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血潮は在るが儘に  作者: 機乃 遙
血潮は在るが儘に《Let it Bleed》
5/13

 バチバチと薪が音を立てる暖炉の前で、その女は安楽椅子に腰掛けていた。右手にはスコッチの注がれたロックグラス。部屋は暗く、暖炉の炎だけが明かりになっていた。イギリス南東部、ブライトンにあるその別荘は、しかしその女の持ち家ではなかった。彼女はいわば居候のようなものであり、珍しく旧交――と呼べるかどうかは甚だ疑問であるが――をたどってここまできていた。

 その女は、燃えさかるような赤毛をしていた。後ろで縛られて、ポニーテールにされた髪。それは自然な赤毛ではなく、いかにも染められた感じの自然さだった。ナチュラルカラー、とでも言おうか。

 その女にとってただ一つだけ生来のものを挙げるとすれば、それは瞳だった。吸い込まれるような、冷め切ったアイスブルーの瞳。のぞき込んだだけで凍結させられそうな三白眼は、いま暖炉の炎と戦っているところだった。

「入ったぞ」

 赤毛の女の後ろにあるキッチンから、声とともに女が現れた。彼女はこの別荘の持ち主、デイジー・”ゾーイ”・アンダーソン。MI6研究開発課の主任研究員であり、昨年のテロ騒ぎではチューズデイと協力した女だった。

 彼女は仕事着である白衣こそ着ていなかったが、相変わらず目元は真っ黒いゴスメイク。唇と眉には銀のピアスが光り、髪は真っ黒に染められていた。エメラルドの瞳が、まるでネコの夜目のごとく黒の中で歪に輝いている。

 ゾーイはその両手にマグカップを持っていた。片方は荒々しいカリグラフィーの刻まれたもので、彼女がお気に入りのバンドのグッズだ。もう片方はMI6の官給品で、いやらしくもユニオンジャックが全面にせり出している。

 赤毛の女は、そのユニオンジャックの方を受け取り、そして熱い紅茶を飲んだ。

「しかし、アンタが私を頼ってくるとは。夢にも思わなかったよ。ルビー・チューズデイ」

「ほかにアテがなかったのだから。仕方ないでしょう?」

 赤毛の女――もといルビー・チューズデイは、マグカップ片手にウィンク。あからさまな笑みを顔にうかべた。それを見てゾーイは呆れ、ため息をもらした。

「フランス政府からの依頼で暗殺を実行。しかしそれと時を同じくして爆破テロが発生。まんまと退路をふさがれ、苦肉の策でカーチェイスを敢行。なんとか本来の脱出路だった川辺に到着――というより、不時着? それでジェットスキーからリブリーザーを回収。セーヌ川を潜水して下り、追っ手を撒いたと……。しかし、世に出てみれば自分がテロリストとしてテレビのニュースに写っていた」

 ゾーイは暖炉脇のソファーからリモコンを取り上げ、テレビの電源を入れた。開閉式のテレビ台には、うっすらとほこりが積もっていた。今は晩夏、あるいは秋だ。別荘を使う時期からは、すこしだけズレていた。

 テレビは電波を受信するのにしばらく手間取ったが、何とかして起動。画面はニュース映像を映しだした。案の定というか、ゾーイの狙ったとおり、そこではパリでのテロについて報道されていた。夕方のニュース。栗色の髪をした女性キャスターが、顔色一つ変えず原稿を読み上げている。キャスターは喪に服し哀悼の意を表しているのでなければ、かといって無関心でいるわけでもなかった。その完全なる無とも言える表情は、どの勢力にも肩入れしないという固い意思表示のようにも見えた。

 しばらくして、映像はキャスターから監視カメラが捉えた不鮮明なものに切り替わった。四日前、パリ市内の監視カメラが捉えたものだ。そこには一瞬だけ暴走する車が映り込んでいた。一時停止をすると、かろうじてフロントガラス越しに人影が見える。だが、それだけだった。人相はまったくわからない。ニュースキャスターは、それが容疑者であると口にした。

