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時と花  作者: doubleM
1/1

第一話 現代 「始まり」

 ……………………

 ………う…………

 ……頭だ………頭が割れるように痛い………

 僕は……一体………

 ………………………



「……………う………」

 うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開けた。目の前に透明な薄い幕がかかっているように思えて、どかそうとして手を動かしたが、幕は取れなかった。幕があるのではなく、目の焦点が合っていないのだ、とぼんやりと思った。顔の横には何か冷たい、ゴリゴリした感触がある。コンクリートのようだ。なぜコンクリートなどに体を押し付けているのだろうと思い、やがて自分が倒れているのだと気づいた。

「……………く………」

 体全体が脳の指令を受け付けなくなっているのか、動きは恐ろしく鈍かったが、満身の力を込め、何とか立ち上がった。頭の中では変な音が響き渡り、ぼんやりと見える世界は揺れている。脚もふらついてうまくバランスが取れず、そのまま倒れるようにして数歩歩いた。

「…………うわっ!!」

 足場の感覚がなくなり、あわてて飛びのいた。段差があるらしい。焦点の合わない目で下を見ると、線路が目に入った。どうやら駅のホームで倒れていたようだ。駅のホームと言っても、誰もいる気配がしない。唯一の音はわずかな鳥のさえずりだけ。無人駅のようだ。

 とりあえず、記憶がちゃんと残っているかどうかを確かめることにした。



 ……自分の名前は丹羽 麻。家族はずっと前に事故で亡くなり、いまは里親の元で暮らしている。「丹羽」というのはその里親の名字だ。元の名字は……これはもとから知らない。なぜ知らないかというと……預かったときに名前しか書いてもらわなかったから、と聞いている。ずっと日本にいなかったが、一ヶ月前に帰国してきたところだ。外国にいた際も、家では日本語を使っていたため、日本語はきっちりと話せる………。

 ……基本的な記憶は大丈夫そうだな。次は、ここにきた理由と、気を失った理由………。

 ………だめだ、これが思い出せない。一番重要なことなんだが………。



 思い出すことを諦め、焦点の合ってきた目で周りを見渡す。ホームを囲っているフェンスはあちこち破れ、壊れており、もはやその役目を果たしていない。その破れ目からは、様々な植物が駅の中に侵入している。冷たそうなコンクリートの地面も、朽ちかけているベンチも、ひとつしかない線路も、すべて植物に覆われていた。それらを見て、何か引っかかるものを感じたが、それが何かはわからなかった。

 ふと、看板が目に入った。「〜駅」と書いてある。駅名の部分は植物に覆われていてよく見えなかったので、近くにいって草をどけなければななかった。

「花園院駅」

 花園院………? 聞いたことのない駅だ。なぜこんなところにいるんだ?

 看板のすぐ傍には時刻表があった。時間を確かめるために携帯をポケットからだそうとして、はじめて自分が携帯を持っていないことに気づいた。いつも持ち歩いている鞄もない。誰かに盗られたのか、それとも最初から持っていなかったのか。少なくとも今は確かめるすべはなさそうだ。

 時間はそばにに時計があったので確かめることができた。太陽の角度とあわせて確かめてみると、どうやら時計の時間はあっているらしい。そばにあった時刻表を見ると、次の電車が来るのは2時間後のようだ。……もっとも、こんな駅では電車が来るのかどうかも怪しい。ため息をついた。

(じっとしていても仕方がないかな)

 とりあえず人を探そうと決めて歩き出した。足元の枝が音を立てて折れ、無音の駅に響き渡った。鳥が驚いて飛び立った。目で追って空を仰ぐと、青空が広がっている。都会より心なしか澄んでいると感じた。ただ、今はそれがきれいだとは思えなかった。

 少し歩くと、駅の改札口が見えた。切符がないかとポケットを探る。切符はなかったが、何か他の紙が入っているようだった。不審に思って取り出してみた。

「地図………?」

 思わず呟いた。その地図の中央下には「花園院駅」と書かれており、その周りには、この駅の周りであろう場所について書かれていた。

(……こんなものを持っているということは、僕は自分の意思でここに来たということか?)

