29 どこが好きなんですか
秋人はいざとなると頼もしいし根性があって性根は真っ直ぐした真面目な男だ。
そんな秋人は寂しい幼少期をすごしていた。
秋人の家はシングルマザーで幼い頃から母親が家にいることは少なかった。
決して愛されていなかった訳では無い。
秋人の母親は秋人を育てるために身を削るように働いて秋人の将来のために、と思い一生懸命だった。
けど子供だった秋人にはそれがよく理解できなかった。
どうして遊んでくれないのか、どうしてそばに居てくれないのか。
秋人は寂しかったんだ。
夜、1人でご飯を食べることが寂しくて。
学校から帰ってきてただいまと言った後に返ってくる言葉がないことがたまらなく辛くて。
今では秋人も多少大人になり、母親のことを理解出来ている。
けれど母親との関係はギクシャクしていてお互いどう接したらいいのか悩んでいるようだ。
素直になれない秋人は未だ母親とまともに会話が出来ていないのも原因の一つだ。
美咲と関わり、柔軟な考えができるようになってからは母親との関係は改善されていっていたようだけど。
秋人にとって幼少期の思い出は苦いものだ。
卑屈でものの言い方が荒っぽくてやる気のなさそうなあの態度は虚勢を張っている部分もあると思う。
人を簡単に信用しないところも幼かった秋人がこれ以上傷つかないですむようにするための自己防衛だ。
だからこそ実咲の存在は大きくなった。
高校に入学して退屈な日々を過ごしていた秋人が出会ったよく喋る明るい女の子。
美咲は秋人から離れなかった。
二度助けてもらってからは秋人に恩と感心を抱いてよく話しかけるようになった。
そばに居たのだ。
秋人が美咲にだんだん絆されていくのは必然だったんだろう。
近くに可愛くて明るくて好意的に話しかけてくる女子がいたら普通の男子はその女子を意識し出すだろう。
秋人だって男だ。
だから普通の事だったんだ。
2人が結ばれることは。
けれどその結果では智里が幸せになれない。
振られて泣く未来しかない。
智里が原作で告白したのは三年の卒業式の日。
もう美咲と秋人が付き合っていた時だ。
気持ちだけ伝えられればいいだなんてそんな欲張らない考え方を智里にはさせたくない。
2人が付き合っていたから遠慮した部分もあるはずだ。
ならその告白を早めればいい。
卒業式ではなく、今年中に智里に告白してもらう。
そうすれば付き合うまではいかなくても秋人は智里を意識するはずだ。
意識さえしてくれればあとはこっちのもの。
絶対に智里と秋人を付き合わせてみせる。
智里の幸せには秋人が必要なのだから。
◇
「智里先輩は秋人先輩のどこを好きになったんですか?」
ふと気になってそんな質問を智里に投げかける。
放課後、本を返しに図書室にいったら智里がいたので絡みに行った。
当然のように嫌な反応されたけど、もう智里のその反応は慣れてしまってダメージなんてひとつも無い。
私は鋼のメンタルの持ち主なのだ。
「…前々から思ってたけどどうして私が九条くんを好きだと思ってるの?」
「えー、あんなわかりやすい反応を毎回見せられてわからない人なんていませんよ。秋人先輩の姿が見えたら智里先輩めちゃめちゃ熱い視線送ってるの気づいてます?」
「そ、そんなことないわ!」
「その動揺した感じを見せられたら大半の人は分かりますよ」
「〜〜〜!!」
呆れ混じりのため息をつく。
何となくわかっていたけどここまで自覚していないと呆れてしまう。
智里は自分の事となると途端にポンコツ見たくなるなぁ。
「で、どこが好きなんですか?」
「あなたに関係「ないなんて言わないでくださいね。大ありなので」………」
「いや、関係ないでしょ」
「ありますよ。智里先輩の幸せは私の幸せでもあるので。智里先輩が幸せになってくれないと私が幸せになれないんです」
「そ、それはあなたの事情でしょっ。私には関係ないわ」
「可愛い後輩が恋バナに誘ってるのに教えてくれたっていいじゃないですか〜。私も好きな人教えますからっ」
「え、あなた好きな人いるの?」
「いますよ。それはもうずぅーっと大好きな人が。片思いなんですけどね」
「それは、なんていうか……あなたも苦労しているのね」
「そうなんですよぉ。今も絶賛片思い中です。どうです?私の好きな人知りたくないですか?」
「気になりはするけど……」
「なら交換条件です。秋人先輩をどうして好きになったのか教えてください」
「……だれにも言わないでよ」
ちょいちょいと手招きされて耳を智里の方へ傾ける。
智里が一気に近づいてきて耳元に唇を寄せてきた。
どこかで嗅いだことのあるシャンプーの匂いと智里の吐息が耳にかかってなぜか息が詰まった。
