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17 推しに向ける好意は恋じゃない

 翌日。

 昨日のことを智里に聞いてみようと一時間目が終わってから三年の教室に行った。

 近くにいた三年の先輩に智里はどこかと聞くと今日は休みだと言われた。

 体調不良だと。

 夏バテだろうか。心配だ。放課後に智里の家に行ってみようかな。

 うん、そうしよう。

 ぐだぐだ考え込むなんて私らしくもないしいつも通りでいこう。



 ◇



 放課後。

 帰宅部な私は一人で帰っていた。

 渚は今日もバイトをいれていたみたいでホームルームが終わると一言いった後、すぐに教室を出ていった。


 渚の家は母子家庭であまり経済的に豊かではない。

 だから少しでも母さんが楽できるように、と渚は結構な頻度でバイトに勤しんでいる。


(渚は変わったなぁ)


 中学校の頃は友達と夜遊びばかりして、おばさんの言うことも聞かなかった渚が今や「母さんが楽できるように」とか言っちゃってる。

 ほんと、すごいわ。


 さて、そうこうしているうちに目的地についた。

 智里の家である。

 秋人に好みのタイプを聞くことはできなかったが、ぶっちゃけると秋人より智里のほうが大事なのだ。

 智里の体調が優れないと聞いて放っておくことなんてできない。


 一人でお見舞いに来てなんとなく優越感に浸っちゃったり―――



「わぁ、大きいねぇ」


「……どうして実咲先輩がいるんですか」


「智里ちゃんにプリント届けにきたの。あと心配だったから」


 人懐っこい笑顔を浮かべられてはなにも言えない。

 さっきまでの優越感はどこへやら。

 すっかり冷めてしまった。


「ほらほら、早く智里ちゃんのところにいこっ」


 さきさきと進んでいく実咲に少しだけ不満を抱いたが、息を吸って落ち着かせた。

 せっかく智里に会うんだから他に気を取られるなんて勿体ないことしたくない。 


「ごめんくださーい」


 呼び鈴をならしても誰も出てこなかったので声を出してみる。

 数分待ったが、それでも誰も出てこなかった。


「聞こえてないのかな?」


「そんなことないと思いますけど……」


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。


「うるさいですよ!誰ですか!?」


「あ、やっと出てきてくれましたね!」


 すごい血相で出てきた智里はぽかんと口を開いて私たちを凝視した。

 信じられないものでも見てるかのようだ。


「そんなに見つめられると照れちゃいますよ///」


「な、なんであなたと実咲さんが……!」


「お見舞いに来たんだよ。熱出して寝込んでないかなって心配してたけど結構元気そうだし、大丈夫そうだね」


「え、あ……」


 みるみる智里の顔色が悪くなっていく。

 ナイス、実咲。


(反応から見て仮病っぽいな)


 よっぽどの事情があったのだろうか。

 智里が怠けた理由で休むのはまずないしなぁ。

 一人考えていても仕方ない。まずは家に上がらせてもらおう。


「ささ、智里先輩!家に上がらせてください!」


 智里の返事も聞かずにずかずかと家の中へ入っていく。


「ちょっと!あなた遠慮ってものを……!」


「あー、私なにも聞こえませーん」


「この……っ」


「はは、じゃあ私も。お邪魔しまーす」


「実咲さんまで!?」


「どうぞどうぞ」


「ここはあなたの家じゃないでしょ!」


「そうカリカリしたらダメですよ、智里先輩。忙しないです」


「あなたにだけは言われたくないわ!」


「まぁまぁ、早く智里先輩の部屋まで案内してくださいよ。智里先輩の匂いが染み付いた部屋……最高ですね!」


「それを聞いて教えると思ってるの?……客間があるからそこにいてちょうだい」


 げっそりした顔で客間に案内してくれた。

 チッ。

 智里の部屋に入れるチャンスだと思ったのに……。


 智里は私たちを客間に案内した後、飲み物をもって来ると行ってどこかに行ってしまった。

 お分かりだろうか。

 今私は、実咲と二人っきりなのである。 

 私にしてはめずらしくちょっとだけ緊張している。

 ほんのちょっとだけね。思えば実咲と二人っきりで話す機会なんてあまりなかった。私は智里にご執心だし、お弁当を食べるときは渚と実咲が話していることが多かった。


「ほんとに仲良いよね、二人とも」


「当たり前ですよ!どれだけ私が智里先輩を好きなのか、見てれば分かるでしょう?」


「そりゃあ、ね」


 実咲は苦笑を浮かべている。

 うむ。

 微妙な反応だ。


「ときに実咲先輩」


「はい?」


「秋人先輩のことどう思います?」


 今の実咲の秋人への好感度はどれくらいなものか。

 せっかくの機会だから確かめておこう。

 ここで頬なんて染められて、「べ、別になんとも思ってないわよっ。あんなやつのこと……っ」なんて言われたら可愛いなって思っちゃいそうだからやめてね。

 絶対にやめてね。

 私、智里を応援してるから実咲は応援できないので……っ。


「いい奴よね。目付き悪くて無愛想でちょっとめんどくさくてなに考えてるのかわからなくて気味が悪いところもあるけどいい奴。いい奴よ」


「あれ?結構ひどい評価じゃありません?」


「そんなことないよ?」


 んー?

 つまり今はまだ異性として意識していなくて二回助けられたから恩人的な扱いなのか?