 思い出そうとしたが、やはり無理だった。

 諦めて再び地図を見た。どうやら駅を出てまっすぐ行くと、村に着くらしい。村というよりかは町だ。かなり大きい。

 それを見て、さっきの引っ掛かりが解消された。植物に侵食されているほど寂れているにしては、駅が余りに大きかったのだ。もしかしたら、ここは昔繁栄していて、今は廃れた場所なのかもしれない。

(………廃れた町、か)

 もしかしたら誰も人はいないかもしれないと思ったが、念のために町には行くことにした。もう一度確認しておこうと思い地図を見た。すると、町の上にある建物が丸で薄く囲まれているのに気づいた。その建物にはこう書いてあった。

「花園院家」

(駅の名前と同じ名字。屋敷もかなり大きい。もしかしたらここの有力者かもしれないな…………)

 少し迷ったが、尋ねてみることにした。ここに行けば、自分がなぜこんなところにいるのかがわかるかもしれない。そう思った。



 町には、やはり人はいなかった。声をかけて回っては見たが、誰からも返事は来ない。家々はやはり植物に覆われていて、ここに住むべき人がいなくなってから相当の年月が経っていることを示していた。

 町にはゲームセンターや映画館など様々な施設があった。そのどれもがとても大きく、かつてそこを訪れていた人々の多さを物語っていた。しかし、それらの大きな施設も例外なくガラスは割れ、植物が中に入り込んでいた。

(………これだと、「花園院家」の屋敷にも人はいないかもしれないな…………)

 しばらく逡巡したが、やはり花園院家を尋ねてみることにした。無駄かもしれないが、何もせずに待つよりかはいいだろうと思ったのだ。



「ここが、花園院家………?」

 唖然とした。ある程度は予想してはいたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 目の前に広がる屋敷は、確かに大きかった。門は眼前いっぱいに広がり、その奥に見える家屋も門に見合う大きさを誇っている。手前には1階建ての和風の屋敷があり、敷地も相当大きかった。しかし、門は傾き、瓦は所々なくなっていて、漆ははげ、家屋には草が生い茂っていた。植物の侵食の割合は駅や町より圧倒的に多く、ひどいところでは壁がまったく見えないほどで、食い尽くされた、と言う表現がぴったりだった。

(………やはり、人はいなさそうだな…………)

 屋敷の中にゆっくりと足を踏み入れた。地面にも草が生い茂り、一歩歩くたびに嫌な音を立てた。まるで踏まれるたびに、草が苦しみの声を上げているかのようだった。

「……誰かいませんか?」

 無駄だとは思いながらも声をかけてみた。しばらく待ったが、やはり返事はない。少し躊躇したが、勝手に屋敷の周りを回ってみることにした。

 歩いていても人の気配はまったく感じなかった。さっきまで聞こえていた鳥のさえずりも聞こえなくなり、屋敷の中には僕が植物を踏みしめる音しか聞こえなかった。

 一つ目の角を曲がると、いきなり大きな洋館が目に入ってきた。和風の屋敷と同じくらい古そうだ。隣の屋敷とは明らかにミスマッチで、何か異様な雰囲気をかもし出していた。こちらもやはり植物に覆われていた。一応声はかけてみたが、無音の家に反射するだけだった。

 二つ目の角を曲がっても、やはり植物に覆われた建物が見えるだけだった。こちらには大小さまざまな建物があり、そのどれもが少し黄色い色をしていた。他の建物よりかなり小さく、住居用には見えない。倉庫かもしれないと思った。

(黄色、か。不吉な色だ………)

 そう思った瞬間、強い風が吹いて、周りの木々がざわわと鳴った。この屋敷が抗議をしたのだろうか、それとも風や木々がが警告してくれたのだろうか。そう考えた後、急いでその考えを頭から振り払った。

 僕はいったん立ち止まり、そばにあった石に腰掛け、少し休憩することにした。歩くのを止めると、時々風が吹き、木々を揺らす音がする以外は屋敷はまったくの無音になった。もしここで目が覚めていたら、きっと耳が聞こえなくなったと言われても信じるだろう。そのくらい静かで、不気味だった。

(………少し整理しておくか…………)

 僕は顎に手を当て、脚を組んだ。一陣の風が吹き、周りにある木々を少し揺らした。

(………この町は何かおかしい。たくさん人がいて、にぎわっていたはずの町が何故こんな急に廃れるんだ?)

