一話
「……ま、まぁ、冗談はさておき。ここってあれか? 天国的な場所? いや、そういうのって信じて無かったというかそんな暇無かったというか、あるとは思って無かったんだけど」
とりあえず女神の件は隣にでも置いておこう。
俺は目の前の問題を放り投げ次に進む。一番手っ取り早い方法だ。
何せここは会社じゃないからな! こんな事しても怒られないのだ!
「ちょっと! 冗談でもないし、さておかないでよ!
質問には答えてあげるけど……私は崇高な女神なのよ! その返をちゃんと理解した上で質問してよね!」
「あーはいはい、女神女神」
「むきー!! もう! 本当なんだからっ!!
そんな適当にしてるとバチが当たるんだからね!」
俺が(自称)女神を揶揄っているとそんな事を言ってきた。
へぇ、バチねぇ……。
「ふーん、それならやってみてくれよ! そしたら信じるかも──」
「そぉーい!」
「へぶっ?!」
信じるかもしれないぞ、と言おうとして幼女が投げた何かが綺麗な弧を描いて俺の顔に直撃した。
というか、これ……!
「おい、バチが当たるって物理的にかよ! ってか投げてどうすんだよ! 太鼓のバチって結構固くて痛いんだからな!」
「ふふん、これが神罰よ!」
「いや、神罰舐めんな!」
どこから出したのか、そのバチを俺に向かって投げた幼女が得気な顔をして言った。
いや俺が言うのもなんだが、今のは絶対に神罰ではないと思う。
そして、神罰はもっと重くて凄みのあるやつだと思うぞ!?
「神が与える罰なのよ? よってこれは立派な神罰なの!」
「幼女が人にバチ投げただけじゃねぇか」
「あっ! 幼女とは失礼なっ! 私はこれでも立派な女神なんだぞー! 敬い、讃え、奉るのだー!」
そう言ってふふん、と鼻を鳴らし腰に手を当ててふんぞり返る。
そんな子供っぽい、女神のめの字も貫禄もない幼女をどう敬い、どう讃え、どう奉れと。
俺のそんな思いが顔に出ていたのか。
「あーっ! またそんな顔して! だから生きてけないんだよっ! 禿げちゃうんだよ!」
「おい、幼女! もし仮にお前が女神だとしても言っちゃいけない事があるだろ! それにまだ俺はふさふさだ!」
こいつ、こともあろうか不謹慎過ぎることを……!
俺はすぐさま反論する。
しかし、幼女は気にした様子はない。
「ふーんだ! まぁそんな事どうでもいいわ!さっきも言ったけど、貴方は選ばれたの!
私が選んだのよ! 光栄に思いなさい!」
「どうでもよくねーわ! てか、厳粛な抽選は何処にいった、何処に! 結局お前の感性で選んだのかよ……」
そんな俺の嘆きを幼女は完璧にスルーしながら。
「と、に、か、く! 貴方には、私の下ぼ……んんっ。
使徒として、とある世界へ行っていただきます」
何かを言いかけて、それを言い直してからビシッとこちらに向けて指をさす。
……いや待て。
「おい、今なんて言おうとした? なぁ、下僕っつったか? 言おうとしたよな?! なぁ?!」
「い、言ってないよ! 使徒って言ったじゃん! 貴方には私のげ……使徒として……」
「言いかけただろ?! なぁ、わざと? わざとなの?! 絶対下僕って言おうとしたよな?!」
明らかに言おうとしたのを俺が指摘すると。
「あーもう! うっちゃいうっちゃい!
なんでもいいから貴方は黙って行ってくれればいいの!」
駄々をこねるように両手をブンブンと振りながら開き直る。
「いや、開き直ってもダメだぞ?! てかさっきも言ったじゃん。もう疲れたって。俺、もう、生きるの、嫌。死んだ、楽、終わり。おーけー?」
「なんでカタコト?! ねぇ、待ってお願い、貴方がダメだったら私……!
もう下僕でも使徒でも理由なんてなんでもいいの! お願いよ、行って欲しいのぉ!!」
人を下僕呼ばわりする幼女が目に涙を浮かべながら縋り付いてくる。
傍から見ればそのビジュアルは完全に犯罪者の絵面だろう。
「ちょっ、泣くなよ! 俺が悪いみたいじゃねぇか!」
「うぅー! お願いよ、話だげでも聞いでよぉー!!」
もはや、涙と鼻水を拭う事もせずに鼻声になりながら幼女が訴えかけてくる。
……あぁもう!