『純ちゃんはそれでもいいの?』
……なんでこんな時に美咲の言葉なんて思い出すかなぁ。
別に智里をそういう意味で好きかなんてどっちだっていいけど智里と秋人の邪魔にならないよう否定しただけだし、そこまで気にすることではないはずなのに。
『純ちゃんの智里ちゃんへの気持ちは本当にそれだけなの?』
……だから一々私の心を乱すようなこと言わないで欲しいんだけど。
メインヒロインというものは厄介だ。
人の心に敏感だったりして、主にそれは弱い部分をついてくる。
わかっている。
智里が誰かのものになるのを嫌がっているのだと、自分の感情くらい分かっているつもりだ。
だけど仕方ないじゃん。
智里は秋人を必要としているんだから私がそれを叶えないと。
私はそもそも存在しない、この物語には不必要な人物なんだから。
それを活用して智里と秋人をくっつけて。
智里の幸せそうに笑う姿を見て満足するの。
しないといけないの。
欲張ったって何もいいことないんだから。
「嘘をつかないところよ」
「え?」
「九条くんのす、好きなところ……あなたが聞いたんでしょ?その反応は何よ」
「いえ、てっきり優しいところとかベタなこと言うんじゃないかなって思ってたので。なるほど〜、嘘をつかないところですか」
「……九条くんて口調は荒いし何考えてるのか分からないけど彼と話していて嘘ついてるって感じたこと一度もないのよね」
「それが好きになったきっかけですか?」
「そんなところね」
まぁ、うん。
わかった気がする。
智里は嘘を嫌っているから秋人のような自分に正直に生きている人間に感心を抱くのは当然なのかもしれない。
でも秋人の場合少しひねくれててめんどくさい感じがするんだけどそこの所は気にしないのだろうか。
「さ、私は言ったわよ。あなたも答えなさい」
「そんなに私のことが知りたいだなんて先輩も積極的になりましたね」
「あなた自分の事あまり話さないじゃない。私には色々聞いてくるくせに不公平だわ」
「あれ、そうですか?私割と自分の事話してる気がするんですけど。智里先輩が大好きだってずっと言ってますよね」
「それだけじゃ貴方のこと何も分からないでしょ」
「わりと本質ついてると思いますよ。私の中心は智里先輩なので」
「そういうことを聞いてるわけじゃないのよっ。あなた自身のこともっと知りたいの」
その一言に。
心臓が跳ねた。
うるさいくらいに動きまくる心臓を落ち着かせようと浅く息を吐く。
智里はずるい。
急にそんな言葉を口にするなんて。
反則にも程がある。
ただでさえ、意識してしまっているというのに。
「どうかした?」
「……智里先輩はずるいなぁって思ってたところです」
「ずるいのはあなたでしょ。私はちゃんと教えたんだから約束は守るためにするものよ」
「仕方ないですねぇ。教えてあげましょうか、私の好きな人」
智里がやったように手招きする。
智里は私の意図を察して体を前のめりにし、耳を近づかせてくる。
サラサラと肩から智里の髪が落ちていくのをスローモーションで見ているような錯覚を覚えた私は重症だ。
私は揺らいでいるのかもしれない。
智里が誰かのものになるのをいやがる時点で揺らぎまくっているんだ。
実咲に心を乱されてからじゃない。
もうずっと前から私は離れ難いと、譲りたくないと思ってしまっていた。
ピロンピロンピロンピロン。
口を開こうとしたその時。
私のスマホから通知音が激しくなった。
そういえば渚を待たせてたんだ。
すっかり忘れてしまっていた。
『本返すだけに何分かかってるのよ。今すぐ帰って来なかったら本当にあのクレープ奢らせるわよ』
なんて恐ろしい文章が私の目に飛び込んでくる。
頭の中で思い描いたのは自分の財布の中身だった。
……これはまずい。
早く渚の所へ行かなければ。
「ごめんなさい、智里先輩。私、行かなくちゃいけないみたいです。自分の所持金が心もとないことを思い出しました」
「あ、ちょっと! 逃げるなんて卑怯よ!」
「また今度教えますから!さよなら、智里先輩!」
私には珍しく焦っていたから智里の言葉を半ば無理やり打ち切って大急ぎで渚の元へ向かう。
渚の慈悲のなさは私は身をもって知っている。
やると決めたら渚は本当にやるんだ。
◆
「まったく、あの子は…」
智里は純がいなくなってから数秒後、小さくため息をついた。
困った後輩だと思いながら席に着く。
結局自分だけが恥ずかしい思いをしたことに智里は不満を覚え、純の好きな人とやらを何がなんでも教えてもらおうと心に誓った。
久しぶりの投稿。
pixivを漁ることにハマってしまって随分なろうに手をつけていなくて投稿が遅くなりました。