 いや、恩人にこんな評価はあんまりじゃないか……?

 秋人がちょっと不憫に思えてきたよ……。


 とりあえず心のなかで秋人に励ましの言葉を贈っておく。


「実咲先輩は気になってる人とかいないんですか?」


「急にぐいぐい来るね。気になる人かぁ」


「いないんですか?」


「いるにはいるけど……」


「誰です?誰なんです?」


 私はここぞとばかりに詰め寄った。

 秋人ではない、よね?

 さっきの評価と普段の実咲の態度を見る限り異性として意識してるっていうより手のかかる弟を面倒見てるって感じだ。


 というか実咲に気になる人なんていたんだ。

 自分から聞いておいてちょっとビックリだ。

 いったい誰なんだろ……?







「智里ちゃん」


「は?」


 時が止まった。

 まさか智里の名前が出てくるとは思わなかった。


「ちょちょちょっと待ってください!智里先輩ですか!?なんで智里先輩なんですか!?……もしかして実咲先輩、そっちの趣味が……?」


「そっちの趣味って……私は純ちゃんみたいに智里ちゃんのこと好きな訳じゃないよ?」


「え、嫌いなんですか?」


「大好きだけど」


「どっちなんですか!?」


 え?実咲が智里を好き……?

 確かに智里は言葉に言い表せられないくらい魅力的だけど、実咲までその魅力にやられたの……?


 私みたいに智里のこと好きじゃないけど大好きってなに?

 てか私みたいにってそもそもなに……?


「安心して、純ちゃん。私は二人の邪魔になることはしないから」


「……? どういうことですか?」


「え、純ちゃんて智里ちゃんのこと好きなんじゃないの?」


「好きですけど?」


「だよね」


「はい」


 少しの静寂が訪れた。

 なんか噛み合ってない気がするのは気のせいではないはずだ。

 実咲も何か腑に落ちないみたいで眉を寄せている。


「……勘違いだったら申し訳ないんだけど、純ちゃんて智里ちゃんのこと恋愛的な意味で好きとかじゃないの?」


「違いますよ!?」


「そうなの?」


「否定します!全否定します!」


「えー、違うの?」


 まさか実咲にまでそんなことを言われることになるとは……。

 私、そんなにそっちの気があると思われてるの?

 いや、私も最近そっち系なのではって思い始めてるけど、智里と秋人の恋路に迷惑かけないようここは否定しといた方がいいよね。


「そりゃ、智里先輩は美人で照れた顔が可愛くてセクシーで時々そのセクシーさにドギマギしちゃうことはありますけどそういうのではないです!」


「ほんとに~?」


「本当です!」


 たぶん。

 心のなかで「たぶん」と付け加えている時点であれだけど、恋愛とかの好きで智里を見ていないはずだ。

 いや、ほんとドキドキすることはたまにあるけれどそれはそれ、これはこれである。


「……確かに先輩は魅力的な人ですよ」


「やっぱり~」


「そういう意味じゃありませんっ。最後まで聞いてください!」


 はぁはぁ。

 疲れる。

 初めてだ、実咲と話しててこんなに疲れを感じたのは。


「あのですね。私が向ける先輩への好意は憧れとかアイドルとか推しに向けるような感情なんです」


「ふむふむ。恋愛感情は全然まったくこれっぽっちも入ってないと」


「……そうです」


「? なんで言い淀んだの?やっぱり智里ちゃんのこと「あーもう!違いますって!」


 私は智里と秋人をくっつけようとしてるんだよ?

 智里にそういう感情があるとかないし。


 百合はそこそこ好きだったけど自分がそっち側になることなんてで考えたことないし。

 ちょこっとだけ意識することはあるけど、やっぱり恋とかではないと思う。

 秋人と智里がうまくいったときのことを考えてモヤモヤしたけどそれは大好きな推しが急に結婚しちゃった時みたいなモヤモヤなはずだ。


「なに大きな声だしてるの?」


 智里がお盆の上にコップ三つとお茶、和菓子を置いて帰ってきた。

 どうやら私の声は聞こえていたらしい。

 様子を見るに内容までは聞こえていなかったぽいけど……。

 私はとっさに笑顔を張り付ける。


「智里先輩はかわいいですよねって話をしてました。そうですよね、実咲先輩っ」


「え? ……あ、う、うん。」


 実咲が少しひきつった笑みを浮かべた。

 どうしたんだろ?

 そんな顔始めてみる。


「(純ちゃん切り替え早いなぁ)」


「……あなたって冗談は達者よね」


「冗談じゃないっていつもいってるじゃないですか~」


「はいはい」


「あ、あはは、ほんと純ちゃんは智里ちゃんが好きなんだねぇ」


 なぜか芝居がかった言い方をする実咲。

 今日の実咲は少し腹が立った。

 だから、自然と目が冷たくなってしまう。


「はいっ、大好きですっ」


 一応返事はするけど私の目の冷たさは変わらない。

 変に意識させようとした実咲が悪い。

 実咲への不満が募ってしまったことで智里の家に上がれた嬉しさより苛立ちが勝ってしまった。

 色々と最悪だ。


 この日から数日間。

 実咲と目を合わさないようにしたり、露骨に怒った顔をしていると実咲が謝ってきたのでさすがの私も不満がおさまり、許すことにした。


 そうしてまた数日が過ぎたある日。

 私は重大なことに気がついた。


「実咲が智里を気にしてる理由聞きそびれた……」



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