし、ね?」

「………………女?」

「…………違うから」


スマホを翳し、急用が在ると告げると、蛍漓からジト目で睨まれてしまった。そんな蛍漓に否を唱えると、古瑞は肩を竦めてみせたた。


「母さんの用事。ほら、うちは母子家庭だから何かと男手に困っててね。弟は‥〝あれ〟だから」

「………判った。」


ジト目から一気に哀れむような目付きへと変わった蛍漓に、古瑞は複雑な心境になったが、敢えて何も言わず苦笑いを浮かべた。

それから恙無く作業は進み、制服から私服に戻った蛍漓を古瑞は呼び止め大きな包みを手渡した。


「これなに?」

「今日の残り物。如何せ今日も螢ご飯作れないと思うし、コンビニ弁当よりは良いでしょ?三人分入ってるから食べて。」

「……有難う、千羽。愛してる。」

「あはは‥冗談でも嬉しいよ。じゃ、気を付けて帰りな?」

「冗談じゃないもん。それに、そこいらの輩よりあたいのが強い!!千羽の馬鹿!鈍感!!」


頬を膨らませながらそう言い捨てると、蛍漓はドアを乱暴に開け出て行った。

そんな蛍漓に苦笑していると、CLOSEの札が掛かっているにもかかわらず、店のドアが開かれた。


「せんちゃ~ん!お迎えに来たわよ~。」

「…………何で来ちゃうかな、母さん。」

「もぅ~!ママの事は~〝万里(まり)ちゃん〟って呼んでって何時も言ってるでしょ~!」


腰に手を当て、頬を膨らませる女性に古瑞は頭を抱えてしまった。

入って来た女性は何処かしら古瑞の面影が在り、でも何故か子供っぽさが残っている雰囲気だった。

女性・万里は古瑞に小走りで近付くと、古瑞の手を取りニコリと小首を傾げた。


「そうだ~!せんちゃん、ももちゃんからのお手紙は読んだ~?今度は~『絵』が見付かったのよ~!」

「はいはい、ラインなら読んだよ。でも、その話しは此処では駄目。そんくらいは、母さんでも判るでしょ?」

「そうよね~!内緒だものね~!じゃ、早く帰りましょ~!作戦を捏なきゃ~!」

「……作戦を『練る』ね。」

「せんちゃんせんちゃん早く~!」


急かすように万里が古瑞の服の裾を引っ張る。

それに苦笑を浮かべつつ、古瑞は帰り支度を済ませると万里と共に店を後にした。


「ただい」

「せんばぁあああああああ!お帰りお帰り!もう、何時もより遅いから心配しちゃったよぉ~!迎えも俺が行きたかったのに、万里ちゃんが先に行っちゃうしさぁ~!もぅ超寂しかったぁ!!」

「………百波(ゆわ)ストップ!痛いから!摩擦熱いし!」

「わぁ~!ももちゃんすごぉい~!ママもやる~!」

「やんなくて良いから!!」


玄関に入ると、凄い勢いで胸に飛び付かれ、そのままがっちり抱き締められるとおでこを超高速で左右に振られ、服との摩擦で胸が異様に熱を発していた。

このままでは煙すら出かねないと危惧し声を掛けるも、全く聞いておらず仕舞いには万里までもが加わってしまい、もう古瑞はお手上げ状態だった。


「あ、そだ!千羽、メール見た?!俺が見付けたんだよ!偉いでしょ?」

「偉い偉い。偉いんだから、取り敢えず離れろ。ほら万里ちゃんも!」

「わぁい!せんちゃんがママをお名前で呼んでくれた~!」


何がそんなに嬉しかったのか、喜んだ万里が頬にキスをしてきた。それに呆れながらやっとの思いで二人を引き離し、古瑞は部屋へと入って行った。


自室に荷物を起き居間に行くと、机の上やソファ、果てには床にまで書類が散らばっていた。一応片付けようとしたのだろう形跡は残されていたが、それすらただ重ねて積み上げているだけで、何時崩れ落ちても可笑しくない状態だった。


