30 存在意義
美しい女性と一般より少し体格がいい男が手を握って歩いている。
女は満面の笑みで幸せだと言わんばかりに。男は目を緩めて女性を柔らかい表情で見つめ、微笑んでいる。
そこから少し離れた場所に1人の少女が立っていた。
その少女は男女の幸せそうな様子をその場から眺めていた。
泣きながら。
私はその少女の様子に愕然とする。
彼女には泣く理由がない。
喜ぶ理由はあれど泣く理由がなどどこにも無いのだ。
それでも少女は泣き止まない。
次第に嗚咽が大きくなってきている。
「なんで泣くの」
私はその少女に話しかけた。
聞こえるかもわからないのに黙っていられず、口を出してしまった。
少女は私を見ずに泣き続けながら。
『わ、分からない…なんで泣いてるのか分からないの……っ。すごく辛いの。あの二人を見ていたら胸の当たりが締め付けられて苦しくて息が上手くできない。置いていかれた。1人はいやだ。取らないで……取らないでよぉ!』
質問の返答なのか、情緒が不安定で私には手が負えない。
私は先程の男女に目を移した。
『幸せになって欲しいって誰よりも一番に思ってる!思ってるけど私から離れていかないでほしいの!あの人の幸せに私を入れてほしかったの……!』
涙を流し続ける少女の気持ちがなぜか痛いほどわかってしまって私の頬にいつの間にか涙が伝っていた。
誰よりも幸せになって欲しいという気持ちは変わらない。
だけどその幸せに自分を入れて欲しい。
私という存在を忘れないで。
離れていかないで。
ねぇ、お願いだから。
私からあの人を取り上げないで。
◇
目を覚ますと目元が少し濡れていた。
普通なら夢なんて目覚めれば忘れるものなのに私は鮮明に覚えている。
これは黒瀬純の記憶をずっと夢で見ていたからなのだろうか。
黒瀬純の夢は忘れることなくずっと頭に残っている。
それが普通の夢にまで反映されてきているのかもしれない。
あんな夢忘れさせてくれたら良かったのに。
誰よりも一番に幸せになって欲しいと願いながら秋人との関係を進展させようとしているのに。
こんな夢を見てしまっては素直に実行できるか分からない。
手の甲で目元をこする。
とりあえず学校に行く準備をしよう。
色々モヤモヤしながら考えたって仕方ない。
今日はいつもより早めに学校に行ってみることにする。
家でいると余計なことまで考えてしまいそうだから。
◇
学校についた。
教室には誰もいなかった。
当然だ。
こんな時間帯に学校に来る生徒なんてそうそういないだろう。
(取り上げないで、か)
私があの夢を見て強く思ったこと。
それは智里を私から取り上げないで欲しいというものだった。
ずっと探していた。
ずっと欲しかった。
ずっと待ち望んでいた。
そしてやっと会えた。
なのにどうして私から取り上げるのか。
私にはあの人しかいないのに。
私にはあの人が必要なのに。
私は智里に執着しているんだろ。
ずっと、ずっと、ずっと。
智里のことを思い続けていたから。
これが恋というものならとても厄介だ。
「私、智里が好きなのかな……」
恋だの愛だのそういった感情は前世の頃から理解不能だった。
恋愛は見るものでするものでは無かったから。
一応、告白されたことはあった。
だけどどれもピンと来なくてすべてお断りした。
もしこれが恋なら―――
………恋ならなんだ?
秋人と智里をくっつけるのをやめる?
やめたら私はどうなる?
私の存在意義は?
智里を幸せにしたくてそれには秋人が必要で。
それ以外に智里を幸せにする方法がわからない。
「あなたもう来てたの?」
突然扉が開いて智里が一年の教室に入ってくる。
「え、なんで智里先輩が……」
「先生に頼まれたものを持ってきただけ。最近は早めに学校に来てるからかよく頼まれ事するの」
「へぇ」
「あなたこそ。今日は早いのね」
「えへへ、なんとなく早く来ただけです」
自然と目線が下に下がってしまう。
いつもなら朝早くに智里に会えたことを喜んでいたことだろう。
でも今は少し智里と話すのが気まずい。
あんな夢見たくなかった。
あの夢さえ見なければこんなに後ろめたい気持ちにならなくてもすんだのに。
「? まあ、いいわ。それじゃ、私は出て行くわね」
「あ、先輩!」
思わず引き止めてしまう。
何か話したいことがあるわけじゃない。
ただ、今は離れて欲しくなかった。
気まずくはあるけどそばにいて欲しい。
今だけは。
「……頼まれ事ってそれで最後ですか? 」
「そうだけど」
「……なら、少しの間私と話しませんか?今暇なんですよね。智里先輩も暇でしょ?こんな時間に登校する人なんてそんなにいませんし」
「…別にいいけど。誰か来たら教室帰るから」
「はい、それでいいです」
智里は私の前の席に座る。
いちいち動作に品があるように見えるのは推し補正があるからなんだろうか。
(ねぇ、智里。あなたはどうしたら幸せだって感じてくれるの……?)
本人に聞けば一発なのかもしれない。
だけど智里は自分のことを後回しにする性格だ。
智里のことを一番理解していないのは智里自身な気がするんだ。
だから聞いても意味が無い気がする。
「……なによ。そんなに見てきて」
「あ、いや、なんでもないです……」
私はらしくなく少し緊張している。
普段と違う私に智里は首を傾げたが何も言ってこなかった。
それから私たちはなんてことない会話をした。
流石にいつものような会話は出来なかったけど智里と話せたことで少しリラックス出来たと思う。
これからのことは分からない。
どうしたらいいのか検討もつかない。
だけど今だけはこの智里との時間に集中したかった。
それ以外のことは考えたくなかった。
結末は頭の中にあるんですよ。
でもどうやってその結末に持っていったらいいのか思いつかないんですよ。
そのせいで必然的に更新も遅くなるしリアルは忙しいし書きたいなって思う物語が頭の中に浮かんでくるしでなかなか進められない…。