「分かった! 分かったから! 落ち着けって! 話は聞くからこっちに寄るな! 鼻水垂らしながら顔押し付けんな!!」
ー・ー・ー・ー
「……つまり、自称女神のサトリーちゃんはとある世界を俺にどうにかして欲しいと?」
俺は女神をなだめてからある程度話を聞き、そうまとめる。
「だから、ちゃん付けはやめてよっ! 付けるなら様にしてちょうだい! それと自称じゃないから!
……まぁどうにかして欲しい、けど……貴方がどうにか出来るように見えないしなぁ……」
明らかに人を馬鹿にしたような事を言いながら思案顔をする幼女。
「おいこらへなちょこ幼女。神罰(笑)しか出来ないお前なんか怖くもなんともないぞ。
馬鹿にすんなよ、これでも仕事はできる方なんだよ!!」
「へなちょこ?!」
地面に手を付き、酷くダメージを受けた様子の自称女神。
メンタル弱すぎだろ……。さっきまでの威勢はどうしたよ。
……それにしても、新しい二度目の人生、か。
「……まぁ、後悔してないって言ったら嘘になるしな」
「へっ?」
俺の小さな呟きは聞こえなかったようだ。
「……はぁ。非常に、とても、いや物凄く不本意だが!
行ってやるよ、異世界とやらに。別にお前が可哀想だとかそういうんじゃないぞ?」
そう、これは俺が二回目の人生を楽しんで生きるためだ!
断じてこの目の前の不憫で憐れな幼女のためではない。
……本当は面倒くさいことこの上ないが、もう一度ちゃんとやり直せるのなら、楽して生きることが出来るのであれば、まぁ、吝かではない。
「しかし楽してのんびり楽しく生きるっていう条件でならだ。これが無理だって言うなら行かない。だって面倒くさいし死んだばっかなんだしさ。というか死んだ原因に関わりたくない、よって絶対働きたくない。
あと、大きな都市からは離れたところに行きたい」
「えぇ……」
サトリーちゃんが困ったような呆れたような表情をしているが知ったこっちゃない。
死んだ人間、それも過労死したやつをまた別の世界で生き返らせようとしてるのだ。
これくらいの条件は飲んでほしいものだ。
「うーん……わ、分かった。その条件でいいよ!」
「うむ、苦しゅうない」
俺は大仰に頷く。
飲んでくれたのは嬉しいのだが……。
「でも、いいのか? お前にも考えはあるんだろ?」
一応、一応だ。もしかしたら薮蛇かもしれないが、確認は必要なのだ。
そういう俺の思いを知ってか否か。
「まぁ、大丈夫だと思うよ? 働かなければいいんだよね?」
「え? あ、あぁ……」
何故か念を押すように聞いてくるサトリーちゃん。
少し不審に思ったが、働かないという条件なので頷く。
「なら、大丈夫だよ!」
そう満面の笑みでサトリーちゃんが答える。
なにか、引っかかる感じがするが……。
「じゃあ、準備出来次第転送するねー!
あっ、因みに! 言語は違うと思うけど、私の力でいろいろ弄っておくから通じると思うよ! で、その世界って言うのが所謂剣と魔法の世界というやつでして。
でもでも、その世界を創造した神様が面白半分で地球で言うところのゲームみたいにしちゃったの。
剣術でも魔法でも、スキルを覚えれば簡単に習得出来ちゃうの!
そのほうが面白いし楽でいいって言ってね?
それでも、スキルを覚えるには一応ある程度の努力は必要だけど……。
まぁ大体の人はできる範囲だから大丈夫だと思うよ!
で、さっきも話したけど、魔族っていう耳の上とかから角が生えた面白い人達がその世界を乗っ取ろうとしてるんだよ。
……さっきは大まかに話したけど、実はね、人族、つまり普通の人間達が魔族のせいで滅んじゃいそうなの。
だ、か、ら! 貴方に頼んで魔族の侵攻を止めて!って、言いたかったんだけど……」
大袈裟に身振り手振りを加えながら話しをするサトリーちゃん。
そして、そこまで言ってこちらをチラチラと見ながら。
「……選んでおいてなんだけど、貴方弱そうだし……」
「……幼女だからって俺は手加減しないぞ?」
なんか残念なものを見るような目でそんなことを言われた。理不尽な。
さっきから馬鹿にしやがって! 俺だって好きでこんな見た目じゃねぇよ!!