「……手伝ってくれてるのは嬉しいけれど、少しは回りも見ようね、百波?」

「あ~‥はは!」

「笑ってごまかすな。」

「せんちゃん!今度のお家は~、鈴代さんのお家よ~!」

「鈴代‥って、町内会長の?」

「うん!はい、これがその書類!」


ソファの上を片しながら、百波が手渡してきた書類に目を通す。

其処には、確かに『町内会長』の文字と探していた『絵』が娘にプレゼントされている事が記載されていた。


「この絵はね~、パパが~ももちゃんが生まれる記念で買ってきてくれたのよ~。確か~、『小麦色の娘』?」

「………『麦畑の娘』ね。」

「へぇ~、親父が買ってきたやつだったんだ~。

なんか思い出でも有るの、万里ちゃん?」


書類の束を部屋の脇に積み重ねた百波が会話に加わってきた。

ねぇねぇ、と尋ねる百波に万里はニコニコと笑顔で頷いた。確か~、と思い出しながら百波に聞かせていると、書類を読み終えた古瑞は立ち上がるとキッチンに向かった。



「って~、感じなのよ~。」

「成る程!つまり、買ってきてくれたのが嬉しかっただけなんだね、万里ちゃん!」

「そうね~。」

「中身無い話しだったね~、あはは!」

「はいはい、二人ともご飯出来たから手を洗ってきて!」

『はぁ~い!』


二人揃っていい子の返事をすると、キッチンへと走って行った。

二人が戻ってきて席に着くと、食事を始めた。


「あ、そういや千羽?今回も予告状って出すの?」

「ん?勿論だよ。」

「ねぇ~、せんちゃん~。なんで~、お手紙を出すの~?出さない方が~、お巡りさん来なくて安全なんじゃ無いの~?」

「あ~、俺もそれ気になる!」

「理由は簡単だよ、その方がスリリングじゃん?それに、此処の管轄には螢が居るし。揄かい甲斐が有って、楽しいんだ。」


ニッコリと古瑞が答えると、二人は成る程!と感心していた。



鈴代 藍華(すずしろ あいか)


