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28 応援してくれますよね

 智里にとっての秋人は小説の中でも現実でも好きな人に変わりはなかった。


 智里と秋人は小さい頃からずっと一緒にいる幼なじみでも友達ですらない。

 高校に入学して初めてお互いの存在を認識したくらいだ。


 最初こそ智里は秋人のことなんて眼中になかった。

 いつも気だるげで教室では寝てばかりな秋人のことなんてよく寝る男子がいるなぁ程度にしか思わない。


 そんな秋人を意識し始めたのは去年の秋頃だと言う。


 どうして濁していうかと言うと小説には智里が秋人を意識し始めた理由がきちんと書かれていなかったから。


 智里が秋人に告白する時に「一年の秋頃からずっとあなたの事が好きだったの」っていうセリフがあったから意識し始めたのは秋頃だってことは分かるんだけどそれ以外は全然分からない。


 俺ラブの主役はあくまで秋人と実咲だったわけだから仕方ないのかもしれない。


 かくいう私なんか後付みたいに秋人のことすきでした、なんていう設定が追加されたわけだからね。


 ヒロインと主人公はどうしたって引き合うものなのかもしれない。

 私は目の前の状況に改めてそう思った。


 実咲が秋人を押し倒している。

 正確に言えば覆い被さっている。



 休み時間に図書室に行った帰り、実咲とばったり会ったので智里との件で色々気を使ってくれたことに礼を言って別れようとしたそのときの出来事だ。



 よくあるラブコメ的出来事だ。

 階段でつまずいて転けそうになった実咲を秋人が助けようとして一緒に倒れてしまった。



 ―――というのではなく。転けそうになった実咲が前にいた秋人に思いっきり衝突した。


「ぐふっ」という情けない声を発した秋人はいま生きているのだろうか。

 不意打ちで溝打ちされたような声だった。


 いや、本当に不意打ちの溝打ちだったんだけどね。



「ゴホッ ゴホッ」


「いったぁ……っ」


 咳き込む秋人と痛がる実咲。


「先輩方、大丈夫ですか?」


「こ、れが……だい、じょうぶ…にみえるのか……?」


 早くどかせてくれ、と目で訴えかけてくる。

 そこで無理やりどかそうとしない所は紳士的だな、と苦笑いをうかべた。


「実咲先輩、大丈夫ですか?」


「な、んとか……手がヒリヒリして痛いけど……」


「立てますか?」


「う、うん……」


 私は手を貸して実咲が立つ手伝いをした。


「秋人先輩もこれで立てますよね」


「お前俺にだけ謎につめてぇな。別にいいけど……」


 冷たくしているつもりはないんだけど。

 秋人がそう感じるならそうなんだろう。


「もろにくらってましたけど保健室行きます?」


「いや、大丈夫だ。我慢できないほどの痛みじゃない」


「我慢しないと痛いってことじゃないですか……」


「それよりそいつひざ擦りむいてるぞ」


「え?」


 実咲を見ると確かにひざを擦りむいて血がたらりと綺麗な足を汚していた。



「み、実咲先輩!? 大丈夫ですか!?」


「……ん、痛いけど我慢できないほどじゃ「我慢しないと痛いってことじゃないですか!」………」


 なんでこの二人は痛みを我慢しようとするの?

 マゾなの?

 Mなの?

 ドMなの?


「俺よりそいつを保健室に連れで行ったほうがいいんじゃないか?」


「あんたこそ。派手に肘ついたんじゃないの?保健室行った方が良いんじゃない?」


「俺はいい。めんどくせぇし。てかもとをただせばお前のせいだろう。謝罪の一言もないのかよ」


「あ、そうよね。私のせいなんだし。ごめんね。すごい勢いでぶつかっちゃったから怪我してるか心配で」


 すぐに謝ってくるとは思わなかったのか秋人はいつも眠たげに細めている目を見開いた。

 怪我の心配もされて秋人の先程の勢いはなくなっていく。


「……別にいいけど」


「でも本当に保健室行かなくていいの?」


「体だけは丈夫だからな。平気だ。お前の方こそ保健室行けよ。そのままだとくつ下に血がつくぞ」


「あ、ほんとだ」


「実咲先輩、早く行った方が良いですよ。チャイム鳴っちゃいます」


「だね。九条には助けられてばっかだから今度何かお礼するよ」


「別にいらねぇよ」


「はいはい」


 ん?

 なんかいい雰囲気になってません?