「これ、アンタでしょ。ほんとずいぶんと派手にやったことで」

「あの状況では最良の判断だった」

「ごもっとも。だけど、私の開発したスーツがなければ、今頃死んでいたぞ」

 言って、ゾーイは顎で壁のほうをさした。

 そこには、ハンガーにかけられたインナースーツのようなものがあった。黒いスーツは、顔以外の全身を覆うような形状をしている。よく見れば全身にスリットが入っており、それが体の形にそってカーブしていた。

「ステルス性、保温性、防弾性、静音性を兼ね備えた上陸作戦用特殊インナースーツ。スニーキングスーツとでも言おうか。形状記憶金属繊維が、血中に投与されたマイクロマシンの情報をもとに形を変え、止血や低体温症の防止までしてしまう。まさに画期的なスマートスーツ。そしてその開発者は、なにを隠そうこのアタシ」

 自慢げに言うゾーイに、チューズデイはため息を漏らした。

 警察に追われ、雇い主にハメられ、何とか脱出してきたチューズデイ。これまでにも何度かこういったことはあった。そしてそのたび、ハメた相手の商売敵と手を組み、復讐をビジネスに変えてやってきた。そして今回もまた、そうするつもりでいた。これから彼女は反撃の狼煙をあげるために、一時心を許した女のもとに戻ってきていたのだった。

 だが、この事件に関しては、どうにもチューズデイ自身きな臭いものを感じていた。

「自慢はいいんだけど。それよりも、頼んでおいたものは調べてくれたの」

「ええ、もちろん。いまはバカンス中だけど、MI6の主任研究員を舐めないで欲しいね」

「主任研究員が私のような殺し屋とつるんでいるのはどうかと思うけれど。まあ、そこは聞かないでおくわ。……で、わかったの。私をハメたヤツは?」

「わかったと言えばわかった。わからんと言えばわからん」

「ハッキリしてくれないかしら?」

「はいはい。つまり、情報を提供してくれるっていう相手は見つかった。あなたをハメようとした相手を、告発しようっていうヤツが」

「その提供者は、信用に足るの?」

「さあ? それは会ってみないとわからない。だから言っただろ。わからんと言えばわからんし、わかったと言えばわかった」

 ゾーイは残りの紅茶を飲み干すと、シンクのなかへマグカップをおいた。キッチン周りは思いの外きれいで、彼女のイメージとはギャップがあった。

「じゃあ、その提供者とはいつ会えるの?」

「向こうから日時を指定してくると言った。大丈夫、アンタの情報は漏らしちゃいない。そのためにアタシが仲介人になったわけだし……。ただ、向こうはアンタと直に対面したいと言っている」

「……その提供者の詳しい情報は?」

「調査中。カタが付いたら教えるよ。アタシはアンタと違って、バカンス中なんだ。これからパーティに出かけるんだよ。そんな急かさないでくれ。アンタもたまの休みを楽しみなよ。テロリストのバカンスをさ」

「きついジョークね。……で、あなたは今日もパブかクラブでバカな男とやってくるわけ?」

「お生憎様、知ってのとおりアタシはレズビアンだ」

 彼女はそう言うと、奥のワードローブのほうへ消えていった。

 チューズデイは一人、暖炉の前で紅茶を飲み続けた。まだ暖房の季節には少しだけ早いが、火を点けているのには意味があった。薪の向こうにある、無数の焦げた紙切れたち。パリまでの彼女の偽造身分証明書。燃えているのはその一群だった。


 燃えさかる身分証がすべて炭と消え、くすぶっていた炎も消え失せたころ。チューズデイは窓を開けて、ベランダへ出ていた。片手にはゾーイが隠していたピノ・ノワール。リーデルのグラスをベランダのウッドテーブルにおくと、ツーフィンガー程度まで注ぎ込んだ。軽く煽ると、夜の潮風がよりいっそう涼しく感じられた。

 この港町、ブライトンを訪れたのは、MI6での一件以来になる。前回と言えば、暗殺を請け負い、到着早々にカーチェイスとなった。そう考えると、いまはそのときよりも穏やかな状況にいる。追われる身になったが、すべての身分証を喪った。もとより名前も顔もない彼女にしてみれば、ずっと身軽なものだった。