 僕は、考えながらゆっくりと腰を上げた。ゆっくりと二、三歩歩く。草を踏みしめる音が妙に大きく聞こえた。

(この屋敷はもっとおかしい。町の家々と比べても、寂れ方が明らかに違う。それに……)

 周りを見渡した。動くものはまったく見えなかった。

(……何でここだけ動物がいないんだ? ここには鳥はおろか、虫すらもいない………)

 それ以上考えられなくなり、歩くのを止めた。目の前にある木から、葉が一枚落ちた。


「……………わ………」


「……………!」

 声…………?

 驚いて耳を澄ますが、それ以上は聞こえなかった。声がした方を見ると、やはり少し黄色がかった建物があった。

「誰かいるんですかっ!?」

 声を上げたが、返事はない。頭の中で警告音が鳴った。

(どうする…………?)

 追うべきか、追わざるべきか。一瞬だけ考え、すぐに結論を出した。

 僕は建物へと向かった。



「すいませ………う……ゴホッ」

 建物の中は埃っぽかった。ひとしきり咳をした後も声が返ってこなかったので、建物の中を覗いた。

 そこには誰もいなかった。開け放しにしてある入り口と、建物上部の窓から差し込む光のおかげで、中はそれほど暗くない。建物はやはり倉庫のようだった。扉を開けるのに苦労させられた植物も、ここまでは侵入してきてはいないようだ。奥にはいろんな物が雑多に置かれており。ほとんどの物には布がかけられていて、そのすべてが埃をかぶっていた。畳の床もすべてが埃をかぶっており、ほとんど真っ白で、長い間ここに人が入っていないことを示していた。

(……じゃあ、あの声は空耳だった、ということか? そんなはずない。確かに聞こえたのに………)

 不可解だったが、現に今人がいないのだから仕方なかった。ため息をついて、なにかこの家に関する手がかりがないか探すため、もう一度置いてあるものを見た。


「…………あっ」


(これは…………)

 一番手前に置かれている物を見たとたん、思わず声をだしてしまった。布の感じから見て、何か平たくて重いものが下にはあるようだった。見覚えのある形だった。

(………まさか)

 悪魔に魅入られたように、僕はふらふらとそれに近づき、かけられている布に手をかけ、一気に引っ張った。布がゆっくりと、目の前から取り払われていく。それが妙なスローモーションで見えた。頼むから違っていてくれと言う思いと、違わないでくれと言う思い、どうせ無理だと言う思いともしかしたらと言う矛盾した思いが頭の中で交錯した。

 それらの思いも布の下にあった物に目がいった瞬間、頭の中が真っ白になって全部消えた。呼吸が苦しくなり、額に汗が浮かんだ。それでも、そのものから目が離せなかった。やはり、鏡だった。



 鏡は少し汚れてはいたが、十分見える程度の汚れだった。少し傾いているため、鏡に映るのは腐りかけている天井の梁、今入ってきたため開け放しになっている扉、そして「自分」のはずだった。

 ………だが、本当ならば「自分」が見えるはずの場所には、なんだかわからない白いもやもやがあるだけだった。そのもやもやは楕円形で、僕には「自分」の形の判別さえつきそうになかった。



 苦痛を感じて思わず目をそらした。いつもこうだ。何度経験しても、この想像を絶する痛みに慣れることはなかった。おそらく、これからもないだろう。それでも、鏡を見るたびに、まるで悪魔に引き寄せられるように覗き込んでしまう。今日こそは、とつい思ってしまうのだ。

 自分の姿が見えなくなったのはいつからなのかは知らない。多分生まれたときからだ。写真をとっても、何をしても、僕に見える「自分」はずっとこのもやもやだけだった。

(無駄だとはわかっているのに………)

 そう思っても、悔しさや、この苦痛は消えはしなかった。


 苦痛が引いてくれるまでしばらく待った後、額の汗をぬぐってから、再び倉庫の中におかれているもののほうに目を向け(鏡はなるべく見ないようにした)、歩き出した。近くで見ると、実に様々な形のものが収められていた。端から布を取っていったが、ほとんどは銅像か置物のようだ。金銭的価値や、文化的価値が高そうなものもちらほらと見えた。

