6 百合はそこそこ好きでした
「お前なぁ、なんで俺に構うんだよ。ここは学校なんだぞ?」
「はぁ?学校だからなによ。私はあんたと話したかったから話しかけにいったのよ。別にいいでしょ」
「よくねぇよ!お前自分が人気者って自覚ねぇだろ!俺がお前と話してると周りの視線が痛いんだよ!」
九条秋人と桐山実咲がそこにいた。
二人は人目のつかないところで話し込んでいた。
乱入してこうかなって思ったけど少しの間、二人の会話を耳を澄まして聞き入った。
私は智里を一番推していたけど、そもそも俺ラブの物語が好きだったわけで秋人や実咲が動いて話をしている姿を見るのも夢だったのだ。
「ただお礼を言おうとしただけなのになんでそこまで言われなきゃいけないわけ? もういい、あんたなんかにお礼なんて一生言わないから」
「ああ、そうしてくれ。その方が俺は助かるんでな」
ふんっと実咲は怒ってどこかに行ってしまった。
それに堪えた様子はなく、秋人は実咲に見向きもしない。
あ、これっていい感じじゃない?
このまま二人が険悪な雰囲気でいてくれれば少なくとも実咲とくっつくことはないよね。
でもメインヒロインである実咲がそう簡単に物語の路線を外れることはない。
今日の放課後、実咲はしつこいストーカーから秋人に助けられる。
さすがに二度も助けられておいてお礼を言わないほど実咲は礼儀がなっていないわけではない。
誠心誠意お礼を伝えて秋人と仲直りをする。
ならこの仲直りを阻止すればいいのだ。
でもこの仲直りを阻止するってことは実咲がストーカーに襲われるってことだ。
それは可哀想なのでそっちは私がなんとかしよう。
「(いや、待てよ。私が秋人と実咲の仲直りを邪魔したら二人の関係はそこで終わってしまうんじゃないか?)」
そうなると秋人のひねくれた部分は直ならないままになってしまう。しかし、仲直りさえさせなければ智里と秋人の恋の応援はしやすくなるだろう。
智里の幸せを考えるのなら仲直りさせない方がいいだろう。だけどそれを智里が望むとは思えない。
私は智里の幸せを一番に考えているから、他のことは二の次だ。だけど智里は違う。
「(……仕方ない。仲直りはしてもらうことにしよう)」
でもそれは今日じゃない。
二回も連続で秋人に助けられちゃ実咲だって秋人を意識してしまうかもしれないから。
だから今日は私が実咲を助ける。
少しでもいいから時間稼ぎをしないと。
実咲が秋人を好きになる前に智里を焚き付けないといけない。
そのために時間がほしいから。
あの仕様もない天邪鬼さをどうにか改善して、秋人に好意を素直に伝えられるように頑張ってもらう
智里が真っ赤になって慌てている様子が目に浮かんで私は教室に帰ってもニヤつきが収まらなかった。
「何ニヤついてるの?」
渚に冷たい目で見られたけど気にしない。
◇
問題はどうやって秋人と実咲を会わせないようにするか、だ。
主人公とヒロインは知らない間に色々とイベントを起こしてくれる。
ラッキースケベだったり、倒れて偶然キスしちゃったりと主人公が羨ましくなるばかりだ。
それがラブコメ回での王道なんだけどね。
ま、それはそれとして。
「うぅ~、智里に会いたい…………」
智里とは朝あったきりで一度もすれ違わなかったのだ。
ひどくない?そこまで広い訳じゃない高校なのになんで廊下ですれ違ったりできないの?
もし私が主人公であれば廊下に出るとすぐにヒロインたちとすれ違ったりイベントを起こしたりしていたんだろう。
そしたら智里にだってすぐに会えるのに…………。
知らぬまに私には主人公願望があったらしい。
別に沢山の人に愛されたいとか、そんなことは考えていない。
大勢の人の好意を一心に受けるって案外大変なことだと思うし、ぶっちゃけそんなの面倒だから。
ハーレム主人公とかは本当にすごいと思うよ。
少し軽蔑はするけどね。
前世ではそこそこ人生経験をしてきたつもりだが、私は思春期真っ盛りの高校生に戻ったことでそこら辺が潔癖性になってしまったらしい。
元々ハーレムの話はあんまり好きじゃなかったからかもだけどね。
智里今何してるのかなぁ。
「会いたい、なぁ…………」
切なっぽく呟いた。
て、これじゃ智里のこと好きみたいじゃないか。
いや、好きだけど好きじゃないっていうか、何て言うか。
笑っていてほしいし幸せになってほしいとは思ってるけど、それは前世から思っていたことだし。
決して智里をそういう意味で好きなんかじゃないし。
………………多分、だけど。
自信なさげな時点でヤバイんじゃないか?
え、私って智里のことそういう意味で好きだったんだっけ?
少し考えてみる。
………………わからん!
そもそも女同士ですし、好きもくそもないよね。
あ、でも女同士に偏見があるって訳じゃなくて、前世の頃は百合の漫画とかは少し読んでたし、決して女同士がダメというわけではない。
ただ、前世も今も恋愛と言うものをしたことがないので良くわからないのだ。
前世がオタクだったから色んなのに挑戦してみたんだよなぁ。
いやいや、懐かしいことで。
でも一番好きだったのはラブコメだったなあ。
王道的なものが多かったけど、笑えて泣けて切ない物語だと思うんだよね、ラブコメっていうジャンルは。
普段コメディーチックなのに終盤になるとシリアスになって凄く切ないんだよなぁ、これが。
胸がぎゅっとなる感じ?
切なくて切なくて泣けてくる。
俺ラブも最終巻読んだとき泣いたなぁ。
智里がフラれて、実咲が秋人と付き合うことになって、嬉しいような悲しいような、そんな奇妙な感じ。
推しには幸せでいてもらいたかったから、結局流した涙は悲しみのものだったけれど、実咲は智里がいなければ一番好きだったキャラなので秋人と付き合うことになったことをきちんと祝福はした。
だけど智里のフラれた痛みが私に伝わってきて涙が止まらなかった。
だから頭を冷やそうと外に出たんだけど、それで死んでしまうなんて笑えないよね。
ま、結果的に私は今凄く幸せなわけだけど。
智里を幸せにする手伝いをする。
その手伝いができるだけで私は幸せなんだ。