 ――世界中が、いま私を追っている。

 一口ワインを流し込んだとき、ふとそう思った。部屋の中で点けっぱなしのテレビが叫んでいる。テロリストを早く捕まえろ、と。おそらくCIAはもうすでに動き出していることだろう。そして、チューズデイが事件に一枚噛んでいると勘違いしていることだ。まったく厄介なことになったと、彼女は思った。

 そうしてぼんやりと物思いにふけっていたときだった。

 ジリリリリ! と、突然室内でベルが響いたのだ。初めはインターフォンかと思ったが、そうではなかった。鳴っていたのは、ダイニングテーブルの脇にある固定電話だった。

 チューズデイは一瞬、それに出るか否か迷った。ゾーイはパーティに出払っていて、ここにはいない。それに彼女宛なら携帯にかかってくるはず。もし別荘に電話をよこすとしたら、それはチューズデイを知ってのこと。今の彼女は、すべての身分証を焼き払った。プリペイド携帯も、先ほど火の海にくべてやったところだった。

 ――いや、ゾーイからかもしれない。

 ふつうに考えれば、そうだ。

 フランス当局は、現在テロリストは過激派組織の構成員と見て捜査を進めているという。それはゾーイから聞いた。であれば、連中がブライトンまでやってくるはずはないのだ。

 仕方なく、チューズデイはほろ酔い気分で受話器をあげた。この際、最悪の場合はゾーイのガールフレンドのフリでもすればいいと思った。

「……もしもし」

「いまそっちに向かってる!」

 ゾーイの声だった。

 チューズデイはそれに一安心したが、しかし彼女の切羽詰まった声色が緊張の糸を再び張りつめさせた。

「なに、パーティは中止?」

「アンタのせいでな。いましがた情報提供者から連絡があった。CIAがアンタを追ってるって」

「でしょうね。私はテロの首謀者だと思われている。フランス当局は騙せても、CIAは気づくはず」

「そうなんだが。でも、どうやらそれだけじゃないみたいなんだ。……情報提供者が言うには、アンタが殺した男だが、ただのテロリストじゃないらしい。CIAの雇った傭兵だって言っている。アンタは、CIAを敵に回したんだ」

「なんですって? どうしてそんなこと……」

「何者かがアンタをハメるために決まってるだろう! 身内を殺されたとなれば、ヤツら本気でアンタを殺しにくるぞ! ……だから、向こうは予定を切り詰めたいって言っている。いますぐにでもアンタに会いたいらしい」

「どこで?」

「明後日、リッツ・ロンドンで。今すぐにでもここを出る必要がある。提供者が言うには、アタシたちの居場所が知られているかもしれないって。いまからそっちに行くから、はやく支度して。とっととロンドンに向かう」

「いいの? MI6の職員がテロリストと逃亡することになるわけだけど?」

「だったら、さっさとMにでも連絡して誤解を解いてくれ。巻き込まれているアタシの身にもなってもらいたいね。……情報提供者は、アタシにも一緒に来ることを要求している。わかる? アンタが本当の本当にあの『ルビー・チューズデイ』なのか確証がもてないから、アタシを人質に取っているわけ」

「提供者は何て言ってるの?」

「アンタを連れてくれば、今回の黒幕を教えてやるって。それから、アタシには謝礼金をくれるって」

「相変わらず金額で動く女ね、あなた」

「アンタも人のこと言えないでしょうに。……あと五分で着く。ロンドンまでの運転はアンタに任せるから」

 そこで電話は切れた。

 受話器を戻し、チューズデイは荷支度にかかった。だが彼女の持ち物といえば、衣服と拳銃が一つ。それだけだった。


 まもなく、スカイブルーのトヨタ・ヤリスが玄関前に停車した。降りてきたゾーイは黒のTシャツにチノパン、ジャケットという実にラフな格好だった。

「さっさと乗って。アタシは荷物を取ってくる」

 そう言って彼女は、慌ただしく別荘の中へ。

 ゾーイを待つあいだ、チューズデイは運転席につき、ラジオをBBC1にチューニングしていた。ニュースは相変わらずテロ事件を報道している。イギリスも昨年、テロリストによって首相官邸を襲われている。必要以上に注意深くなるのも、もっともなことだった。

