8 ストーカー
桐山実咲は数週間前から陰湿なストーカー被害にあっている。
自分が写っている盗撮写真がポストに入れられていたり、無言電話が毎晩かかってきたりしているのだ。
強気で前向きな実咲もこればかりは耐えられなかった。
そんな苦痛な毎日を終わらせてくれたのが俺ラブの主人公、九条秋人だ。
だから秋人に助けてもらった時、親愛の情が一瞬にして芽生えてしまった。
その親愛が恋心に変わるのにあまり時間はかからない。
「(そうなる前に智里に秋人へ思いを伝えて貰えればこっちのものだよね)」
何てったってうちの智里はあんなに可愛いんだし。
おまけにあのプロポーションだよ?男なら一度はあの柔らかいものに触れたいと思うはずだ。
私は先ほど抱き締めた智里の感触を思い出す。
布越しからでもわかる、あの膨らみ。マシュマロのように柔らかく、体から漂う匂いは私の思考を奪っていった。
智里は嫌がっていたけど、だったらその体と媚薬のような香りをどうにかしろって言うのが私の本音だ。
それをどうにかしたところで私が抱きつくのをやめる保証はないけど。
そんなことを考えていると実咲が校門から出てきた。
私は一旦邪な考えを振り払い、見失わないよう実咲に視線を集中させる。
私が身を隠していた場所は校門の近くにある電信柱だ。
時々通る近所の人や子供に奇異な目で見られてしまったけどそれは気にしていない。
ほんとだよ?
ほんとだからね?
心が折れそうになんてなってないからね!
「……はぁ」
尾行を初めて約三分後。
実咲が疲労感を漂わせて大きくため息をついた。その姿は今日の昼間秋人と言い合いをしていたとは思えないほど儚く、今にも消えてしまいそうだった。
さすがメインヒロイン。
顔がいい。
「(疲れてるんだろなぁ……)」
毎晩無言電話がかかってきて、盗撮までされて。
実咲は両親に心配かけたくないからという理由で盗撮のことを誰にも話していない。
私からしたらさっさと相談して警察にでも行けばいいのにって思っている。
実咲にもし何かあったとき一番悲しむのは両親だってことに気づいてないのかな?。
「(両親に迷惑をかけたくないならストーカーに襲われる前に相談すればいいのにさ)」
実咲には愛情深い両親がいるのだから、それを活用しなくてどうするのか。
人は窮地に追い込まれると冷静な判断ができなくなる。今の実咲はまさにそれなんだろう。
尾行を続けて早10分。変化が訪れた。
「ね、ねぇ、君……写真を撮らせてくれないかな?」
髪はボサボサでメガネをかけたいかにもあやしそうな男が実咲に話しかけてきた。
うん、率直にいってキモい。
なんかハァハァいってるし、絶対に近づきたくない人種だ。
「……お断りします」
「そんなこと言わないで撮らせてよ」
ハァハァときっもちわるい息を吐きながら徐々に実咲に近づいていく。それと同時に実咲は後ずさった。
実咲も私と同じように気持ち悪そうに顔を歪めていた。
「僕ずっと君のこと見てたんだよ?君のこと好きなんだ。だから頑張ってアプローチしたのに全然気付く気配がないんだもんねぇ、君」
「……何言ってるんですか?」
「ほら、毎日電話したじゃないか。朝早起きして僕の愛のつまったプレゼントもポストにいれたし」
実咲が大きく目を見開いた。
「あぁ、やっと気づいてくれた?驚いた顔の君もいいね」
連写音が響く。
「ちょっ! やめて!」
「どうして? 君写真とるの好きだろう?だから僕が撮ってあげてるのに」
「頼んだ覚えなんてない!」
「僕の家に来てよ。写真一杯とってあげるから」
そう言って男は実咲の腕をつかんだ。
「は、離して……っ!」
実咲は女子にしては力がある方だ。
しかしそれは男には通じない。どれだけ足を踏ん張っても、手を振りほどこうとしても男には敵わない。
それは私にもいえることだ。
ならどうやって助けるのか。
私はスマホで実咲と男を撮った。
突然のシャッター音に驚いた実咲と男は私を凝視した。
「な、なんだよお前!」
最初に言葉を発したのは男だった。顔面蒼白になって焦っているのがバレバレだ。
「(焦るくらいならこんなことしなきゃいいのに)」
自然とため息が出てくる。
「どうも。その人から手を離してくれません?そしたらこの写真は警察に持っていきませんから」
「な……っ!?」
警察という単語に息を飲むのがわかった。
そりゃそうでしょ。ここまでしたんだから。
「と、盗撮だ!」
「あなたもでしょう?」
「くっ……」
男は私の反論に顔をうつむかせた。
バカなのだろうか。
いや、バカなんだろう。
「早くその人から手を離してください」
語尾を強める。
男は体を震わせて何かをぶつぶつ呟いていた。小さすぎて何を言っているのかわからないが、私には知る必要のないことだ。
先ほどから実咲は男の手を振り払おうと色々しているのだが、抜け出せていない。
男の力は緩んでいないらしい。
それほど実咲に執着しているのか。
「……この人のことが好きだったのなら普通に告白したらよかったんじゃないですか?」
「そ、そんなこと……」
「できないって? ストーカー行為をしておいて好きな人に告白はできないんですか?矛盾してますね」
「す、ストーカー……?」
「ストーカーじゃないですか」
「ぼ、僕がストーカー……?」
あれ?
