12 ランチタイム後編
和気あいあいとおしゃべりしながらお昼を食べはじめて数分後。
「先輩たちと食べられるのは嬉しいんですけど……智里先輩は大丈夫なんですか?」
「何がよ?」
「お昼は生徒会室に行って色々してるって聞いたんですけど……」
「え、そうなの!?」
実咲が大きく目を開ける。
なぜ同じクラスなのに知らないんだ、この人は……。
「大丈夫よ。生徒会なんて所詮雑用係みたいなものだし、そもそもあれは生徒会長がするものであって私がするはずじゃなかったの」
おー、なるほどなるほど
「つまり押し付けられたんですね」
「……」
黙っちゃった。
図星だね、こりゃ。
この学校の生徒会長は何をしているのか。
下級生に仕事押し付けるとかダメでしょ普通に。
てか智里も智里だ。はっきり断っておけばいいものを。
ほんと律儀って言うか不器用って言うか。
「ごめんね、月城さん……。私知らなくて……お昼誘ったの迷惑だった?」
「い、いやいや!大丈夫よ!そんなにかしこまらないで!」
「うん……」
しょぼくれている実咲と慌ただしく手を動かしている智里。
こんなに焦っている智里はそうそう見られない。見れたとしたら秋人を目の前にしたときくらいだろう。
「……どうしたんですか、智里先輩。いつものきれがないですよ?」
「うっ、私にだってわからないわよ……っ。なぜか落ち込んでる桐山さんを見ているとどうにも慰めなきゃって気になって……」
ぼそぼそと会話する私たち。
智里が言っているのはあれか。実咲のヒロイン補正的なやつか。
確かに落ち込んでいる実咲は普段の活発な印象とはちがい、とても儚げで憂いに帯びている。
「(メインヒロインてちょっと表情変えただけでこんなに印象違うの……?)」
やだ、怖い。
「……月城先輩、ちょっといいですか?」
先程から私たちの慌ただしい光景をお弁当を食べながら黙ってみていた渚が智里に話しかけた。
「えぇ、いいけど……どうしたの?」
キョトンと不思議そうにしている智里。
私にもそんな顔をたまには見せてほしいものである。
という私の感想をよそに渚は変わらぬ声で。
「ライン交換しませんか?」
「え……」
「大丈夫ですよ。私は純みたいに下心がある訳じゃありませんから安心してください」
「おいおい、それは聞き捨てならないぞ。というかなんで急に智里先輩のラインが欲しいわけ?」
私貰ってないんだぞ、まだ。
そんな私を差し置いて先に智里とライン交換するなんてずるい。
不機嫌になりながらも渚の言葉を待つ。
「純のことで相談乗れたらいいなぁって思って。私も純の被害者みたいなものだから」
智里はハッとした顔で渚を見つめる。
そこには驚きであったり、同情であったり、様々な感情の色が見えていた。
「……そうよね。浅井さんはこの子の友達なんだものね……」
「ちなみに幼馴染みでもあります。小学校からずっと一緒です」
「小学校の頃からこの子の相手を……」
「え、なんですかその反応?酷すぎません?泣きますよ?」
「……いいわ。交換しましょう」
「ありがとうございます」
無視ですか。そうですか。
「月城さんいいなぁ。ねぇ、浅井さん。私も貰ってもいい?」
「大丈夫ですよ」
「やったッ」
なぜ私のことをほったらかして三人でわいわいしてるの……?
特に実咲。
私と仲良くなりたかったんじゃなかったの?
なんだよこの八方美人さんめ。
「わ、私にも!私にも智里先輩のラインくださいよ!」
「いや」
即答!?
え、まって。ほんと待って。
私ってもしかして嫌われてる?
「ど、どうしてですか……?私はこんなにも智里先輩のこと好きなのに……」
「そ、そんなこと言われても……あなたちょっと……かなり怖いんだもの」
言い直されてしまった。
ひどいっ!
私以上に智里のことを思っている人なんていないよ!?
「うぅ~……」
「そ、そんな顔しても交換しないからね……っ」
「どうしてですかぁ~……」
「日頃の行い」
渚は黙ってて!
余計なことをいってくる渚をぎろりと睨んだ。
渚は素知らぬ顔で食べ終わったお弁当を片付けている。
なんて憎たらしい奴なんだ!
智里のラインを私より先に手に入れるなんてぇ……!
「ほんとにダメなんですかぁ……?」
涙目で訴えかける。
そんな私を見ないようにか、智里は顔を横にずらした。
ダメなの?
本当にダメなの?
という思いを視線で送り続けていると思わぬ助け船が現れた。
「月城さんは黒瀬さんが嫌いなの?」
それは実咲だった。
「そういう、わけでは……」
実咲の一言に狼狽える智里。
そんなはっきりと聞く!?と思ったけどこればかりはナイスだ、実咲。
いや、実咲様!
「嫌いじゃないなら交換してあげたらいいんじゃない?かわいい後輩のお願いだよ?」
「……かわいいのはまぁ、認めるけど……」
「今かわいいって言いました?私のことかわいいって!?もうこれは結婚するしかありませんよね!?式はいつにします? 私は智里先輩と結婚できるなら何時でもどこでも喜んでッ!!」
「……ほら、これよ? ちょっと褒めたら調子に乗ってバカなこと言ってくるのよ? 身の危険を感じてしまうのは仕方ないことだと思うんだけど」
「あ、あはは……確かに」
確かにってなに!?
実咲頑張って!
智里の口車に乗せられたらダメだよ!!
「でも、ほら……慕ってくれてるのは事実なんだしさ」
「それでも私この子が怖いのよ」
肩を抱いて私を恐怖に染まった目で見てくる。
そ、そんなに……?
そんなに私って怖いの……?
結構落ち込んだ。
このままでは話は何時まで経っても平行線だ。
私は最後の手を使うことにした。
「智里先輩、私にこんな冷たい態度とっていいんですか?」
静かに、渚と実咲には聞こえないよう耳打ちする。
智里は訝しげにしている。
私は心のなかでゲスな笑顔を浮かべながら続ける。
「秋人先輩に言いつけちゃいますよ?」
「な……っ!?」
そう、これだ。
智里の弱点と言えば思い人である秋人なのだ。
そこを付いてしまえばこっちのものである。
「わ、分かったわよ!ほら、交換しましょう……?」
「わーい!」
ひきつった笑顔の智里と満面な笑みを浮かべている私を渚と実咲は交互に見て不思議そうに首をかしげている。
「覚えときなさいよ……っ」
智里は私にだけ聞こえるように小さな声でそう言った。
その台詞を聞くのは二回目だ。
「はいっ、楽しみにしてますね!」
「うぅ~……!」
形勢逆転とはまさにこの事。
私は智里のラインをもらえたことに浮かれ、残りの授業は上の空だった。