 それからゾーイが別荘を出てきたのは、およそ三十分後のこと。彼女はワインレッドのセーターに着替えていた。

 ゾーイのボストンバッグを後部座席に乗せてから、ヤリスはロンドンに向けて出発した。それが午前零時前。日付が変わる直前のことで、パブからも徐々に酔っぱらいが消え始めるころだった。


 イーストボーンからロンドンまでは、A267経由でおよそ二時間半。到着は二時を軽く過ぎるとカーナビは告げていた。

 二人はまずブライトンを出てから、二十四時間営業のアズダに寄り、コーヒーとエナジードリンク、それからサンドイッチを一つずつ買ってから国道に出た。パーティを途中から抜け出してきたゾーイは、サンドイッチを食べるとすぐに寝てしまった。起きているのはチューズデイだけで、結局彼女は一人、レッドブルを飲みながら運転を続けるハメになった。

 深夜のBBC1は、こんな眠たくなる時間に限ってレディオヘッドを流していた。なので彼女はフリーラジオに切り替え、名前も知らないポップシンガーの曲を垂れ流すことにした。

 ロンドンまでは二時間。そのあいだチューズデイは追っ手を気にしながら、隣でいびきをかく女に辟易としていた。


 結局、ロンドンに着くまでには三時間を要した。もっともフリーウェイ自体は快適なもので、問題はロンドン市内に入ってからだった。寝ぼけたゾーイの言うことを聞きながら、ホルボーンにある彼女のフラットを探し出すのに三十分近くかかってしまったのだ。

 駅から十五分ほどの場所にあるフラットが、彼女の住まいだった。主任研究員が住むには狭すぎるように思えたが、しょせんは女の一人暮らし。それに仕事人間のゾーイにとっては、自宅など帰って寝る場所に過ぎなかった。息抜きに出るなら、ソーホーまで出向けばいい。あるいは、別荘までバカンスに行けばいい話だ。

 路肩にヤリスを停めてから、二人は二階のゾーイの部屋にあがった。狭い部屋だったが、ろくな家具もないので妙に広く感じられた。あるのはベッドとソファー、それから生活感のないキッチン。唯一雑多な印象を受けたのは、冷蔵庫周りと本棚だった。

 部屋にあがったころには、さすがのゾーイも目がハッキリとしていた。彼女は上着のポケットからタバコを一本取り出すと、軽く吸って頭を叩き起こした。

「いま何時?」

「午前三時過ぎ。それで、もう一度聞かせてくれるかしら。情報提供者は何者? どうして私に関する情報を知っている? どうして私に接触したがっているわけ?」

「調べてる途中だって言っただろう。何もわからない。ただ、向こうから接触があったんだ。『もしルビー・チューズデイという女がそこにいるのなら、金と情報を与える用意がある』って」

「で、金に釣られて、それに乗ったっていうわけ?」

「そうよ」

 タバコに火をつけたまま、ゾーイはソファーに腰を下ろした。崩れ落ちた灰が絨毯に火をつけそうになったが、彼女はそれを心配するようすも無かった。

「向こうの目的は、アタシにもわからないわ。でも、アンタにとっても、アタシにとっても良い条件だと思う。ま、デメリットもあるけれど。でも、アンタは自分の状況を打開する糸口が掴める」

「……相手は、私があなたに接触したと気づいている。その時点で脅威であるとは考えなかったの」

「少なくとも今は友好的だし、いいんじゃないかと思って。とにかく、アタシは少しだけ休むわ。ベッドは勝手に使って」

 ゾーイはそう言うと、上着を布団代わりに羽織ってソファーに寝ころんだ。一分後にはもう寝息を立てていた。


 姿をくらましたとき、不用意に誰かとの接点を増やしてはならない。身を潜めるとは、そこに存在するが、誰でもない誰かになるということ。誰かに存在証明(アイデンティファイ)するような接触はしてはならない。しかし、この状況は自信の能力だけで何とかなるものではないと、チューズデイは気づいていた。