 秋人は居心地悪げに視線を実咲から逸らし、そんな秋人を実咲は面白げに見ていた。


 ……これはまずい。


「実咲先輩、早く行きましょう。それじゃあ、秋人先輩失礼します」



 そう言ってから私は実咲の手を取り、保健室へむかう。


 小説の中の実咲と秋人は最初こそ仲は最悪だった。

 でも幾度と秋人に助けられるうちに実咲は秋人のことを男として見るようになる。

 好意を抱くようになってしまうんだ。


 秋人個人に助けられたのが偶然だけど今日を入れて2回。


 秋人含め私と智里に助けられたのが1回。


 3人でイベントをクリアしていけばいいと思ってたけどこんなことが起きるなんて知らなかった。


 小説には書いてなかったもん、こんな状況。


 この世界が現実だから?

 それとも私が小説のシナリオを変えたから内容自体が変わっていってるの?


 どちらにしろ困った。


 小説に書いていないことが起きれば私には予測も対策を立てて対処もできない。


 私の知らないうちに実咲と秋人の仲が進展していったら私はどうすることも出来ないじゃないか。


 私は先のことを考えてあることを思いついた。


「ありがとね、純ちゃん。着いてきてくれて」


「いえ、気にしないでください。実咲先輩に何かあったら渚がうるさいので」


「え、そうなの?」


「分からないかもしれませんけど渚は実咲先輩と智里先輩のこと結構すきですからね」


「そうなんだ。なんだか嬉しいね」


「あ、くれぐれも私がこんなこと言ったことは内緒で。渚、自分のこと他人に話されるの嫌うので」


「うん、わかった」



 さて、無事怪我の処置をし終えたわけだけど。

 一つだけ実咲に伝えておきたいことがある。


 これは悩んだ末の結論で決して軽々しく他人に伝えてはいけない事だけど今伝えておかないとタイミングを見失いそうだから話すことにした。


「実咲先輩は秋人先輩のことどう思ってます?」


「ん? またその質問? そんなの前とかわないよ?」


「本当ですね?」


「うん」


「じゃあ、実咲先輩は応援してくれますよね」


「なんの応援?」



 キョトンと首を傾げる実咲に私は告げる。


「秋人先輩のこと好きなんですよ、智里先輩。だから応援してくれますよね。友達ですし」



 もし実咲が秋人のことを好きになったら今言ったことが頭によぎればいい。

 実咲の性格からして罪悪感を覚えてくれるかは怪しい。

「私だって好きだから!」って強気に言いそうだ。


 それでも気休めだけでもいいから。


 実咲は「え……」と声を漏らした後、しばらく無言でいた。

 少しの緊張感が生まれる。

 実咲が口を開く。


「……うん、応援するよ。友達だもん」


「ですよね。良かったです」


「……でも純ちゃんはそれでもいいの?」


「何がですか?」


「智里ちゃんが誰かに取られてもいいの?」


 その問いが予想外でおかしくて思わず笑ってしまった。

 そんなこととうの昔に決まりきっている。


「智里先輩が秋人先輩と付き合って私に構ってくれなくなったら超寂しいですけど智里先輩が幸せならなんでもいいんですよね、私」


「それは嘘だよね」


「嘘じゃないですよ」


「……私、純ちゃんのこと好きだよ。自分の気持ちに正直で真っ直ぐなところとかね、いいなって思う。だけど今はいつもの純ちゃんらしくない」


「……何が言いたいんですか?」


 私らしくないってなに?

 私はいつだって智里の幸せを思ってて、それは多分一生変わらないだろうし、それが私の望みだから叶えようとしているだけだ。


「純ちゃんの智里ちゃんへの気持ちは本当にそれだけなの?」


「なんですか?まだ私が智里先輩に恋愛感情を持ってるって言いたいんですか?」


 だんだん苛立ってきて自然と目付きが鋭くなる。

 実咲はどうしたって私に智里が好きだと言わせたいみたいだ。


「……仮に実咲先輩が思っているように私が智里先輩のことを好きだとしてそれが何か重要なんですか?」


「………嫌じゃないの?好きな人が自分以外の人を好きになって付き合っちゃうのは」


「嫌じゃありませんよ。私が優先すべきは智里先輩の幸せなので」


 嫌かと聞かれたら本当はちょっぴり嫌だ。

 だけどそんな私の感情なんていらない。

 関係ない。

 智里の幸せを邪魔するやつがいるならねじ伏せてやる。

 それが自分自身であっても。


 「純ちゃん……」



 悲しそうに実咲は私の名前を口にする。

 どうして実咲がそんな顔しているのか。

 私にはわからなかった。


 数秒後、実咲が何か言おうとしたところでチャイムが鳴り、お互い自分のクラスに向かう。実咲はもどかしそうに私を見つめていたけど気づいてないふりをした。


 結局授業に遅れることになった。


 実咲が何を言いかけたのか、私にはあの表情の意味がわからなかった。

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