(………なぜ、こんなものが残されているのだろうか…………)

 相当前に屋敷から人は消えたはずなのに、泥棒は入っていないのだろうか。いやそれ以前に、なぜこの家の人々はこれらを置いていったのだろうか。

(………よほど急いで出て行かなければならない「何か」があったとしか考えられないな)

 「何か」とはなんだろうと考えかけて、自分が今とても無駄なことを考えていることに気づいて顔をしかめた。

(………何をしているんだ、僕は…………)

 今考えなければいけないのはこの家のことじゃない。自分のことだ。頭をふり、宝物の群れを見つめた。

(………布の下に人が隠れている、なんてことはなさそうだな)

 第一、床の埃がここに長い間人が来ていないことを示している。ため息をついた。

 腕時計で時刻を確認した。駅を出てから1時間程度経っていた。

(…………誰もいないようだし、とりあえず駅に戻ろう。もしかしたら電話か何かがあるかもしれない)

 そう思った。


(…………えっ?)


 瞬間、はっとして、自分の右腕に巻かれた腕時計を見つめた。

(駅を出た時点では、こんなものはなかった………。これは…………?)

 腕時計は、窓から差し込むわずかな光を受けて、妖しく光っていた。肌があわ立ち、頭の中で鳴り響く警告音が無視できないレベルにまで大きくなった。

(………とりあえず、いったんこの屋敷から外に出よう!!)

 僕は急いで扉に向かって駆け出した。


 …………ゴトッ………。


「……………え?」

(物音……………?)

 すばやく周りを見回した。さっきと変わらず、誰もいない。

(何か、重ねてあった物が崩れたのか………?)

 そんなことを思った。


 その時。


「……………がっ!?」

 背中に衝撃が走った。



「………う…………」

 どのくらい意識を失っていたのかはわからない。気づいたときは、僕は床に横たわっていた。ゆっくりと体を起こそうとしてから、体の上に何か重いものが乗っているのに気づいた。どうやら上から落ちてきたらしい。体の上からどけようとしても、なかなかうまくいかない。相当重かった。

(打ち所が悪ければ死んでいたかもな………)

 そんなことを考えるとぞっとした。かなりの時間をかけて、やっとどけることができた。確かめると、どうやら箪笥のようだった。

(………それにしても、同じ日に二回も気絶することになるなんて………)

 そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 ぎしぎしと痛む体をなだめすかしながら、ゆっくりと立ち上がった。何か変わったことがないかと周りを見渡した。倉庫の奥にしまってあるものに目が留まった。

(………あれ?)

 何かが違う………。

 ぼんやりする頭で何が違うのかを考えた。何秒か考えた後、やっと、違うのは倉庫においてある物自体ではないことに気づいた。倉庫内がさっきより暗いのだ。上を見ると、明り取りの窓はしっかりと開いており、そこからはしっかりと日の光が差し込んでいた。

 じゃあ、何が違う?


(………え…………?)


 その意味に気づき、戦慄を覚えるのと、頭が覚醒するのがほぼ同時だった。あわてて入り口のほうを振り向いた。


 扉が閉まっていた。


 急いで扉に近寄り、開けようと試みたが、扉は固く閉ざされていて、開きそうな気配はなかった。

「くっ…………すみません!! 誰か!!」

 声を張り上げたが、返事はない。どう力を込めても開かないので、扉に体当たりをしたが、扉は頑丈でびくともしない。しばらく体当たりを試みた後、ゆっくりと扉から後ずさった。扉が冷たく笑っているように見えた。

(……何故だ………誰が、こんなことを………)

 答えは出ないとはわかってはいるものの、考えずにはいられなかった。

 とりあえず他の脱出口を探そうと、辺りを見回した。明り取りの窓が目に入った。相当高いが、物を積めば何とか脱出できるかもしれない。そう思った。

 僕は積み上げられるものを探すため、布を端から除いていった。置いてあるのはほとんどは銅像や置物などで、積み上げられそうなものはなかなか見つからなかった。

 汗が落ちてきたので、手で額のあたりをぬぐった。体が妙に火照っていた。


(それにしても、暑いな………)

 

 ふと、さっきより周りがやけに暑いことに気づいた。息も少し苦しい。

(………何かがおかしい…………)

 作業の手を止め、耳を澄ました。枝が折れるようなぱちぱちと言う音が聞こえた。思わず息を呑んだ。

(まさか…………)

 閉じ込められたという状況と、この状態。考えたくなかったが、答えはひとつしか考えられなかった。僕はゆっくりと壁から後ずさった。

(燃えているのか…………?)