まさか自覚なかったの?
「ち、違う……僕はストーカーなんかじゃない……!ぼ、僕はただ……この子にアプローチしてただけだ!」
「そのアプローチがストーカー行為なんですよ」
「違う!!大体なんなんだ君は!? 部外者は入ってくるな!!」
「この写真警察に持っていってもいいんですか?」
「写真を消せ!今すぐに!」
「消すわけないじゃないですか」
「ならお前も連れていく!」
アホなんだ。
やっぱりアホなんだな、この男。
まだ日も暮れていない時間にこんな大声を出して。
「何やってんだ、お前」
案の定、人が来てくれた。
その声は聞いたことがあるもので、なんなら数十分前に聞いた気だるけで、でもその時にはなかった真の強さがあった。
振り向いてみればそこには秋人が立っていた。そしてもう一人の人影が―――
「(智里!?)」
どして智里がここにいるの!?
「な、なんだお前!」
「お前こそなんだよ。その女嫌がってんだろ。さっさと手ぇ離せや」
「ひぃっ!」
うわ、怖っ。
目付きがすごいことなってますよ、秋人さん。
思わず身震いしてしまう。
男は悲鳴を上げだが、なおも実咲の腕を離そうとはしない。
「ぼ、僕はこの子に写真をプレゼントしてただけで……」
「……そのプレゼントをその子は喜んでたの?」
智里が男に話しかけた。
「よ、喜んでいたはずだ!」
「本人がそう言った?」
「そ、それは……」
「言ってないよね。分かるよ。今のその子はあなたから離れたがってるから」
「そんなこと……!」
「ないって言える?」
男は下唇を噛んで悔しそうにしている。
反論できないように正論を言っているから余計に悔しいのだろう。
どれくらいたったのか、男は実咲の腕を離した。
実咲は目尻に涙をためて、智里に抱きついた。
ん?
おかしくない?
普通ここは私に抱きつくでしょ?
え?
抱きついてほしいわけではないけど、どうして智里なんです?
智里は少し驚いたみたいだけど弱っている人を突き放すなんてするわけもなく、優しく抱き止めている。
私は嫉妬のあまり心のなかで血の涙を流した。
「……ほんとは分かってたんだ……自分がキモいことしてるって」
あ、自覚あったんだ。
「でもやっぱり好きで……どうしても気づいてほしくて……」
「……気づいてほしかったならもっと違うやり方があったはずですよ?」
普通に告白するとか。
だけど知らないおっさんに急に告白されてもキモイって思うだけなんだけどね。ま、ストーカー行為をするよりはましだ。
男は言葉に目を見開いたあと、うつむいて蚊が鳴くような小さな声で謝罪の言葉を口にした。
もうストーカー行為をやめることと、今後一切実咲の前へ現れないことを条件にこの話は終わりをむかえた。
「(こ、これであってるの……?誰かを抱き締めたことなんてないからわからない……)」
「(くっそ羨ましい!!実咲変わって!その場所を変わってぇ!……あ!今胸に顔埋めた!絶対に埋めた!!)」
埋めてませんw