今宵、貴方様がお持ちの『麦畑の娘』を、頂きに参上致します


それは、元より我が家宝

貴方様がお持ちするような代物では在りません


空の黄水晶が煌めく頃、蓮華の華とともに参ります



努努、油断召されぬよう


Lotus


「一応、我々で外は固めましたが‥九十九%、盗まれると思いますよ。」

「いや、残りの一%で頑張ってよ!つか、何で盗まれる大前提?!!」

「今まで、追い詰めることすら出来ていませんからね。上司が能無しだと、部下が苦労するんですよ。」

「こらぁあああ!!近江ぃいいい!!油売ってないで配置につきやがれぇえええ!!」

「煩いですよ、能無し部長。」

「毒吐きまくりだな、あいつ。」


近江がその場を離れると、絵の飾られた部屋には金髪の少女が一人残された。


その少女こそ、今回狙われた絵画の持ち主の鈴代 藍華だった。

長い髪を邪魔にならないよう高く結い上げお団子にすると、藍華はクルクルと袖を捲り上げた。


静かな部屋に、時折外から聞こえる警官達の声を耳にしながら、藍華はただただ時計を睨み付けていた。

カチっと、時計の針が十一時を指すのと同時に、部屋のドアが開かれた。

驚きそちらを振り向くと、何故か警官が一人立っていた。


「……配置、間違ってんじゃないの?この部屋には、誰も配置されてないはず。」

「おやおや、これは鈴代 藍華さん。今晩和。いけないなぁ、女の子が夜更かしなんて。」

「ふ~ん、あんたがロータス?随分、イケメンなんだね。」

「お褒めに与り恐悦至極。」


藍華が仁王立ちしながら尋ねると、その警官は肩を竦めながら帽子を外した。その拍子に中に束ねられていた髪が零れ、月の光を浴び、天使の輪が出来ている漆黒な髪が現れた。


「それで、君は何で此処に?俺が聞いた話しだと、此処には警官が居るはずだったんだけど?」

「さっき代わってもらったんだよ。あんたを見てみたかったし、それ‥にっ!!」

「おっ‥と!」

「ただ取られるのを待ってるのは、性に合わなくて‥ね!!」


会話をしながら、藍華は古瑞との距離を一気に縮めると、拳を突き付けた。

それを避けると今度は、その腕の反動のままくるりと回転をし軸足を変えると回し蹴りを放った。


腕でガードすると、古瑞はしゃがみ込み藍華が軸足にしている足を素早く払いのけた。

その所為でバランスを崩した藍華の上を飛び越えると、少し距離を開け、警官服を脱ぎ捨てると古瑞は藍華を振り返った。


「噂に聞いた通り、随分お転婆なんだね?空手かな?」

「ぃ‥ててぇ。あんたも、見掛けに因らず機敏で反応が良いんだね。空手、自信有ったんだけど‥まだまだかな。」

「いや、十分強いさ。女の子の割に、一撃が結構重かったし‥振り幅が狭いから反しが素早いしね。」

「褒められても嬉しくない、勝てなきゃね。」


苦笑すると藍華は、『あ~ぁ、負けたぁ』と床に大の字に倒れ込んだ。

それに笑みを零すと、古瑞は飾られた絵画の方に歩みを進めた。

額縁に手を掛け、止め金から外すと、急にピーっと甲高い音が鳴りはじめ、外の警官達が騒ぎ出した。


「はは!切り札は、最後まで取っておくもんさ、怪盗さん?」

「あらら、してやられた。」

「………その割には、余裕そうに見えますが?」


古瑞が苦笑いを浮かべ絵画を布で包んでいると、ドアの方から第三者の声がした。

振り向くと、其処には近江が立っていた。


「さて、外は警官だらけ。藍華一の出口は私が塞いでいます。この状況で、如何やって逃げるおつもりですか、ロータスさん?」

「ん~、如何しようかね~?」


言うと、古瑞は大袈裟に肩を竦めて見せた。

そんな古瑞に近江は肩眉を上げると、藍華の横を通り抜け古瑞に近付いた。それに合わせ近江も窓へと近寄り、背中越しに鍵を開け窓を開け放った。風が入り古瑞のマントと古瑞の髪が揺れた。


「……其処から出でも、逃げ道は有りませんよ。」

「‥は、甘いね。無いなら、逃げ道は作るもん‥さ!!」

「………っ?!」


手摺りに足を掛けたかと思うと、古瑞は『何か』を屋根へと投げ身軽に飛び乗った。

近江が急いで手摺りに身を乗り出し上を見上げると、其処には屋根のてっぺんに立つ古瑞が居た。

登ろうとする近江に笑みを向けると、古瑞は勢いよく屋根を駆け降りはじめた。驚き目を見開く近江の横を走り抜けると、古瑞は空中に身を投じた。下の警官達も驚き、落ちて来る〝筈〟の人物を受け止めようとざわついた。しかし、宙に舞った瞬間、古瑞が何か紐のような物を引っ張ると、一瞬の内にマントが羽根のように広がりハングライダーの要領で空を飛んで行った。


皆が呆気に取られる中、近江は擦れ違った瞬間に見えた古瑞の表情に真っ赤になっていた。

擦れ違ったほんの一瞬、古瑞は近江にウィンクを送っていた。


「ただい」

「千羽!お帰りお帰り!怪我はない?!だいじょぶだった!超心配したよぉおお!」

「……帰ってくる度に、飛び付くの止めろって何時も言ってるよね、百波?」

「千羽ちゃぁ~ん!お帰りなさぁい~!小麦ちゃんは如何だった~?」

「………小麦ちゃんて」


抱き着いて離れない百波を引き擦りながら居間へ行くと、万里が満面の笑顔で出迎えた。

絵画に変なあだ名を付けている事に苦笑すると、持っていた布包みを開け絵画を万里に手渡した。

それを受け取り、絵画を目にした万里は花が咲きそうな程笑顔を輝かせるとパタパタと壁に走り寄り飾り付けた。

満足げに頷くと、今度は古瑞に近寄り爪先立ちをすると頬にキスを送った。


「せんちゃん!有難う~!」

「……母さんの為だからね、まだまだ頑張るよ。」

「千羽~!早く髪色落とそうよ~!洗わせて~!」

「あ~、はいはい。今行くよ。」


いつの間にか離れ何処かに行っていた百波が、バスルームから声を張り上げた。

肩を竦めそれに苦笑いをすると、古瑞は百波が待つバスルームへ歩いて行った。



次話は9/20の10時になります。

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