チャランポランの正体
だが、まぁそれが飛炎の通常運転だと思うことにし、古瑞はきょろきょろと見える範囲で部屋を見渡した。
「所で飛炎、此処は何処?」
「僕の秘密基地!」
「…………秘密、基地?」
「そう!別名、仕事部屋三号!」
「………別名の意味とは?って言うか、三号て‥他にも在るの?
常々思ってたけど‥飛炎って何してんの?」
エッヘンと胸を張りながら言う飛炎に、古瑞は呆れてしまった。そして、次いでとばかりに常日頃から気になっていたことを聞いてみた。
店に顔を出さない日もあるが、それでも二日と開けず来店し、開店時間から閉店時間まで何をするでもなく―蛍漓にちょっかいは出しているが、ずっと居座っている。近江や蛍漓に聞いても『興味ない』と素気無く切り捨てられていた為、ずっと気になっていたのだ。
「あれ?僕のお仕事言ったことなかった?僕ね、モデルやりながら何でも屋をやってるの!!」
「モデル……?何でも屋……て、まさか」
「………そのアホは、俺の相方だよ。」
「………し‥蓁!?」
飛炎の職業に驚いてると、此処には居ないはずの如月の声が聞こえた。ツカツカと倒れている古瑞に近寄ってくると、綺麗な若草色の瞳が覗き込んできた。
「あらら~、割かし早く来ちゃった~。もう、空気読んでよ~しんちゃん!!」
「テメェに言われたくねぇよ。」
プリプリ怒る飛炎を軽く否むと、如月は古瑞の躯を跨ぐように腰を下ろした。一応、古瑞が苦しくないようには配慮されているが、腰部分に座られてしまい完全に身動きが取れなくなってしまった。
「……相方‥って事は、俺は嵌められたの?」
「いや、偶然。あんたから依頼されて、こいつに調べさせようと話したら」
「僕が持ってる物だったからさ~。あの時はほんとに驚いたよ~。」
如月の言葉の後を、途中から飛炎が引き継いだ。網を張ったつもりが、意図せず掛かったのが自分だったことを知り、古瑞は苦笑し肩を竦めた。
(あぁ‥絶対、早まった気がする……)
何とかなる、と考えていた数日前の自分を殴りたくなった。でも、そう思っても後の祭で、今は如何にしてこの場から脱出するかを考えなくてはならない。
詳しい時間は判らないが、それでも自分が古瑞家に忍び込んでから数時間は過ぎているはず。〝彼〟には『一時間』と指定していたから、きっともう百波と接触し自分を探してくれているはずだ。スマホにはGPSも付いている。何れ二人は此処を見付ける。だから、二人が駆けつけるまで時間を稼ぎつつオルゴールを手にしなくてはならない。
身動きが取れない現状でも、古瑞はけして諦めていなかった。
「取り敢えず、俺を如何したいの?警察に連れてく?」
「んな事するかよ。」
「じゃ‥何を………っ」
「前‥言っただろ?『俺に抱かれろ』って。」
「しんちゃん狡い!僕も混ぜろ~!」
ニヤリと妖しく笑いながら、如月はワイシャツの裾から手を忍び込ませてきた。思わず身を固くすると、飛炎が騒ぎ古瑞に抱き着いてきた。その所為でこれ以上手を伸ばすことが出来なくなり、如月は不機嫌そうに眉を顰めた。
飛炎を退かせようと、如月が口を開こうとした瞬間、凄まじい音と共にドアが吹き飛んだ。驚きそちらに視線を動かすと、其処には怒気を纏った百波が立っていた。
「…………なに‥してるの?」
「………見て判んねぇか?」
「………今すぐ‥千羽の上から、退いて」
「………断る」
その言葉に否を唱えると、百波は一瞬で表情を無くすと如月に向かって駆け出した。攻撃されると悟った如月は、素早く古瑞の上から退き距離を開けた。直ぐ様方向転換した百波は、振りかぶった拳を如月に撃ち込んだ。それを弾き躱すと、如月も百波目掛けて蹴りをお見舞いした。