「ま、まぁ、ある程度は若返らせて……って言っても貴方まぁまぁ若いし変わらないか……。
と、とにかく! 少しだけ強化はしてあげるから!
人を送り込むのは構わないけど、バランス崩しちゃったら怒られちゃうの。
だから、少しだけ。対抗できるくらいには強化するね」
あからさまに無理やり話を戻す幼女。問い詰めてやろうか、こいつ。
そう思ったが話が進まないので、我慢する。それに。
「……強化って、どんな……?」
少し気になったこともあり、それをサトリーちゃんに聞く。
「うーん、魔法を食らってもすぐに死んじゃわない頑丈な体にするとか、貴方が振れないであろう重たい鉄の剣を振れるようにするくらいかなぁ?」
身振り手振りを混じえつつ、強化の方法を教えてくれる幼女。
ふむ。馬鹿にしていることだけはよーく分かった。
「よし、幼女。そこに直れ。説教してやるっ!!」
「えっ?! なんでっ?! い、嫌よ! 私の厚意で今より強くしてあげるんだよ? 感謝こそされても、説教される謂れはないよっ!?」
俺が幼女に掴みかかると幼女は意外と軽い身のこなしで俺の手を避けていく。
くっ……確かにデスクワークばっかで体は貧弱だろうが……目の前の幼女一人捕まえられないのか。
自分の落ちてしまった身体能力に密かに絶望していると。
「ほら、今のままじゃすぐ死んじゃうって。
大丈夫、死なない身体……にはできないけど多少頑丈にはできるしパワーも体力も少しは強化するから」
「……もう好きにしろ……」
くそぅ……物凄く負けた気分だ。
俺が体育座りで項垂れていじけていると。
「……よしっと。準備かんりょー! じゃ、パパっと転送しちゃおうか!」
ニコニコしながらサトリーちゃんが俺に声をかける。
「……なぁ、過労死しないよな?」
「うーん、しないんじゃない? 体も強化するし」
的外れな答えをどうもありがとう!
そういう意味で聞いたんじゃないんだが……。
そんな俺の心情を知らぬままに。
「大丈夫! 死んじゃった時みたいに働かなければいいんでしょ?」
再度念を押すように聞いてくる。
それと同時に足元になにやら中に文字が書かれた円が描かれそれが淡い青色に発光しはじめる。
おぉっ! これ、魔法陣ってやつか……!
俺が魔法陣に感動していると。
「もう、ちゃんと聞いてるの?」
「ん? あ、あぁ、聞いてる聞いてる。……ってかさ、さっきから言い方っつうか、妙に引っ掛かる聞き方……」
ふと、そこで気付いた。いや、気付いてしまった。途端に物凄く嫌な予感が……!
「おい、待て! なにもデスクワークだけが仕事って訳じゃ……!」
「え? デスクワークで、働きすぎて死んだからそれが原因でしょ? だから、デスクワークしなければいいんだよねっ!」
物凄く曲解してる!
止めようとするにも既に魔法陣が発動しているみたいだ。
「大丈夫だって! 地球より楽しいとこだと思うから!」
「お前、絶対わざとだろ! 最初からそのつもりで……! おい! こんな条件じゃ俺は──」
行かないぞ、と言おうとしたが、急に光が強くなり、思わず目を閉じる。
目を閉じる寸前、幼女が満面の笑みで手を振っている姿だけが見えた。
発光が止み、ゆっくりと目を開ける。
まだチカチカするが、だんだんと目が慣れ景色が見えてくる。
「……えっと」
目に飛び込んできたその景色は、見る限り緑一色に覆われていた。
働きたくない、関わりたくないとは言った。そして都市から離れたところに行きたいとも言った。言ったのだが……。
「……あんのクソ幼女が! 森の中じゃねーかぁぁ!!!」
静かな森に俺の叫び声だけが響いた。
更新頻度はかなりゆっくりだと思いますので、あしからず。
あと一つの方にもう少し力を注ぎます……。