何故かクセになるカフェ
「ふ~ん、また『怪盗』が出たんだ。」
「あ、せんちゃんも見た?今回狙われたの、町外れの花咲さんの所らしいよぉ~」
「へぇ、そうなんだ‥って、せん〝ちゃん〟て呼ぶのは止めろって言ってるよね、螢の兄?」
せんちゃんと呼ばれた青年、古瑞は見ていた新聞から視線を外すと、ドアから入ってきた客を見遣った。少し派手目なパーカーを着ている青年は、そんな古瑞を気にも止めず古瑞の目の前のカウンターに腰を掛けた。
〝螢の兄〟と呼ばれた青年は、一体何をやっているのかフラフラと不定期に店に来ては何時間も店に居座り、閉店間際にならないと帰らないという変な人物だった。
「やっほ~☆取り敢えず、珈琲く~~ださい。」
「…………螢の兄」
「あ、ほとちゃんがねぇ、寝坊したらしくてぇ、何か遅刻するみたいなこと言ってたよ~~」
「………飛炎」
「なぁに、せんちゃん?」
「ちゃん付けは、止めて。」
全く人の話を聞かない飛炎に、音を上げた古瑞がちゃんと名を呼ぶと、飛炎はやっと返事を返しニコニコと古瑞に顔を向けた。
「もぅ、何で千羽君は僕の名前ちゃんと呼んでくれないのさぁ。〝螢の兄〟って、僕は螢の付属品じゃないよ~?」
「……双子の兄でしょ?」
「そ・れ・で・も!僕はちゃんと、千羽君に『飛炎』って呼ばれたいのぉ!」
「気持ち悪い声、出さないで。超絶気分悪い。」
「痛い!!」
「……おはよう、蛍漓」
「おはよ、千羽。」
急に二人以外の声が聞こえたかと思うと、頬を膨らませ古瑞に文句を言っていた飛炎の頭を、後ろから勢い良く鷲掴むとごつんと音を立ててカウンターへと減り込ませた。
グリグリとカウンターへ擦り付けている人物を見ると、其処には飛炎と似た風貌で眼鏡を掛け、しかし髪は二つのお下げがされ履くスカートの丈は踝まで長い少女が立っていた。
「ほとちゃんほとちゃんほとちゃん!おでこ!おでこ削れちゃう!お兄ちゃんのおでこが削れちゃうからぁ!!」
「削れてしまえばいんじゃない?それと、あたいは寝坊なんかしてない。」
「え‥と、蛍漓、それくらいにしてもらわないと‥カウンター凹んじゃうから……」
「………仕方ないな。」
そう古瑞に声を掛けられ、やっと飛炎から手を離した少女・蛍漓はスタスタとカウンター横へ向かい『Staff Only』と書かれている扉の中へと入って行った。
そんな蛍漓に肩を竦め、未だカウンターにへばり付いている飛炎の前に煎れた珈琲を置くと、ガバッと飛炎が頭を上げた。
「ほとちゃん酷い!お兄ちゃんのおでこが削れちゃったら如何するの!?お婿に行けなくなっちゃうじゃん!!」
「煩い、馬鹿兄貴。沈めるよ。」
「…………スン」
「千羽、ご飯食べたい。」
「蛍漓何時も俺の料理文句言ってなかった?」
「……クセになるんだもん。」
プイっと顔を反らしながらぶっきらぼうに言う蛍漓に、苦笑いを零しながら古瑞は調理を始めた。
出来上がり、蛍漓が食べ始めるとまた飛炎が騒ぎはじめ、それにキレた蛍漓が飛炎を殴り、そんな蛍漓を古瑞が宥めたりしていると、続々と店に客がやってきた。
素早く食べ終え、蛍漓が無表情に接客を始めると、飛炎がぽつりと『営業スマイル!』と茶々を入れていた。それをマルッと無視する蛍漓は、注文を古瑞に伝える際にさりげなく、飛炎の向こう脛に蹴りを入れていた。
古瑞がオーナーを勤めるこのカフェは、巷で噂の怪盗と同じ名前の『Lotus』。
ちょっと変わった料理と、無愛想な店員が有名な何故かクセになるカフェ。