肉を打つ音を聴きながら唖然としてると、抱き着いていた飛炎が跳ねるように離れていった。
何だろうと見れば、長い金髪の巻き毛が風に靡いていた。
「………静夜さん?」
「はぁい、千羽君。無事かしら?」
「何とか‥。すみません‥手伝ってもらって」
「良いのよ、可愛い後輩の頼みだもの。喜んでお手伝いするわ。」
「お手伝いって、僕を蹴り飛ばす事なの?」
「あら、貴方が千羽君に抱き着いてるのが悪いのよ?」
ふふ‥と笑む一凪 静夜に、飛炎は嫌そうに口を尖らせた。
「貴方が何のために〝これ〟をアタシに寄越したのかは知らないけど、可愛い後輩を苛めるのは止めてくれる?」
「はて、なんの事かな~?」
一凪がポケットからメモ紙を、飛炎に見えるように取り出した。多分、飛炎が一凪宛に書いたものなんだろうが、でもそれを見ても飛炎は惚けるように笑うだけだった。そんな飛炎の態度に一凪は不快そうに髪を払うと、メモ紙をひらりと落とし古瑞の腕を絞める縄をナイフで切った。
それに礼を言い立ち上がると、飛炎が何かを古瑞に投げて寄越した。受けとり見ると、ナンバープレートが付いている鍵だった。意味が判らず胡乱な眼差しを向けるが、飛炎は何も言わずただ笑うだけだった。
「はぁ‥取り敢えず、此処から逃げましょ、千羽君。」
「…………静夜さん」
「もも君、行くわよ!!」
古瑞の腕を掴みドアへ走ると、一凪は百波に叫んだ。それを聞いて、百波は如月に回し蹴りをするとそのまま走り出した。体勢を直した如月が追おうとしたが、一凪に邪魔され出来なかった。
「静夜さんお手製、目眩まし!!」
「………………っ」
古瑞を百波に渡し先に行かせると、一凪は素早くサングラスを掛け何かを地面に叩き付けた。その物体が地面で弾けた瞬間、目が開けられないほど強い閃光が部屋を満たした。咄嗟に目を庇いはしたが、強烈な光度の所為で暫くは目が開けられそうになかった。
「あ~ぁ、逃げられちゃった~」
のんびり聞こえた飛炎の声に苛つき殴りに行きたかったが、視界が安定しなくて動けない自身に舌打ちをした。
「ねぇ、静ちゃんて‥何してる人なの?あれ、なに?」
「普段は普通に学校の先生をしてるオネェよ。ただ、アタシああ言う爆弾みたいなのを作るのが趣味なの。」
「………………爆弾?」
「ええ。さっきの目眩ましの閃光弾や煙玉、音を聞こえなくさせる音爆弾とかね~。とても楽しいわよ☆」
「あ‥はは、楽しいんだそうなんだ。千羽の知り合いって、変わってる人多いね。」
楽し気に話す一凪に、百波は乾いた笑みを浮かべた。
途中で一凪と別れ、古瑞と百波は追っ手が来ないことを確認しゆっくり帰路についていた。その途中で飛炎に渡された鍵を思いだし良く良く見ると、プレートの裏側に番地が記されていた。それは古瑞の家の近くに在るコインロッカーだった。道すがらに寄り同一の番号に差し込み中を開くと、其処には盗むはずだったオルゴールと一枚のメモが置かれていた。
『Lotus様
貴方がお探しのオルゴールを、お返し致します。
近江 飛炎』
そう書かれていたメモを見た百波が、口端を引き攣りながら古瑞を見上げた。
「……………飛炎って、ロータスが千羽だって気付いてたの?」
「……らしいよ。」
そんな百波に苦笑し、オルゴールを手に持った。色々驚くことや謎なことは在るが、こうしてオルゴールは手元に来たのだから良いかと、諦めにも似た笑みを浮かべた。