「…………くっ!!」

 突然、壁が一斉に炎に包まれた。炎は一気に天井まで達し、ものすごい勢いで燃え始めた。入り口の扉も、窓も炎に覆われてしまった。炎は舌を伸ばしながらじりじりとこちらに近寄ってきた。火の粉が降りかかり、あたりには煙が充満した。

(火の回りが速すぎる………!!)

 おかしいと思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。

(他に逃げ道はないのか…………?)

 急いでハンカチで口を押さえながら、煙でしみる目であたりを見回した。ふと、地面にある畳が目に入った。

(この畳の下の床が、脆くなっていたなら、壊して脱出できるかもしれない………!!)

 急いで近くにあった棒を手に取り、畳と畳の間に突っ込んだ。そして、てこの要領で、煙と暑さで奪われた体力の残りを集め、力を込めた。炎はさらに燃え盛り、火の粉が体に雨のように降り注いだ。焦ったが、なかなか畳はひっくり返らなかった。

(………両手じゃないと無理か…………!!)

 一瞬躊躇したが、思い切ってハンカチを離し、両手で力を込めた。畳がゆっくりと持ち上がり………倒れた。

(急がないと………!)

 煙のせいで目が開けられなかったので、手探りで床を探った。


(………そんな…………)


 床は、硬かった。とても壊れそうにないくらいに。


 全身から力が抜け、その場に倒れこんだ。もうまともに息はできなかった。目は開けられなかったが、火が迫ってきているのは音と暑さからわかった。

(僕は………ここで死ぬのか…………)

 まだ死にたくはない。僕は本当の両親も、本当の名字も知らない。

 それに、まだ僕は自分の顔を一度も見ていない。

(死にたく………ない…………)

 その思いとは逆に、意識はだんだんと薄れていった。



(……………?)

 突然、重力の感覚がなくなった。炎の暑さも、煙の臭いも、炎が燃え盛る音も感じない。やがて感じないのはそれだけではなく、床の感触も、自分が立てる音

も、何も感じなくなっているのだと気づいた。目は開けられなかった。怖かった。

(僕は、死んだのか………?)

 そう思った。


『違ウ』


 突然頭の中に無機質な声が響いた。驚いて目を開けそうになったが、我慢した。

(何なんだ………? 何が起きているんだ?)

『君ハ時ヲ移動シテイル』

 僕の考えに答えるように、「声」は言った。

(時を移動………? 何を言っているんだ?)

『君ハ過去ヲ変エ、生キ残ル』

(過去を、変える…………?)

 僕は固く閉じていた目を恐る恐る開けた。


「……………うわっ!?」

 突然、さっきまでいたあの屋敷が遥か下方に見えた。驚いて身構えたが、いつまで経っても落ちていく気配はなかった。ゆっくりと構えをといた。確かにあの屋敷なのだが、どこか現実味がないような気がした。

『……屋敷ハタダノイメージノヨウナモノダ』

「イメージ………?」

 屋敷のイメージは一定ではなく、録画されたビデオを巻き戻しているような感じで次々と変化していった。屋敷を喰らっていた植物がみるみる小さくなっていき、崩れていた壁が元に戻っていく。まさに時が戻っているような感じだった。

 やがて、植物がなくなると、屋敷に人らしき姿が見え始めた。夜が来て、朝が来て、雨が降って、また晴れたりする間に、その人達は人生を逆向きに過ごしていた。

 やがて、見えないブレーキが押されたみたいに、イメージの巻き戻り方がだんだんと遅くなっていった。

『着イタゾ』

 突然、屋敷のイメージが目の前に迫ってきた。驚いて顔を手で庇った。屋敷が目の前まで来た瞬間、周りが暗闇に包まれた。

『西暦1965年』

 無機質な声が響いた。

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