 何者かが彼女をテロの首謀者に仕立て上げた。そしてあまつさえ、CIAの資産(アセット)を殺害するようにし向けた。仕事(ビズ)が罠であったと見抜けなかった彼女に落ち度があるが、それにしてもこの状況は予想外だった。

 そして、謎の情報提供者だ。ゾーイは、友好的な密告者であると言っているが、しかしチューズデイは一概にそれを信じられなかった。ゾーイも自分と同じ、金で動く女であると知っているからだ。それが罠である可能性も十分にある。

 だからチューズデイは、第二の意見(セカンド・オピニオン)を求めた。危険は承知で、第三者に接触を試みたのだ。


 ロンドンは午前三時ごろ。そのころデトロイトは、まだ前日午後一〇時だった。

 チューズデイは眠っているゾーイからスマートフォンを拝借。マイクロUSBで、左腕にはめたルミノックスに接続した。その腕時計型端末には暗号通信機能があったが、念には念を入れてゾーイの端末を経由。さらに海外サーバーを経由して、逆探知を不可能にした。

 そうしてダイアル発信した相手というのが、アーネスト・バーンズだった。元シールズ、CIAエージェントであり、現在は退役済み。しかしMによって強引に仕事に巻き込まれている不運な男だ。そしてチューズデイの協力者の一人でもあった。

 発信後、何度かコール音が響いた。が、呼び出しに出る様子はない。彼はもう五十歳を過ぎていたが、それにしても一〇時に寝るほど老体ではなかった。

 二十回ほどコールして、ようやく応答があった。

「はい、こちらはユニバーサル貿易。カスタマーサポートセンターです。本日の営業時間は終了いたしました」

 プリセットされた女性の声。テープで録音したようなノイズが混じっている。だが、それはダミーだ。

「ボンドです。お話があるんですが」

「……何の用だ」

 突然、低い声の男が出た。先ほどまでの女性の声は、物音とともにどこかへ消えてしまった。

「調べて欲しいことがある」

「またか。それより、おまえはいまどこにいるんだ? CIAがおまえを追ってるって噂を聞いたぞ。なんでも、おまえがパリの爆破テロの首謀者だとか。北朝鮮の暗殺者を手引きしていたとか。いろんな噂が出ている。いったい何があったんだ?」

「そのすべてには答えられない。ただ一つ言えるのは、私はハメられたということよ。……とにかく調べて欲しいことがある。今から言う人物について調べて欲しい。一人目はCIA、ここ数日のうちにパリで死亡した男よ」

「待てよ。CIAだって?」

 まもなく、キーボードを叩く小気味よい音が響いた。

「……いたぞ」勢いよくエンターキーを叩いたところで、バーンズが再び口を開いた。「コードネーム・ハウンド。本名はウィリアム・クロフォード。JD・セキュリティ・サーヴィスィズ所属。元海兵隊員で、現在は民間軍事企業(PMC)でCIAの下請けとして働いているようだ。企業お抱えの傭兵っていうところだな。たしかに、つい先日死亡しているみたいだ。死んだのはフランス、パリ。テロに巻き込まれたってあるぞ」

「どうやら間違いじゃないみたいね……」

 チューズデイは思わず言葉を漏らした。

 ハウンド――もとい、ウィリアム・クロフォード。チューズデイは、その男がテロリストであると聞かされていた。そして見せしめのために暗殺せよと言われた。しかし、それは初めからウソだったのだ。あの場にテロリストはいなかった。チューズデイを爆弾魔にし、さらにCIAを敵にするための罠だったのだ。

 CIAが追ってくる。

 それがこの瞬間、明白になった。

「おい、ジェイミー。聞いてるのか? こいつがどうしたって言うんだ?」

「なんでもないわ。……それより、もう一人調べて欲しい人がいるのだけど――」


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